192話 魔導少女を守るために
「なら、無理には聞かないよ」
「――え?」
一体彼は何を言っているのだろうか?
ルシェアは司に対してそんな疑問を抱いた。
そうしている間にも、司はルシェアの左腕を離し、今度は自身に手を差し伸べた。
「背中痛かったよな? まだ慣れてなくてさ、ごめんな。アリエルさんは何とかして俺が捜すから、ルシェちゃんはゆず達の応援に行ってくれ。そうしたらきっと皆頼りにしてくれるよ」
「え、あ、ま、待って下さい!?」
何故かあっさり身を引いた司に対し、ルシェアはどういうつもりなのかと尋ねる。
「えと、ボク、は、その……アリエル様の居場所を知ってるんですよ!? 普通は無理矢理にでも聞き出すべきなんじゃないんですか!?」
「あー、まぁ普通はそうなんだろうけどさ……」
支離滅裂な言動ではあるものの、ある意味正しい理屈を説くルシェアに対し、司は言いにくそうに頬を人差し指で掻き、苦笑を浮かべながら答えた。
「だってルシェちゃんが辛そうだからさ、君を泣かせてまでアリエルさんを助けるのはなんか違うなぁって思ったんだよ」
「ぇ、え……?」
あまりにも馬鹿馬鹿しい司の言葉に、ルシェアは呆然するしかなかった。
だってそれではおかしいのだ。
何度も自分にアリエルの居場所を聞こうとしていた司が、今この時だけだとしてもアリエルより自分を優先するなど。
「で、でもボクは、アリエル様の誘拐を手伝って……」
「脅されてたんだろ? ならしょうがないよ」
「つ、ツカサさんを……殴って……」
「確かに痛かったけど事情が事情だし、ルシェちゃんは手加減してくれただろ? 俺も特に恨んでないし、もう時効だよ」
「~~っなんなんですかそれ!? ツカサさんはバカなんじゃないですか!?」
しょうがない、時効だ……そんな言葉を告げる司が何を考えているのか理解出来ず、ルシェアは業を煮やしてそんな怒号を言い放った。
「おおぅ……言うに事を欠いてバカと来たか……まぁ、実際バカだなって自分でも思うけどさ」
「なんであっさり認めるんですか!? それに自覚しているのなら、どうしてそうしないんですか!!?」
罵声を浴びせられているのにも関わらず、変わらない司の態度にルシェアはますます理解が及ばなかった。
そんな彼女に対し、司ある質問を投げ掛けた。
「……なぁルシェちゃん、アリエルさんの誘拐を手伝ったこと、後悔してるか?」
「っ、そん、なの……してるに決まってるじゃないですか! ボクがもっと強ければ、アリエル様を助けたいです! でも、ボクは、弱くて……こんなことになるなら、自分の身を犠牲にしてでも抵抗するべきだったんです! それでも、あの人の報復が、怖くて堪らない……悪いのは怯えることしかできないボクなんです……」
「いいや違うな」
「え?」
明確に自身が脅されていることを認めたルシェアは、ポロポロと泣き出しながら自らの後悔を口にして、罪は自分にあると告げるが、司はそれを否定した。
「悪いのは君にそんな選択を迫った奴だ。選ぶ必要もない選択肢を無理矢理差し出して、選ばせたくせに選んだ奴が悪いなんて言うのは馬鹿げてる」
本気だった。
彼は本気でそう思っていると、ルシェアはその目を見て思った。
涙が止まらない瞳を司に向けてルシェアは問いかける。
「どうしてツカサさんはそんなに優しくするんですか? ボクは、アリエル様を裏切って、ツカサさんを殴ったのに……」
「それはもういいって言っただろ? えと、なんで優しくするかって話だよな」
司は一旦そこで言葉を区切り、なんてことのないように口を開いた。
「ルシェちゃんを信じてるからだよ」
「っ、しん、信じてるから、ボクに優しくするんですか?」
「そんな変なこと言ったつもりはないんだけどなぁ」
「つ、ツカサさんが許しても、アリエル様が許してくれません!」
「そうだよな、俺はともかくルシェちゃんがやったことはそう簡単に許せることじゃないよな」
「――っなら」
司の態度はおかしいと糾弾しようとして、司が遮って答えた。
「だからどこが悪かったか一緒に考えて、そんで許してもらえるまで一緒に何度でも謝ろう。俺にはそれぐらいしか出来ないけど、逆を言えばそれぐらいならいくらでも手を貸すよ」
「え、なん……で……」
ルシェア自身がどれだけ自分を否定しようとも、司はルシェアへの信頼を揺るがせなかった。
どうしてここまで他人を信じられる?
