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220話 気怠けな協力者


 十月十五日。

 翡翠とその友達と帰路を共にしてから、三日が経過した。

 

 その間にルシェちゃんの男性恐怖症の治療は、はっきりいってちゃんと進んでいるかどうか怪しいのが現状だった。


 何せ、本当に俺に対する拒絶反応がないからだ。

 アリエルさんからの手紙に書いてあったような『拒絶される限度』を知ろうにも、このままでは行き着くところまで行くしかない程に、彼女は俺に対して全幅の信頼を置いていると言っても良い。


 もちろん信頼されているのは嬉しいが、付き合ってもいないのにそんなことをするわけにはいかないし、流石にそれは俺が相手でも怖いと、彼女自身が告げている。


 流石のアリエルさんも、ルシェちゃんが俺相手に平気過ぎることは予想外だったようで、治療プランを練り直すそうだ。

 時折隅角さん相手に治療具合を確かめさせてもらっているが、会話をする時に目を合わせるようになっただけだ。


 これだって、決して悪く無い結果だけど、この場合は男性恐怖症が改善されたというより、ルシェちゃんの中で隅角さんに対する信頼が生まれた結果であって、クラスの男子と話す際は未だ目を合わせられないらしい。


 このままでは一向に回復は望めない……そこで、俺はその日の登校時間にルシェちゃんへある提案を出してみた。


 それは……。


「男性恐怖症をボクが信頼出来る友達に明かす、ですか?」

「ああ、これはゆずの日常指導からの経験則で、俺一人じゃやっぱりどうしても限界があるのは解り切っていたんだ。そこで、ルシェちゃんが日頃良く接する友達の中で、この人ならそう簡単に他人に秘密を話さないって人に教える……要は、日常指導における鈴花みたいな、男恐治療の協力者を作るんだ」

「おぉ~!」


 俺の提案にルシェちゃんは感嘆の声を出す。

 そこまで感心されるとむず痒いが、俺は咳払いをして続ける。


「それでルシェちゃん。男性恐怖症を明かす相手は君に一任するけど、候補はいるかな?」

「候補、ですか……」


 こればっかりはルシェちゃん本人に決めてもらう必要がある。

 俺が選んだ相手では、ルシェちゃんの中で『俺が選んだ相手だから、失礼の無いようにしないと』という緊張感が生まれてしまう。

 

 彼女自身が選んだ場合でもある程度の緊張はするだろうが、強制されたのと自分から選んだのとでは意識の向き方等が違う。


 まぁ、ゆずの日常指導の時は鈴花が自分から名乗り出たことだけど、そのおかげでゆずに服選びや化粧等の女の子らしい情緒や慎み(俺の前だと外れる)を持たせることが出来た。

 俺一人でゆずの日常指導を成功させたわけじゃないからこそ、この提案というわけだ。


 ありえないだろうが、もしルシェちゃんが候補を出せなかった場合は、俺から一年の女子の誰かに頼むことになるだろう。

 

 それに、もし周囲にバラそうとした場合は、記憶処理術式を使って速やかになかったことにする。

 

