166話 魔導少女とフランスデート アリエル編
教会で仕事中のはずのアリエルさんが、何故か初めて会った時と同様、金髪のウィッグで前髪を下ろして目元を隠し、スカート部分にフリルが何重にも重ねられている白のワンピースの上に、黄緑のカーディガンというお淑やかな装いで街を歩いていた。
俺が初めて彼女と会った時の格好……アリーさんの姿で。
「……どうして、見破られたのでしょうか?」
「理由は二つです。一つは、アリーさんが日本語をしゃべれるということ。船上パーティーで挨拶をした時、日本語で話してましたよね? さっきぶつかった時も俺が日本語で声を掛けたから、反射的に日本語で返したみたいですけど」
「……ええ、母国であるフランス語以外にも、日本語、英語、イタリア語が話せますわ」
バイリンガルどころかマルチリンガルだったのかよ。
魔導士って、ゆずを筆頭に本当にハイスペックな人が多いな。
ちなみにアリーさん呼びなのは、現代の聖女と言われているアリエルさんを知っている人が多いと思ったからだ。
何気にアイドルとの密会っぽいなと思ったりするけれど、余計な騒ぎは避けた方がいい。
「もう一つは、単純に声です。アリーさんみたいに特徴的な声をしていたら耳に残るんで、すぐにわかりましたよ」
「なるほど、変装した姿で事前に会っていたのが裏目に出た、ということですのね」
「要約すれば、そういうことです」
ぶつかるまで全く気付かなかったけど、それは人混みに紛れてしまえば分かり辛い程、彼女の変装技術が高いからだろう。
「それで、もう一度聞きますけど、仕事ほっぽって何やってるんですか?」
「まぁ、ワタクシはお仕事を放りだしたりしていませんわ。ちゃんとクロエに押し付けてきましたのよ?」
「クロエさんかわいそう!!」
いや、あの人なら『アリエル様から託されたお仕事……誠心誠意でもって対処せねば!』みたいな感じで張り切るかもしれない。
それでも、敬愛する主人に騙されたことに変わりねえな。
「ふふ、冗談ですわ。五割は片付けた後ですので、全く手つかずというわけではございませんわ」
「五割残ってることと、クロエさんに押し付けたことは冗談じゃないのかよ……」
変装して俺に接近したりとか、聖女って呼ばれているとは思えない程フットワークが軽いな、この人。
「もちろん、お仕事が嫌だから押し付けたわけではございませんわ」
「と、言いますと?」
「どうしても見たい映画がございまして……」
「そんなバイトを無断で休んだ言い訳みたいな理由で!?」
めっちゃ軽い理由だった。
映画と天秤に掛けられて負けたクロエさんがマジで不憫に思えて来た。
「そんなとは失礼です。映画鑑賞はワタクシにとって死活問題ですわ!」
「あ、趣味だったんですね……」
「ええ、ワタクシが四か国語を話せるのは、様々な国の映画を観ている内にいつの間にか身についていたのですわ」
なんだそのシネマラーニングとも言うべき修学能力は。
映画を観ていたらそんな流暢な日本語を話せるようになるとか、やっぱり最高序列に名を連ねる魔導士は同じ人間とは思えないくらい、頭良過ぎじゃないか?
「趣味だったなら否定してすみません――いや、仕事を抜け出してまで見るくらいなら、休日の方が良くないですか?」
趣味なら仕方ないと認め掛けて、やっぱり仕事を抜け出す意味を理解出来ないでいると、アリエルさんは両手を合わせた。
「お願い致しますわ! 公開日が明日までだと知って、今しか見る機会がありませんの! リンドウ様のお願いを一つ訊きますので、クロエに連絡せずに、今は見逃してくださいませ!」
「そう言われても……」
「むー……そういうことでしたら、ワタクシにも考えがありますわ!」
「考え?」
俺が了承しないことが不服なのか、アリエルさんはそんなことを言い出した。
一体何を考えているんだ?
