196話 聖霊の歌姫と天光の大魔導士の交響曲(シンフォニー)
「遅れ馳せながら、アリエル・アルヴァレス……ただいま到着致しましたわ」
白で統一されたウェディングドレスのような魔導装束を身に纏って、アリエルが悪夢クラスの唖喰であるアルニーケネージが暴れる戦場に降り立った。
その佇まいはとても戦いに来たようには見えないが、その両手に持つ大きなランスが彼女は戦いに来たのだと思わせる威厳を発していた。
「アリエル様! よく……よくご無事で!」
「心配を掛けてしまいましたわね、クロエ……カシワギ様とタチバナ様も、後はお任せ下さいませ」
魔導武装が破損する程の戦いをしていたと察したアリエルは、クロエと同様に疲労困憊である菜々美と鈴花にも下がるように伝えた。
「わ、わかりました」
「ぇ、で、でも私は……」
鈴花はすぐに了承したが菜々美はまだ戦う意思を顕わにする。
しかし、アリエルは首を横に振って菜々美に告げた。
「ここから百メートルほど先にリンドウ様がいらっしゃいますわ。それ以上の無理を重ねたとして、果たして彼がどのような気持ちを抱くのかはワタクシよりご存知ではないのでしょうか?」
「――っ、わ、わかり……ました……ぅ」
司を引き合いに出されては菜々美に反論の余地はなかった。
何よりアリエルがこの場にいるということは、司が約束通り彼女を誘拐犯から助け出したことに他ならない。
その事実を受け止めたことで緊張の糸が切れた菜々美は、崩れ落ちるようにして意識を失った。
限界以上の体力と魔力の酷使で消耗していたため、気絶しても不思議ではなかった。
「わわ、菜々美さん!?」
崩れ落ちる彼女を鈴花が慌てて抱え、親衛隊やクロエ達と共にアリエルが突破した糸の檻の穴から戦線を離脱した。
「アリエル様、ご武運を」
「ええ、しかと受け取りました」
クロエの祈りを込めた言葉を聞き、アリエルは戦場に似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべて送り出した。
そうして残されたゆずとアリエルが隣り合ってアルニーケネージを視界に捉える。
「……敵は悪夢クラスの唖喰です。ベルブブゼラル程強くはありませんが脅威であることに変わりありませんよ」
「委細承知していますわ。ワタクシとナミキ様が二人で対峙するには不足ない相手です、ご助力をお頼みしてもよろしいでしょうか?」
「断る理由がありません、もちろん了解です」
脅威と口にした敵を目前としているのにも関わらず、ゆずとアリエルは言葉を交わす。
共闘自体は一年前にも経験があるが、歴戦を共にした仲間のようにも見える両者の声に、不安や恐怖は微塵も含まれていない。
「ところで、一つだけいいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
ゆずがアリエルに質問を投げ掛ける。
対するアリエルは拒否することなく続きを促す。
「肩の力が抜けているように感じますが……何かいいことでもあったのですか?」
ここまで他人の変化に機微になっているのかと、内心感嘆しつつアリエルはゆずは返した。
「そうですわね……ナミキ様がどうして変わられたのかを実感出来たからではと思いますわ。それに肩の力が一番抜けているのはあなたの方ではありませんか?」
「はい、司君のおかげですから」
若干皮肉気味な言葉だが、ゆずは一切の緊張も見せることなく司のおかげだと惚気て見せた。
「なるほど……否定せず、ですか……これは強敵ですわね」
「? 何を――」
「さて、そろそろ唖喰が動きますわよ」
そんなゆずの返答に何か納得したような素振りを見せるアリエルに、ゆずが真意を尋ねようとした途端、彼女の言葉通りにアルニーケネージが動き出した。
「ギギガッ!!」
蛇の胴体を伸ばし、アルニーケネージは右腕の爪をアリエルに向けて振り下ろす。
先の脚の一本を消し飛ばされたことで、アルニーケネージはアリエルを早々に消すことを優先したためである。
「あら、せっかちですわね」
人一人、蟻を踏むように簡単に殺せる鋭い一撃に対し、アリエルは余裕の表情のままランスを振るう。
空気が揺らされる程のインパクトが走った後、アルニーケネージの右腕が後方に弾かれ、アリエルは地面に擦り跡を残しながら後退した。
「ギギッ!」
攻撃を弾かれたことに一瞬動揺するが、続け様にアルニーケネージは左腕の爪で刺突を繰り出す。
防御術式の障壁をものともしない突きがアリエルに目掛けて放たれるが、彼女は腰を据えて……
「せやぁっ!」
