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219話 放課後ジュニアハイスクールチルドレン


 放課後に卒業した母校である羽根牧中学校に来た俺とルシェちゃんだったが、用事を終えて校門に出たところで翡翠とばったり出会った。


 しかも本人曰く、今彼女が通っている中学校はここだという。


「もう、翡翠ちゃん~、いきなり走りだしてどうしたの?」

「高校生のお兄さん達に迷惑だよ?」

「……」

「あ、ごめんなさいです!」


 俺とルシェちゃんが戸惑っている間に、恐らく翡翠の同級生──というより友達が駆け寄ってきた。


 最初に声を掛けてきた女の子は、同い年の翡翠と比べると大人びた印象を覚える子で、紫がかった黒髪をゆるふわパーマにしている。

 何の因果か、この子もまた綺麗な顔立ちをしている。


 次に声を掛けて来た男子生徒は、黒髪を短く切って整えている如何にも真面目という人物像を思わせている。

 一目見て、翡翠を含めた四人の中で常識人枠だと分かった。


 最後の赤茶の髪を逆立たせている男子生徒は無言だが、俺に対して妙に棘のある視線を向けているような気がする。

 初対面なのに何か気に障ることでもしてしまったんだろうか?


「お友達ですか?」

「はいです、ルーちゃん!」

「あ、翡翠ちゃんの知り合いなんですね……それも外国人の綺麗な人……」

「ということは、今、天坂さんが抱き着いてるお兄さんも知り合いなんだ」

「へぇ~……」

「っと、翡翠、立つから離れてくれないか?」

「りょーかいです!」


 未だくっついていた翡翠に離れてもらい、俺は立ち上がって自己紹介をする。


「初めてまして、竜胆司だ。翡翠とは友達なんだ」

「ルシェア・セニエです。ボクもヒスイちゃんとはお友達なんです」

李織(いしき)(すみれ)と言います、翡翠ちゃんとは小学生の頃からの友達です、よろしくお願いしますね」


 俺に続いてルシェちゃんも自己紹介すると、女の子──李織さんが名乗り返してきた。

 翡翠が小学生の頃からというが、この様子だと翡翠が魔導少女であることは知らないみたいだな。


 育ちがいいのか、かなり礼儀正しい。

 翡翠が自慢するように笑みを浮かべていなければ、友人関係であるかも分かり辛かった。


「僕は十和(とわ)朽葉(くちば)です。天坂さんとは中学生になってから友達になりました」


 次に出て来た真面目そうな男子──十和君がそう名乗る。

 こっちは教養が良い感じで、李織さんと同じく翡翠の友人とは思えない程に落ち着いている。


 そうして順番通りなら最後は俺を睨んでる男子だけなんだが、彼は俺の前に近付いて来た。


「なぁ、アンタ天坂の友達って言ってるけど、どうせ嘘なんだろ?」


 何故いきなり喧嘩腰?

 いや、そりゃ高校生と中学一年生の友達とか信じられないだろうけど、魔導と唖喰のことを明かせない以上はぐらかすしかないな。


「嘘じゃないって。友達じゃなかったらなんで翡翠が俺に抱き着いて来るんだよ?」

「まぁ、そうか……もし天坂に何か変なことしてみろよ? オレはアンタを許さないからな?」

「お、おう……」


 正直年下に凄まれても全く怖くないが、敢えてそう返しておく。 


「もう、崎田(さきた)くんはひーちゃんを子供扱いしないで欲しいです!」

「少なくとも中学生になっても自分のことを〝ひーちゃん〟って呼ぶうちは子供だろ?」

「む~、どうして崎田くんはひーちゃんにイジワルばっかりするです?」

「別にイジワルじゃねえし。お前がどんくさいだけだろ」

 

 翡翠からの文句に、男子は素っ気ない態度で返す。

 ふと、右腕をクイッと引かれてそっちに顔を向けると、李織さんが近くにいた。


「彼は崎田(さきた)蘇芳(すおう)君と言いまして、私と同じく小学生の頃から翡翠ちゃんの友達なんです。それで実は蘇芳君って翡翠ちゃんの事が好きなんですよ」

「あー……」


 やっぱりそういうことか。

 好きな女の子が見たことのない男子高校生に抱き着いてる姿を見たら、そう思うのも無理はない。

 俺を睨むのもそういうことだと思い返せば辻褄が合う。


 だが、悲しいかな。

 当の翡翠は彼からの好意に気付いていないようだった。


 あれじゃ、先が思いやられるな……。


「それにしても、お兄さんってとても綺麗な彼女さんがいるんですね」

「ええ!? いやいや、俺とルシェちゃんは恋人じゃないって……」

「え!?」


 李織さんの言葉を否定すると、彼女はきょとんとした表情を浮かべる。

 俺とルシェちゃんの関係をそう推測する程度にはませているのかもしれない。


「手を繋いだり愛称で呼んでいたので、とてもお似合いに見えたのですが……すみません」

「あ、あの、ボクに謝られても困るんですけど……」


 なんでルシェちゃんに謝るんだ?

