164話 魔導少女とフランスデート 鈴花編
予約ミスしてすみませんでした。
「さて、早速エッフェル塔に行こ!」
ゆずと一通りお土産を選び終え、彼女と昼食を摂った俺は、デパートを出てルシェちゃんに連絡して、午後のパートナーである鈴花を連れて来てもらい、ゆず達と別れた後に言った彼女がフランスの首都であるパリで有名な観光名所の名を告げるまでは一瞬だった。
赤色の混じった茶髪をいつものポニーテールにしている鈴花の格好は、ジーンズのジャケットの下に白とグレーの迷彩柄のタンクトップを着ていて、首に掛かっている金色のアクセサリーが照明の光を反射していた。
下はレンガのような茶色のショートパンツに黒色のブーツという活発な印象の装いだ。
そして知らない人の方が珍しいであろうエッフェル塔に行くとあって、その目は爛々と輝いていた。
「別にエッフェル塔に行くのはいいけど、お土産を選ばなくていいのか?」
「それはさっきゆずと司が色々見たのと同じのを買えばいいから、問題なし」
「……お前まさか自分で選ぶのが面倒だからって、今日の外出に名乗り出たわけじゃないよな?」
「あ、バレた? でも観光名所に行きたいのは本当だし、丁度司をナンパ除けに連れて行けるからいいかなってね?」
「おい……」
堂々と自分の企みを明かす鈴花に、俺は呆れるしかなかった。
ゆずからは俺が友達と過ごす時間も大事にしてほしいと前もって伝えられている。
鈴花なら問題ないと判断しているようだし、俺からは何も言うことはない。
それに言われた通り、魔導と唖喰に関わるようになってからゆず達に掛かり切りで、鈴花と過ごす時間がめっきり減っているのは事実だ。
色々不可抗力はだと思うが分身できるわけでもないし、好意を寄せてくれるゆずと菜々美さん、現在進行形で問題に直面しているルシェちゃんにアリエルさんと違って、昔から付き合いのある鈴花はどうしても後回しにしてしまいがちだ。
これで鈴花も俺に恋愛感情を持っていたら、さらにややこしいことになるが、過去に鈴花自身から『好きだったけど、もう諦めた』と告げられている。
その事実に驚かされたことは未だにハッキリと覚えているけど、そんなこともあったのに鈴花との交友関係が続いているのも不思議なものだ。
特に鈴花が魔導少女になってからというものの、その絆はより強くなっている……ような気がする。
とりあえず、せっかくゆずが気を利かせて譲ってくれた時間だ、有意義に過ごすことにしよう。
グーグノレマップによると、エッフェル塔へは今いるモンパルナス駅で地下鉄に乗って二駅先の〝ビラケム駅〟が最寄り駅だった。
フランス語の案内掲示板に戸惑いながらも、俺達は何とか電車に乗ることが出来た。
平日の午後であるため、電車の中は座席がいくつか空いているのが分かる程、人は多くないから窮屈ではなかった。
他愛のない話をしている内にビラケム駅に着いた俺達は、駅を出た途端にそれは視界に映った。
「あ! あれエッフェル塔だよね?」
「おぉ、ここからでも良く見えるな……」
鈴花が指を向けた方に視線を向けると、思わず見上げてしまう大きな塔が見えた。
それを目印に、セーヌ川沿いにイエナ橋方面へと歩みを進める。
当然、そんな目立つシンボルがあって迷うはずも無く、俺達はエッフェル塔を正面に見据える。
「おぉ……」
「うわぁ、首を限界まで上げてるのにてっぺんが見えない……」
感嘆の声を出す俺達の視線の先には、四本の脚を軸に円錐のように上に行くほど徐々に細くなっていって、アルファベットの〝A〟に似た形のそれこそが、今の目的地であるエッフェル塔だ。
高さは324メートルもあり、東京タワーの333メートル、東京スカイツリーの634メートルに比べて特別大きいわけではないが、エッフェル塔が完成した1889年まで、当時激しかった建築の高さ競争において140メートル台から160メートル台の建物が主立った中、それらの倍はある塔の大きさに世界中の人々が驚いたらしい。
なおエッフェル塔の完成により、建築競争が沈静化したという。
自分達の造った建物より大きいものを建てられたことで、毒気を抜かれたのかもしれない。
「よし、ここで見るだけっていうのもなんだし、中に入ってパリを一望していくか」
「えっ!? エッフェル塔って中に入れるの!?」
「え?」
「え?」
当然、中に入るだろうと思って鈴花にそう声を掛けたのだが、エッフェル塔に行くことを望んだ本人は、何故か驚いた反応で真偽を確かめて来た。
……おい。
まさか事前のリサーチも無しにエッフェル塔に行きたいとか言ったのか?
