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魔導少女が愛する日常~世間知らずな彼女の日常指導係になりました~  作者: 青野 瀬樹斗
第五章 歌姫が口ずさむ夢想曲(トロイメライ)
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169話 魔導少女とフランスデート 菜々美編


 アリエルさんと映画を観て、彼女が魔導士として戦う理由を聞き、ルシェちゃんの夢が叶う一歩手前まで前進したことを祝った翌日、俺は菜々美さんと待ち合わせをしていた。


 場所はノートルダム大聖堂の敷地内にある公園の中央にある、塔のモニュメントの前に集まることにしていて、俺だけ先に辿り着いていた。


 昨日約束した通り、菜々美さんから今日のデートでしっかりとエスコートするように言いつけられた俺は、彼女たっての希望で待ち合わせをすることになったのだ。


「司くん、お待たせ!」

「いえ、そんなに待ってないので大丈夫ですよ」


 程なくして、菜々美さんが待ち合わせ場所にやって来た。


 栗色の髪は、後ろ髪が右肩に掛かるように束ねられ、茶色とオレンジのチェック柄のポンチョは三つ付いているボタンの内二つが留められている。

 ポンチョの下には、太股に触れるくらいの丈があるライトグリーンが眩しい長袖のチュニックを着ていて、紐が細くて小さめの黒いショルダーバッグを左肩に掛けていた。

 下にはオレンジ色のショートパンツを穿いているが、その形状は裾の大きいキュロットパンツと呼ばれるもので、黒タイツとライトブラウンのローファーブーツという、菜々美さんの温和な印象とよく似合う装いだ。


「ど、どう……かな?」

「え、ええっと……菜々美さんらしくて、いいと思います……」

「ふふふ、良かったぁ……」


 俺に服装を褒められたのが嬉しいのか、ふわりと微笑む菜々美さんに思わず見惚れた。

 いかんいかん、まだデートは始まってすらいないのに、いくら菜々美さんが綺麗だからって早々に呆けてる場合じゃない。


 そう自分に言い聞かせて、菜々美さんに手を差し出す。


「それじゃ、行きましょうか」

「うん……!」


 ゆっくりと俺の手を握った菜々美さんの手は、とても柔らかくて、ちょっとでも力を込めればガラスのように割れてしまうんじゃないかと思う程細かった。

 

 ゆずや鈴花とも繋いでいるのに緊張するのは変な話だが、人数は関係なく繋いだ相手が一番重要だと思い知らされる。


 鈴花は過去形だとしても、ゆずと菜々美さんは俺に好意を寄せているからだ。

 未だに二人への気持ちをはっきりさせられない優柔不断っぷりに、我ながら辟易する他ない。


 なんというか、ゆずから告白をされたことを皮切りに、ある可能性が浮かんできたのだが、それを認められるかはまた別の話だ。


 とにかく、答えが出ないままの問題は一旦頭の片隅に置いて、今は菜々美さんのエスコートに集中しよう。


「それで、菜々美さんはフランス原産の調味料を買いたいんですよね?」

「うん。生産地での味や風味の違いは日本国内でもよく知ってると思うけど……ほら、チョコレート一つでも国によって味が違うでしょ? それと同じなの」

「あー、なるほど……」


 調味料なら、スーパーマーケットでも豊富に売っているとルシェちゃんから聞いていた菜々美さんは、お土産以外にもそれらを買うことを決めていたようで、今日のデートのついでに買い込むと聞いている。


「俺は自炊はあまりしないんで、料理とか疎いんですよね。そろそろ覚えようと思ってはいるんですけど、中々上達しなくて……」


 昔から両親が共働きだから、簡単なものは作れる。

 でも、ゆずや菜々美さんが作るような本格的なものとなると、上手く出来る自信がない。

 将来的に一人暮らしをした時のことを考えて、料理を覚えようと思ってはいるが、どうにも上手くいかない。


「それなら、時間がある時にでも私が教えようか?」

「え、いいんですか?」

「もちろん、司くんのためなら喜んで教えるよ」


 なんと、料理の腕ならゆず以上の菜々美さんから料理を教えようかという提案がされた。

 菜々美さんの調理指導となると、とても頼もしく感じる。

 

