197話 歌姫が口ずさむ夢想曲
「固有術式発動、夢想曲」
聞く者を魅了する美しい声音から、悪夢を齎す唖喰を殲滅する必殺の言葉が発せられた。
「『Chanter une chanson、Chanter une chanson、Grosse voix、Unisson』……」
歌姫の口から紡がれた美麗な声にのせて、アリエルの前に一つの魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣はアルニーケネージへと照準を定め、彼女はそれにランスを持っていない左手を唖喰に向ける。
アルニーケネージは自身の前でうろちょろと動くゆずに手間取り、アリエルの攻撃に気付かないまま、それは放たれた。
「『Ouverture・Solo』」
そう告げた途端、浮かんだ魔法陣から矢の先端にある鏃のような形をした光の刃が、アルニーケネージへ向かって放たれ、一瞬で距離を詰めて突き刺さった。
「ギギャアアアアアアアアァァァァァァァァッッ!!!?」
アリエルの固有術式の一撃を受けたアルニーケネージは戦闘が始まって以来、一番の苦悶の声をあげた。
それほどまでにアリエルが放った一撃が大きいと鈴花達は理解した。
「で、でもまだアイツは動けるみたいよ!?」
だが鈴花の言葉の通り、アルニーケネージは強烈なダメージを受けはしたものの、未だ戦闘を継続出来る様子だった。
戸惑う彼女を余所に、クロエは一切動揺することなく口を開いた。
「何を言う……ここからだ」
「え?」
「『Danse、Danse、Sans entraves、Sur vos pieds est lumière』……」
クロエの言葉に鈴花が尋ねる前に、アリエルが歌の続きを発した。
そうしてまた魔法陣が浮かび上がるのだが、先程と違いその数が一つ増えて、合計二つになっていた。
アリエルの旋律に合わせて隣り合うようにゆっくりと回転する二つの魔方陣に、再びアリエルが左手を伸ばす。
「ギギイイイイィィィィ!!」
アリエルの攻撃が自身の命を脅かすものだと把握したアルニーケネージは、すぐに標的をアリエルに切り替えて彼女に襲い掛かろうとするが……。
「させません」
「ギグッ!?」
ゆずがアルニーケネージの頭部に重光槍を放ち、その動きを止める。
アリエルの守りを担うと決めた彼女に死角はなく、アルニーケネージは自身の行動を阻害されることに苛立ちを募らせていく。
「『Ballard・Duo』」
アリエルが再び告げると、魔方陣から再び大きな鏃の光が放たれる。
さらに二門展開されていた魔法陣から、二門一本ずつ……二本に増加した状態で。
「ゲギャアアアアアッッ!!?」
二本の光の鏃を避ける間もなく受けたことにより、アルニーケネージは一層声を荒げた。
先の一撃より威力もスピードも上昇している事実に、鈴花は驚きのあまり絶句するしかなかった。
「『J’ai joué、J’ai joué、La mélodie du coeur、Le pouls de la vie』……」
息つく間も無く、アリエルは次の歌詞に入った。
その光景は何と幻想的で神秘的だろうか。
目を伏せて、歌詞の一音ごとに丁寧に想いとリズムを重ね合わせ、戦闘中の緊張感など忘れ去るほどに、人の魂を震わせる美しい声音に涙を流す者すらいた。
そうして見惚れている間にも、アリエルの前方に三門の魔方陣が彼女の前方に浮かび上がり、またもやゆっくりと回転を始める。
「あれは……」
「あれがアリエル様の固有術式の際たる特徴……『旋律を重ねる毎に術式の威力と範囲が一段階ずつ強化』されるのだ」
「そ、それじゃ、歌えば歌うほど術式がどんどん強くなるってこと!?」
クロエの説明に、鈴花はアリエルが放つ術式がどれだけ強力なのかに愕然とした。
固有術式〝夢想曲〟。