恐らく、鈴花は目的地までの道順を調べはしたものの、肝心の入場に関しては全く手つかずなのだろう。
とりあえず、俺は鈴花の両肩に手を置いて、大事なことを尋ねる。
「……今財布に何ユーロ入ってる?」
「一応これだけ……」
傍から聞けばカツアゲのように聞こえなくもないが、せっかくエッフェル塔に来たのにお金が足りなかったので中に入れませんでしたじゃ意味が無いため、念のための確認だ。
そうした事情を察した鈴花は特に拒否することもなく、自分の財布の中身を周囲に隠すようにしながら俺に披露した。
何故隠す必要があるのかというと、外国ではこういった観光地や観光名所でスリの被害に遭うことが多いそうだからだ。
前にテレビのニュースでオリンピックの開催地の国の治安が整っておらず、スリの被害にあったと聞いたことがあったし、フランスでも同じことが起きない保証もないため、それを警戒してのためだ。
まぁ、仮にスリが悪さをしようとしても、魔導少女として鍛えている鈴花を振り切ることは瞬間移動でもしない限り不可能に近いだろう。
一方、所持金に関しては問題は無かった。
なお、外出の際にいくらかお金をユーロに替えてある。
組織に入ってからバイトどころか下手な中小企業よりも給料をもらっている俺達からすれば、為替相場の差額など大した問題ではなかった。
「それじゃ、受付に行ってどれくらい掛かるのか聞いて来るよ」
「ごめん、ちゃんと調べとけば良かったね」
「今更謝って畏まるような仲じゃないだろ。勝手にどっかにフラフラと迷うなよ?」
「も~、同い年なのに子供扱いしないでよ」
スマホで調べても良かったが直接聞いた方が正確だろうと思い、受付近くまで近付いて俺だけ聞きに行くことにしたのだ。
「すみません。ちょっといいですか?」
「はい、どうかされましたか?」
制服に身を包んだ受付嬢が――口の動きから察するに日本語で――受け答えてくれた。
「えっと、上の展望エリアに上がるにはいくら掛かりますか?」
「はい。展望エリアに上がるためのコースは三つございます。一つ目は二階まで階段を利用する場合です……こちらは一番お安い料金となっておりますが、先に申し上げた通り二階の展望エリアまでしかご利用できません。二つ目は二階までエレベーターを利用する場合です……こちらは二番目に安い料金となっていますが、体力に自信のないお子様やご年配の方々などが利用されるコースで、こちらも二階までしかご利用できません。三つ目は最上階までエレベーターを利用される場合です。最上階まではエレベーター以外ではご利用出来ませんが、その分料金も加算されます。ですが、最上階から見渡すパリの景色は壮観ですので、利用される観光客の方は非常に多いですよ」
受付のお姉さんの説明を頭の中で反芻しながら聞いて、実際の料金を確かめる。
……うん。
思ったより高くないし、これなら大丈夫だな。
そう確かめた俺は、最上階まで上がるコースを利用するために二人分の料金を支払ってチケットを受け取り、待っている鈴花の元に戻ると……。
鈴花は何やら見知らぬ男に絡まれていた。
その男は金髪に日焼けした肌を晒すようにタンクトップとジーパンという格好で、顔はお世辞でカッコイイと言える程だった。
男がニヤニヤとした表情に対して、鈴花は鬱陶しそうに眉を顰めている
「なぁ、お嬢ちゃん、意地張ってねえで俺と一緒に遊ぼうぜ?」
「人を待ってるから嫌だって言ってるじゃん!」
「そんな固いこと言うなよ~、一人でパリに来るなんて不安だろうから、俺がエッフェル塔に上るより楽しいところに案内してやろうか?」
「それ絶対やらしいこと考えてるでしょ!? 絶対に嫌!」
どうやら、男は鈴花を一人でパリで来ていると思い込んで執拗に言い寄っているようだ。
ゆず達程では無いにせよ、鈴花も美少女に分類される。
そんな彼女に狙いを付けたこと自体は仕方ないだろうが、鈴花には邪見にされているのに諦める様子はない。
当然、俺自身も鈴花を不快にさせているのが酷く気に入らない。
船上パーティーの時に鈴花に声を掛けていたイケメンならまだいいけど、あんなどこの馬の骨とも判らない男は駄目だ。
「おい、人の連れに何ちょっかいかけてんだよ」
「司!」
「はぁ? いきなり邪魔するなよ、ガキが」
俺は苛立ちを抑えつつ、男と鈴花の間に割って入った。
すると、鈴花は安堵の声を漏らし、男は不快感を露わにして俺を睨みつけてくる。
船上パーティーでルシェちゃんを助けた時もこんな感じだったなぁ、なんて思い返しながらも男に目線を合わせたまま言い返す。
「邪魔はこっちのセリフだ。彼女とせっかくパリに観光に来て楽しもうとしてんのに、気分が悪い」