同じくランスによる刺突を繰り出し、爪の先端とランスの先端が衝突し、再び互いの体が後方に弾かれた。
その勢いに逆らうことなく、アリエルは後方にさがったまま空いている左手を前方に向けて術式を発動させる。
「攻撃術式発動、光槍四連展開、発射」
四門の魔法陣が展開され、そこから四本の光の槍がアルニーケネージに向かって放たれた。
「ギゲッ!」
両腕の攻撃を弾かれて崩れた体勢を狙った光の槍は、アルニーケネージの口から吐き出された糸の束に受け止められ、そのままアリエルに向かって糸を吐きだした。
「はぁっ!」
だがアリエルは油断することなく、ランスで高速の刺突を繰り返し、糸を一瞬で散らせて回避する。
「ええっ!? アリエルさんスゴッ!?」
戦いを見守っていた鈴花は、船上パーティーの時や何度か顔を合わせた時にも抱いた〝アリエルは動けるのか〟という疑問を覆される程の槍捌きを見せるアリエルに驚きを隠せなかった。
その鈴花の様子にそう思われるのも仕方ないと苦笑を交えながらクロエが口を開く。
「〝聖霊の歌姫〟と呼ばれている所以か、どうにも近接戦が不得手と思われがちだが、アリエル様は近接戦も熟練の魔導士と遜色ない技術を身に着けておられる。現にワタシのスピードにも当然のように反応されることも出来るのだ」
「はぁ~、それくらい出来なきゃ最高序列は名乗れないってことかぁ……」
自分や菜々美を含めたゆず以外の日本支部の魔導士達が対応出来なかったクロエのスピードに、アリエルも反応出来ると聞いて、鈴花の口から思わずため息が漏れ出た。
「まさにその通りだ。とは言っても近接戦に置ける技量はユズ殿や〝術式の匠〟に〝破邪の戦乙女〟には敵わないがな」
暗に最高序列第三位の〝占星の魔女〟よりは上であると告げたクロエの説明を聞きつつ、鈴花は戦場に視線を戻す。
糸の捌き切ったアリエルにアルニーケネージが怒りの声を顕わにしている間に、ゆずが割り込む。
「攻撃術式発動、重光槍三連展開、発射」
アリエルの槍捌きを再現するかのように、ゆずが放った大きな光の槍がアルニーケネージへ飛翔する。
「ガッ……ギギ……ッ!!」
アルニーケネージは咄嗟に両腕に自身の糸を巻き付けて即席の盾を作り出し、腕をクロスさせてゆずの重光槍を真っ正面から受け止めた。
バチバチと閃光を放ちながらアルニーケネージの腕に三本の大きな光の槍が突き刺さるが、糸を盾にしている腕を貫くことが出来ずにそのまま勢いを無くしてしまった。
「追加ですわよ」
「ギッ……!?」
だが、そこにアリエルが追撃を加える。
魔力を流して威力を強化したランスで、クロスしている腕に向けて強烈な突きを放つ。
両腕を大きく弾かれたことで再び無防備になるが、アルニーケネージはアリエルを逃がすまいと口から糸を吐き出す。
アリエルは攻撃をした直後であるため、一度絡まると容易に抜け出せない糸が彼女に襲い掛かるが……。
「攻撃術式発動、爆光弾展開」
「――っ!?」
突きを繰り出した姿勢のまま、ランスの先端にバスケットボールより大きな光弾を展開し、糸が光弾に触れた途端大きな爆発と目を瞑る程の閃光が迸った。
爆発の衝撃により糸は簡単に霧散し、アルニーケネージも閃光によって視界を封じられた。
「隙だらけです」
「ゴ、ギィッ!?」
その瞬間を逃さず、ゆずがアルニーケネージの下顎に当たる部分に下から蹴り上げた。
身体強化術式による重い蹴りはアルニーケネージの顔を大きく仰け反らせ、敵が思考する前に二人の魔導士はさらに追撃を重ねる。
閃光が収まるや否や、アリエルがランスによる刺突を連続で放ち、アルニーケネージの顔に無数の穴を作り上げていく。
憤慨してアリエルに爪を突き立てようとするも、ゆずが彼女を守るように障壁を左右に展開して防御し、アリエルは大砲にも劣らない一の字を描くような軌跡をなぞる突きを放つ。
そうして体勢を崩したアルニーケネージへゆずが光刃を魔導杖に展開して、それを一太刀の剣のように鮮やかな剣戟で以て次々と切り刻んでいく。
抜群の連携を見せる二人に、鈴花や親衛隊達は圧巻に包まれていた。
「あ、あの二人ってあんな連携が出来たの?」
「いいや、ワタシが覚えている限りでも、アリエル様とユズ殿が肩を並べて戦ったことはない」
「え、じゃあ、ぶっつけ本番であんな息ピッタリに動いてんの!?」
「それも違うな……あれはユズ殿の方がアリエル様に合わせているのだ」
そう鈴花に説明するクロエ自身も、ゆずとアリエルが息を合わせて戦う姿に驚愕を隠せないでいる。