 そう思うと、今度は左腕をグイッと引かれる。


「つっちー、それでどうして今日はこっちに来たんです? もしかして、ルーちゃんと一緒にひーちゃんのお迎えですか?」

「悪いけどそうじゃなくて、ちょっとした用事のために来たんだ」

「えー……」

「えーじゃないでしょ翡翠ちゃん。お兄さんとお姉さんの恋路の邪魔をしちゃ──ゴホン、今日は私達と一緒に帰るって約束したでしょ?」


 どうしてだろう……恋人じゃないって言ったのに李織さんの中で、俺とルシェちゃんが絶賛恋愛中と決めつけられている。


「でも、ひーちゃんはつっちーとルーちゃんとも一緒に帰りたいです……」


 いつも会うのは日本支部でだからか、翡翠は寂し気にそう呟いた。


「ツカサ先輩……」


 それに触発されてか、ルシェちゃんも無言でお願いを頼んで来た。

 アイコンタクトで彼女が何を望んでいるのか理解した俺は、李織さんに告げる。


「俺達なら方向も同じだし、途中までならいいぞ」

「わぁーい!」

「良いんですか?」

「なんだか賑やかになってきたね」

「──フンッ」


 李織さんと十和君は好意的だが、崎田君は敵意丸出しのままだった。

 それでも無理に拒絶しないあたり、翡翠に嫌われたくないって気持ちが透けて見えて、妙に微笑ましくなる。


 そうして翡翠達中学生組と帰路を共にすることになり、女子は三人で固まり、その後ろから男三人が歩く形になった。


「ルシェアさんってどんな経緯で竜胆さんと知り合ったんですか?」

「えっと、ボクが留学前に日本に来た時に──」

「ルーちゃんが日本に来てくれて、ひーちゃんは嬉しいです!」

「はい、ボクもヒスイさんに会えて嬉しいです」 

「翡翠ちゃんは本当に人とすぐに仲良くなるよね~」


 前の三人はきゃっきゃっと楽しげに会話をしているが、こっちは十和君が色々場を持たせようとするものの、俺に対して素っ気ない崎田君の態度によって悉く失敗に終わっているため、かなり気まずい。


 なんか話題……共通の話題……。


「そうだ、翡翠って学校ではどんな感じなんだ?」

「あぁ? なんでアンタに天坂のことを教えなきゃならないんだよ、ロリコンなのか? だからあの綺麗なお姉さんと付き合ってないのか?」

「おいバカやめろ。なんの根拠があって人をロリコン呼ばわりするんだよ」


 ここ一応通学路だからな?

 すれ違う人達が女子達に注目している分、後ろの俺達が結構針のむしろだし、そんな状況でロリコンなんて言葉を言われたら、俺しか当てはまらなくなるだろうが。


 ともかく、ちゃんと理由を説明しよう。


「いや、俺も翡翠の友達になってから半年以上経つんだけど、あの子の学校での様子とか全然知らないって思っただけだよ」

「意味分かんねぇ。別にそれくらい知らなくてもいいだろ?」

「まぁまぁ、蘇芳君……えっと、僕が知っている範囲でもいいですか?」

「あ、あぁ、いいぞ」


 この場に十和君が居てくれて良かった。

 俺と崎田君の二人じゃ、クロエさん以上にギスギスしかねない。


「天坂さんは学校でも明るくて、流石に一人称は〝わたし〟って呼んでますけど、クラスの皆からはマスコットのように可愛がられていて、あの外見なんで男子からの人気も高いんですよ」

「へぇ~」

「でも結構告白されているんですけど、彼女は全部断っているんです」


 そういえば翡翠も良く告白されてるって隅角さんから聞いたことがあったな。

 ただ、告白の話を切り出した途端、崎田君が妙にそわそわし出したのが気になる。


 もしかして、自分以外の男に告白された翡翠が受け入れるかどうかのひやひや感でも思い出しているのだろうか?

