204話 特別なプレゼントのために
フランスでの交流演習が終わって初めての週末を迎えようとしている十月頭。
フランスにいた時はもう少し肌寒く感じていた気温も、残暑がきつかった日本においても少しずつ下がっていた。
もう交流演習は終わっているのに、普通にアリエルさんやルシェちゃんと会って何の話をするかと考えてしまうあたり、あの日々もしっかりと記憶に根付いていると実感できる。
国が違うから仕方がないとはいえ、やはりどうしても寂しさを感じてしまう。
出会いがあれば別れあり……人生はその繰り返しだってどこかで聞いたことがあるが、それは別れたとしてもまた出会いがあるとも取れる。
そんなことを考えながら、俺はある目的のために羽根牧商店街を歩いていた。
既に目的の物は買い終え、家に帰った後はどうしようかと考えていると……。
「ヒュ~、見ろよ。この外国人の姉ちゃんめちゃくちゃヤバくね?」
「っべ~、マジっべ~わぁ!」
「お姉さん、暇ならオレ等と遊ばね?」
白昼堂々と髪を金髪に染めてアクセサリーをジャラジャラ身に着けているチャラい人達が、一人の女性を囲ってナンパをしていた。
あちゃ~……あれだと逃がす気ゼロじゃねえか……。
周りの人達も迷惑そうな視線を向けているものの、チャラ男達と関わりたくないのか見て見ぬふりをしている。
「ていうかお姉さん何人?」
「……」
「おい、オレ等が話しかけてんのに無視すんじゃねえよ」
「言葉分かんないんじゃねえの? ないすとぅみ~ちゅ~?」
「ぎゃっははは、じゃあさ、テキトーに言いくるめてホテルに連れて行こうぜ」
「おっけぃ~」
……。
……なんかイラっとして来た。
理由は……十中八九ダヴィドのせいだろう。
こういう、自分の下半身の欲求に忠実なやつをみると、どうしてもあいつがルシェちゃんを始めとした元魔導士達にしたこと、アリエルさんにしようとしたことを思いだしてしまう。
流石にあの時のように鉛玉を撃つような真似はしないが、女性をモノ扱いする態度には虫唾が走る。
「はぁ~……こんなんだからお人好しって言われるんだろうなぁ……」
見つけてしまったものはしょうがない。
買った物をポケットにしまって、俺はチャラ男達の元へ歩み寄る。
見れば、チャラ男達の内の一人が囲んでいる女性に手を伸ばしている。
それを止めようと チャラ男達を退けようとして声を掛ける。
「おいアンタら、女遊びなら別のとこで――」
「貴様等のような下賤な輩が汚い手でワタシに触るな」
「――え?」
しかし、続いて聞こえた聞き覚えのある声に呆気に取られた隙に、手を伸ばしていたチャラ男の腕が掴まれた。
誰に?
チャラ男達がナンパしていた女性に。
「――ッフン!」
「いぃぃだだだだだっ!!?」
女性はチャラ男Aの腕をグリっと捻って関節をいじめる。
いや、あれいじめって表現じゃ生温いくらい捻ってる。
ドリルみたいに360度回っちゃってるよ。
チャラ男Aは突然の事態に混乱しているのか、もう片方の手で払おうともせずに痛みに悶えるだけだった。
「ちょ、おま、何するんだよ!?」
チャラ男Aの関節がドリル化したことに戸惑いつつ、それをチャラ男Bが咎める。
「――は?」
「っヒィッ!!?」
しかし悲しきかな……チャラ男Aの関節を450度に差し掛かる位置まで捻る女性から、心臓を射抜くような鋭い視線で睨まれたことにより、チャラ男Bは顔を引き攣らせてズボンの色を変えながらあっさり退いた。
いや、まぁ……あの人が相手じゃしょうがないけど、後でちゃんと綺麗にしろよ?
