157話 待ち人の元への案内人
「う……おぉ、遠目で見てても凄かったけど、近くで見るとほんと壮観だな……」
「写真撮ろーよ! フランスに来た記念で!」
目の前に佇む建造物の持つ、厳かで神聖な雰囲気は壮観の一言に尽きるだろう。
俺と鈴花は興奮冷めやらぬといった風にはしゃいだ。
凹の字のようなシルエットの建物は全長127.50メートル、幅は12.50メートルの壮大な大きさを誇る聖堂故に、大聖堂に位置付けられ、全体的に白い色合いから〝白い貴婦人〟とも称される、フランスの世界遺産の一つで、パリの中心地とされる〝ノートルダム大聖堂〟の前に広がる、舗装されたレンガ道が大聖堂前の広場に俺達は訪れていた。
「あ! あの銅像ってフランスで有名な誰かなの?」
鈴花は高いテンションのまま、大聖堂を正面に据えて右手側にある馬に乗った王様と、彼を守るように佇む二人の騎士の銅像を指さした。
「あれは〝シャルルマーニュ王〟という初代神聖ローマ皇帝と呼ばれている方の銅像です。現在のフランスだけでなく、イタリア北部・ドイツ西部・オランダ・ベルギー・ルクセンブルク・スイス・オーストリア等々、西ヨーロッパのほとんどを支配していたとされる王国を治めていた皇帝なんです!」
鈴花の問いに、ここまでの道案内をお願いしたルシェちゃんがハキハキと教えてくれた。
西ヨーロッパのほとんどって、凄い人だったんだな……。
「あれ、それって〝カール大帝〟のことじゃないの?」
「えっと、今言ったように西ヨーロッパのほとんどを支配していたんで、国によって呼び方が異なるんです。フランスでは〝シャルルマーニュ〟、ドイツでは〝カール〟、イタリアでは〝カルロ〟といった感じですね」
菜々美さんの質問に対しても難なく答えるルシェちゃんを見てて感心する。
魔導以外でも勤勉なのだとよく分かる解説も、実に分かりやすいものだった。
なるほど、呼び方の差で本質的には同一人物なのか。
「日本の世界史の授業で使う教科書では〝カール大帝〟表記ですが、一部歴史書ではフランス語読みの〝シャルルマーニュ大帝〟の呼称が用いられていると聞いたことがあります」
「ややこしいー……」
博識なゆずとルシェちゃんの説明に、勉強が苦手な鈴花が苦虫を潰したような表情になる。
ややこしいけど、めっちゃ丁寧な説明だったろ。
俺達が何でここに来ているかというと、最高序列第四位〝聖霊の歌姫〟であるアリエル・アルヴァレスさんに会って、フランス支部の魔導士達の現状の話を聞くためだ。
昨日、何故か部屋にやって来たアリーさんのアレで気を失った俺は、起床時間までぐっすり眠っていたようで、俺を起こしに来たゆずがドアをノックしたことで目覚めた。
慌てて部屋中を見渡してアリーさんの姿を探すも、彼女は初めて会った時のように忽然と居なくなってて、あんなに理性を削ったのにと落ち込んでいると、備え付けのテーブルに置いていた眼鏡に沿えるように一枚のメモが置いてあった。
メモの内容はフランス語で書かれていて、『明日日曜日の午前十時、ノートルダム大聖堂の南塔にある大鐘『エマニュエル』の前に来て下さい。塔の入り口前に立つ人にこのメモを渡せば、すぐに通してくれます』と、ゆずに和訳してもらって読むことが出来た。
寝る前まではこのメモを見た覚えのないため、俺が気絶した後にアリーさんが書き留めたものだろうと察した俺は、このメモの指定された場所に行けば、アルヴァレスさん会えると説明した。
ただ……。
『確かにアリエルさんと接触を図る私達にとって非常に都合の良いお誘いですが……』
『え、何か不満なのか?』
『字体と匂いからしてこのメモの書き主は女性のようですね……それがどうして司君の部屋から出て来るでしょうか……?』
『あ……あの、それ、は……』
ゆずさんの妙に鋭い指摘に、俺は悪寒を感じながら一部始終を説明した。
いや、だって、ゆずさんの顔がめっちゃ怖かったんだよ。
後、食事の時に鈴花と菜々美さんからも、何とも言い難い冷たい視線を受けた。
なお、アリーさんとの間にあったあれこれは一切伝えてない。
適当にお茶をして約束をしたと誤魔化した。
一時でも俺が自分達の知らない女性と二人きりだったとバレた時点で、悪寒が走る程嫉妬したゆずと菜々美さんだ。
膝枕されたり二人より大きなアレを鷲掴みにしたり、挙句顔面に押し付けられて気絶したとか馬鹿正直に言った場合、俺も唖喰みたいに塵となって消えるのは目に見えてるからな。
ともかく午前九時からの訓練だけを休むことにし、案内としてルシェちゃんも伴って、俺達はこうして
