22話 訓練と仄めかされたこと
鈴花が魔導少女になると決めてから三日がたった。
唖喰が出たことあったが未だ訓練中の鈴花が戦場に出ることはないまま待機していた。
そのためゆずが前のように怪我を残したまま学校に登校してこないか不安だったが、ゆずは怪我を負っても魔力を惜しまずに治癒術式を使って治してから学校に来ていると教えてくれた。
そもそも特攻を止めて怪我をしないほうがいいのだが、俺が言ったくらいで止めるなら初咲さんも隅角さんも苦労しない。
その間に学んだ唖喰の生態学や魔導の歴史は純粋にためになった。
多くて挙げきれないから一言でまとめると、唖喰マジキモイし厄介。
これは見た目的なものでもあるが、その攻撃方法とかも凶悪過ぎて、鈴花なんて終始青い顔しながら授業を聞いていた。
そんな木曜日の昼休みに俺とゆずと鈴花は学校の屋上で揃って昼食を食べていた。
「訓練は順調だけど、唖喰って一体いつ現れるの?」
そう聞いた鈴花の問いにゆずが答える。
「唖喰はこれといって現れるタイミングが決まっていません。今現在も研究班が総力を挙げて調べていますが、唖喰に関しては依然知らないことの方が多いんです」
確か夜の十時に日本で唖喰を倒したと思ったら午前一時にアメリカにポータルが出現したって言ってたな……。
なら事前に予測しておけばと思ったが、唖喰の襲撃を予測することは難しいとゆずが授業で教えてくれた。
あと、過去に上空や深海にポータルが出現したことはないという。
研究班の見解としては、唖喰の活動圏外ではないのかと推測されているそうだが、やはり詳細は不明らしい。
「それでもこう静かだと逆に不安になるよな……ポータルが開いたら唖喰が出てくるって言ってたが、ポータルが複数出ることはあるのか?」
「ちょ、やめてよ司! そんなこというとフラグが立って、言ったことが現実になっちゃうでしょ?」
そう鈴花に批判されて気づく。
うわぁ本当にフラグって無意識に立つもんだな……。
俺たちの不安を察知したのかゆずが答える。
「安心してください。長年の研究のなかで分かった数少ないことの中に、ポータルは一度に一つしか開かないことが判明しています」
「並木さん……ある漫画にね、百年間壊されなかった壁が今日壊されない保証はないって言葉があるの。その研究成果だっていつ覆されるのか分かったもんじゃないわ……」
突撃の巨神か~。
確かに唖喰の現状と似てなくもないな…。
「それこそまさかですよ。ポータルが出現する可能性の地点がいくつかあるんですが、一つのポータルが開くと、ほかのポータルの反応がなくなるんです」
どうやらちゃんと裏を取ったうえでの確証のようだ。
それなら一学生の俺たちが口をはさむことはない。
「唖喰は別次元の世界から来てるんだっけ? 向こうがどうなってるのかわかんないの?」
それは確かに気になる。
唖喰がポータルを開いてこちらの世界に侵攻してくるなら、逆も可能なのではないだろうか?
そんな俺たちの疑問にゆずは首を左右に振って否定する。
「過去に偵察機をポータルに投入したことがあるのですが、結論から言うと唖喰の世界には行けませんでした」
投入された無人偵察機をポータルの中に放り込んだが、偵察機から送られてきた映像にはどこまで行っても暗闇しか見えず、やがて偵察機が破壊されたのか、映像は途切れたという。
偵察機を放り込んでは映像が消えるを何十回と繰り返した結果、異次元に住む唖喰の世界への調査は断念されたという。
「何でも、次元の壁が阻んでいるのではと言われていますが、はっきりとした原因は不明のままです」
「なんかずるいな~、こっちは向こうから来ないと手出しできないのに、向こうはほとんど好きなタイミングでこっちに来れるんでしょ~?」