「勉強と同じく丁寧に教われるなら、案外すぐに覚えられそうですね」

「えっと、勉強の時にも言ったけれど、すぐに身に着くのは司くんの物覚えがいいからで、私が教えなくても同じだと思うよ?」


 そう、大したことはないと語る菜々美さんは、最近はあまり見なくなっていた卑下に近い謙遜をしていた。


「そんなことないです、むしろ菜々美さんの教え方が良かったからこそ、しっかり覚えられたんです」

「あ、あう……」


 一切の偽りない本心を告げると、菜々美さんは顔を赤くして俯いてしまった。

 その反応を見て、また励まそうとして歯の浮くようなセリフを口走ってしまったことに気付いた。


「あ、あの、菜々美さんが謙遜するようなことじゃないって伝えたかっただけで……」

「わわ、解ってるよ? ……でも、ありがとう」

「あーははは……それじゃ一番近いスーパーマーケットに行きましょうか」


 上目遣いで感謝の言葉を伝えられ、照れ臭さを感じながらも、スマホの地図を頼りに菜々美さんとスーパーマーケットへ向かう。

 

 公園から南に進んだ先にあるアルシュヴェシェ橋を通って、歩くこと十五分程で、目的のスーパーマーケットに辿り着いた。


 中の構造そのものは日本のスーパーマーケットと変わりないため、カートを引きながら商品を見て行く。


「調味料って一口に言っても、色んな種類がありますよね?」

「うん、お塩、お砂糖、バター、油、小麦粉、片栗粉……本当に沢山。最初は覚えるのが大変だよね」

「最初は塩と砂糖をよく間違えたり、今でも知らない調味料の方が多い印象ですね」

「でも覚えていくと料理が楽しくなって来るんだよ。特に食べてもらえる人のことを考えながら作ると、いつも以上に上手に作れるから、癖になっちゃうの」


 料理のことを話す菜々美さんはとても楽しそうで、彼女の料理の腕は、料理が好きだからこそ培われて来たものなのだと察せられた。


 うん、やっぱり落ち込むより、笑っている方がずっと良いに決まってる。

 

「よし、荷物持ちなら任せて下さい」

「もちろん、沢山買うから用心してね?」


 腕をLの字に構え、力があるアピールをすると、菜々美さんも乗り気で相槌を打ってきた。

 そうして早速、菜々美さんは商品棚から日本でもよく見る小さな円形の缶を手に取った。


「CREME DE MARRON……マロンクリームだね。日本だとあまり馴染みがないんだけど、パンやアイスクリームはもちろん、ヨーグルトに合わせて食べると絶品なんだよ」

「へぇ~、そう言われると気になりますね……」

「あ、缶以外にもチューブと詰め替え用があるんだ……とりあえず缶を一個とチューブを一本買っておこうかな」


 そう言って菜々美さんは、マロンクリームの缶とチューブを一つずつ、カートに乗せているカゴにテキパキと入れる。 


 少し進むと、また気になるものがあったのか次の調味料を手に取った。

 縦長の筒に田舎の風景が描かれているが、中身が何なのかさっぱり解らなかった。


「Sel marin de GUERANDE……これはお塩かな? そういえばフランスのブルターニュ地方原産のお塩があるって聞いたことがあったっけ……これも一箱買っておこうっと」


 そうして菜々美さんは次々と商品を手に取っていく。


「はちみつ、オリーブオイル、トリュフ、ワインビネガー……これだけあればいいかな」


 普段から調理に使うことを念頭に置いているため、非常に手際がいい。

 商品棚に並べられている調味料を、どの料理にどう使うのかなんて、砂糖と塩で精一杯の俺には到底無理だ。


 言っていいか迷うが、さながら主婦のように思えた。

 彼女が俺の家で料理を振る舞った際、母さんに言った通り、菜々美さんなら本当にいいお嫁さんになれると思う。


 その旦那候補に自分がいると思うと、なんだか気恥ずかしくなってくるな……。


 そんなことを考えている内に買い物を終え、菜々美さんが買った調味料を袋に入れて手に持ち、スーパーマーケットの外に出ると……。


「あら、ハネムーン中の新婚さんかしら? ご夫婦で揃ってお買い物なんて初々しいわね」

「「はいっ!!?」」


 通りすがりのおばさんが俺と菜々美さんを見て、新婚だと囃し立てられて、二人して驚きの声を上げてしまった。


 今まさに似たようなことを考えていただけに、衝撃が大きいんだけど……。


「ち、違い、ます……私と彼は、新婚どころか、まだ恋人ではなくて……」


 菜々美さんがリンゴのように顔を真っ赤にしながら、しどろもどろで弁明する。

 恋人にみられるどころか、夫婦扱いされるとは思っても見なかったようだ。


「ええ!? ちょっとあなた、こんな綺麗な子が一緒に居てくれるんだから、早くお嫁さんにしてあげないと!」


 このおばさん、本当にフランス出身か?

