214話 新人魔導少女、日本に留学するってよ
「すみません、転入早々ご迷惑をお掛けしてしまって……」
「別に良いって。日本での生活に慣れるのに大変だろうし、俺でもゆず達でも存分に頼ってくれ」
申し訳なさそうにするルシェちゃんに、俺はそう言って励ました。
その言葉が効いたのか、ルシェちゃんは精一杯の笑みを浮かべて……。
「……ありがとうございます」
力なくそう感謝の言葉を伝えてきた。
あの後、保健室に着く頃にはルシェちゃんの容体は落ち着き、体温と血圧に異常は見られなかったという。
検査の間、俺は由乃にルシェちゃんの日中の様子を尋ねたのだが、これといって有力な情報はなかった。
強いて挙げるとすれば、男子に対してよそよそしいくらいだ。
それも俺と会った様子を見て、由乃は男に免疫がないのだと思ったようだが……俺は何となく察しがついた。
ルシェちゃんは九月中に行われた日仏魔導交流演習において、元支部長でアリエルさんの叔父であるダヴィドから性暴力を受けている。
事件解決後はメンタルケアを兼ねた通院をすることになっていたはずだが、さっきのショック状態はその時の影響だろう。
どうしてルシェちゃんが日本に来ているのか、それらの事情は本人から日本支部で答えると伝えられているため、無理に訊き出す事はせずにその言葉に従うしかなかった。
日本支部の支部長である初咲さんも何か知らないか尋ねるため、ゆず達には一足先に日本支部に向かってもらっている。
俺はルシェちゃんの案内と擁護を兼ねての同行だ。
さっきの様子では心配だし、どのみちこうしていただろう。
俺やゆず達に迷惑を掛けてしまったことを気に病んでいるせいで、道中はさっきの会話以外終始無言だった。
そうして日本支部に辿り着き、ゆずから支部長室に来るように連絡があったため、ルシェちゃんと二人で初咲さんのいる支部長室に向かう。
両開きのドアの片方を開けて、中に入ると……。
「ツカサ様ーっ! お会いしたかったですわぁーっ!」
「え、アリエ──んぐっ!?」
白銀の光が舞ったかと思うと、何故か日本にいるアリエルさんから熱烈な抱擁を受けた。
む、胸が、顔にぃ……っ!
「アリエルさん、司君が苦しそうです! 離れて下さい!」
「やぁん! もう、強引ですわね……!」
「強引なのはそちらではありませんか!」
「ゆず、とりあえず落ち着こう?」
アリエルさんの行動にお怒りのゆずさんが、彼女を引き離す。
危うく二度目の乳圧による窒息を経験するところだったので、止めてくれてありがたい。
そのまま戦闘を勃発しかねない様子のゆずを、鈴花が宥める。
「あ、あはははは、さっきのしんみりした雰囲気もどこかに行っちゃったね……」
そして支部長室にはアリエルさんだけでなく、菜々美も同席していた。
まぁ、彼女もフランス支部の騒動に関わっていたので、居てもなんら不思議じゃないんだけど……。
俺がそう思っていると、ゴホン、と咳払いが聞こえてきた。
「これで全員揃ったわね」
声の主は日本支部の支部長である、初咲さんだった。
その初咲さんは、俺と目を合わせるとどこか呆れたような視線でジトーッと見つめてきた。
「〝聖霊の歌姫〟があなたに好意を抱いているとは聞いていたけれど、ここまで熱烈だとは思わなかったわ……」
「うふふ、愛が成せることですわ、ウイサキ支部長様」
「なんか、すみません……」
平然と言ってのけるアリエルさんに反し、居た堪れなさに押し潰されそうな俺はそう言う事しか出来なかった。
「謝罪するくらいなら誰か紹介しなさいな……っと今は置いといて、あなた達に集まってもらったのには、彼女……ルシェア・セニエに関していくつか伝えたいことがあるからよ」
「!」
ぼやきながらも本題を語った初咲さんの言葉は、決して無視出来ないものだと察する。
さっきのルシェちゃんの恐慌状態に関係することだろう。
そう思うと、アリエルさんがスッと挙手をした。
「ウイサキ支部長、続きはワタクシが致しますわ」
「……そうね、聞きかじりの私より、同支部のあなたの方が適任ね」
初咲さんは納得したように頷いて、アリエルさんに説明役を譲った。
そうして説明を引き継いだアリエルさんが口を開く。
「まず、ルシェアがツカサ様達が通われている高校へ留学生として転入した理由の前に、今の彼女が抱えて悩んでいる現状についてご説明致しますわ」