鈴花に語ったように、少なくともクロエの記憶では二人が……ゆずが誰かと連携するところは見たことがなかった。
一年前の交流演習においても、ゆずとアリエル、イタリア支部に所属する最高序列第三位の魔導士を含めた、最高序列に名を連ねる魔導士達が手を取り合って戦うことはなかった。
互いに互いを驕る訳でも貶す訳でもなく、ただ自分達の前に現れた唖喰を我先にと討伐する、所謂早い者勝ちのような連携のれの字もない一方的な蹂躙だった。
そもそも最高序列の五人は、他の追随を許さない程に圧倒的な強さを秘めている魔導士であるため、下手な連携を意識しても却って本領を発揮出来ないのである。
元より社交的なアリエルと季奈、残りの二人よりは協力的な第三位〝占星の魔女〟とは違い、第二位〝破邪の戦乙女〟とゆずは連携をする気がないと言われた程の孤軍奮闘ぶりで有名であった。
〝破邪の戦乙女〟は時代錯誤な戦闘狂であること、彼女の戦闘スタイルと固有術式は他者との連携を意識したモノではないため、個人で動かした方が効率的なのである。
ゆずの場合、司と出会う前の彼女は社交性とは程遠い他人に興味を持たない無欲無私な言動をしていたため、進んで連携をしようとも、されることもなかった。
だが、今の彼女はどうだろうか。
アリエルとアルニーケネージの動きを広い視野で常に把握し、自身が出来る最も効率的な動きを思考している。
ゆずの戦闘スタイルは遠近攻防を臨機応変に切り替えて戦う万能型で、膨大な魔力量から放たれる高性能な固有術式など、以前に見られた特攻癖以外に目立った欠点がない。
そんな万能型の彼女が連携を意識すれば、誰がコンビであろうともそのポテンシャルを一切損なうことなく、抜群の連携をこなすことが出来る。
故に〝天光の大魔導士〟、故に人類最強の魔導少女。
だからこそ、悪夢クラスの唖喰であるアルニーケネージを前にしても、戦えなくなった親衛隊達を守ることが出来たのである。
「一年前……当時既に最高序列第一位であったユズ殿に初めて出逢い、敗北した時よりさらに強くなるなど誰が予想出来るものか……」
心の有りよう一つでこうまで化けるなど、クロエには全く想像が着かなかった。
改めて、司がゆずに齎した影響がどれだけ凄まじいのかをクロエは実感した。
「でもその割にはなんだかもっとあっさり終わるような気がしてたんだけど、いまいち必殺に繋がってなくない?」
「日本で〝術式の匠〟とユズ殿が共闘していたとしてもベルブブゼラル相手には相応の苦戦をしていたと聞いている。同じように悪夢クラスでは下位に位置するとはいえ、アルニーケネージも悪夢クラスの唖喰だ。いくらアリエル様とユズ殿とて、早々倒せるわけではないだろう」
鈴花の疑問に再びクロエが答える。
ゆず達は確かにアルニーケネージを押している。
だが未だ決定打となる一撃をどちらも放ってはいないのだ。
「だが……」
「え?」
しかし、クロエはこの場にいる誰よりも知っている。
「ここから一気にケリが着くぞ」
アリエル・アルヴァレスがこの程度ではないということを。
「ギギガアアアアァァァァッッ!!」
両腕をめちゃくちゃに振り回して、アルニーケネージはゆず達を強引に振り払う。
勢い余って糸に捕まることなく、ゆず達は冷静に地面に着地をする。
「流石悪夢クラスの唖喰……相当にタフですわね」
「ええ、だからこそ厄介極まりないのですが……」
「ギギギギ!!」
軽く言葉を交わすゆず達に対し、アルニーケネージは怒り心頭といったふうに声を荒げる。
ここまで傷を負わされたことに酷く怒りを抱いていることは、言葉が通じなくとも容易に理解出来た。
だからといって、魔導士たる彼女達に手加減をする理由には成り得ない。
「では、体も温まってきたことですし……そろそろ参りますわ」
「分かりました。守りは任せて下さい」
「ふふ、頼もしい限りですわ」
自分の守りを率先して引き受けたゆずに感謝の言葉を送りつつ、アリエルは槍の穂先を上に向けて立てて、瞑目してその言葉を発する。
「固有術式発動、夢想曲」
その瞬間、アリエルの足元に半径二メートルの魔方陣が展開された。
足元から発せられる輝きに照らされながら優雅に微笑む姿は、幻想的な印象を周囲の人間達に抱かせた。
〝聖霊の歌姫〟と呼ばれる所以となった、アリエル・アルヴァレスの固有術式が発動する。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は1月7日に更新します。
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