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218話 かつての母校へ


 昼休みにアリエルさんからの指示とはいえ、ルシェちゃんのブラを見ることになり、途轍もなく気まずい空気のまま放課後を迎えることとなった。


「並木さん、良かったらこの後お茶でも──」

「良くないので遠慮します」

「orz……」

「すみません、司君。今日は鈴花ちゃんが人前で術式を使ったことについて、二人で初咲さんに報告しなければならないので、先に失礼します……」


 ゆずがある男子の誘いをやんわり(転入直後に比べて)断りながら、俺に用事があることを伝えて来た。

 口では業務連絡みたいに淡々としているが、その表情はとても嫌々な感情が滲み出ていた。


「あ、あぁ……今日は用事があるから、支部には寄れないんだ。また明日な」

「はい……」


 そう言ってゆずが生徒指導室にいる鈴花と合流するために、一足先に教室を出て行った。

 帰る準備を終えて用事を済ませるため、俺も席から立ちあがって教室を出る。


「わ、ぷっ!?」

「うお、っと……ルシェちゃん?」

「──ッヒ、え、あ……ツカサ先輩でしたか、良かったぁ……」 


 廊下に出ると、ルシェちゃんがぶつかって来た。

 お互い、そこまで勢いがあったわけではないため、その場にたたら踏むだけで済んだ。

 

 ぶつかった相手が男性だと途端に怯えだしたが、すぐに俺だと判ると彼女は安堵の息を吐いた。

 これ、他の男だったらそのまま発作を起こしていたのかと思うと、俺もある意味ホッと胸を撫で下ろす。


「それで、ルシェちゃんはゆず達に何か用か?」

「いえ、用があるのはツカサ先輩にです」

「俺?」

「はい、途中まで一緒に下校出来ないかと思って……」


 何とも可愛いらしい提案にちょっと心がぐらつくが、俺は首を振って迷いを払う。

 

「悪い、今日はこの後用事で卒業した中学校に行くつもりなんだ」

「……あの、その用事にボクも一緒に行っていいですか?」

「ん~、あくまで俺個人の用事だし、ルシェちゃんを付き合わせるのもなぁ……」

「良いんです、ツカサ先輩から助けてもらったお返しに何かお手伝い出来ないかって思っただけで、その、ツカサ先輩が迷惑でなければの話なので……」


 そう告げるルシェちゃんの言葉に、俺は思わず笑みを浮かべる。

 二人揃って、互いに自分が相手に迷惑を掛けてしまわないかを優先的に考えている……こんなに優しい子と一緒に居て不快になるわけがない。


「ルシェちゃんがそう言うならいいよ。何も面白いことはないけどな」

「ツカサ先輩と一緒なら退屈なんてしませんよ?」

「え──?」


 なんてことのないように語るルシェちゃんの言葉に、俺は反射的に聞き返した。

 

 俺と一緒なら退屈しない?

 ゆずによく言われていることなのに、言われた相手がルシェちゃんだからなのか、やけに心に残った。


 ──ルシェちゃんが男性恐怖症なのにも関わらず、俺にだけ発作が起きないのはまさか……。


 そこまで考えて、慌てて首を横に振って否定する。


 そんな都合の良いことがある訳がない。

 ルシェちゃんが俺を信頼しているのは、彼女を信じると誓ったからだ。

 俺がダヴィドや他の男性と違うって信じてくれているだけで、俺が相手なら男性恐怖症の発作が出ないから、安心してくれているだけだ。


 決してそういう感情がある訳がじゃない。


「ツカサ先輩?」

「あ、あぁ……行こうか……」


 俺の様子が変だと思ったのか、ルシェちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 まだ可能性の域を出ないことを、今考えていても仕方がない。

