18話 魔導の授業 前編
「それでは今日から魔導と唖喰をよく知るための授業を開始します」
ゆずが教鞭をとってそう告げた。
「「よろしくお願いします!」」
俺と鈴花は席を立って起立礼をした。
放課後、俺達はオリアム・マギ日本支部の地下一階にある多目的室の一つに集まっていた。
塾の一室のように白い床と壁はLED照明に照らされていた。
部屋には学校でもよく見た長机があり、椅子はパイプ椅子だった。
俺と鈴花はそこに座って教壇にはゆずがいる。
ゆずの後ろには大きなホワイトボードが壁と一体化するように設置されており、術式に関する資料などがいくつか張られていた。
「まずは術式の成り立ちから説明します」
「「はいっ!」」
そうして語られる術式の成り立ち。
ぶっちゃけ昨日隅角さんに聞いたことと同じだった。
同じといってもゆずのほうがとても分かりやすかった。
これは隅角さんが悪いというよりゆずがうまいという感じだ。
「はい質問!」
「何でしょうか橘さん?」
途中で鈴花が挙手をした。
「魔導装束を装備しないと術式って使えないの?」
鈴花の問いは尤もだ。
街中ではぐれ唖喰に遭遇したときに魔導装束を装備していたら目立ってしまうからな。
「いいえ、この〝魔導器〟を身に着けていればはぐれ唖喰を見かけた時にでも積極的に術式で攻撃出来るようになっています」
そう言ってゆずは自らの首に掛かっているペンダントを指に引っ掛けて見えやすいように持ち上げた。
魔導器。
あれが魔法少女でいう変身アイテムのようなものなのだろう。
ゆず曰く、ペンダントにはゆずが使う数多くの術式が刻まれていて、それに魔力を流すことで術式を発動させたり魔導装束の装備まで一つでこなすという。
あと魔力による個別認識機能もある。
魔力は血液と同じように個人によって異なるという。
だから他の魔導士の術式や魔導装束を使おうとしても、うんともすんともいわない。
そして魔導器の最大の特徴は……。
「私の魔導器はペンダントの形にしていますが、個人の要望によって形は変わります。橘さんも魔導器で要望の形があれば言ってくださいね」
「へえ~、うん。分かったよ」
各魔導士によって魔導器の色と形状が異なることだ。
腕輪、イヤリング、指輪といった装飾系からペン、本、ハチマキ、果てはスマホのアプリまで多岐に渡る。
これが個人の要望で造られるのだから中二心がざわつく。
眼帯の形にして〝ふふふ、我が魔眼の真の力を見せてやろう!〟みたいなことが出来るわけだ……というか実際いるという。
〝いた〟ではなく〝いる〟。
人って面白い。
「じゃあ魔導装束の修復中はどうするんだ?」
「その場合は魔導器から魔導装束のデータを抜き出して修復します。その間は唖喰との戦闘は禁止されるという制限もありますが」
つまり金曜日の夜で激しい損傷を負ったゆずの魔導装束が修復を終えるまでの約二日間はゆずは戦闘をしていないってことか。
「さて、ここからは術式の説明に入ります」
「おお待ってました!」
鈴花が歓喜の声を上げる。
俺も楽しみにしていた内容だ。
「俺は工藤さん達にいくつか教えてもらったけど、まだ種類があるんだったよな」
「はい。まずは……攻撃術式からですね」
ゆずはそう言ってホワイトボードに攻撃術式の概要を書いた。
「戦闘において唖喰にダメージを与えるのがこの攻撃術式です。光弾、光剣、光槍、といった順で威力と射程が上昇します」
「えっと、それって人にもダメージがあるの?」
鈴花が訊ねる。
「いいえ、例えば――攻撃術式発動、光剣展開発射」
ゆずが右手を鈴花に向けて術式を発動させ……。
――ヒュンッ、ドスッ!
「――え、ホギャアアアアアア!!!?」
光の剣は鈴花の右手に突き刺さった……刺さった!?