そこまで言って一度区切り、アリエルさんはルシェちゃんを一瞥する。
それは『ここから先を今この場にいる人達に明かしても良いか』と尋ねているようにも見えた。
対するルシェちゃんはコクリと頷いて、アリエルさんに許可を出した。
許可を得たことでアリエルさんは一度瞑目し、目を開けて説明を始める。
「まず、ルシェアがワタクシの叔父であり、元フランス支部支部長であるダヴィド・アルヴァレスの凶行の被害に遭ったことは、皆様も承知かと存じます」
彼女の言葉の通り、今この場にいる面々はその事件の概要を把握している。
なので各々に反応を返し、アリエルさんは続ける。
「事件後の検査にて身体には異常が見られなかったのですが、カウンセリングにおいてある事実が判明致しましたの」
アリエルさんはそこで言葉を区切り、ルシェちゃんを手招きする。
それに応じた彼女はゆっくりとした足取りでアリエルさんの隣に立ち、彼女の肩に手を置く。
「それは……ルシェアは男性恐怖症を抱えているという事実です」
「「「「──っ!」」」」
俺達四人は、一斉に息を呑んだ。
男性恐怖症とは異性から受けた暴力などにより、異性に対し拒絶にも似た嫌悪感・恐怖を抱える精神病……所謂トラウマの一種だ。
ダヴィドから不当な性暴力を受けたルシェちゃんがそうなってもなんら不思議ではないだろう。
むしろ、そんな精神状態だったのにも関わらず、アリエルさんを助けるためにダヴィドへの恐怖を振り切って、俺に協力してくれた勇気を称賛したいくらいだ。
「なんで教えてくれなかったんだよ……」
「ご、ごめんなさい……」
「日本支部の皆様に余計な心配を掛けたくないと、彼女たっての希望でしたので……あまり彼女を責めないで下さいませ」
「いや、別に責めてるわけじゃないですし……」
「あれ? でもそれっておかしくない?」
鈴花がそう口を挟む。
そう、ルシェちゃんが男性恐怖症を抱えていることは、さっきの後輩男子に手を引かれた際の反応を見ていれば納得できる。
しかし、そうなるとどうしても腑に落ちない点が一つだけある。
「ええ、何故司君が相手の場合は発作や拒絶反応が起きないのでしょうか?」
ゆずが言った通りのそのままだ。
俺は今日、ルシェちゃんを介抱した時もそうだが、事件後に王様ゲームで何度か彼女に触れている。
にも関わらず、今日のような拒絶反応は全く現れていないのだ。
「ええ、その疑問こそが、ルシェアが日本の学校に通うことになった理由と関係がありますの」
「俺に対して発作が起きないことが?」
「はい」
アリエルさんがゆずの言葉を肯定する。
「まず、ツカサ様が日本支部所属であること。これだけであれば実は然程問題視するものではありませんでしたわ」
「? なんでですか?」
「結果的にルシェアが日本に転属することになりましたが、戦力的な意味であれば逆の形が望ましいのです」
「逆って言うと、司がフランス支部に異動になるってこと?」
「ええ、スズカ様の仰る通りですわ」
アリエルさんはそう言うが、もちろん俺にフランス支部への異動命令は出ていない。
どういうことかというと……。
「ツカサ様がフランス支部へ異動された場合、ユズ様とナナミ様も同行される可能性が予見されたからですわ」
「「──うっ!?」」
図星を突かれたのか、ゆずと菜々美があからさまに動揺した。
なるほど……もし俺が本当にフランス支部に異動になったら、どうやって自分達もフランス支部へ行こうかちょっとでも企んだんだろうな。
だが、実際に行動に移すとなると、菜々美はともかくゆずには多大な障害が伴うだろう。
何せ、ゆずは最高序列第一位〝天光の大魔導士〟だ。
日本支部と人類最強の魔導少女が、たった一人の男の異動に合わせて自分の所属する支部を変えるなど、事が簡単に済むはずがない。
日本支部は甚大なパワーバランスの崩壊になるし、逆にフランス支部に偏る。
その可能性が容易に予想できたからこそ、フランス支部からすれば多少の痛手ではあるが、ルシェちゃんを日本支部に移すことになったってことか。
ぶっちゃけると、好きな人と離れ離れになりたくない乙女心が障害になってしまったわけだ。
「ツカサ様がフランス支部へ来て下されば、ワタクシも色々と捗るのですが、こればかりは仕方ありませんわ」
……何が捗るんだろう。
戦闘か?
訓練か?