そんな疑問を抱いたと同時にアリエルさんの顔が俺の耳元に寄せられて……。
「リンドウ様がワタクシの胸を鷲掴みにしたこと、クロエに告げ口致しますわよ?」
「――っ!!?」
うーーーーっっわ!!?
そういえばこの人に弱味握られていたんだった!?
そんなに映画を観たいの!?
だからって、人の弱味につけこんで脅すとか、それが聖職者のすることかよ!?
「分かりましたから映画館まで行きましょうよ!」
クロエさんにバレて、血祭りにあげられる光景を幻視した俺は、全身に鳥肌が立つのを抑えられなかった。
そもそもスマホのバッテリーが無いから連絡のしようもないし、映画に付き合ってアリエルさんと一緒にフランス支部に戻った方が良い。
後でクロエさんになんて言われるか若干不安だけど。
そんなこんなで、アリエルさんと映画を見るため、まずは映画館に向かうことになったのだが……。
「あの、アリーさん……」
「なんでしょうか?」
「どうして腕を組む必要があるんですかね?」
成り行きとはいえ同行することになった途端、アリエルさんは何故か俺の右腕を抱くように腕を組んでいた。
はっきり言ってめっちゃ当たってる。
当ててんのよ、ってことなのか?
まぁ、悪戯好きなアリエルさんなら分かった上でやっているのは目に見えているけど。
「あら? リンドウ様とはぐれないようにするのは当然では?」
「そ、そりゃ、そうですけど……」
正論を言われ、たじろぎながらも同意する。
しかし、アリエルさんは離れるどころかさらに腕を抱き寄せた。
ちょ、何してんだ!?
「アリーさん!?」
「殿方にはこちらの繋ぎ方はお気に召されないのでしょうか?」
「お、お気に召すとかそういう話じゃなくて、わざわざ腕を組まなくても、手を繋げばいいんじゃないかって思っただけです」
意地悪な笑みを浮かべるアリエルさんに対し、はぐらかしながら別の方法を提案するが、今度は拗ねるように口を尖らせて……。
「そんな、せっかくのデートですのに、手を繋ぐだけでは勿体無いですわ」
「え、デート?」
そんなことを言って来た。
え、今の状況ってアリエルさん的にはデートなの?
そりゃ、世間一般的に見ればデートに見えなくもないけど、今こうしているのはアリエルさんが脅して来たからですよね?
「はい、ワタクシの初めて(のデート)を、リンドウ様に捧げてしまいましたわ♡」
「言い方ぁっ!!」
右手を頬に当てて恥ずかしそうな表情を浮かべながら、誤解を招く言い回しをするアリエルさんにすかさず訂正を要求する。
嘘は言ってないだろうけど、もっと言葉に情報量を足して欲しい。
「身分柄、こうして家族と使用人以外の殿方と連れ添って歩く経験は皆無に等しいので、とてもドキドキしていますの」
「アルヴァレス家のご令嬢なんですよね。もうちょっと慎みを持ってもらいたいんですけど……」
「リンドウ様がその気になれば、ワタクシの腕を無理やり払うことくらい造作でもないと思うのですが、何故そうしないのでしょうか?」
「いやだって、それでもし怪我とかしたら申し訳ないですし……」
「そういうことですわ。これまでの会話で、リンドウ様が紳士な心持の方であることを把握しているからこその〝甘え〟ですわ」
「……さいですか」
悪戯を諌めようとも、決して暴力に訴えて来ないと悟られていては完全にお手上げだった。
年上の、それも女神と言っても差し支えない程の美貌を持つアリエルさんに甘えされるのは、悪いどころか役得とみるべきなのかも知れない。
それ以上は強く言えないのもあって、アリエルさんと隣り合って歩くこと十分後、目的地である映画館に辿り着いた。
「どんな映画を観るんですか?」
「〝Ma famille〟というタイトルの映画ですわ。家族愛をテーマとしたフランスに限らず米国でも今年一番と評される映画ですわ」
「あ、それ日本だと先月公開されたやつですよね。そっか、外国だと日本より早く切り替わるんだ……」