 さて、俺の質問に逡巡するルシェちゃんはというと、目を閉じ、腕を組んでう~んと考えている。

 やがて眼を開けて、ゆっくりと口を開いた。


「一人だけ、思い当たる人が居ます……」

「お、そうか!」


 ルシェちゃんのコミュ力なら、すぐにクラスに打ち解けるだろうと思っていたが、彼女がそう断言できる人までいるのは思っていなかった。


 そうしてルシェちゃんが告げた人物の名前は……。



 ~~~~~



 その日の昼休み。

 俺は屋上に許可を得てルシェちゃんと彼女が名前を挙げた人物を待っていた。


 ここでルシェちゃんが選んだ候補の人物に、彼女が男性恐怖症を抱えていることを明かすためだ。

 まさか()()()の名前が上がるとは予想外だったが、俺も良く知っている人物だけに人柄も保障出来るし、ある意味で納得の人選だ。


 転入して一週間も経ってないのに、互いを愛称で呼び合う仲にまでなっているとは思わなかったけれど。


 ──ガチャ……。


「お待たせしました、ツカサ先輩」


 っと、今朝のことを思い返していたら来たようだ。

 ルシェちゃんの声に振り返ると、そこに立っていた人物は確かに彼女が名前を挙げた人物だった。


「悪いな、急に呼び出したりして」

「ホントっすよ~、せんぱいがカレシとかないわぁ~って思いましたからね~」

「いや、ないわぁ~って……俺はそんなつもりでルシェちゃんを通して呼びだしたわけじゃないんだけどな」

「分かってますって~、るーしーとの愛の逃避行を手伝えってことっすよね? っち、これだからハーリアは……」

「それも違うってのったく……本題に入るぞ──由乃」


 黒髪を三つ編みにして肩に掛け、橙縁の眼鏡の奥の瞳は気怠けさを表すかのように背筋は猫背の緩い佇まいの少女……麻島(まとう)由乃(よしの)


 ルシェちゃんが転入初日に俺達に会う為に、一年の中で一番俺と仲が良いという理由で案内役を任された彼女こそが、ルシェちゃんが男性恐怖症の治療の協力者に選んだ人物だった。


 俺も良く知る彼女の名前がルシェちゃんの口から出てきた時は本当にびっくりした。


『大丈夫です! よっしーとはこの四日間でとても仲良くなりましたし、転入初日のあのことも詳細は伏せてくれているので、ボクはあの人がいいです!』


 明るく社交的なルシェちゃんと、陰キャ道まっしぐらの由乃は一見してアンバランスのように思えたが、嘘をつくのが苦手なルシェちゃんが言うのなら確かだろう。


「んで、本題ってなんすか?」

「あぁ、実はな……」


 そうして俺とルシェちゃんは、彼女の男性恐怖症を由乃に打ち明けた。

 

 もちろん、魔導と組織のこと、唖喰のことは伏せたままでだ。

 それらを隠蔽したままルシェちゃんが男性恐怖症を抱える経緯を話すのは中々骨が折れたが、こういう内容にまとまった。


 フランスで住んでいた頃に、ルシェちゃんは()()()()()()()()から性暴力を受けて、その事件の被害者となった彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()柏木先生の元に下宿することになった……という話だ。


 本当のことは言っていないが、嘘も言っていない……そういうロジックの話となっている。


 性的被害を受けた女性が、世間に報道されることを恐れて警察に被害届を出さないこともあるっていうし、こういう事件は本当に繊細な部分が多い。

 実際は組織内で起きた事件であるため、フランス国内でも報道はされていないが、ルシェちゃんが日本に留学することになった理由付けとしてはこれ以上ない説得力がある。


 さらに教育実習に来ていた美人女子大学生として、未だ校内で噂になっている菜々美との関係を間接的に匂わせることで、話に信憑性を持たせている。


 だが、この話をする上でどうしてもネックになる部分があった。

 

 それは……。


「……なるほど~、そんな辛いことがあったんだね~、るーしー……気付いてあげられなくてごめんね~?」

「ううん、よっしーが心配することじゃないよ。ツカサ先輩とユズさん、ナナミさんにスズカさんも良くしてくれているし、ボクは本当に大丈夫だから……」


 話を一通り聞き終えた由乃は、まっさきにルシェちゃんの心に寄り添った。

 同じ女性として、やはり思うところはあるのだろう。


 だが、由乃はジッと俺の方へ視線を向ける。


「ところで、なんでるーしーはせんぱい相手だと平気なん? 今の話を聞いても、せんぱい相手なら平気な理由がわかんないっすよ?」

「あー、それはだなー……」


 関係ないどころか、土足も越えるレベルでルシェちゃんが被害に遭った事件に踏み込んでいたとは言えない。


 ルシェちゃんが転入前に日本に来ていた話はそのままだが、その時に会って仲良くなったと言っても設定上は俺がルシェちゃんに会ったのは既に彼女が男性恐怖症を抱えた後のことになっている。