聞いたら墓穴を掘りそうだし、敢えて聞かなかったことにしよう。
それはともかく、アリエルさんも俺を恋慕する一人とあって、純粋に残念そうだった。
ゆず達も俺に合わせて所属する支部を変えようと企むのも、同じく俺に対する好意から来ている。
その事実を暗に思い知らされたことで、どうしても意識してしまう。
っとと、今はルシェちゃんの話だ。
俺を取り巻く恋愛事情のことは後にしよう。
「続いて、ルシェアの男性恐怖症の治療には、やはりどうしても男性との接触が必要不可欠となります。ですが、そこらの支部の男性に可愛いルシェアを任せるわけにはいきません」
「えと、ありがとうございます……」
敬愛するアリエルさんから可愛いと言われたことに、ルシェちゃんは喜びを隠せない様子だった。
そして、今のアリエルさんの言葉で、どうして俺が関わっているのか大体解ってきた。
「つまり、王様ゲームの一連の接触でルシェアちゃんが司くんに対してだけ、発作が起きないことは実証されているわけだから、ルシェアちゃんと仲が良くてアリエルさんが信頼出来る男性っていう条件を満たせるのが、司くんだけだったってこと?」
「ええ、ナナミ様のお言葉こそが、ルシェアが日本支部に──ひいてはツカサ様達の通われている学校への転入に至る理由ですわ。それに、ワタクシとルシェアの信頼もそうですが、何よりツカサ様にはユズ様の日常指導係の成功という、実績面においても一切不足はないどころかこれ以上ない適任でもありますの」
「そういうことですか……」
「うんうん、言われれば納得だわぁ……」
「司くんなら確かに安心するもんね」
う、おぉ、なんかすっげぇ照れる……。
ゆずも実感が篭ったようにうんうんと頷くし、鈴花も菜々美も納得している。
「さて、ツカサ様。あなたにはこれからルシェアの男性恐怖症のリハビリを請け負って頂くことになりますが、よろしいでしょうか?」
アリエルさんがニコリと微笑みながら問い掛けて来る。
ここでもちろん──とすぐに了承するわけにはいかない。
何せ、ゆずの時もそうだが、俺の頑張り次第によってルシェちゃんの将来が決まるからだ。
日常指導係を成功させたといってもまだ途中も良い所だ。
それでもせっかく立ててもらった白羽の矢で、何よりルシェちゃんのためになる事だ。
断る理由なんて最初から無に等しい。
それでも、俺でいいのかという確証が欲しいのが一番の本音だ。
だから、俺はルシェちゃんに質問をする。
「ルシェちゃん」
「はい……」
「本当に俺が君の男性恐怖症を治す手伝いをしていいのか?」
「……」
その質問に対して、ルシェちゃんはすぐには答えなかった。
顔を俯かせて、両手を胸元に添えてギュッと握る。
逡巡すること、一分と経たずに彼女は顔を上げて真っ直ぐに俺の顔を見据える。
「……他にどれだけ適任の人が居ても、ボクはツカサさんが良いです」
それは彼女と会ってからあまり聞いたことのない、ルシェちゃん自身の望みだった。
「その、ツカサさんに頭を撫でてもらうと胸の奥がポカポカして、あぁこの人はこんなにも優しい手つきでボクを想って撫でてくれてるんだーってツカサさんの気持ちが伝わって、すごく安心出来るんです」
その言葉に嘘はないということは、照れ気味に頬を赤くしてはにかむ表情をみれば判ることだ。
ルシェア・セニエにとって、俺──竜胆司への信頼は他の男性とは比べるまでもない差があると暗に示していた。
「ボクじゃ、ツカサさんにたくさん迷惑をかけちゃうかもしれないですけど、よ、よろしくお願いします!」
拙い言葉で自分の気持ちを表したルシェちゃんは、そう言って頭を下げて懇願する。
それを見た俺は、頬が緩むのを抑えられず、そっと彼女の頭に手を置いた。
「あ……」
「──解った。俺はルシェちゃんの男性恐怖症を治すために協力する。それに言っただろ? 俺はルシェちゃんの先輩で、魔導少女の日常を守るために出来る事をするんだって」
「~~っ、ありがとうございます!!」
俺が断ることなく受け入れたことで、ルシェちゃんは心の底から感謝の言葉を口にした。
そう、俺は魔導少女の日常のために人の悪意と戦うと決めた。
もし男性恐怖症の彼女に──いや、そうでなくともルシェちゃんに不埒なことを企む奴が近付いて来るのなら、全力でぶっ飛ばしてやろう。
この日、俺は日常指導係を改めて、ルシェちゃんの男性恐怖症の矯正をすることとなった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は2月26日に更新します。
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