「テンメェー! 女だからって調子に乗んなよ!」
一部始終を見ていたチャラ男Cが敵討ちと言わんばかりに女性に殴りかかる。
片腕がチャラ男Aのもうどう形容すればいいのか分からない程に捻じれている関節で塞がっている分、自分に利があると踏んだのだろう。
実際、女性はその場から一歩も動いていない。
でも俺も動かない。
だってあの人に手助けの必要なんかないからだ。
「複数で一人を囲んでいる貴様等の方が調子に乗るな」
「ぐげべっ!?」
空いている方の手による手刀で素早くチャラ男Cの首筋を捉え、チャラ男Cは一撃でその場にor2の姿勢で崩れ落ちた。
「がぼぼ……」
気付けば関節が原型を成していないチャラ男Aが泡を噴いていた。
もう再起不能だと思う。
そうして女性は意識を失っている三人のチャラ男達の頭に手を添えていき、汚いものに触れてしまったといわんばかりに、ハンカチで……いや、ティッシュで手を拭った。
自分のハンカチで拭うことすら嫌うか……相変わらずの男嫌いでむしろ安堵してしまった自分がいる。
「ふん」
チャラ男達を過剰に撃退した女性……ダークブラウンの髪をストレートに降ろして、白のTシャツの上に黒のカーディガンを羽織り、ジーンズのズボンとスニーカーという動きやすさ重視の格好をしているクロエさんは、歯牙にもかけない様子で息を吐いた。
まさか彼女がチャラ男達を退けるとは思わず、通りすがりの人達全員が唖然としていた。
当のクロエさんも全く気にしていないようで、もう留まる意味はないと歩きだしていた。
「――っむ」
「あ……ども……」
しかし、その方角は俺が立っていたほうであり、クロエさんとばっちり鉢合わせする形となった。
俺は戸惑いながらも挨拶をするが、クロエさんは露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。
それも無理はないと思う。
何せクロエさんはアリエルさん第一主義みたいな人で、そのアリエルさんが俺に愛の告白をしたばかりかファーストキスも捧げて来たのだ。
直前で上がった俺への信頼度も帳消しどころかマイナスにまで突っ切る程にガチギレした彼女は、元の男嫌いも相まって俺を親の仇かというくらいに嫌っている。
流石にあの場に居続けると周囲の目があるため、俺とクロエさんは場所を移動してから話を始めた。
「ッチ。何故貴様がここに居る?」
「どうしても何も、生まれも育ちも羽根牧区なんで……」
「あぁそうだった……」
「それで、クロエさんはなんで日本に?」
俺の経歴に目を通したことがあったためか否定出来ずに忌々し気に眉を顰めるクロエさんに、どうして日本にいるのかを尋ねる。
「何故ワタシが貴様に教えなければならない」
「いや、別に無理に聞きたいわけじゃないんで、そこまで睨まないで下さいよ……」
純粋な疑問で聞いたことが、どうもクロエさんの怒りに触れるようで、さらに強い眼光で睨まれてしまった。
えっと、何か話題を逸らさないと……。
「あ、そういえば明日はアリエルさんの誕生日なんですよね? 丁度これアリエルさんへの誕生日プレゼントを――」
「おい」
「――買って……え?」
言葉の途中でクロエさんの声が重なり、思わず呆気に取られているとクロエさんが俺の両肩をがっちりと掴んだ。
「何故貴様が、一年に一度のアリエル様がこの世界に生を受けた神聖なる生誕日を把握しているのだ!?」
クロエさんは余程俺がアリエルさんの誕生日を知っていることに驚愕を隠せない様子だった。
というかなんだ神聖なる生誕日って……普通に誕生日って言えよ。
「ノートルダム大聖堂の南塔でアリエルさんと話した時に、本人から教えてもらいまして……それにアリエルさんから直筆の招待状ももらってますよ」
「アリエル様ぁっ!」
あぁ、クロエさんが何を考えていたのか分かった。
クロエさんは俺にアリエルさんの誕生日を教えずに、あの人に俺のことを失望させようとしていたのか。
やることが小学生の男子みたいで妙に姑息だなぁ……。
「ッチ。そういうことなら仕方ないな……本当は来るなと言いたいが来なければアリエル様が悲しまれる、解ったら来い」
「反対するのかアリエルさんを応援するのかハッキリしろよ……」
「貴様のことは嫌いで、アリエル様を愛している……分かり切っていることだ」
「そうでした……」
そこだけは俺がゆずの日常指導係を辞めるのと同じく、天地がひっくり返っても変わることはないだろうな。
完全に私情でしか動いてないっぽいけど……。
「あれ? ゆず達もアリエルさんの誕生日を知ってますけど、それならなんでクロエさんが日本にいるんですか?」
「っ、だから何故……まぁいい。日本に来たのはアリエル様へ送る献上品を捜すためだ」
「え……?」
意外なことを答えるクロエさんに、俺はポカンと呆気に取られた。
何せ、クロエさんはアリエルさんの幼馴染だ。
彼女が五歳の頃から仕えていて、かれこれ十五年以上の付き合いになるというのに、献上品――プレゼント捜しに日本にまで来るとは思っていなかったからだ。
正直、渡されたアリエルさんがドン引きするようなプレゼントを渡すもんだと思ってた。
「何を驚いている?」
「いや、まだ決まっていないのが意外だなぁって……」
「ワタシが自らの人生を捧げると誓ったアリエル様の生誕日に送る品物だぞ? 初めて献上品をお贈りした際に『来年からは一つだけでいい』と釘を刺されなければ早々に決まっていた」