全くもってその通りだ。
何らかの手段で唖喰の拠点を叩くことが出来れば、安泰だがそう上手くいかないようだった。
「とにかく、私達魔導士に出来ることは来る戦いに備えて鍛錬と警戒を続けることです。備えあれば憂いなしとは何事にも通ずる大事なことなのですから」
ゆずはそう話を締めくくる。
明確な敵がいるのに攻められないもどかしさを抱えながら、昼休みのチャイムが鳴り、午後の授業へと移っていく。
放課後、オリアム・マギ日本支部の地下五階にある訓練場では今日も鈴花とゆずの訓練が行われていた。
辺り一面白塗りの部屋で、ゆずと鈴花が向かい合っている。
ゆずが魔法陣を展開させて、術式を発動する。
「攻撃術式発動、光弾展開、発射」
ゆずが光弾を次々と放っていく。
狙いは前方二十メートル先にいる鈴花だ。
鈴花は焦ることなく、障壁を展開する。
「防御術式発動、障壁展開!」
鈴花が展開した障壁はゆずの光弾を防いでいく。
初めの頃はビビッてばかりだったが、流石に三日も同じことを続けていれば、嫌でも慣れてくる。
「攻撃術式発動、光弾展開、発射!」
鈴花がお返しと言わんばかりに光弾を放つ。
ゆずも先ほどの鈴花のように光弾を障壁で防ぐのかと思いきや……。
「ぬるい」
ゆずはそう言いながら魔力を込めた手で鈴花の光弾を払った。
「うう、なら攻撃術式発動、光剣三連展開、発射!」
自分の光弾があっさりと消された事に動揺しつつも、鈴花は術式を発動させて今度は光剣三本をゆずに向けて放った。
おお、昨日は一本しか出せなかったのに今日は三本も出せたのか。
俺は二人の模擬戦を観戦しながら鈴花の成長に関心していた。
鈴花が自分の中の魔力を自覚する訓練後、俺に向けて光弾の術式を放ったがあれはゆず曰く珍しいケースらしい。
珍しいっていうのは鈴花が俺に攻撃術式を放ったことではなく、魔力を自覚して間もないのにも係わらず訓練着に刻まれていた攻撃術式を使えたことだ。
普通は魔力を自覚してから実際に術式を扱えるようになるまで一か月近くかかるそうで、工藤さんや柏木さんもそれに近い期間の訓練を重ねたと聞いたが、鈴花はそれらの行程を無視していきなり術式を扱えた。
要は鈴花には魔導を扱う才能があった。
この事実に一番大喜びしたのは鈴花本人だ。
魔導少女として確かな実力があると確証されたのだから当然だろう。
ただその反面俺はそれを素直に称賛出来なかった。
こう言ってはなんだが戦う才能なんてなければ、鈴花の魔導少女として唖喰と戦う意思が無くなるんじゃないかと勝手な期待をしていた。
俺は魔法少女が好きだけど、だからといって鈴花に戦うことを強制するつもりは全くない。
魔法少女達が戦う姿と友達である鈴花が戦う姿を同一視するなんてしたら、俺は何のためにゆずが唖喰と戦う姿を見たんだってことになる。
少しでも鈴花に危険な目に遭ってほしくない。
じゃあ俺と出会う前から唖喰と戦って来たゆずならいいのかっていうとそれも違う。
俺はただ、誰にも死んでほしくないだけだ。
それが唖喰と戦えない俺の我が儘だということは理解している。
でも理解しているからといって納得しているわけじゃない。
「今度は! 攻撃術式発動、光弾五連展開、発射!」
鈴花の声に自分が思考に耽っていたことに気付いて、バッと訓練場の方へ顔を向けると鈴花は既に息も絶え絶えといった風に大きく肩を揺らしていた。
対するゆずは呼吸一つ乱さずに鈴花を手玉に取っていた。
そして鈴花の放った光弾を掠りもせずひらりひらりと躱していき……。
「お終いです」
右手を鈴花に向けると一メートルにも及ぶ魔法陣が展開され……。
「ちょ、まっ……」
「攻撃術式発動、魔導砲発射」
魔法陣から大きな光線が放たれ、鈴花を飲み込んだ。
――ビィーッ!