鈴花の手を握りながら嘘ではあるが、恋人だと啖呵を切る。
嘘でも恋人だって言うのは恥ずかしいが、この場を切り抜けるためならこれくらいの羞恥心は押し殺せる。
だが、男は信じられないという風に肩を竦めただけで、引き下がる様子はない。
「おいおい、お前がこの子の彼氏だっていうのか? 女の前だからってカッコつけ――」
「う、嘘じゃないって! 司はアタシの彼氏だっての!」
男の言い分を遮るように鈴花が俺の腕を抱き寄せた。
決して大きくはなくとも柔らかい感触に少し驚かされるが、何とか平静を装った。
演技のためとはいえ体張り過ぎだろ。
一方、男は鈴花と俺の関係を探るような視線を向けて来た。
十秒と経たない内に男は小さく息を吐くと……。
「――チッ」
こっちに聞こえるように舌打ちをして俺達の前から去って行った。
男が人混みの中に消えていくのを確かめてから、鈴花に声を掛ける。
「大丈夫だったか?」
「……」
けれど、鈴花は自分の腕の中に抱きしめている俺の腕をジッと見つめていて、俺の声が聞こえていないようだった。
「せい」
「――ったぁ!?」
なので、左手でデコピンをしてこっちに気付かせた。
「あんな相手にナンパされたくらいで気が抜けたのか?」
「そ、そうそう! 鬱陶しいやつがいなくなって清々したの!」
バッと飛び退くように俺の腕を放した鈴花は、顔を真っ赤にして身振り手振りで安心したという風に振る舞っていた。
思うものがないわけじゃないけど、指摘しても藪蛇だろうと思って鈴花に入場チケットを渡す。
「あ、ありがとう……いくらだった?」
「大した金額じゃないから奢る。それより早く行こうぜ」
「あ、うん……」
チケットを受け取った鈴花は何か言いたげな表情を浮かべるが、こっちから急かすわけにいかないため、敢えて気付かないふりをした。
最上階へ繋がるエレベーターに乗るための列には大勢の旅行客がいたが、十分もしないうちに俺達の順番が回って来た。
「……」
「……」
しかし、待ち時間もエレベーターに乗っている間も、鈴花とは言葉を交わしていない。
これは気まずいとかそんなものではなく、長い付き合いの中で自然に当たり前になっていることだ。
小さい頃から、鈴花は傷付いたり落ち込んだりすると、普段の明るさが鳴りを潜めて、しおらしい態度を取る。
こうなったら下手に励ましたり慰めたりしちゃいけない。
何せ、鈴花は慰めてほしいわけじゃなくて、自分の中で色々と整理をしている状態だ。
だから、何も言わず向こうが復活するまで傍に居てやるのがいつものことだった。
やがて、エレベーターが最上階に着き、俺達はガイドさんに従ってエレベーターを降りた。
「うおぉ……」
「わぁ……」
そうして目の前に広がった光景に目を奪われた。
最上階……地上276メートルの高さから眺めるヨーロッパの街並みは、圧巻の一言に尽きる。
さっきまで自分達も小さく見える街並みの中にいたのだと実感することが出来るのは、やはりこういった展望台の醍醐味だ。
「あ、ねえ! あれって凱旋門だよね!?」
パリの街並みに感動したのか、おおしゃはぎする鈴花はパリの象徴の一つである凱旋門を見つけたようだ。
「ホントだ。車がめっちゃ通ってるな」
「あっちの方だと双眼鏡でノートルダム大聖堂が見れるんだって!」
「ここからも見えるのか……」
今頃、アリエルさんはあそこで聖職者らしく仕事をしているのだろうか。
それに、フランス支部ではこの綺麗な街並みを唖喰から守るための魔導士が非常に少ない。
フランス生まれじゃなくても、この景色を守りたいと心から思えた。
「あのさ、司」
「ん?」
不意に鈴花から声を掛けられて、そっちに顔を向けると……。
「さっきは助けてくれてありがとね。嘘でも彼女扱いしてくれて嬉しかった」
「――っ!」
普段は絶対に見せないような朗らかな微笑みを浮かべている鈴花に、思わず見惚れた自分に気付いて、否応無しにドキドキさせられた。
出会って十年近く経つのに、こんな表情をする鈴花は初めて見た。
やばい……顔が熱いしまともに鈴花の顔を見れない。
「お前……ややこしいこと言うなよ……」
「あっはは、司のジゴロ癖がうつったかもね~」
「俺が原因みたいな言い方止めろよ!」
その後、すっかり元の調子を取り戻した鈴花と双眼鏡でパリの景色を楽しんで、一日目のデート日は幕を閉じた。
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次回は11月4日に更新します。
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