〝ノートルダム大聖堂〟にやって来たのだった。
訓練着で行くわけにもいかないため、今日は皆私服を着ている。
ゆずは裾がプリーツスカートのようになっている白のポロシャツの上に、太股までの丈があるオレンジよりのイエローのロングベストを羽織り、膝丈の緑と白の混じったミントのような色合いのチェックスカートを穿いていて、彼女の黄色の髪も相まって全体的に明るい印象を受ける。
ベージュのヒールがついているサンダルもよく似合っている。
鈴花は青半袖のブラウスだが、その袖口は内側に向かってくるりと巻かれているバルーンスリーブと呼ばれるデザインで、重ねるようにグレーのワンピースを着ているが、その形状はちょっと変わっている。
腰から下の部分がスカートではなく、ゆったりとしたラインのズボンのようになっている。
前面は胸元の開いたオーバーオールみたいで、太めの肩ひもが背面でクロスしていた。
黒のスニーカーや、ベージュの海兵のような帽子――マリンキャップも合わせると、シックな雰囲気が目立っていた。
菜々美さんは白と淡いピンクのボーダー柄のブラウスに薄い水色の長袖のカーディガンを羽織っていて、ブラウスの裾を内側に入れた緑の二層構造のマキシスカートは、足首付近の部分が透けて見えて、白のサンダルが包む細い足がよく見えた。
鈴花とは打って変わって、透明感のある装いだ。
最後にルシェちゃんはというと、腰までの丈のジーンズジャケットの下に白とグレーの迷彩柄のTシャツで、一瞬スカートのように見えるキャラメル色のレザー生地のショートパンツを穿き、足首まで覆う程の赤と青のカジュアルブーツという、ボクっ子らしいボーイッシュな装いだ。
が、そのルシェちゃんは何やら難しい表情をしている。
「どうかしたか、ルシェちゃん?」
「えと、案内してきたボクが言うのもなんですが、本当にアリエル様がいらっしゃるのでしょうか?」
ああ、そっか。
情報の出所が正体不明の女性からだから、真偽に疑問を持っていたわけか。
「あ、でも、ツカサさんがウソをついていると疑っているわけではないんですよ!?」
「はは、分かってるよ」
慌ててそう言い繕うルシェちゃんに気にしてないと伝え、俺自身の見解を話す。
「実際のところは俺にも分からないよ……でも俺達を騙すメリットがあるわけじゃないし、なにより冗談は多くても嘘をつくような人じゃないってことは確かで……まぁ、最悪騙された俺が悪いってことだし、ルシェちゃんでも知らない女の人からしてもらった確証の無い約束だから疑うのも無理は無いって」
「そう、ですか……」
複雑そうな表情を浮かべながらも、ルシェちゃんはそう相槌を返した。
最悪を想定して、罠を仕掛けられていた場合、案内した自分の責任だと思っているのだろうか?
……分からないことを無理に勘繰っていくのも良くないな。
何かあったらその時に考えようと、その場で思考を打ち切った。
「司君が他の女性とお茶をして得た貴重な情報です。嘘ではないはずですよ」
「そうだねー、胸の大きな人と楽しい時間を過ごした甲斐があったんだもんねー」
「うぐ……」
妙に棘のあるフォロー(?)をするゆずと菜々美さんに、俺は息を詰まらせた。
ま、まずは二人の機嫌を直すところから始めるか。
「ええっと、次の週末にフランスで観光と買い物に行く時に付き合うから、ひとまず機嫌を直してくれないか? 何も好き好んでアリーさんと二人きりになったわけじゃないし、あの人といた時間以上を割くから、な?」
何とも情けない謝罪だが、機嫌を損ねたままでアルヴァレスさんに会うのは、失礼だろうと思い、二人にそう提案することにした。
「それなら、しっかりエスコートしてください!」
「ホントにアリーさんって人以上に、構ってね? 絶対だよ!?」
「ああ、約束するよ」
俺がそう言うと、二人はあっという間に不機嫌から嬉しそうに表情を綻ばせた。
面倒くさいと思うなかれ。
二人から好意を寄せられた故の必要なことなんだ。
それに二人と過ごすのは全く苦ではないし、俺自身も楽しいから文句なんてない。
「ああー、ああー、見せ付けてないで早くアリエルさんの所に行こーよー」
「あ、あの、ボクはユズさん達のことを応援していますから!」
「お、おう……」
不満げな態度を隠さない鈴花と、ズレた歓声を送るルシェちゃんに何とか相槌を打ってから、俺達はメモの場所へと向かう。
「大鐘のある南塔まで行くには、大聖堂を正面から見て、左手側にある専用入口から行く必要があります」