 大阪生まれって言われた方がしっくり来るぞ。


「あああの、い、いきなりそう言われても、ここ、困ります……」

「全然満更でもなさそうね。ほら、男の子ならガツンと言ってあげなさい!」

「いやいやいやいや、俺はまだ菜々美さんのことをどう思ってるのか、解らなくて――」


 なんでこのおばさんは初対面の俺達の仲を邪推するの?

 昼ドラとか好きなの?


 そんな考えが浮かびながら、俺自身の問題を持ち出すが……。


「そんなヘタレたことを言い続けてる内に、彼女から愛想を尽かされたらどうするの!?」

「がふぅっ!!?」

「つ、司くん!!?」


 初対面のおばさんに正論をぶつけられて、その場で四つん這いになって崩れ落ちる。

 調味料をアスファルトに落とすことは、何とか回避した。

 

 ぐおおぅ……答えを出さない状況に、ゆずと菜々美さんから「もういい」なんて言われる瞬間を想像しただけで、思いのほか精神にダメージが来た……。


 一人だけでも結構来てるのに、二人分は致命傷級に効くわー……。

 

「え、えっと、彼どうしたの?」

「あー、あのー、色々複雑な事情があるので、言いにくくて……」

「そ、そう? 何だか余計なことしちゃったみたいで、ごめんなさいね?」


 ああ、「本当だよ」と喉元まで出掛かったが、寸でのところで堪える余裕は残ってて良かった。

 それでも、ただでさえ二人に対して気持ちをはっきりさせられない現状に申し訳なさがあるのに、余計にプレッシャーが掛かったのは事実だ。


 ともかく、菜々美さんが暗に口出しはするなと告げたことで、おばさんは俺達に謝罪したあと、あっという間に人混みの中に消えていった。


 あんなフランス生まれの大阪のおばさんとは、出来れば二度と会いたくない。

 純粋にそう思えた。


「び、びっくりしたねー、次はいらないかも……」

「はい……」


 全く同じ感想を述べる菜々美さんに同意する。

 彼女の様子を窺ってみると、頬は赤く染まっていて、眉は困り気味に八の字になっているが、その表情は先程おばさんが言った通り満更でもなさそうだった。


 そういえば、ウチの両親に嫁だの新妻だの言われて、物凄く嬉しそうにしてたよな……。

 おばさんの言うことを真に受けるつもりはないけど、もし菜々美さんの告白を受けて、付き合うことになったとしたら、この人はどれだけ喜ぶのだろうか?


「――っ!」


 不意に浮かんだ考えを払うように首を横に振る。

 駄目だ、それじゃ俺を好きだって告白をしてくれたゆずを確実に傷付けることになる!


 でも、ゆずの告白を受けたら菜々美さんが――。


『……変だと思ってたよ。つー君はいつまで経っても私のことを好きって言ってくれなくて、私が彼女なのにすずちゃんと仲良くしてるし……』

『いや、美沙、今のは、ちが――』

『全部、全部、私の一方的な片想いだったんだ……私なんて、何とも思ってなかったんだ……!』

『美沙!』


 ――ああクソ、またこれだ。

 どちらか一方を傷付けるかもしれないと思うと、どうしても美沙と喧嘩別れした瞬間がフラッシュバックする。


 あの時見せた美沙の悲痛な表情が、ずっと頭から離れない。

 自分の気持ちをはっきりさせなかったことが原因で、あんな表情をさせる程傷付けてしまったことが、どうしようもない程トラウマになっている。


 あれからだ……女の子を、特に自分を好きになってくれた人を傷付けることと、傷付く姿を見るのが嫌になったのは。


 ゆずと菜々美さんの二人から好意を寄せられることで、完全に板挟みになってしまって、ずっと抜け出せないままだ。


 こうしてずっと答えが出ないままなら、いっそ嫌われた方が――。


「司くん、何だか顔色が悪いよ!?」

「――ぇ、あ……」


 声に気付いて視線を前に向けると、いつの間にか俺の頬に手を当てながら、心配そうな表情を浮かべる菜々美さんの顔が近くで見えて、状況を飲み込むのに時間が掛かった。

 しまった……思考に耽って、デート中の菜々美さんを放置してた……。

 

