表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導少女が愛する日常~世間知らずな彼女の日常指導係になりました~  作者: 青野 瀬樹斗
第五章 歌姫が口ずさむ夢想曲(トロイメライ)
152/334

143話 オリアム・マギ フランス支部


 九月十日金曜日。

 週末はフランス支部が用意した部屋で寝泊まりするため、着替え等の荷物を持って行くことになっている。


 普通の外泊用の荷物はもちろん、初日の立食パーティーのための正装も必要だ。


 それらを取りに一度自宅に帰ってから服に着替えて、まだ暑さを感じる道を辿って、オリアム・マギ日本支部へと到着する。


 いつも通りにエレベーターのタッチパネルを操作して、地下四階へと降りる。


 エレベーターを降りると、SFチックな透明感のある白色で統一された一本道の廊下の左右に、幾つかの扉が設置されている。


 このフロアはベルブブゼラルの一件で日本支部に派遣された双子の魔導少女であるアルベールとベルアールの送迎のために訪れたことのある、転送室と呼ばれている。


 扉には様々な国の名前と国旗が取り付けられているため、どの部屋がどの国の支部に繋がっているのか、すぐに解るようになっている。


 一つ一つ見渡して、フランスの国旗が飾られている部屋を見つける。


 その部屋の扉を開けると、中には訓練に参加する魔導士・魔導少女数名(ゆずと鈴花と菜々美さんを含む)と、日本支部の支部長である初咲さん、見送りのために来ている季奈と翡翠が既に集まっていた。


「司君、待ってま――」

「つっちー! こんにちはー、です!」


 学校で別れて一時間位のゆずの声を遮って翡翠が、薄緑の長髪を揺らしながら突撃をかましてきた。


「おっとぉ……」


 以前ならその勢いのまま後ろに倒れていただろうが、流石に慣れてきたので、翡翠の小さな体を受け止めて踏ん張る。


「見送りもだけど、今後の転送もよろしくな?」

「はい! ひーちゃんにお任せです!」


 満面の笑みを浮かべる翡翠にほっこりしつつ、〝私、不機嫌です〟オーラを発するゆずさんに顔を向ける。


「ゆずもフランスに行く間も頼りにしてるよ」

「! 当然です!」


 一瞬で機嫌を回復させたゆずが一転して明るい笑みを向ける。

 

 そして部屋の奥にあるフランス支部へ通じる転送術式が刻まれている魔方陣……長いから転送魔方陣の近くへ歩み寄る。


 この転送魔法陣は通常の転送術式と違って、魔力さえ流せば移動先への明確なイメージが無くとも目的地まで移動出来る特殊な転送術式だとアルベール達と別れた後でゆずから聞いた。


 それでも転送魔法陣は一度に十人も転送させることは出来ないため、初咲さんが名前を呼んだ人から順に転送魔法陣を発動させてフランス支部へと向かうことになっている。


 何故かトップバッターが鈴花だった。

 ちなみに俺は一番最後だったりする。


「日本に現れる唖喰は留守番のうちらに任せて、しっかり特訓しいや?」


 ゆず達が日本にいない間、訓練に参加しない季奈達が日本国内に現れた唖喰に対処することになっている。


 だからこっちのことは気にせずに集中しろという彼女の言葉に頷く。


「俺が答えるのもなんだけど、頑張るよ」

「季奈がびっくりするくらい強くなってやるんだからね!」

「留守番、よろしくお願いします」

「はは、そない気張らんでもええで」


 季奈はあっけらかんと笑って返した。


 転送開始までまだ数分程ある。

 俺は訓練に参加する魔導士・魔導少女の一人である菜々美さんに声を掛けた。


「こんにちは、菜々美さん。なんだか久し振りですね」

「……そうだね」


 暗い表情のまま返す菜々美さんは目に見えて覇気がなかった。

 今も亡くなった工藤さんを想って思い詰めているのは明らかだ。


 俺が知っている限りでも、こんなに暗い菜々美さんは初めて見た。

 普段はおっとりとしていた笑顔も、喜怒哀楽が顔に出てコロコロと変わる表情も、好きな人の言動に対する反応の良さも、今は見る影も失せている。


 俺が目覚めた直後の頃はまだここまで塞ぎ込んでいなかったけれど、近しい人の死というのは直前よりも後になって影響が色濃く出て鬱状態と聞いたことがある。


 彼女にとってそれだけ工藤さんの存在は大きく、俺に対する好意だけでは到底支えきれていない。

 