「おい鈴花大丈夫か!?」
「あ、手、手が、いた……痛くない?」
「はっ!?」
鈴花は右手に剣が突き刺さっているにも関わらず、右手をヒラヒラと動かしていた。
「このように攻撃術式で人体にダメージを与えることは出来ません」
「え、でも衝撃は伝わったけど?」
「人体に無害なだけで、質量の法則は絶対ですから」
「そっかー、でもこれ早く消してくれると嬉しいんだけどなぁ、手に剣が刺さってるのに痛みがないとはいえ、見た目的に心臓に悪いから」
「心配せずとも今消えましたよ」
ゆずの言う通り時間経過のようで光の剣が光の粒子になって消えた。
そして鈴花の手には剣が刺さっていなかったに綺麗なままだった。
「うええ……でもこれなら不届き者成敗! って出来るね」
「いいえ、それはまず不可能です。司君は何故か分かりますか?」
「おお、俺が当てられたのか……魔力が無い人には体に衝撃が来るだけで刺さっている光剣が見えないからだな」
「正解です」
「便利なのか不便なのか解り辛い……」
「それは仕方ないと思います」
「ほえ?」
鈴花の呟きにゆずが相槌をうった。
「魔導の技術は長い歴史の中で唖喰に対抗するために研究されてきたものです。魔力の無い人には……はっきり言ってしまえば才能の無い人が永遠に関わることのない技術です。そういったものに利便性を求めるのは筋違いですよ」
「「……」」
魔導という扱いの難しい技術の側面を垣間見た俺と鈴花は揃って言葉を失くした。
魔導は唖喰に対抗するため……要は敵を殺すための技術だ。
天才の見る世界は凡人には理解出来ないし逆も然り、それは魔導においても同じだ。
唖喰の存在が秘匿されているのは世界中の人が俺達のように唖喰を認識出来るわけではないのが一番の理由だ。
いくら周りが訴えようが人間というのは自分が見たもの、経験しか信じない。
霊感で例えるなら霊感のある人は霊を認識出来るから幽霊の存在を信じられるが、霊感の無い人に幽霊の実在をいくら訴えても、後者は見たことがないため眉唾の域を出ないのだ。
つまり魔導の技術をいくら進歩させようが、魔力の無い人にはその恩恵を受けることが出来ないというわけだ。
そんな事実を知らされた俺と鈴花にゆずは授業の続きをする。
「次は防御術式です。こちらも文字通り唖喰の攻撃から自身を守る系統の術式です」
「工藤さんが俺に使った結界とかゆずがイーターの光弾を防いだ時のやつだよな?」
「はい、その通りです」
防御術式の障壁や結界は魔力を流すだけ耐久度が増すという。
魔導装束にも同様の効果があるが、これは積極的に使うものではなく、防御術式が間に合わないときに使うのが一番だという。
この術式は唖喰や唖喰の攻撃を遮断できるが、魔力の無い人には空気に触れるように素通り出来るという。
使用者である魔導士も同様だが、この術式の凄いところは空中に展開して足場に出来るところだ。
極めれば空中で立体的な行動が可能になるという。
「ただし防御術式を発動させたからといって唖喰の攻撃を全て防ぐことは出来ません」
「え、どうして?」
「いくら魔力を流せば耐久度が増すといってもそれ以上に攻撃を加えられると簡単に砕かれてしまいます。それに障壁展開に限っては動きながら発動させることは出来ないので、必然と足を止めることになります。そうなってしまえば唖喰の包囲網が出来上がり、集中砲火の的になってしまいますから」
「うええ……」
鈴花はその光景をイメージしたのかげんなりとした。
確かにゆずも障壁を展開したときに足を止めていたな。
唖喰の凶悪な攻撃は防ぐだけでは意味がない……防いだ後のことを考えないとあっという間に命を落とすぞということか。
「次は治癒術式です」
「ええっ!? 魔導って治療も出来るの!?」
鈴花は大いに驚いた。
ゆずが怪我を残したまま登校したことを思い出しているのだろう。
実際そういった回復手段があるのに、どうしてあの時は治さなかったのか後になってゆずに聞いてみたところ……。
『あれは治癒術式を使うまでのない軽傷でしたので自己治癒力に任せた結果です』
いや左手の火傷はどう見ても軽傷ではないだろうから治そうよ……って突っ込んだな。
まぁ戦闘後のゆずの様子をみれば確かに軽傷かもしれないけど……。
「はい、様々な制限がありますが効果は絶大です」
鈴花の質問にゆずがそう答える。
治癒術式の効果は俺も知っている。
普通なら全治二か月以上は掛かりそうな重傷を数秒で治していたからな。
「制限? どんなの?」
「まずは治癒術式を発動する時は他の術式の発動を中断する必要があります。戦闘中は身体強化術式を主に複数の術式を使ってこなしますので、怪我をしたからと言ってすぐに治癒術式を発動しようとすると、無防備に立ち尽くす状態になるので唖喰からすればカカシ同然です」
そうか、だからゆずは戦闘が終わってから治癒術式を発動させたんだ。
それに引き替えてもあの回復効果は強力だ。
