174話 魔導少女達の意志 鈴花・ルシェア編
翌日、羽根牧高校2-2組の教室に着くと、クラスメイト達の視線が俺に集中した。
「お、おぉ……」
思わず変な声が漏れた。
というのも理由にはすぐに行きついた。
俺は日曜日にフランスで菜々美さんとデート中、はぐれ唖喰に襲われて丸一日寝込む程の重傷を負った。
目が覚めたのは月曜日、日本に戻って菜々美さんの口から唖喰が全滅出来ないという真実を知らされたのが、昨日の火曜日。
水曜日である今日になってやっと学校に登校することになったのだが、二日間も学校を休んでいたことになる。
そんな奴がいきなり登校してきたらそりゃそういう反応になるに決まっている。
多分、俺でも同じような反応をすると思う。
「つ、司……久し振りだな……」
「お、おう……色々心配掛けて悪かったな」
クラス代表みたいな感じで石谷が恐る恐る声を掛けて来た。
ゆず達がどんな風に誤魔化したかは知らないが、とりあえずそう言っておくことにする。
「そういえば休んでる間の授業の内容とか大丈夫かい?」
今度は佃が瓶底メガネをクイッと上げながら尋ねて来た。
そういえばこいつ、俺が一学期の期末テストで学年十位に入った時、なんでそんな点数が取れたのか聞かれて、菜々美さんから勉強を教わったって言ったら怒り狂ったことがあったな。
大方、今度は自分が優位に立っていることに優越感を抱いているんだろう。
けれどもその優越感もすぐに消え去ることになるかもしれない。
「ああ、ゆずがノートにまとめてくれてるから何とか付いて行けそうだ」
「キィィィィィヤァァァァァァァァ! リア充自慢かよぉぉぉぉぉぉっっ!!」
佃が再び発狂した。
これは嘘でもなんでもなく、ゆずがまとめていたノートを鈴花から受け取っている。
ゆず本人からじゃないのは……俺が唖喰の絶滅不可を知って微妙に顔を合わせ辛くなっているからだ。
俺がというよりゆずが遠慮している様子だ。
多分、俺が日常指導係を辞めるかもしれないと思っているのだろう。
実際のところ、続ける意思すら揺らいでいるので、無いとは言い切れない側面がある。
ゆずとしては俺が今のまま日常指導係を続けて欲しいと考えているのは分かる。
でもだからといって、自分の我が儘で俺を唖喰との戦いに関わらせるわけにもいかないことも重々承知している。
そういった気持ちもあったんだろう。
俺の意思を尊重するべく行動した結果が、以前彼女が無自覚の恋によって俺を避けていたように、今朝の登下校は別々で行く事を提案された。
正直に言うと、唖喰が倒しきれないと知っていながらも今も勇猛に戦い続けるゆずの意志を知りたいと思っている。
けれど今の状態じゃそれも難しい。
それに菜々美さんのこと、今後の自分の身の振り方も相まって、まだ朝のホームルームも始まっていないのに頭が痛くなってきた。
ゆずの日常指導係になってからというものの、すっかり悩み癖が板に付いてきたなぁ。
全然嬉しくない。
それでも悩むことを止められないからどうしたものか……。
そんな風に頭をうんうんと唸らせていると、不意に声をかけられた。
「おはよー司」
「お、鈴花……」
「うわ、また何か悩んでんの?」
「良くお分かりで……」
いつもと変わらない調子の鈴花がいつもと同じ様に絡んできた。
そしてすぐに俺の心境を察するあたり、付き合いの長さが良く表れてる。
俺が鈴花の様子がおかしいことに気付けるんだから、逆も当たり前だけど。
「まぁ……菜々美さんのこととか、組織で今後どうするかとか、色々な……」
「あー、司でもダメだったかぁ……どうしたらいいんだろうね」
暗に菜々美さんの説得に失敗したことを明かすと、鈴花は右手で顔を覆って天を仰いだ。
こういう時にこそ、工藤さんが居てくれればと痛感する。
菜々美さんが塞ぎ込んでいる理由の一つでもあるから、彼女が生きていればそもそも引き篭もることも無かったことになる。
でも工藤さんはいない。
たらればを考えてる暇があるなら、菜々美さんに掛ける言葉か、指針となれる行動を示す事に思考を向けた方が良い。
「……」
「ん? 急にじっと見てどうしたの、アタシの顔に何かついてる?」
っと、まずい。
鈴花を見ていたことがバレた。
そりゃ目の前で見てりゃ誰でもわかるんだろうけど、鈴花を見ていた理由は決して疾しい感情があった訳じゃない。
――鈴花に唖喰が絶滅させることが出来ないことを教えたら、戦うことを辞めるんだろうか?