 何でもないと取り繕おうと、笑みを浮かべる。


「大丈夫ですって。ちょっと休めばすぐに元の調子に戻りますから」

「……」

 

 俺がそう答えると、菜々美さんは心配そうな表情を変えて……。


「……嘘つき」

「え?」


 怒りを含むようなムスッとした表情になった。

 その表情であっさりと俺の嘘を見破って見せた菜々美さんに、俺は呆気に取られた。


「ちょっとこっちに来て」

「え、ちょ、菜々美さん!?」


 彼女はそのまま俺の荷物を持っていない方の手を引いて、路地裏に誘導して来た。

 俺は戸惑いつつも、菜々美さんの誘導に逆らうことなく付いて行った。


 程なくして廃材置き場のようになっている広間に出て来て、誰が設置したのか分からないベンチに腰を掛ける。


「……」

「……」


 しかし、ベンチに座ってからというものの、菜々美さんは一切口を開くことなく黙ったままだ。

 それに釣られるように、俺も黙ってしまう。


 沈黙が気まずい……。

 何だか居たたまれなくなって来て、どうしてここに連れて来たのかを尋ねることにした。


「あ、あの、菜々美さん? なんでここに連れて来たんですか?」

「司くんが何でもないって嘘をつくから、休ませるために連れて来たの」


 都合よくベンチがあるとは思わなかったけれど、と言いながら、菜々美さんはベンチから立ち上がって、俺と正面から向き合う。


「嘘なんて――」

「分かるよ。司くんが私やゆずちゃんのことを気に掛けてるのと同じくらい、私達だって司くんのことを気に掛けてるんだから」

「う……」


 言い訳をばっさりと両断した菜々美さんの言葉に、俺は何も言えなかった。

 

「多分、前に言ってた自分の気持ちのことで悩んでるんでしょ? ゆずちゃんから告白されたもんね」

「え、なんで菜々美さんがそれを!?」

「ゆずちゃん本人から教えられたんだよ。『私は司君に告白しました』って。返事が保留になってることもね」

「本人から……」


 なんつー宣言してんだ。

 牽制を通り越してボディーブロー決めてんじゃねえか。


「私はてっきり告白を受けたんだって思ってたけどね。ゆずちゃん、可愛いから……」

「さ、流石にゆずをどう思ってるか分からないのに、可愛いってだけで付き合うのはどうかと……」

「それも立派な理由だよ。見た目でもなんでも、切っ掛けさえあれば人を好きになるなんてそんなに難しくないんだよ?」


 切っ掛け、か……。

 ゆずは確か、港で唖喰との戦闘の後から俺を意識し出していた。

 菜々美さんは、俺が勘違いで彼女の理想のデートを聞いた時から。


 そんな切っ掛けの温度差はあっても、二人が俺に向ける気持ちに差はない。


「……それとも、あの時に話してくれた元カノさんのことが、まだ気になってる、とか?」

「ち――っ、いや、ある意味じゃ未練はありますけど……」

「ある意味?」

「喧嘩別れしたって、言ったじゃないですか。あの時、もっと違う言い方をしていれば、美沙を傷付けたとしても、もう少し傷跡を小さく出来たんじゃないかって、後悔してるんです」


 以前、修学旅行の肝試しの時に菜々美さんには俺が中学時代に彼女が居たことを教えている。

 このことはゆずでも知らないことだ。

 その分、当事者の鈴花を除けば俺の抱えているトラウマを一番知っているのは、菜々美さんということになる。


「自分の気持ちがはっきりしないままにゆずと付き合ったとして、もし美沙の時みたいに思っても居ないことを口走って傷付けたらと思うと、付き合うって言えないんですよ……」