唖喰の凶悪な攻撃にはそれくらいの回復手段がないと病院は魔導士達で埋まってしまうだろう。
「二人組の魔導士であれば片方が重傷を負った場合、もう片方が防御を受け持つことでそのリスクを回避出来ます。そうなれば死亡率も激減しますから」
「あ、教導ってただ教育指導だけじゃなくてそういう意味合いもあるんだ」
「ええ、その通りです」
当然と言えば当然か。
せっかく新人が加わって訓練が終わったからといっていきなり戦場に放り出してしまうと、経験が伴っていない新人では死んでしまうかもしれない。
教導係っていうのは新人の教育と護衛も兼ねているわけだ。
勤務体制はブラックなのにそういう面はホワイトだな……。
「治癒術式ってどこまで治せるの?」
鈴花の問いは俺も気になっていた点だ。
が、実はある程度予想がついていたりする。
「即死でなければどんな致命傷でも治せますよ」
ゆずがそう言い切った。
その答えを聞いた鈴花は信じられないといったような表情だった。
「……即死じゃなければって……腕とか切り落とされても?」
「はい、治せます」
「……心臓を潰されても?」
「はい、即死でないかつ即座に治癒術式を発動させれば」
「なにそれ凄い……」
語彙力が……。
俺が治癒術式の絶大な効果に行きついた理由は昨日会った翡翠という少女の話を聞いたからだ。
本人はさらっと言っていたがあの子は初戦闘時に下半身を唖喰に食いちぎられる致命傷を負ったにも関わらず彼女は自分の両足で立っていた。
即死でもおかしくなかった状況で治癒術式を発動させたことにより、何事もなかったように回復したということだ。
「……なんか思ってたより危険が少ない感じがするね、司」
「……フンッ!」
「いだぁ!?」
鈴花の暢気な言葉を聞いた俺は彼女の頭に垂直のチョップを食らわせた。
チョップを食らった鈴花は頭を抱えて「ぐおお」と悶えた。
「楽観視するなよ……ゆずも言っていただろ、治癒術式を発動させればって」
「ええ、だから腕が吹っ飛んでも治癒術式を発動したらいいんじゃ……」
「実際に腕が吹っ飛ばされてもそんな余裕があるならな」
「大丈夫だって、アタシ我慢強いし」
「……どうだかな」
いまいち不安が残るが、まだ戦ってすらいない段階で口酸っぱく注意するのは違うか……。
煮え切れないものがあるが、俺はそう思って黙ることにした。
「……続けます。治癒術式のもう一つの制限は魔力を宿している人物にしか作用しないことです」
「「……え?」」
俺と鈴花は揃って呆けた。
あの待って下さい……。
今さらっと差別的な言葉が聞こえたんだけど?
「えっと、待って並木さん……それじゃ仮に魔力の無い人が唖喰に襲われたとしても、その人の怪我はかすり傷一つ治せないってこと?」
鈴花がゆずに恐る恐るそう訊ねた。
「はい、橘さんの言う通りかすり傷一つ治せません」
「ええええええっ!!?」
ゆずの答えに対する鈴花の反応も仕方ない、俺だって同じ気持ちだ。
だってそうなると俺の怪我は治せても石谷の怪我は治せないってことになる。
俺は例え腕が食いちぎられても治せるのに、石谷は欠損どころかかすり傷も治せない……魔力のある無しで明確な差が生まれてしまっている証拠だ。
そんな俺達の考えは容易に想像できたのかゆずが理由を説明し出した。
「そもそも治癒術式というのは自身と対象の魔力に働きかけて回復力の強化と促進を施すものです。いくら治癒術式を発動させても回復に必要な魔力が対象に存在しなければ意味がありません」
「ええっとそれじゃ、ほら! 自分の魔力を対象に流して、その魔力で回復をすれば……」
鈴花が妙案を思いついたかのようにそう言うが、ゆずは首を横に振って否定した。
「魔力が無い人には魔力の受け皿のようなものが無いと考えて下さい、そんな状態で流された魔力は対象の体内で霧散してしまうため全く意味がありません」
「そんな……」
鈴花は落ち込みを隠せないようにパイプ椅子の背もたれに寄り掛かった。
もし今後唖喰との戦闘に一般人が巻き込まれた場合、その人達には唖喰の姿が見えないから何が襲ってきているのか分からないまま怪我を負ってしまう。
そんな中自分は片足を失ったのに、魔力があったから片足の欠損を治せた人がいたらどうだろうか?
周りは奇跡的に怪我をしなかったとその人の無事を喜ぶだろうが、片足を失くした人はどうして自分に片足が失うような不運が襲って来たのかと思うはず……。
そして真実を知る俺達からすれば、守れなかったという後悔と、治せる手段があるのに魔力が無いだけで治せないことで言いようの無い不甲斐無さに苛まれるかもしれない。
俺ははっきりと自分の覚悟が足りていなかったことを自覚した。
魔導の技術があれば唖喰から世界を守れる。
でも人の命までは唖喰の出方と組織の対応次第だということに、今更気付いたのだから。
魔導だって万能じゃない。
後編は7時頃に更新します。