 俺が眠っている間のゆずもこんな様子だったと本人から聞いた通り、これは心配で見ていられない。

 

「訓練目的のフランス行きですけど、もし俺にしてほしいことがあったらいつでも言ってください。出来る限り菜々美さんの支えになりますから」

「……ありがとうね」


 菜々美さんは支えると言った俺に感謝の言葉を返すが、その表情は依然元気のないままだ。

 

「次、柏木菜々美」

「はい」


 会話が終わったタイミングで菜々美さんが初咲さんに呼ばれた。

 転送魔法陣の上に足を置いて立ち止まり、魔力を魔法陣に流して発動させると、魔法陣から縦に光が走って、光が消えた時には菜々美さんの姿は見当たらなかった。


「……はぁ」

「司君……」

「次、並木ゆず」

「あ……」

「お、俺は大丈夫だから、ゆずは先に行っていいぞ」

「……では、お先に」


 ゆずは躊躇いがちに頭を下げて魔法陣へと向かった。


 思わず出たため息は自分に対してのものだ。

 菜々美さんに当たり障りのないことしか言えない自分に。


 やっぱり今のままじゃ駄目だ。

 菜々美さんだけでなくゆず達を支えると言っても、具体的にどう支えるのかが不透明なままだ。

 

 俺に何が出来る?

 魔力はあっても操れないただの高校生でしかない俺に、何が出来るんだ?


「竜胆君! あなたで最後よ!」

「――あっ、解りました!」

「つっちー、ボーっとしちゃ、めっ、です!」


 考え事をしていて初咲さんの呼び出しに気付くのが遅れた俺は、隣にいた翡翠に窘められながら転送魔法陣に乗る。


「竜胆君の転送が済み次第、私がそちらに向かうから待機しているようにね?」

「はい……」

「あら、初めての外国に緊張しているの?」

「あぁ、ええっと……」


 俺の返事に緊張が混じっていたことを初咲さんに指摘されてどもってしまう。

 確かに初めて行く外国に緊張はしているが……。


「その、今まで機会がなかったんですが、転送術式でのワープはこれが初めてなんで、本当に男の俺が五体満足でフランス支部に行けるのかっていう不安の方が強くて……」 


 そう、魔導と関わるようになってもうすぐ半年が経つのに、俺は未だ転送術式のワープを経験したことがない。


 見たことなら何度もあるし、何度か見たことも……寝坊して遅刻しそうになった鈴花が転送術式を使って学校に着いたらゆずにバレて怒られたりしたこともある。


 鈴花曰く〝ヒュンッて飛ぶような感覚〟らしいが、如何せん魔導に関して才能を発揮する鈴花の説明は解りづらい。 


 そんな俺の心配を察してか、初咲さんは柔らかい微笑みを浮かべる。


「転送術式の開発初期なら有り得たかもしれないけれど、今の転送術式は魔力が必須とはいえ人一人外国に送ることくらい簡単よ? 百聞は一見に如かず……今の内に慣れておきなさい」

「……解りました」

「よろしい。それじゃ翡翠、頼むわね」

「はいです! 転送術式発動、です!」


 初咲さんの合図に合わせて翡翠がしゃがんで両手を魔法陣に着ける。

 そして魔法陣に魔力を流し、術式を発動させる。


「っ!」


 魔法陣から発せられた光によって目を瞑る暇もなく、一瞬で視界が純白に染め上げられた。

 