バカか。
魔導士じゃない俺でも足元が揺らぐくらいショック受けてんのに、何度も命を賭けて戦ってきた鈴花に軽々しく口を滑らせたら、最悪自殺するかもしれないだろ。
大体、初咲さんに鈴花とルシェちゃんを含めた経歴一年未満の組織の人間に公言するなって注意されただろ。
自分から率先して破ってどうする。
なんで鈴花に口を滑らせ掛けたのか……昨日の季奈と翡翠の話しを聞いて、鈴花ならどうするのか気になったからだ。
そんな自分勝手な好奇心で鈴花の心を傷付けるわけにはいかない。
もっと冷静にならないと……。
とりあえず、ジッと見ていたことを誤魔化そう。
「……いや、前髪切ったように見えたからさ」
「うわ、なんで判るの!? 五ミリくらいなら誰も判んないでしょって思ってたのに!?」
「お、マジだったのか……」
適当な言い訳がドンピシャだった。
そのことに軽く驚きつつ、鈴花に尋ねてみる。
「なぁ、鈴花はいつまで戦うつもりだ?」
「え、なに急に?」
「……なんとなく」
「なんとなくって……まぁいいけどさ」
訝しむような態度だが、鈴花は無詠唱で遮音結界を展開して、周囲に会話が聞こえないか発声練習のように『あー、あー』と声を出して問題ないことを確認してから口を開いて答える。
「勿体ぶるようなことじゃないし先に言うけど、ぶっちゃけ具体的な目標がないんだよね~」
「友達を守るためってのはどうしたんだ?」
「そっちは戦う理由。理由があっても目標が無いのが悩みっていうか、一口に友達を守るって言っても色々やり方はあるでしょ? アタシは肩を並べて唖喰と戦う方を選んだけどさ、翡翠みたいに治癒術式で怪我を治し回るっていう方法もあるじゃん」
「それはそうだけど、強くなりたいって言ってなかったか?」
「強くなりたいって気持ちはもちろんあるけどさ、最高序列くらいじゃなくてもいいかなとは思うのよ、出来れば勝るとも劣らないぐらいが今の理想ね」
「最高序列を目指さないのか?」
「なろうと思ってなれる立場じゃないでしょ? アタシにはゆずと季奈みたいな気骨はないし、二人より魔力量も全然少ないしさ……それとは別にもっと誰かに誇れる目標が欲しいなって思うようになったわけよ」
誰かに誇れる目標、か……。
俺の身の振り方にも関わる内容に、親近感を覚える。
強くなりたいっていうのも立派な目標だとは思うが、鈴花の言う通り最高序列になるには相当な才能と努力が必要だろう。
ゆずはどの魔導士でも越えられない膨大な魔力量と洗練された戦闘能力が、季奈は術式を五つも同時に発動させることが出来る卓越したコントロールと術式開発の才能、アリエルさんは未だ戦う姿を見たことがないものの、ゆずに次ぐ魔力量を持っている。
まだ会った事のない第二位と第三位の二人もそれぞれの特徴的な才能があるわけで、鈴花が五人の内の誰かに取って代われるかというと、首を縦に振れない。
世知辛いが、魔導の世界だって才能が物を言う側面が強い。
凡人が十の力を着けたと思ったら、天才が同じ内容で百の力を着けていたなんてことはザラだ。
初期の慢心していた時ならともかく、今の鈴花は魔導士の力で成り上がることを望んでいない。
それこそ彼女が行ったように、誰かに誇れる目標を見つけられていないからかもしれない。
「正直魔導に関係ないことでもいいからさ、一つでもそういう目標を持つことが出来たら次に進める気がする……となると、今の目標は『目標を見つけること』になるのかな?」
「なんだそれ……」
何とも明確性のないフワッとした目標に思わず苦笑するが、切って捨てる気にもなれなかった。
諦念というより納得……つまり〝いいな〟と思ったからだ。
鈴花が目標を持って挑むなら、きっと真実を知っても大丈夫。
そう思える程、小学校からの付き合いのある親友は強くなっていた。
~~~~~
「あ、ルシェちゃん」
「Bonjour! ツカサさん、お元気そうで何よりです!」
学校の授業を終えて、フランス支部に訪れた俺は道中の廊下でルシェちゃんに出会った。
「改めて寝込んでる間に看病してくれてありがとうな、おかげでこの通り元通りだ」
「良かったです。……その、ナナミさんは?」
「あーそっちは……」
「そう、ですか……」
菜々美さんの様子に関して答えあぐねたことで、ルシェちゃんも大凡察したようだった。
だがいつまでも暗い顔をしてられないと、ポンと手を叩いてあることを尋ねて来た。
「……そういえばツカサさん、船上パーティーの際にブロン財団の代表の方がボクの……その、痴漢した写真ってどうしてますか?」
「え、あれか? スマホの中に残すのも気味悪いし、すぐに消したよ」
「そ、そうなんですね」
「それがどうかしたのか? まさかあの時のおっさんが何かちょっかいでも掛けてきたのか?」
もしそうなら、出るとこ出てもらう必要がある。
一度見逃してもらったからって二度目があると思ったら大間違いだぞ。
「そうじゃなくて、もし写真が残っていたら、ツカサさんが脅迫罪の濡れ衣を着せられるんじゃないかと、今になって不安になったので……」
「あぁ、そういう……」
ああいう証拠写真って本当に捉え方次第でどっちにも転ぶ代物だから扱いが難しいよな。