鈴花のリタイアを知らせる警報が訓練場内に響いたことで、今日の模擬戦は終了した。
訓練後、俺たちは食堂で休憩をしていた。
食堂は専属の料理人がふるまう料理のほか、認証キーがあれば無料で使えるドリンクバーがある。
空間は相変わらず真っ白だが、たぶん二百人いても余裕があるくらいの広さがあり、今は俺達と料理人以外の人はいないため、閑散とした感じだ。
ドリンクバーで俺はお茶、ゆずと鈴花はレモンティーをコップに淹れて一つのテーブルに集まって座る。
今からここで、今日の訓練の反省会と魔導の勉強だ。
「あ~、負けた~、ダメージは無いって分かってても光線に飲み込まれるのはいい気分じゃないわね……」
「五年も戦ってきたゆずに魔導少女になって四日のお前が勝てるわけないだろ……」
「気にすることは有りません。そもそも対人戦で勝ち負けを競うことは、唖喰と戦う上ではなんら意味がありませんので」
「そうだ! アタシが勝つべき相手は並木さんじゃなくて、唖喰だ!」
ゆず、それは励ましてるのか? 鈴花も乗っかるなよ……。
このやりとりもここ三日ですっかり馴染んできた。
ゆずは鈴花の教導係として接してきたこと、鈴花はゆずから魔導と唖喰の知識を教えられてきたことで初対面の時よりだいぶ打ち解けてきたように感じる。
「その唖喰との実践もまだなのに訓練が順調だからって調子に乗るなよ?」
「分かってるっての~、あと司、なんか最近あたりきつくない?」
「……んなことねえよ、普段通りだ」
鈴花の指摘に内心驚きつつ、そう言い繕った。
唖喰と関わってほしくないって気持ちが態度に出ていたのか……。
でもなんだが鈴花の訓練が順調なのは組織の一員として考えれば喜ばしいことは確かなのに、俺個人としてはそのことに言いようのない不安を感じていた。
このままではいけない。
そう思うのに不安の原因が分からない限り、どうすれば不安を払うことが出来るのかも分からない。
この三日間鈴花の訓練の様子を見てきて俺はそう感じていた。
「ですがこの三日で橘さんは大きく成長しています。一般的な魔導士が今の橘さんのように動けるようになるまでは魔力のコントロールも含めて二か月近くは掛かりますので、実戦の経験を積んでいけば良い魔導士になれると思いますよ」
「へっへ~ん、不満タラタラな司と違って並木さんはアタシをしっかり褒めて伸ばしてくれてるもんね~」
ゆずから送られた惜しみない称賛に鈴花は鼻が高いといわんばかりにそう誇らしげに言った。
その態度にイラつきつつ、ゆずにあることを尋ねてみた。
「ゆずは魔力のコントロールとかはどのくらい掛かったんだ?」
五年も戦ってきたゆずは。工藤さん達から見ても相当強い魔導少女だと教わったが、鈴花と同じようなスピードで成長していったのかと思って聞いてみた。
それで返ってきた答えが……。
「魔力のコントロールは橘さんと差はありませんでしたが、今の橘さんほどでしたら二時間後には出来るようになっていました」
「「……え?」」
予想外の答えだった。
えっと待てよ……ゆずは十四歳だから五年前っていうと九~十歳くらいで半日も経たない内に今の鈴花と変わりなかったってことか?
え、早くない?
「……嘘でしょ……並木さんが十歳くらいの時と同じって」
鈴花もその事実にショックを受けていた。
昨日なんて「アタシってもしかしたら魔導史に名前が残っちゃうくらいの成長ぶりなんじゃない!?」って興奮していたからな……。
上には上がいる。
それは魔導の世界においても変わらないようだ。
「いえ、唖喰との実戦は丁度その頃ですが、魔力のコントロールは五歳の頃に……」
「幼稚園児に負けたああああああ!!!!!」
「五歳の頃ってそんな時から唖喰と関わってきたってことか!?」
鈴花は実際の年齢のほうにショックを受けていたが、俺はゆずが小さな頃から魔導と唖喰に関わっていたという事実に驚いた。
「はい、五歳の頃から魔導の訓練を積んできましたので、戦闘経験は五年ですが魔導の経験は十年近くになります」
「……」
ゆずの十四歳……今年で十五歳だということを踏まえても、彼女は十五年という時間の三分の二をあんな戦いの為に費やしてきたのだと知った俺は、どう返せばいいのか分からなかった。
同時にゆずの両親はどうしているのか、なんて疑問が浮かんだがそれを口に出す事はなかった。
変わらず無表情だが、なんとなくゆずが〝これ以上は言わないし聞くな〟という無言の圧力を発しているのが分かったからだ。
ただ、ゆずの両親の所在が彼女が日常に疎いことと魔導少女になった理由に密接な関係があると悟らせることには十分な情報だった。
その後は解散となり、俺と鈴花は自分の家へと帰ることになった。
そして翌日。
遂に鈴花が初の実戦に出ることになった。
この作品って敵と戦う場面があることを忘れられてそう。
次回更新は4月24日の朝に更新予定です。