 俺はそう割りきり、ルシェちゃんになんでもないとはぐらかしつつ、共に学校を出た。


 ~~~~~


 公立羽根牧中学校。

 俺と鈴花、そして元カノである美紗と通っていた母校だ。


 卒業してから丸一年は訪れていなかったが、それくらいだと記憶にある学校の風景と変わらないままだった。


 あの頃を思い浮かべると、俺が鈴花や美紗と他愛のない日常を過ごしている裏で、ゆずやアリエルさんは唖喰と戦っていた。


 別にその事を後悔している訳じゃない。

 ただ、魔導士と魔導少女の苦労も、唖喰という絶滅させられない敵との戦いも、何もかも知らなかったあの頃とはあまりにもかけ離れたなと、妙にセンチメンタルになっているだけだ。


「ここがツカサ先輩が通っていた中学校なんですね」

「あぁ、まだ全然変わってないな……さて、職員室に行こうか」

「はい!」


 感慨に耽るのは後にして、ルシェちゃんを伴って職員室へ向かう。

 なお、すれ違う中学生達の視線はルシェちゃん一人に集中している。

 突如冴えない男を伴って現れた、外国人の美少女留学生となれば、注目の的にならない訳がない。


 ただ、部活の途中なのにランニングの足を止めたり、ボールがあらぬ方向に転がって行くなにも気付かないなど、若干静かなパンデミックが起きている。


 安易に付いて来て良いよって行っちゃったけど、誰か声を掛けてこないか内心ヒヤヒヤだ。

 どうしてかって、ルシェちゃんが年下の男子中学生達の視線ですらビクビクしているからだ。

 

 年下と言っても十六歳のルシェちゃんからすれば、ほとんど同い年と変わらないからなのか、思春期真っ盛りの異性に興味が尽きない視線は、毒にしかならないようだった。

 

 そんな彼女の不安を少しでも和らげようと、俺は左手でルシェちゃんの右手を握る。

 

「えっ?」


 突然俺に手を握られたことに、ルシェちゃんは反射的に顔を上げて俺を見つめる。


「知らない場所ではぐれたら怖いと思ってな、嫌だったか?」

「い、いえ……大丈夫です!」


 そう言った通り、ルシェちゃんの表情に怯えの色は見えなかった。

 ひとまず良かったと俺も安心するが、ルシェちゃんを見ていた男子中学生達からご丁寧に舌打ちを貰った。

 一方で恋に恋する女子中学生達はキャーキャー騒いでいた。

 もっと平穏に済むと思っていた母校への再訪は、予想以上に慌ただしくなっていた。


 すっかり注目の的になってしまうものの、俺達はなんとか職員室に辿り着くことが出来た。

 職員室の入り口で中学生当時、三年間担任だった荻間先生がまだ羽根牧中学に在籍しているか尋ねると、幸いにもまだこの学校で教鞭を取っているとのことで、俺はホッと安堵の息を吐いた。


 待つこと五分程で、黒髪の跳ねっ毛が特徴的な赤色のジャージを着た大人の男性が出てきた。


 荻間先生だ。

 三年間担任だっただけに、俺と美紗のこともある程度知っている数少ない大人だ。


「おお、本当に竜胆なんだな。一年ぶりじゃねえか」

「お久しぶりです、荻間先生」

「えと、初めまして……」

「うおぅ、なんかすっごい可愛い外国人の女の子と一緒なんだな……しかも日本語が上手だ」

「あ、ありがとうございます」


 フランス人のルシェちゃんは、実は日本語は簡単な挨拶程度しか知らない。

 だが、彼女との会話は魔導器に内装されている翻訳結界によって、言語の壁は容易に越えることが出来る。

 

 魔力を持たない一般人には殆どが効果を発揮しない魔導の術式の中で、翻訳結界は記憶処理術式と並んで魔力持ちでなくとも作用する術式だ。

 

 そのため、ルシェちゃんの言葉を荻間先生は理解出来るし、ルシェちゃんも荻間先生の言葉を理解することが出来る。


「一年見ない間にすっかり大人振りやがって……今日はそっちの彼女を連れて俺に婚約宣言でもするのか? いや~、お前は橘か舞川のどっちかと思ってたが、そんな可愛い子だとは思わなかったぜ」

「えっ!?」


 手を繋いだままの俺達を見やって、荻間先生は邪推するような視線でルシェちゃんを俺の彼女だと言うと、ルシェちゃんは顔を真っ赤にして狼狽する。 


「あの、この子は俺の彼女じゃなくて後輩です。俺は今彼女はいないんで」

「それは悪かっ──いや、彼女じゃないのに手を繋ぐってそれこそ普通の先輩後輩じゃありえないだろ」

「まぁそれより、今日は先生に聞きたいことがあって来たんです」

「ん? 聞きたいこと?」

 

 これ以上話が逸れるのは良くないと思い、あからさまだが本題を切り出すことにした。


「美沙……舞川美沙がこの中学校を卒業してどの高校に進んだかを教えて欲しいんです」

「あー、お前と舞川って付き合ってたんだもんな」

「え? どういうことですか?」

「竜胆から聞いてないのか? コイツ、中学二年の時に彼女がいたんだよ。半年くらいで別れたけどな」

「えええっ!?」


 俺に元カノがいたという事実に、ルシェちゃんは大いに驚いていた。

 菜々美に教えた時もそうだったけど、俺に元カノがいたことってそこまで驚くことか?


 担任だった荻間先生が知っているのは、俺と美沙の間に交際の事実であっただけで、鈴花と美沙の間で起きた喧嘩が元で俺が口走った言葉が別れた原因だとは知らない。

 先生の中では恋愛によくあることだと思っているようで、そこまで気に留めているわけではないものの、俺にとっては今なお後ろ髪を引かれる思いをする程の出来事だ。