実際の状況なんて当人達にしかわからないし、片方が食い違う証言をしてしまうと途端に整合性が失われる。
どちらの言葉を信じるのか……それこそ第三者に委ねる形になるため、下手をすれば俺が一方的に悪者扱いにされかねない。
ルシェちゃんはそのことを心配していたのだ。
「今さっきも言ったけど、あんな胸糞悪い写真はパーティーが終わった直後に消したよ。だからルシェちゃんが心配になるようなことは何もないよ」
「それならそれでいいんですけど……」
どうにも不安を拭いきれない様子だった。
それなら、話題を変えるついでにあの質問をしてみよう。
「ルシェちゃんはいつぐらいまで魔導士を続けるつもりなんだ?」
「ボクがいつまで魔導士を続けるか、ですか?」
「ああ、学校で鈴花にも同じ質問をしたんだけど、同じ新人のルシェちゃんの意見も聞きたくてさ」
「ええっと、ボクの意見が参考になるんでしょうか?」
「参考になるかは聞かないと分からないから何とも言えないけれど……どうかな?」
ルシェちゃんに鈴花と同様の質問をしてみた。
聞いておいてなんだが、まだ魔導少女歴二ヶ月の彼女には少々どころか見当違いと言っても過言ではない程早急過ぎる質問だ。
いや、本当に純真なルシェちゃんになんつー質問してるんだろうな。
さながら、会社の方針を決める会議で入社一年に満たない新入社員に意見を求めるような感じだ。
我ながら酷な問いをしてしまったと内心罪悪感が募るが、ルシェちゃんはうーんと顎に手を当てて考えた後……。
「ボクはアリエル様のお役に立ちたいと思って魔導少女になりました。ツカサさん達のおかげでその夢が叶う寸前まで来れたことは本当に感謝しています」
「一番はルシェちゃん本人の努力の賜物だと思うけど……」
「でもボク一人の努力だけだったらどうにもならなかったことも事実です。そこだけは絶対に間違えちゃいけないと思っていますから」
「……」
何とも慢心とは程遠い言葉に胸を打たれる。
ポーラ達の様に、他人の功績を自分の物の様に振りかざす姿を戒めとしてきたのか、二ヶ月という決して豊富と言えない少ない経験の中で、それだけの言葉を自ら引き出せる彼女の心根を見習いたい。
二ヶ月と言っても、ルシェちゃんだって命を賭けて唖喰と戦う魔導少女なんだから、あの質問が早すぎるなんてことは杞憂だった。
年下で後輩だからと下に見過ぎていたと反省する。
「その上で改めて、ボクが魔導少女として戦う期限を決めるのなら、その時にならないと分からないかもしれません」
「その時って……」
「凄く曖昧ですよね。でも『もう自分が戦う必要がない』って決めるには、〝今〟では早いと思うんです。だってボクはまだ夢を叶えていませんし、ツカサさん達に恩返しも出来ていません。道筋を整えてもらっているのに、やらなきゃいけないことをやらずに投げ出してしまっては、それこそ〝おんをあだでかえす〟ってことになってしまいますから、決めるのはその後です」
今では早い。
道筋を整えてもらったのに投げ出せば恩を仇で返す。
そう言われて凄く納得出来たし、なんだか心が軽くなったように感じた。
ルシェちゃんはひたむきな子だ。
今の自分がどれだけの人の好意の上で成り立っているのかをしっかりと把握している。
とても賢くて、とても真似出来そうにない、これ以上ない程清純で正道を重んじる価値観を持っている。
彼女もまた、唖喰が絶滅させられないと知っても尚、唖喰を相手に戦う意志を持ち続けることが出来ると確信した。
「そう、だよな……誰も急いで答えを出せだなんて一言も言っていないのに、自分で勝手に期限を決めながら焦って視野を狭めてちゃ、忙しないよな……」
菜々美さんのこと、唖喰のこと、フランス支部のこと、自分のこと、色んな問題の波が一気に押し寄せてきたことで、かなり焦っていたことをようやく自覚した。
相変わらず悩んでばっかで、答えなんて一つも出やしないけど、ひとまず立ち止まっただけでも大きな変化と言えるかもしれない。
そのことに気付かせてくれたのは、出会ってまだ一月も経っていない、魔導少女になって二ヶ月の少女の言葉と意志だ。
「ふにゅ、つ、ツカサさん?」
ルシェちゃんが戸惑い気味に声を漏らす。
無性に彼女の頭を撫でたくなったので、柔らかい青髪の頭を丁寧に撫でる。
「ありがとう」
「え――?」
「ルシェちゃんのおかげでちょっとだけ光明が見えた気がする」
「コウミョウ?」
「道筋ってこと。だからありがとう」
こういう時、本当に単純な言葉しか出てこない。
それでもこの言い方でしか伝えられないのも事実で、ありったけの気持ちを込めたのは確かだ。
「……ツカサさんがそう言ってくれるなら、ボク、嬉しいです」
――それをいうなら俺の方だ。
頬を赤く染めて朗らかに笑う彼女に内心賛同する。
そうして会話に一区切り着けた俺達は、ゆず達のいる訓練場に向かうことにした。
ここまで呼んで下さってありがとうございます。
次回は11月24日に更新します。
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