アリエルの固有術式の中で最も癖の少ない術式である。
アリエルが二度も放ったように、さながら大砲のように放たれる鏃を敵に向けて放つというシンプルなものだが、その真価はクロエが語ったように旋律が続けば続くほどに強化される点である。
初発の段階でアルニーケネージに明確なダメージを与える程の威力があるにも関わらず、時間が掛かるとはいえ理論上際限なく強化され続けていくのである。
既に二度目を受けたアルニーケネージは、その脅威的な威力を身を持って味わっている。
敵にしてみればこれ以上に恐ろしいことはないだろう。
やがて次弾の発射準備を終えたのか、アリエルが三度左手を前方にかざす。
「『Concerto・Trio』」
三門の魔方陣から、さらに大きく速く強化された三本の鏃がアルニーケネージに向かって飛翔する。
「ギ……ゲ……ッ!」
アルニーケネージは身体をくねらせて回避しようとするが、胴体には当たらずとも巨体故に八本の脚の根元や上部の球体に直撃する結果となった。
胴体以外は固い表皮に覆われているはずだが、アリエルの固有術式はそれすらも容易に突破する。
「ギギャアアアアアア!!」
予想外のダメージにアルニーケネージはさらに悶えだした。
早くあの敵を殺さなくてはと、アリエルに明確な殺意を顕わにするも、そのアリエルを守るために立ち回るゆずが非常に鬱陶しかった。
的確に自身の行動を潰してくるゆずをどうにかしなければ、アリエルを止めることなど出来ないと悟り、
アルニーケネージは改めて標的をゆずに切り替える。
ゆずとしては敵が自分を狙っている内が好機であるため、その狙いには非常に助かるのだが。
そんなゆずの心境を知ってか知らずか、アルニーケネージは両腕の爪で彼女を串刺しにしようと構えて……。
「その程度――」
「ギッ!」
「えっ!?」
しかし、反撃の構えを取っていたゆずに爪を突き出すことはせず、アルニーケネージは口から糸を吐きだしてゆずの視界を封じた。
「っ、しまっ――アリエルさん!!?」
ゆずは驚愕しながらも咄嗟に障壁を展開したことで糸に絡まれて身動きが取れない事態を回避したものの、その隙に方向転換をしてアリエルへ向けて左腕の爪で刺突を繰り出す。
アルニーケネージからすれば、一瞬でもゆずの注意を逸らすことだけが狙いであったため、今が絶好の機会としてアリエルを狙ったのだ。
「攻撃術式発動、光槍六連展開、発射!」
「――っ!」
強烈な突きがアリエルに向かって放たれるも、ゆずが咄嗟に放った光槍が突き刺さったことでバランスを崩したことで狙いが逸れて、アリエルへ当たることなく地面に突き刺して砂埃を巻き上げるだけに留まった。
「っ、『Aller de l’avant、Aller de l’avant、Extrémité vers le ciel infini、Au fond de l’abîme』……」
巻き起こった砂埃に顔を顰めながらもアリエルは歌を途絶えさせることなく、旋律を紡いで見せた。
アルニーケネージが地面に刺さった爪を抜く前に、四回目となる魔法陣の展開が成される。
四門の魔方陣はクルクルと一定の速度で回りながら一門ずつ、敵へ照準を定める。
魔法陣は二度目、三度目よりも多いだけでなく、一門の大きさも着実に大きくなっており、次の一撃も強力なものになると誰もが確信出来た。
当然だが、一門ずつ増える……つまり旋律を重ねるごとにアリエルの魔力は凄まじい勢いで消費されている。
段階ごとに強化される固有術式を実現に至らせたのは、ゆずに次ぐ魔力量を持つアリエルだからこそ出来たことであり、例えクロエが同じ術式を使ったところで、彼女では三門目を展開するところまでが限度である。
そんなアリエルの戦いぶりは、百メートル離れている司とルシェアにも見えていた。