「でも、別に関係者以外立ち入り禁止ってわけじゃないんなら、他の観光客とかいるんじゃないの?」
鈴花の指摘はもっともだ。
そうならアルヴァレスさんと会って話すとしても、難しいだろう。
何せあの人は絶世の美女だ。
第三者の目に留まれば否応でも目立つし、声を掛けてくる人も多くいるだろう。
そうなれば話し合いどころじゃなくなるのは容易に想像出来る。
「そこは俺達が考えても仕方ないだろ。っと、入口に誰かいるぞ」
「あ、あの人は……!」
俺が入り口前の人影に気付くと、ルシェちゃんが驚きの声をあげた。
その人は女性だった。
ダークブラウンのショートヘアかと思ったら、編んだ髪が王冠のように巻かれていて、一房だけ右肩に掛かる長さを残している。
切れ長な紫の瞳は、俺達と距離があるのに、刃物を突き付けられているかのように鋭くも洗練された美しさが窺えた。
装いも白のブラウスに茶色のパンツと、腰には護身用なのか警棒のようなものが携えられているとことから、動きやすさを重視したコーデのようだ。
シンプルである分、佇まいだけで目の前の彼女の素材が光っているように見えた。
そして、よく見るとその人には見覚えがあった。
「あの人って、船上パーティーでアリエルさんの後ろに控えていた付き人だよね?」
そう、鈴花の言うように船上パーティーで起きた菜々美さんとポーラの喧嘩をアルヴァレスさんが仲裁した際、彼女の後ろに付き従っていた女性が、俺達の目指す南塔に繋がる入り口前に立っているのだ。
その付き人は俺達の姿を見ると、ツカツカと歩み寄り、じーっとこっちを……特に俺の方を訝しむように見ていた。
「黒髪黒目の眼鏡を掛けた若い男……貴様がリンドウ・ツカサだな?」
内面の厳しさが滲み出るような威圧的な訊ね方に、俺はたじろぎながらも答える。
「は、はい、そうです……」
「……例のメモを持っているのなら、早く出すがいい」
「あ、はい……これ、です……」
メモの存在を知っているってことは、アリーさんが残したメモにあった『塔の入り口前の立つ人』というのは彼女で間違いないだろう。
なら話しは通っているはずなのに、なんでこんなにも威圧的なんだ……。
「……」
俺からアリーさんのメモを受け取った付き人の女性は、鋭い目をさらに細めてむむむ、と唸りながらメモをポケットに入れた。
「……付いて来い。アリエル様がお待ちだ」
くるりと踵を返し、塔へ続く階段を上がっていく女性の態度に、俺はホッと胸を撫で下ろした。
めっちゃ渋々って感じだったけど、ひとまず信じてもらえたようで何よりだ。
「あの、アタシ達も一緒にいいんですか?」
「アリエル様からは同行者がいれば通せと仰せつかっている。早く来い」
「お金は――」
「今回はアリエル様より免除の特例が出ている」
何から何まで準備がいいな、流石聖女様お嬢様っていうことか?
とりあえず許可を得たので、俺達は彼女に言われた通り付いていく。
「何、あの人……感じ悪い……」
「えっと、あの人はクロエ・ルフェーヴルさん、と言いまして、幼少の頃からアリエル様にお仕えして、あらゆる補佐を行って来たお方です。家族同然に育って来たアリエル様を思うあまり、少々融通が効かないところがありますので、普段からあんな感じなんです」
相手に聞こえたら冷っとするようなことを口走る鈴花の悪態に肝を冷やし、ルシェちゃんからの追撃で思わず天を仰いだ。
ガチの付き人だったのか……。
主の補佐とか融通が効かないとか、なんか女騎士みたいな性格っぽいな……。
「彼女も魔導士で、実力的にはフランスの二番手と言っても過言ではありません」
ゆずからの説明に、俺は少なくない驚きを受けた。
マジかよ……。
最高序列じゃないにしても、日本支部でいうと季奈と同等の位置付けになるってことか……。
「あのメモ、本当のことだったんだね」
「ああ……つくづくアリーさんの正体が気になってきた……」
菜々美さんが告げた通り、アルヴァレスさんの付き人であるクロエさんがこうして案内してくれているということは、アリーさんは本当に話し合う場を設けたんだと理解出来た。
一晩でそれをこなしたことに疑問は残るが、今は好機と見て乗っかるしかない。
そう決めて、俺達はクロエさんの先導の元、ノートルダム大聖堂の南塔へ続く階段を上がっていった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回は10月21日です。
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