日本でもCMで良く見掛ける映画だっただけに、外国で見るのはなんだか不思議な気分だった。
「それでは早速チケットを買いましょうか」
「あ、でも俺魔導器の魔力が無くなってて――」
「それでしたら心配はいりませんわ。先程腕を組んだ際に、リンドウ様の魔導器に魔力を注ぎ込みましたので、既に翻訳機能も復活していますわ」
「え!? あ、そういえば周囲の人の声が日本語で聞こえる……」
魔導器の魔力が戻っていることを、アリエルさんからなんてことのないように明かされ、俺はさっきの腕を組んだ本当の理由を察した。
魔導士であるアリエルさんは、俺の魔導器内に魔力がないことに気付き、後で困らない様に魔力を注いでいてくれたのだ。
「ありがとうございます」
「いえ、腕を組んだもののついでですわ」
そうしてチケットを買った後、今度はポップコーンやドリンクの販売所に向かう。
「リンドウ様、ポップコーンはどうされますか?」
「さっき昼ご飯を食べたばかりなんで、遠慮します」
「では、LLサイズ一つお願いしますわ」
「LLサイズ一つですね」
多っ!
LLって一番大きいサイズだぞ!?
一人で食べるつもりなのか!?
「アリーさん、もしきつかったら俺も手伝いますよ?」
「ふふ、ご心配には及びませんわ。ワタクシは食べても太らない体質なのですのよ!」
それって、摂取した栄養のほとんどが胸に行ってるんじゃ……いや、言ったらセクハラだから黙っておこう。
「ドリンクはどれがよろしいですか?」
「基本的に何でも行けますけど、せっかくなのでアリーさんのオススメで選んで下さい」
「では、Les couples boiventをお願い致しますわ」
待ってアリエルさん?
今フランス語で何を注文したの?
何か不穏な感じするのはどうしてなの?
その答えは、売店の店員さんが専用のお盆に載せていた、ミニサイズのバケツと見間違う程の特大サイズのカップへ大量に入っているポップコーンと共に現れた。
それは、プラスチック製の透明な大きいコップ一つに、二本のストローが突き刺さっている桃色のドリンクだった。
あれオシャレなカフェとかでたまに見る、カップル限定のドリンクじゃねえかっ!?
なんでそんなのか映画館で出るんだよ!
「アリーさん……あのドリンクは――」
「このドリンクはワタクシのオススメですわ」
「それ絶対ウソですよね!?」
「ええ、今のワタクシ達はデート中ですので、こういった飲み物を飲んでみたいと考えたのは事実ですわ」
開き直った……。
聖女なのになんて肉食系な恋愛価値観してんだこの人……。
「リンドウ様、ここで問答していても後ろの列の方々を待たせてしまいますわ。それにもうすぐ映画の上映時間です。急ぎますわよ」
「もうここまで一連の出来事が全部仕組まれているように思えて来たんですけど!?」
俺の主張も虚しく、アリエルさんとカップルドリンクを共有することになったまま、映画は始まった。
~~~~~
映画自体は良かった。
音声なら魔導器の翻訳機能の有効範囲内なので、字幕がなくとも物語に感情移入出来た……気持ち半分は。
なぜなら、上映中にも関わらず、アリエルさんの悪戯がよりエスカレートしていたからだ。
まるで痴漢のようにやたら手を重ねて擦って来るし、反対側のストローを咥えたまま俺にもう一方のストローを咥えさせようとして来るし、最終的には「あのご家族のように、幸せな家庭を築きたいものですわね」と、前に聞いた好奇心以上の気持ちがあるように思わせぶりなことを言ってくるなど、常に精神を削りに来ていた。
ルシェちゃんと一緒に昼食を食べた時間が酷く恋しい。
むしろルシェちゃんと一緒にいる時の方が一番ストレスが少ない気がする。
本人はもちろん、ゆずと菜々美さんの前じゃ口が裂けても言えないけどな。