 初めての転送術式による移動は未知に満ちていた。

 足元からいきなり穴が開いたようにフワフワと頼りなく、自分が今どの方角を向いているのか、落ちているのか飛んでいるのかすらよく分からない。


 わけもわからず目を閉じて無事に転送が終える瞬間を待った。


 こんな感覚でよく戦闘に集中できるな、なんてゆず達に感心していると、足が地に着いて徐々に瞼の裏が暗くなっていくのが分かった。

 長く感じた一瞬の転送が無事に終わったと悟った俺は、戸惑い気味に目を開けると日本支部の転送魔法陣があった部屋と変わりない空間が広がっていた。


 ちょっとだけ転送失敗を疑ったが、そうではないと分かった理由が全身に感じる空気の違いだ。

 自宅や日本支部にいた時とは空気が異なるのが妙に落ち着かない。


 事前にフランスに行くと聞いていなければ、異世界にトリップしたのかと勘繰りたくなる。

 

「司君、無事転送出来たようで何よりです」

「早くフランスの風景を見たいのに、初咲さんが来るまで待機とか退屈だったよ~」

「勝手に行って迷子にならないためだから仕方ないだろ」


 先に移動していたゆずと鈴花が俺に声を掛けてきた。

 鈴花は初めての外国に落ち着かない様子で、逸る気持ちは物凄く分かるのだが、今回は訓練のための渡仏だから、もう少し謹んでほしい。


 ゆず達と同じように先に来ているはずの菜々美さんは……いた。

 部屋の隅で一人で立っていた。

 彼女に声を掛けようとすると、後方の魔法陣が光って、スーツケースを片手に初咲さんが現れた。

 

「皆、揃ってるわね。これからフランス支部の支部長に挨拶をするから、全員私に付いてくるように! はぐれて迷子になっても自己責任で頼むわよ」


 そう指示を出して部屋の扉を開けて廊下に出る初咲さんに付いて行く。

 特に列になったりする必要はないようで、丁度いいと思った俺は菜々美さんに歩み寄って声を掛けた。


「菜々美さん、俺達と一緒に行きましょうか」

「え……でも……」


 俺に声を掛けられた菜々美さんは、戸惑いがちに俺の後ろにいるゆずと鈴花を見やる。

 ひょっとして自分が邪魔になるんじゃないかなんて考えているんだろうか?


 だとしたら尚更見過ごせない。


「遠慮はしなくて大丈夫ですよ。私も菜々美さんと一緒がいいですから」

「アタシも慣れない場所でも菜々美さんがいたら安心しますから、一緒に行きましょうよ」


 ゆずと鈴花も同じことを思ったのか菜々美さんを誘う。

 二人からも声を掛けられると思っていなかったのか、菜々美さんは目を見開いて驚いたあと、静かに頷いて……。


「――うん、それじゃあ一緒にいいかな?」


 少しだけ元気を取り戻した笑みで誘いを受けてくれた。

 

 そうして四人で出た廊下は日本支部と同じように透明感のある白い廊下で、あまり外国に来たという感覚が薄い。


「ここの廊下といい、あまり変化がないのってなんか味気なくない?」

「他国の支部でも似たような構造ですし、言ったところで地下で建てた階層を建て替えることは難しいですよ」

「ってとこは大まかな部分は日本支部と変わらないのか……」

「変に違いがあるより迷いにくいね」


 菜々美さんの言う通り、少なくともすぐに迷う心配はなさそうだ。


「強いて異なる点を挙げるとすれば、地上階層の建物ですね。日本支部は人が寄り付かない廃ビルでしたが、フランス支部では首都パリにおいて世界遺産の一つとされる〝ノートルダム大聖堂〟のある〝シテ島〟東側の〝オー・フラール通り〟から、フランスで二番目の長さのある〝セーヌ川〟を挟んだ〝サン=ルイ島〟の対岸に位置する〝ブルボン通り〟にある廃棄されたアパートが、フランス支部の建物の地上階層にあたります」

「ま、待ってくれ! 今情報を整理するから!!」


 めっちゃ聞いたことのある建物から、聞いたことのない通りの名前まで次々と固有名詞が出て来たぞ!?