ルシェアから身体強化術式を施されることで、司でも遠くでの戦いが良く見えていた。
ふと司はある疑問をルシェアに伝える。
「そういえばさっきのアルニーケネージの一撃……なんでアリエルさんは躱そうとすらしなかったんだ? ゆずが阻止するって確信してたようにも見えなかったけど……」
「……それがアリエル様の固有術式の二つの弱点の内の一つなんです」
「二つの弱点?」
司も鈴花のようにアリエルの固有術式の説明はルシェアから受けていた。
強力なアリエルの固有術式にどのような弱点があるのかを聞き返す。
「一つは先程言ったように、アリエル様の固有術式は段階ごとに強化されます。ですがこれは裏を返せばユズさんの〝クリティカルブレイバー〟のような初撃で必殺の一撃を叩きこむためには、段階を踏む必要があるのでどうしても時間が掛かる点です」
「まぁ……それはなんとなく察してたけれど……ってことはもう一つの方は――」
そう、段階ごとに強くなるということは、初撃や二発目は威力が低い状態である。
最大威力をぶつけようとしても、アリエルの歌に合わせて強化される仕様ではどうしても避けられない時間が掛かるのだ。
RPGでも、毎ターン使用することで威力が強化される技やスキルを良く見掛けたが、そういったものは須らく〝ロマン技〟〝夢スキル〟など〝魅力的だが普段使いや切り札には不向き〟といった評価がされてきた。
アリエルの術式も同様であり、時間を掛けるということはそれだけ戦闘時間が長引くことも意味する。
彼女の場合、これが現実であるためターン制などの制約がない自由な戦いが出来、なおかつクロエを始めとした味方に守られること前提で、あの固有術式が成り立っていると理解していた。
故に、司はもう一つの弱点にも大凡の察しがついていた。
「――もう一つの方は、『アリエルさんの歌が中断又は妨害されると、強化状態がリセットされる』ってところか?」
「――はい。一度止められてしまえば、また一から歌い直す必要があるんです」
「だから上位クラスを相手にする時に親衛隊は防御に徹するのか……」
司の中でようやく納得がいった。
ポーラ達は何も我が身可愛さだけで防御に徹していたわけではなく、アリエルが必殺の一撃を放つまでの時間稼ぎをしていたのだ。
だからこそ、アリエルは自らの固有術式が親衛隊の実力不足を招いた一因だと、負い目を感じていたのだ。
それが全く無関係だとは思わないが、それでも彼女達の実力不足は本人達の怠慢が招いた部分が大きい。
やはりアリエルに責任があるとは、司は思えなかった。
「クロエ様があのようなスピード特化の戦闘スタイルを選ばれたのも、アリエル様の元にすぐに戻れるようにするためだそうですよ」
「後衛を守るタンクみたいだな……タンクはタンクでも回避盾だけどな……」
そう考えれば、あの主従の戦闘スタイルは非常に良く噛み合っていると知り、なんとも分かりやすい理由に司はそうぼやいた。
だが実際にはそれが合理的であることも理解しているため、クロエの並々ならぬ努力が垣間見えたようにも思えた。
「でも今のクロエさんは満身創痍……とてもじゃないけど悪夢クラスの唖喰相手の攻撃の盾代わりになれっているのは荷が重いよな……」
「はい……」
司の冷静な現状分析にルシェアは同意するが、すぐに『でも……』と続け……。
「今に限って言えば、クロエ様より堅牢な盾がいますから、アリエル様が固有術式を発動させた時点で既にあの唖喰に、アリエル様達が負ける理由がありません!」
「そうだな、全く、頼もし過ぎるだろ――人類最強の魔導少女って」
戦いを見守る誰もが、悲観的な思考をすることはなかった。
その信頼の片棒を担っている少女は、黄色の髪を揺らしながら地面に刺さったアルニーケネージの爪に迫る。
「固有術式発動、クラックブロウ」