 なんとなく、彼が翡翠に告白しないのは性格的な面以外にも、今の関係を壊したくないように思えた。


「それだけに、天坂さんが竜胆さんに抱き着いた時はびっくりしました」

「へ? なんでだ?」

「天坂さんって女子にはよく抱き着くんですけど、男子には情緒を弁えているのか必要な接触以外はしないんですよ」

「そ、そうなのか?」


 全然知らなかった。

 いつも遠慮なしに抱き着いて来てたけど、あれって基本的には同性にしかしてないことだったんだ……。


「ホントありえねぇ……天坂は女子はニックネームで呼ぶのに、男子は全員苗字呼びだと思ってたのに、なんでアンタはニックネームで呼ばれてるんだよ……」

「えー……そっちもなのかよ……」


 今思えば、修学旅行に乱入してきた翡翠が石谷をさん付けで呼んでいたな。

 あれも翡翠を良く知る人からすれば平常運転だったんだな……。


 そうなると、なんで俺だけ異様に懐かれてニックネームで呼ばれているのやら……なんてことは実は容易に察しがついている。


 単純に俺が組織の関係者で、翡翠曰く俺は彼女の兄に似ているらしい。

 似ているって言っても見た目じゃなくて雰囲気が、だそうだが。


 とにかく、翡翠にとって境界線となる部分を俺は初対面の時に軽々と越えたことは確かなようだ。


 そりゃ崎田君が俺を敵視するわけだ。

 自分の目指すポジションに全く知らない年上の男が立っていたんだから。


「あ、でも僕は良く知らないんですけど、天坂さんって小学六年生の時に半年近く、学校に来ていない時期があったそうです」

「っへ?」

「あぁ、それな……天坂は交通事故にあって、しばらく歩けなかったんだよ。俺と李織は小学生の時からアイツを知ってるけど、あの時の天坂は……まるで生きる事を諦めてたみたいに暗かったよ」

「っ、そっか、そんなことがあったんだな……」


 あんなに元気な翡翠に不登校の時期があったなんてと思ったが、続いて話してくれた崎田君の言葉で、俺は翡翠が学校に行かなかった本当の理由を察した。


 翡翠は一年以上前に初戦闘の際、唖喰に下半身を噛み千切られる致命傷を負った。

 それを彼女の教導係が命と引き換えに治したことで、翡翠は一命を取り留めたものの、その教導係の魔導士は亡くなってしまった。


 その事実に当時の翡翠は強いショックを受けて、一時のゆずや菜々美のように自暴自棄になっていたらしい。

 暴走自体は彼女へ唖喰の絶滅不可を知らせたことで無理矢理治めたが、当の翡翠はそれ以来一度も唖喰との戦闘を経験していない。

 

 当然、今の用に歩けるように回復するまでの間、辛いリハビリを一生懸命乗り越えたのが今の翡翠だ。

 学校や周囲にはただの交通事故として伝えていたようだが、唖喰の存在を知る側としては交通事故だった方がまだマシだと思えるレベルの不快感が圧し掛かってくる。

 そんな過去を一切匂わせない程に明るい本人の性格は可愛らしいものの、あの笑顔の裏にどんな悲痛の想いを秘めているのかと思うと、なんだか無性に悲しくなってきた。


「それに、アイツは小二に上がる前に親が離婚して、小三の頃には母親も事故で亡くなってるんだ。だからなのに天坂はああして何も無いって笑ってるけど、本当はいっつも辛いはずなんだ」

「……」


 ……本当に、魔導士や魔導少女は我慢強いなと思う。


 ゆずも翡翠も両親が居なくて寂しくて辛いはずなのに、彼女達はそれでも生きようと悲しむ素振りを見せないでいる。

 アリエルさんも、かつて家族の元に戻る為に不慣れな生活を乗り越えて今の彼女が居る。

 菜々美だって、工藤さんの死を乗り越えられはしても、やっぱり悲しいことに変わりは無い。


 だからこそ、なおさら彼女達の心に抱えている荷物を、俺のちっぽけな力で支えたいと思う。

 そうすることが、俺が目指す〝魔導士と魔導少女を守れる〟目標に近付けるからだ。


 いつか、翡翠の心に抱えているものも軽く出来たらいい……彼女の同級生から聞いた話を踏まえて、一層そう思えた。

 

ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は3月8日に更新します。


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