 世界遺産の名前以外、何一つとして解らなかった……。

 

「あ、出た! 司、ここだって!」


 鈴花のスマホにグーグノレマップの位置情報機能で表示された場所は、確かにフランスのパリで、ゆずが言った通り〝ブルボン通り〟と明記されていた。


「おおう、マジでフランスに来たのか……」


 まだ拭い切れなかった疑心暗鬼が払拭された気分だった。

 あの魔方陣だけで日本の裏側に近いフランスへ、海と大陸を渡ることなく、辿り着いたのだと実感した。


「先輩も一緒だったらなぁ……」


 菜々美さんが惜しむ表情でそう小さく呟いたのを、俺は聴いてしまった。


 無性に心がざわめいた気がして、気付けば俺は左手で菜々美さんの右手を握っていた。


「――え?」


 菜々美さんはどういうことか理解出来ず、きょとんとした表情を浮かべていた。


「菜々美さん」

「な、なに?」

「俺はゆずの日常指導係です。さっきは訓練目的だって言いましたけど、フランスでゆずの思い出作りに、菜々美さんは必要なんです……だから、笑っていて下さい。俺、まだ色々未熟ですけど、菜々美さんが笑っていなかったら工藤さんも悲しむってことくらいは解りますから……」

「司くん……」

 

 菜々美さんは呆けた表情の後に、一瞬だけ目に涙を浮かべて、顔を俯かせた。


 彼女がどんな表情をしているのかは解らないが、俺の左手を菜々美さんの右手が握り返したことで、それが肯定の意思だと俺には伝わった。


「……司君」

「あ……ゆず、その……」


 そんなやり取りをゆずがジト目で見ていたことに気付いて、気まずさを感じた俺は慌てて他意はないと答えようとするが、それより早くゆずが口を開いた。


「分かっています」

「――え」

「司君が見知った人を見捨てられない優しい人だというのはよく理解しています。その、私が好きになったのは、司君のそういった一面も含めてなので、多少の嫉妬はしますが、ありのままの司君でいてほしいのも本心ですから、我慢します……」


 ゆずは顔を赤くして所々つっかえながらも、自分の心情を吐露した。


 それを聞いた俺は、未だに彼女の告白への返事を決め兼ねている申し訳なさと、俺に対する信頼へ感謝の念を抱いた。


「ありがとう、ゆず……」

「いえ、私は()()のことをしたまでですから!」


 感じた想いをそのまま口にすると、ゆずは見惚れるような笑みを浮かべて答えた。


 ゆずが口にした〝当然〟……それは過去に聞いた魔導少女としての責務ではなく、自分の好きな人を信じるという意味であることは、俺にも伝わった。


 ――こんな良い子に好かれているんだな……。


 ふと、そんな他人事染みた感想を胸に抱きつつ、初咲さん先導の列を進んで行く。


 そうして先頭の初咲さんがある部屋の前で立ち止まったことで、俺達も止まる。


「アルヴァレス支部長、初咲です」

『おお、来たのか……』


 扉越しにくぐもった()()声が聞こえた。


 初咲さんの言葉から、目の前の部屋がフランス支部の支部長室だと分かる。


 だが、俺は中から聞こえた声に驚かされていた。


 確かに珍しいとは思ってはいたが、日本支部の技術班班長の隅角さんや、アメリカ本部の本部長のように、こうして異国の地で数少ない例に会えるとは思っていなかった。


「失礼します」


 初咲さんはそう告げて両開きの扉を開ける。


 部屋は豪奢な飾りが幾つもあり、足を踏み入れるのも躊躇われる程の緊張感を抱かずにはいられなかった。


 その部屋の中央にその人は佇んでいた。


 外国人らしい長身の体躯に茶色のスーツを纏い、金髪をオールバックにして上唇に沿うように蓄えられた髭と穏和な眼差し、シワの寄り方まで、理想の紳士像を思わせる。


 そう、フランス支部の支部長はアメリカ本部長と同じく、組織では珍しい男性だった。


「ようこそ、日本支部の皆様……オリアム・マギフランス支部へ。支部長のダヴィド・アルヴァレスだ」


 そう言って彼は礼儀正しく会釈をし、日本支部の面々を迎え入れた。

 

ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回は9月23日に更新します。


面白いと思って頂けたら、いつでも感想&評価をどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