少女――〝天光の大魔導士〟と呼ばれる人類最強の魔導少女が駆け付けた勢いのままに、魔力の光に包まれた右手でアルニーケネージの左腕を殴りつける。
殴りつけた箇所からひび割れるように亀裂がピシピシと走っていき……。
「ギギアアアアアアアアア!!!?」
蜘蛛の腕故に七つある関節の内、顔に近い二つを残してガラスのように砕け散り、アルニーケネージは大地を揺らすほどの絶叫を上げた。
その隙を逃さず、四度目もアリエルは左手を前方に向けて放つ。
「『Carol・Quatuor』」
四門の魔方陣から一寸の狂いもなく同時に放たれた四本の大きな光の鏃は、ゆずから受けた一撃で動揺しているアルニーケネージへ吸い込まれるようにして次々と突き刺さり……。
「ギゲアアアアア!!!」
遂にその身体を貫くほどに強大な威力を発揮した。
「敵の引き付けに失敗してすみません!」
「(ニコッ)」
四度目の攻撃に成功したアリエルに対し、ゆずが自らの過失を謝罪するが、アリエルは気にしていないと言う風に笑みを浮かべた。
ゆずがそのことに安堵したのも束の間、受けた甚大なダメージによりアルニーケネージは自らの足で立つことも敵わなくなり、ズズンと大きな音を立てながら崩れ落ちた。
「ギ……ゲェ……ギギッ!!」
「――っ!」
だがまだその戦意は……唖喰の飽くなき本能は一切衰える素振りを見せずに、アリエルに向かって糸を吐き出してきた。
トドメの一撃を与えるための歌に集中する必要のあるアリエルが動けないことを悟り、最後の足掻きとして歌を止めることを優先したのだ。
アリエルの顔を糸で締めれば自分にトドメを刺すことは出来なくなる。
そう考えて動いたこと自体は、狡猾かつ敵ながら唸るほどであった。
「甘い。固有術式発動、ミリオンスプラッシュ」
「――ッギ!!?」
ゆずがいなければ。
ゆずが放ったピンポン玉サイズの光弾が糸に触れると、瞬く間に分裂してアルニーケネージの糸を塵も残さず消し去っていった。
「攻撃術式発動、光刃展開っ!!」
「ギ、ベビュ……!?」
さらにゆずが魔導杖に光の刃を展開し、アルニーケネージの顔を唐竹で縦に両断する。
糸による足掻きすら封じられ、最早唖喰に打つ手はなかった。
「『Peinture、Peinture、Rêver d’espoir、Un bel avenir』……」
そんなアルニーケネージにトドメを刺すべく、アリエルが最後の旋律を歌う。
その歌声から発せられる旋律は、この戦いで命を散らした魔導士達へ送るRequiemのようにも聞こえていた。
仇敵の死で以ってその命に報いようとする、歌姫の想いが込められた最後の攻撃が発動する。
五門の魔方陣が動けないアルニーケネージへと向けられ、アリエルが左手をかざす。
「『Requiem・Quintette・Finale』」
「ギ――」
五門から放たれた五つの光の鏃の一つ一つが、アルニーケネージを塵に変えられる程の威力を有しているのにも関わらず、全て一体の悪夢クラスの唖喰へと発射され、アルニーケネージの巨体をも飲み込み、その存在が無かったかのように塵にして消滅させた。
放置すればフランスが壊滅する危険のある、悪夢クラスの唖喰アルニーケネージが完全に討伐された瞬間だった。
「ふぅ……」
戦闘を終え、歌を終了させたアリエルは一度大きく息を吐いて呼吸を整えた後、自身の後方にいるゆず達に振り返った。
「御静聴、感謝いたしますわ」
そう礼を伝えた彼女は、憑き物が落ちたような満面の笑みを浮かべていた。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は1月9日に更新します。
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