 だからこそ、先程浮かんだ悩みの一端を打ち明けることが出来た。

 事情を知っている鈴花でもここまで打ち明けたことはない。


 明かせたのは、俺に好意を持ってくれていて、ゆずの気持ちを理解している菜々美さんだからだ。

 俺の言葉を聞いた菜々美さんはというと……。


「……あの時、私達をガラス細工扱いしないでって、言ったけど……元カノさんのことでそんなに気に病んでるなんて知らずに何言ってたんだろう……ゴメンね?」


 かつて自分が発した言葉を悔いるように、悲し気な表情を浮かべていた。


「そんなことはないです。菜々美がああ言ってくれたから気付けたことがあるんです」

「……気付けたこと?」


 俺が何に気付いたのか分からず、菜々美さんは疑問を口にして聞き返して来た。


 当事者の鈴花を除いて美沙のことを唯一話している彼女になら、この先の言葉を発することにも不思議と違和感はなかった。


「俺は……ずっと美沙に謝りたかったんだって気付けたんです。それが出来たらきっと、自分の中で過去のことに折り合いを着けられると思います……だから交流演習が終わったら、美沙のことを捜してみるつもりです」


 あの喧嘩別れをしてから、それまでが嘘のようにばったりと美沙との交流が途絶えてしまっているため、どこの高校に行ったのかも分からない。

 なのでまずは中学校から手を着けよう。

 当時の先生がいるかは分からないけど、何かしらの行方は掴めるはずだ。

 

 そんな意思を菜々美さんに伝えると、彼女は泣きそうだった表情を直すために首を横に振って、俺と目を合わせた。


「えと、私も司くんと元カノさんのことは知ってるし、一緒に手伝うよ!」

「! ……ありがとうございます」


 菜々美さんは本当に優しいと思う。

 俺と美沙の仲を自分なりに取り持とうとしているのが伝わった。

 そんな彼女だからこそ、あの時、あの言葉のおかげでゆずの元に行こうと決断出来た。


 菜々美さんという協力者を得られたことに安堵して……。




 


 犬のように四足歩行をして、体積の六割に及ぶ口腔を人一人を丸飲み出来るだろう大口を開けて飛び掛かって来る怪物が視界に映った。


 下位クラスの唖喰、イーターのはぐれが俺達のいる裏路地に潜んでいた。


 そう認識したと同時に全身に悪寒が走った。

 何故なら、その捕食対象は……俺の正面にいる菜々美さんだからだ。


 既にイーターと菜々美さんの間にある距離はもう三メートルもない。


(魔導銃――ダメだ! 今から手元に出しても間に合わない!! なら……!!)


 やけにスローモーションで動く視界で、咄嗟に行動の選択肢を選んだ俺は、菜々美さんに向かって跳び出す。


 そして、謝罪の言葉を述べるどころか浮かべる暇もないまま、彼女を後方へ突き飛ばした。


「――え」


 菜々美さんとしては突然俺に突き飛ばされたことを飲み込めず、キョトンとした表情を浮かべていた。

 

 その表情が驚愕と悲痛に変わったと同時に、腰から下が鋼鉄に挟まれたかのように骨と肉が噛み千切られるような音が木霊して――。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!?」


 一秒もしない瞬間に訪れた未知の激痛に、自分の喉から出ているとは思えない程の絶叫が塗り潰した。


「グルゥッ!!」

「あぐぁ……っ!?」


 イーターはお前じゃないという風に俺を咥えたまま、体全体を右に勢いよく振り回し、俺を壁に叩きつけた。


 その衝撃で肺の空気が押し出され、呼吸も覚束ないまま息苦しさと激痛に思考はあっという間に支配され、這ってでも動こうと考えることが出来なかった。


 壁をずるずるとずり落ちていって、そのままうつ伏せに倒れる。


 感覚的に下半身はかろうじて繋がったままだが、骨や肉がぐちゃぐちゃに潰れていて、全く動かせる様子がない。

 

 そして、酸素と血が足りないのか、体全体に抗い難い脱力感が襲ってきて、どんどん視界が暗くなっていく。

 

「司くんっ!!!?」


 ――ああ、これ下手したら一生立てないかもな……。

 ――菜々美さんなら、あのはぐれイーター一体くらい大丈夫だろ……。


 悲鳴のように俺の名前を呼ぶ菜々美さんの声が聞こえたのを最後に、俺の意識はプツリと途切れた。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は11月14日に更新します。


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