「あれ? だったら、ツカサ先輩はミサさんの連絡先を知っているはずじゃ……」

「別れてから着否されたみたいで、電話を掛けても番号を変えたのか繋がらないんだよ」


 ルシェちゃんの言う通り、美沙とは連絡先を交換していた。

 だがあの喧嘩別れの後に謝ろうと何度も電話を掛けても着否されて、学校でもそれまでが嘘のように避けられたままで、三年生に上がるとクラスも別々になってしまった。


 それでもなお謝る気力があれば良かったが、何度謝りに行っても美沙には無視をされて、最終的に美沙に顔も合わせたくない程嫌われたんだって一人で諦めて、そのまま卒業してしまった。


 その際、進路も別々になったことで美沙がどの高校に進学したか分からず、最近になるまで自分から探しに行こうとすらしなかった。

 フランス支部での出来事を経て、ゆずと菜々美、アリエルさんへの想いに答えを出すために、美沙に再開して過去のことを清算すると決めた。


「それでどこの高校に進学したかを知りたいってことか……普通、こういうことはプライバシーに関わるから言う訳にはいかないが……」


 荻間先生はそこで一度言葉を区切り……。


「お前は他人にほいほい秘密を話すような奴じゃないって知ってるし、学校の名前だけなら教えてやる。後は自分で調べな」

「っ、ありがとうございます!」

「おいおい、まだ教えてないのに礼は早過ぎだろ」


 一瞬ダメかと思ったが、どうにか教えてもらえるようで安心した。


 そうして美沙が進学した学校の名前を教えてもらい、荻間先生と高校でのことやルシェちゃんとの馴れ初め(学校で話したのと同じ)を話した後、俺とルシェちゃんは羽根牧中学校を後にした。


「それにしてもツカサ先輩に恋人さんがいたんですね」

「う~ん、そんなに予想外だったか?」

「ええっと、そういうわけじゃなくて、ツカサ先輩が女の子の扱いに慣れている理由が分かったと言いますか……」

「──本当に慣れたのはゆずに出会ってからなんだけどな……」


 美沙と付き合ってた頃は、一度たりとも俺から彼女をデートに誘ったことがなかった。

 今にして思えば、美沙は俺から誘って欲しかっただろうと解る。

 デート先で俺が代金を払うことはあっても、どっちが誘ったかでデートに対する心象は全く異なるということを、俺はゆずへの日常指導を通してやっと理解した。


 ルシェちゃんが言う程じゃない。


「あの、ツカサ先輩?」

「ん?」

「どうして別れちゃったんですか?」


 なんというか、ルシェちゃんも女の子らしく恋愛事には年相応に興味があるためか、俺と美沙が別れた理由が気になるようだった。

 そうでなくとも、現状三人の女性に好意を寄せられている男の失恋話だ。

 気になっても仕方がないだろう。


「えっと、言い辛いなら無理に教えてもらわなくても──」

「いいよ。菜々美も知ってることだし、ルシェちゃんが知りたいって言うなら教える」


 その言葉に嘘は無い。

 ルシェちゃんになら教えても問題ないと思った俺は、美沙との馴れ初めから付き合っていた間の話、そして美沙と鈴花の口論に割って入って彼女の味方をしなかったばかりか、心にない言葉をぶつけてしまったことを打ち明ける。


 一通り話を聞き終えたルシェちゃんは、悲し気に目を伏せていた。


「そんなことがあったんですね……ごめんなさい、軽々しく聞きたいなんて言ってしまって……」

「悪いのは美沙を傷付けた俺だよ。何もルシェちゃんが謝るようなことじゃないって」


 ある意味今の俺の煮え切らない態度の原因とも言える出来事で、率直に言うとトラウマだ。

 それも自分で蒔いた種から出来たもので、本当にルシェちゃんが気に病むようなことは何もない。


「その、ミサさんに会うためにここまで来たんですね」

「あぁ、進学先の高校が分かって良かったよ」


 そのことに関しては良かったが、ふとどうしても今更会って謝ったところで美沙が許してくれるのかと考えてしまう。

 謝りたいという意思に変わりはないが、それは俺だけの自己満足じゃないか、当時モテていただけに今では俺より自分を好きになってくれる人と、巡り会えているかもしれない。


 俺の都合で美沙の今の日常に土足で踏み込んでいいのか……。


 そんな風に思い悩んでいると……。


「あーっ! つっちー!!」

「えっ──どぉうっ!?」

「ツカサ先輩!?」


 突如聞こえた声の方へ振り向こうとした瞬間に、背中に強烈なタックルを食らわせられた。

 慌てて両手を前に突き出すことで、うつ伏せになってアスファルトにダイビングすることは回避出来た。

 

 こっちの都合などお構いなしに、日〇タックル染みた突撃を食らわせて来た人物に声を掛ける。


「ど、どうしたんだ? ──翡翠?」

「えっへへ、つっちーがひーちゃんが通ってる学校に来てるのが判ったので、会いに来ちゃった。です!」

「え、えぇ……」

「ここ、ヒスイさんも通っていたんですね……」


 翡翠の言葉に俺とルシェちゃんは、世間は案外狭いと思い知らされるのだった。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は3月6日に更新します。


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