「待って、五歳の女の子同士でそんな言葉が出て来るようなものをプレゼントしたのかよ」
「アリエル様への忠誠を示すのに絶好の機会であったからな。だが何故アリエル様は一つだけでいいと仰られたのか、未だに分からん」
「えぇー……」
何をプレゼントしたかは分からずじまいだけど、その時のアリエルさんの返事を聞いても過剰過ぎたって気付いてないのかよ……。
ほんと、アリエルさんのこととなると見境が無くなる人だな。
「でも長い間一緒に居るなら、ある程度の好みとか覚えませんか?」
「好みを覚えるからこそ、一層悩むのだ。貴様もスズカ殿と長い付き合いなのだろう? であれば、彼女にプレゼントを渡すとして、好きな物だからと安物で済ますのか?」
「えっ、いや、流石にそれは……」
言っててクロエさんの言わんとすることに気付いた。
なるほど、要は普通に喜んでもらいたいってわけじゃなくて、一番喜んでほしいってことか。
確かに鈴花の好きな物は把握しているけれど、一番喜んでほしいとなるとかなり悩む。
同じプレゼントだろうと少しでも良い物か思い出に残りやすい物を渡したいと思うのは、確かに共感できた。
「特に今年はアリエル様の悲願が達成された特別な年だ。生半可な物を献上しては従者として失格だ」
「アリエルさんなら物の価値で判断したりしないと思いますけど……つまりクロエさんは最高のプレゼントを捜すために日本に来たって訳なんですね」
「そうなるな。だがその矢先にあの下賤な輩どもだ……やはり母国で捜すべきだったか」
クロエさんはアリエルさんのためなら国境を越えることも厭わないけど、あんな女性をモノ扱いするような奴らに絡まれて、俺に出会ったことも含めてすっかり不機嫌だった。
せっかく彼女が日本に来たというのに、良い思い出がないのはあんまりだなと思った。
……よし。
「クロエさん、何の縁かこうして会ったんですし、俺もアリエルさんの誕生日プレゼントを選ぶ手伝いをさせてください」
「断る。貴様の手を借りる必要性を感じない」
一蹴されるの早っ。
だが俺は食い下がる。
「でも俺と一緒ならさっきみたいな奴らに絡まれることはないですよ?」
「それも必要ない、自分の身は自分で守る。先の光景を見ていたのなら容易に分かるはずだ」
「いや、クロエさん綺麗なんですから、これからも頻繁に狙われますよ?」
「――はあっ!!?」
いつもアリエルさんの近くにいて霞がちだけど、男装麗人と言っても差し支えない程にクロエさんの顔立ちは整っている。
ダークブラウンの髪は身だしなみに厳しそうな彼女の手によって太陽の光を受けて艶のある輝きを放っていて、切れ長の紫の瞳は薔薇の刺のように美しい鋭さを感じる。
スッと綺麗な線を描く鼻筋に乾燥とは無縁のような柔らかそうな唇、動きやすい恰好であるために服の上からも分かる女性らしい体つきと、さっきのチャラ男達がクロエさんに目を付けたことだけなら共感できるくらいだ。
そんなクロエさんを一人で歩かせて、肉食系な男達が放っておくはずがない。
そう指摘すると、驚愕を交えながらクロエさんが頬を赤らめて俺を睨んで来た。
「え、なんか変なこと言いました?」
「あ、あぁ! 思い切りな!? ワタシなど、アリエル様の足元にも及ばん!」
「確かにアリエルさんは別格ですけど、クロエさんだって負けてないって俺は思ってますよ」
「減らず口をっ! そんな世辞を言ってワタシに恩を着せるつもりか!?」
「世辞で着せられる恩なんて紙切れと同じですよ。俺はただありのままのことを言ってるだけです」
「ありのままっ!?」
どうしてだろう。
会話が進む度にクロエさんの顔が赤くなっていってる。
どうやらクロエさんは自分の容姿に関してはあまり関心がないのか?
化粧をしてる様子も無いし……ってすっぴんでこれかよ。
魔導士ってやっぱ顔面偏差値高いんだな……。
「そんなクロエさんを一人にしていると何度もさっきみたいに絡まれて、その度に撃退していたらプレゼント選びどころじゃないですよ。そういったナンパ除けとして俺を連れていけば、クロエさんもプレゼントを選びやすいんじゃないかって思うんです」
「なっ、ぐぐっ……」
そんなに何度も絡まれるのかと疑っているようだが、俺は知っている。
ゆずや菜々美とデートの待ち合わせをすると、かなりの高確率で俺が待ち合わせ場所に着いた段階で二人がナンパに絡まれていることを。
その度に『お前みたいなのが連れ?』って反応をされる。
もはや一種の様式美だ。
なので、ナンパを撃退する苦労はよく分かる。
アリエルさんへのプレゼント選びっていう目的のために、一々赤の他人に構っていてはそれどころじゃないだろう。
俺と一緒ならその可能性を少しでも減らせると合理性を説明すると、クロエさんは歯を噛み締めて悔し気な表情を浮かべたのち、息を吐いて口を開いた。
「――はぁ……解った。非常に癪だが、貴様の提案に乗ってやる」
「よしっ、決まりですね」
こうして俺は、クロエさんとアリエルさんへ贈る誕生日プレゼントを選ぶことになった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は1月23日に更新します。
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