 つまり、初対面の頃に俺相手に発作が起きないということになっている。

 

 この矛盾だけはどうしても払拭出来なかった。


 いくらルシェちゃんが俺を信頼しているからって、初対面の時から見ず知らずの日本人の男性を信じるのはおかしい。

 

 由乃の指摘は、まさにその矛盾を突いたものだった。


「俺にもよくわからないんだよ」

「は? いやいや、流石になんかあるでしょうよ……」


 なので、はぐらかすしかない。

 しかし、苦し紛れの言い訳がそう簡単に信じられるはずもなく、由乃は本当なのかを勘繰ってきた。


 〝なんか〟どころか、思い返すと穴があったら入りたくなるレベルの恥ずかしい言葉を次々と言い切ったけどな。

 あの時の気持ちに嘘はないし違えるつもりもないけど、それはそれ、これはこれだ。


 とてもその場の人以外には聞かせられない。


 まぁ、そんな俺個人のくだらない理由ではなく、違和感のない上手い説明出て来ないだけだが。

 

「せんぱいがわかんないんだったら、るーしーはどう?」

「ええっと、その、他の男の人だととても怖いんだけど、ツカサ先輩が相手の時はなんていうか、胸の奥がポカポカしてとっても安心するってことしか分からなくて……」

「……はは~ん、そういうことっすか~……せんぱいはホントにたらしですなぁ~」


 由乃の問いに、ルシェちゃんは笑みを浮かべながら答えた。

 それに対して由乃は、何故かニヤニヤとした表情で俺をたらしと呼び出した。 


「たらしって、俺は別にルシェちゃんにそういう態度を取った覚えはないぞ」

「それこそ、たらしがたらしたる所以っすよ~。まぁ、るーしーがせんぱい相手なら平気な理由は十分わかったっす」


 なんだそれ……。

 とにかく、ルシェちゃんの答えに納得したのか、由乃はそれ以上は聞いてこないようだった。


「で? るーしーの男性恐怖症のことはよ~く分かりましたけど、それをわたしに打ち明けてどうしろって言うんすか?」

「あぁ、それは由乃にもルシェちゃんの男性恐怖症の治療に協力してほしいんだ。俺一人だと学年も違うし、常にルシェちゃんの様子を見ていられるわけじゃないからさ」

「あ~、そういうやつっすか~……」


 一番の懸念だった部分の説明も終えたところで、改めて由乃に協力を仰ぐ。

 尤も、由乃本人もうすうす察してはいたようで、右手で頭を掻きながら逡巡しているようだった。


「もちろん、無理にとは言わない。由乃が嫌だっていうならこの話は無しだ」

「そんなシリアスやんなくても、わたしでいいなら受けますよ~」

「え、ホント!?」


 なんと、由乃はあっさりと協力を受け入れた。

 正直、意外と言えば意外だった。


 俺の良く知る由乃は我が道を往くタイプの人間で、周囲から良く浮きがちだ。

 その明け透けな性格もあって交友関係は広いが、嫌な事は嫌だとはっきり言う方でもある。


 そんな彼女が協力してくれるってことは、少なくとも由乃にとってルシェちゃんは、放っておけない人間として気にかけてくれているということだろう。


「まだ会って一週間も経ってないけど、初日の時みたいにるーしーが苦しそうなのは見たくないしね」

「よっしー、ありがとう!」

「わっふぅ~」


 感極まったルシェちゃんが、由乃にギュッと抱き着く。

 どっかのイタリア人みたいな声をあげる由乃だが、その表情はとても優し気だった。


「さて、今のところの男性恐怖症の治療状況を話しておくぞ」

「ういっす~」


 由乃が協力してくれるということで、まずは情報の擦り合わせとして彼女に現状を伝える。

 今の治療プランを薦めているアリエルさんのことは、ルシェちゃんの知り合いのお嬢様ということで通している。

 そうして、今の状況を聞き終えた由乃の感想はというと……。


「せんぱいに対する許容範囲が緩すぎじゃね?」

「あ、あはははは……」

 

 由乃の率直な感想に、ルシェちゃんは苦笑いするしかなかった。

 確かに行くとこまで行くのかと想定してやっと限度が見えたからな……平気なのは俺を男として意識していないじゃないのかって考えもあったし。


「まぁ、今のるーしーの立ち位置はなんとなくわかったっす。なので、今からせんぱいとるーしーにあるお願いがありま~す」

「お願い?」


 どうやら由乃は何か思いついたようで、俺とルシェちゃんは続きを聞き逃さないようにしっかりと耳を傾ける。


「明日は丁度土曜っすよね? なんで、せんぱいとるーしーはデートに行って来てくださ~い」

「「え?」」


 あまりに突飛なお願いに、俺とルシェちゃんはポカンと呆けるしかなかった。



 


ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は3月10日に更新します。


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