どうしてそこまで他人に優しく出来る?
尽きない疑問がルシェアの胸の中をぐるぐると渦巻き、司はルシェアの体を起こして対面に座らせた。
「俺はさ、ゆず達を支えたいって気持ちはあっても具体的にどうするかまでは解らなかったんだ」
「――え?」
突如として自分のことを語り出す司に対し、ルシェアは驚きを隠せなかった。
だが不思議とその語りを遮ろうとは思わなかった。
聞くべきだと、思ったのだ。
「そんな気持ちのまま今日まで魔導と唖喰に関わって来て、こうしてフランスでルシェちゃんやアリエルさんに出会って、色んなことがあったよな」
「……」
「で、そうしている内に何となくだけど、自分のやるべきことを見つけられた気がするんだ」
「やるべき、こと……」
「俺一人だったら絶対に見つけられなかったよ。今まで関わって来た人達全員、誰か一人でも欠けていたら辿り着かなかった答えだ」
司のやるべきことと、自分を優しくすることに何の関係があるのだろうか。
その疑問の答えは、すぐに明かされた。
「その答えを得る切っ掛けを一番最初にくれたのが、ルシェちゃんなんだ」
「! ぼ、ボクが……!?」
なんの冗談なのかと耳を疑った。
司と出会ってからというものの、彼との交流で特別変わったことはなかった。
だが、司の表情は至って真剣で、とても嘘をついているようには思えなかった。
「ほら、ルシェちゃんが一人で唖喰と戦わされてる時に一緒に戦っただろ? あの時だよ」
「あ、あれが!?」
予想外の時期だった。
何せその時はまだ出会って二日目の時に起きた出来事である。
そんな初めの頃に司はルシェアへの信頼を確かにしたという事実に、ルシェアは驚く他なかった。
「答えの切っ掛けをくれた君を俺は信じるよ。君を悲しませる奴がいたら怒るし、君が何か失敗をしたら一緒に原因を考えるし、何があっても俺は君の味方でいようって決めたんだ」
「――っ、じ、じゃあ、ボクがツカサさんを、裏切ったら、どうするんですか!?」
口ではそう言うが、ルシェアはもう司に対してそんなことをするつもりは微塵もなかった。
では何故そんな言葉が出て来たのか……それは彼女の心の防波堤による最後の抵抗だった。
本当に信じていいのだろうか?
彼は自分の味方でいてくれるのだろうか?
こんな卑しい自分を嫌いにならないのだろうか?
そんな思いで言い放った例えに対して司は……。
「裏切る理由を聞きに行くよ。それで俺が悪かったら全力で謝るし、ルシェちゃんがいない日常なんて考えられないよ」
「――っぁ、あう、ううううぅぅ……」
それでもなお、変わらぬ信頼をルシェアに示した。
弱っていた心が、溢れ出る光で満たされ始めたことを実感し、ルシェアは一層涙をポロポロと流した。
彼は自分に特別な力は無いと自嘲するが、ルシェアにはとてもそう思えなかった。
こんなにも優しく心を温めてくれる人が、特別な力を持っていないはずがない。
彼女はそう確信する。
「――ツカサさん!!」
「っと、なんだ?」
感極まったルシェアは司に抱き着いた。
その温かさに触れることで、ルシェアは張り詰めていた緊張が解けていき、ダヴィドの脅しなど頭の隅に追いやられる程の安心感を抱いた。
「――ごめんなさい」
「……」
ルシェアの謝罪に対し、司は何も言わなかった。
ただ行動で示すように、自身の胸元で泣き腫らす彼女の背中をポンポンと優しく叩いた。
そのリズムが、力加減が堪らなくルシェアの心を満たしていく。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ボクは、ボクは……!!」
そうして少女は語り出した。
自身のしたこと、されたこと、家族にも言えないであろうことの全てを。
愚かにも、ダヴィドはいずれ記憶を消すからと彼女に自身の目的を明かしていたのだった。
全てを語り終えた時、司は彼女に対してどのような行動に出たかは言うに及ばないだろう。
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「知っている……だと!? 全て知った上でなお、貴様はその小娘の味方をするというのか!?」
「味方でいようって決めた子が、テメェの欲望に曝されて無理矢理命令されていたって知って、黙っていられるわけがないだろ。全部聞いた時、殺したくなるくらい腹が立ったしな」
「――っ!?」
ルシェアの行いを許した上で彼女の味方でいると言い切ったリンドウ様から迸った殺気を浴びて、叔父様は目に見えて怯えながら一歩後退りました。
同じく、ワタクシも驚きました。