そんな風に思ってしまう程の疲労感を感じつつ、アリエルさんと映画館に隣接しているカフェで休憩をしていた。
「はぁ~、面白かったですわ~」
腕を天に伸ばして背伸びをするアリエルさんの表情は、疲れ切った俺とは対照的に晴々としたものだった。
「それって映画の内容がですか? 俺の反応ですか?」
「どちらもですわ」
「……それは何よりです」
あっけらかんと言い放つアリエルさんに呆れ果てて、そう答えるしかなかった。
「ええ、本当に今日は楽しめました。でもリンドウ様は本当にフランス支部までの道案内でよろしいのですか?」
「今の俺によって一番の望みですよ? それ以外何があるって言うんですか?」
「正直、ワタクシの体を求められるくらいのことは覚悟しておりましたわ」
「ぶっ!?」
思い切った覚悟をしていたアリエルさんの告白に、思わず吹き出してしまう。
「お、俺のことを〝紳士な心持の人〟って言ってませんでしたか!?」
「言いましたが、突如狼と化するのが殿方ですので……お祈りの際にも、神父様がワタクシの胸に視線が向いているのがその証拠ですわ」
「その神父様はすぐにでも解雇していいと思いますけど、俺はちゃんと段階を踏まないとそういったことをするつもりはありませんからね?」
「ええ、そのあたりは信用していますわ」
ニコニコと笑みを崩さずにそう答えたアリエルさんの言葉に、ひとまず安堵する。
多分、その部分が信用されているのは、俺が日常指導係を続けている上で、ゆず達と一線を越えていないことが一番の理由かもしれないな。
「映画に付き合って頂けましたし、リンドウ様から何かワタクシのことで知りたいことがあればお答えしますわ」
「え、いいんですか?」
「ええ、生年月日からスリーサイズまで、なんでも」
なんで例えがそんなに両極端なんだよ。
聞いた所で絶対まともに答えるつもりがないのが見え透いているぞ。
「……一応、次に会ったら聞こうと思っていたことはあるんで、それにします」
「はい、どんなことが聞きたいのでしょうか?」
アリエルさんは急かさずに促した。
一呼吸置き、俺は口を開く。
「アリーさんは、どうして魔導士になったんですか?」
今まで知り合った魔導士か魔導少女の人達全員に尋ねるのが半ば当たり前になった質問を、アリエルさんにも聞こうと思っていたのだ。
「ワタクシが魔導士になった理由ということですわね?」
「はい」
聞き返すアリエルさんの言葉に頷く。
すると、アリエルさんは瞑目して顎に手をあてて、逡巡し始めた。
言いたくないなら無理に聞かないつもりだが、まずはアリエルさんからの返答を待つ。
そして、一分もしない内にアリエルさんは結論をだしたのか、目を開いた。
「分かりましたわ。ワタクシが魔導士として戦う理由を、リンドウ様にお教え致しますわ」
どうやら、アリエルさんは教えてくれると分かり、内心安堵した。
「ですが、その事にはワタクシの身の上を語る必要があるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、それが関係しているのなら、俺は知りたいと思います」
季奈に聞いた時のように、実家絡みかもしれない。
そう思い、俺は大丈夫だと相槌を打つ。
「色々複雑ではあるので、核心から述べさせて頂きます」
アリエルさんはそう前置きして、その核心を告げる。
「ワタクシは、アルヴァレスの名を名乗ってはおりますが、当主であるお父様の娘ではあっても、正妻の娘ではありませんの……ワタクシは、愛人の娘なのですわ」
「……え?」
その一ミリも予想出来ていなかった彼女の複雑な立場に、そんな声が漏れた。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は11月8日に更新します。
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