ワタクシが今まで見て来たリンドウ様は、表情がコロコロと変わることこそあれど、あのように激情を顕わにしたところ見たことがありませんでした。
その怒りを宿した目に、ワタクシは胸の高鳴りを抑えられませんでした。
彼は誰かのことでここまで感情移入出来る程優しい人だと、これ以上ない程実感したからです。
「……なぁ」
「ぬ、ぬぅ?」
「アンタは唖喰から世界と人々を守る組織の支部長なんだろ?」
「そ、そうだ! 貴様のような小僧相手にそんな分かり切ったことを言わせるつもりか!?」
怒りを微塵も隠さない低く冷淡な声で尋ねられた質問に、叔父様は傲慢さを陰らせることなく答えていきました。
「分かり切ったこと、ねぇ……」
「な、なんなのだ!?」
ですが、リンドウ様は叔父様の答えに心底呆れかえった気持ちを込めたため息を混ぜながら……。
「じゃあなんで魔導士を傷付けるんだよ」
ただ、そう告げました。
「守りたいって思っていた人に裏切られるのがどれだけ辛いか考えたことがあるか? アンタに裏切られたアリエルさんやルシェアがどれだけ傷付いたかなんて、俺でも想像出来ないくらいなのに、自分勝手な復讐に拘っていたアンタじゃ万が一でも有り得ないだろうけどな」
「ま、魔導士が唖喰と戦えない我々を守るのは当然のことだろう!?」
「あぁ、そうだよな。魔導士は唖喰から俺達を守ってくれる……じゃあその魔導士は誰が守るんだよ?」
「は……?」
魔導士は人を守ることを否定しなかったリンドウ様ですが、続けて言われた言葉に叔父様は呆けていました。
そのリンドウ様の言葉は、静かにワタクシの心を波立たせました。
どうして今まで気付かなかったのでしょうか……ワタクシは魔導士として人を守ることはあれど、誰かに守られることなど全く考えていなかったのです。
守るといえばクロエがそうでした。
ですが、彼女の場合はそれが当たり前であり、彼女も魔導士であるために戦闘で味方を守るのは当然だと考えていました。
ここでようやく気付いたのです。
リンドウ様は魔導士という存在の認識において、ワタクシ達とは全く異なる見解を持っていると。
「じ、自分の身は自分で守るべきだろう!?」
「……本当に支部長の風上にも置けねえな。魔導士だって組織が守るべき〝人〟なのに……それを組織側の、支部長のアンタが率先して傷付けて、それでもいつも通りに日常を過ごせっていうのか? 自分達は戦えないから守れっていうのか?」
魔導士は唖喰と唯一戦える存在です。
世界と人類存続のための重要な存在です。
そうあるべきだと教わり、自然とそういう心構えをするようになりました。
ですが、リンドウ様は……。
「──何様のつもりだ?」
「──っ!?」
「寝る間も惜しんであんな気持ち悪い怪物と戦って辛くないわけないだろ。治癒術式で治せるからって腕も足も消し飛ばすような攻撃を何度も受けて、苦しくないわけないだろ。その上で自分の日常が過ごせないのに、身勝手に守れって要求してくる奴等のためになんか戦えるか。魔導士を……もっと若い魔導少女も含めてなんだと思ってるんだ」
「世界を守る存在だと君も認めただろう!? だから──」
「それ以前に普通の人間だろうが!!! 怖いって気持ちも辛いって気持ちも、全部我慢してるしさせてる! 唯一怪物と戦えるからって俺達と変わらない心を持ってる人に、辛いことだけを押し付けてんじゃねえよ!!」
「──っ!!?」
魔導士を、魔導少女を、ワタクシ達を一人の人間と変わらず接して、決して特別扱いしない人でした。
「俺は皆に守ってもらって、助けてもらって、それで何か出来ることがないか、支えられることがないか、何か返せないか毎日必死に考えてる……」
何故ナミキ様とカシワギ様が彼に恋心を抱いたのか、ルシェアが彼を信じるのか。
その全てに納得がいきました。
「だからこそ俺はアンタがして来たことが許せねえ! 支部長のアンタが魔導士を守らないって言うのなら…………俺が守る」
「――っ!!」
「なっ!?」
「魔導士と魔導少女達が……ゆずやアリエルさん達が過ごす日常をテメェみたいな人の悪意から守ってやる!!」
その覚悟を、想いを、リンドウ・ツカサ様は言葉にしていきます。
「それが……俺がゆず達を支えるための戦いだ!!」
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は12月30日、今年最後の更新となります。
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