138話 夏祭り 中編
射的屋で司君は私にプレゼントしてくれたイルカのアクリルキーホルダーの後に、お菓子二つの景品を獲得して、私は一番大きな景品を狙ったのですが、四発当てても板を倒すことが出来なかったため、最後の一発で獲得したアニメキャラクターがプリントされた缶バッチだけでした。
ちなみに缶バッチのキャラクターは司君と観たことがある魔法少女のキャラクターでしたので、キーホルダーのお返しにと、司君にプレゼントしました。
次に私達が選んだ屋台は金魚すくいです。
屋台には幼児用の小さなビニールプールに入れられた水の中に、色とりどりの金魚達が泳いでいました。
司君が屋台の店主さんにお金を渡して、金魚をすくうためのポイというものとすくった金魚を入れるお椀を二つ受け取って、一つを私に手渡してくれました。
「司君、本当にこれで金魚をすくうことが出来るのですか?」
「普通に掬おうとしてもまず無理だ。ポイの端辺りで掬うらしいけど、俺もあまり経験がないから具体的なコツは知らないんだ」
「金魚すくいとは単純に見えて奥が深いのですね……!」
「そんな感心するほどじゃないと思うけどな……」
私達がそんな話をしていると、店主さんが声をあげて笑い出しました。
「ははは、金魚すくいを知らないって、随分と世間知らずで可愛い彼女さんを連れてんじゃねえか兄ちゃん!」
「あ、ありがとうございます……」
「~~っ!!」
私と司君はそんなに恋人に見えるのですか……。
うう、肯定したいですがそれでは司君を急かしてしまうので、はいと言えません。
「俺もあと十年若かったら口説いていたん――」
「お断りします」
「食い気味に断ったな……」
「あーはっはっはっは、振られちまった! ささ! 物は試しだぜ、すくってごらん!」
店主さんの言う通り、早くすくわないと後ろの人達にも迷惑が掛かってしまいますね。
司君が言っていたように、ポイの端ですくうように……。
「えいっ」
――ペリッ、ポチャン……。
「あぁ……」
「あ~残念だったなぁ」
金魚はポイの上に乗ったのですが、跳ねる金魚がポイの紙を破ってしまったため、失敗に終わりました……。
私は隣にいる見やると、司君のお椀には一匹の黒い金魚が入っていました。
「わぁ、すごいです司君!」
「いやいや、まぐれだって」
「くぅ~、彼女にイイトコ見せられたじゃねえか兄ちゃん!」
――パチパチパチパチ。
私達の様子を見ていた周囲の人達から拍手を送られました。
変わらぬ彼女扱いに私は顔が紅潮するのが分かりました。
すると司君はサッと私の手を引いて立ち上がったため、私も立ち上がる形になりました。
「つ、司君?」
「すみません、金魚はリリースするんで次行きます!!」
「え、あ、失礼します!」
司君は口早にそう言って私の手を引いて、金魚すくいの屋台から離れていきます。
――ヒューッ、ヒューッ!
後ろから何か喝采が聞こえますが、司君の突然の行動に私はそちらに気を向ける余裕はありませんでした。
司君に手を引かれながら私は簡易ベンチがいくつか置かれている休憩スペースまで来ました。
五分ほど人混みを掻き分けてきたため、少し休憩することにしたのです。
「わりぃゆず、急に手を引いたから痛くはなかったか?」
「い、いえ、突然だったので驚いただけです……」
司君はそう言って私に謝ってくれましたが、私は驚いただけだと伝えるとホッと安心していました。
まさか嫌われたと思っていたのでしょうか?
「あの、どうして急にあんなことを?」
司君にそう訊ねると、何やら気まずそうな表情になりました。
よく見ると少し顔が赤いように見えます。
「司君、まだ体調が悪いのですか?」
「へ、いやそんなことは……」
「誤魔化していませんか? だって顔が赤いので、もしかしたら熱でもあるのかと……」
「っ! だだだだ大丈夫だって! ほら人混みの中を進んできたから熱気に中てられたし、夕焼けでそう見えるだけだって!」
明らかに動揺していますね。
これはいけません。
「ウソです。私は夜間の戦闘もこなしてきたので夜目には自信があります。夕焼けではなくなにかよくない症状のはずです!」
「本当に大丈夫だって! 少し休んだら良くなるって!」
「……異変を感じたらすぐに教えて下さい。転送術式で病院に連れていきます」
「そんなバシ〇ーラで病院送りにするほど!?」
大丈夫の一点張りでしらを切る司君にそう宣言しました。
「と、とにかく、俺は大丈夫だから、な? ほら」
「え、は、はい……」
司君はそう言って私に右手を差し伸べてきたので、私は左手でその手を握りました。
そうして食べ物を売っている屋台をいくつか回って、焼きそばやたこ焼き、飲み物を買って先程とは別の休憩スペースで食べることにしました。
焼きそばを割り箸で食べると、不思議な感じがしました。
「? なんだか違う気がします」
「味……とかそういう話じゃなくてか?」
「はい、なんといえばいいのか……」
「あははは、まぁそれは気持ちの問題だからな」
「どういうことですか?」
私は前に食べた焼きそばと何が違うのか司君に訊ねると、彼に周りを見る様に言われました。
その言葉通り私は周囲を見渡しました。
屋台ではしゃぐ人達、陽が落ちて夜に差し掛かる空……。
一通り見ても未だピンと来ていない私に司君は苦笑しながら答えを教えてくれました。
「今日みたいな祭りの日に食べる物は美味しく感じるものなんだよ」
「たったそれだけですか?」
「そうだ、たったのそれだけだ」
「……理解しがたいです」
「人間こういった日にご飯を食べるといつもと違って特別に感じるんだ。難しく考えずに〝今日の焼きそばは美味い〟って軽く考えていいんだよ」
「……そういうものだというのでしたら、分かりました」
まだまだ司君に教えてもらうことは多そうですね。
そうしてそろそろ食べ終えようとしたで、声が聞こえました。
「? 誰か泣いているようです」
「え、迷子か? 何処に?」
「こちらの茂みのほうから……あ」
「あ~あれは迷子だ」
茂みの方をみると、五歳くらいの女の子が蹲って泣いている姿を見つけました。
司君は女の子の方に寄って優しく声を掛けました。
「こんな暗いところで泣いてどうしたのかな? お父さんとお母さんは?」
「う、ぐす、ひっく……」
「えっと、泣いてるだけじゃ分からないんだけど……」
「ぐう、えぐ、パパが、知らない人と、お話しちゃ、ダメっていうから」
「おおっと……」
女の子がそういうと司君は困ったと顔に出ていました。
「どうしてあの子の父親はそんなことを? あれでは迷子になった時にどうしようもないのでは?」
「誘拐とかよく起こるからなぁ、そういう教育するのは間違っていないんだが、善意も跳ね除けちゃうのはやり過ぎだな……」
「小さな子供に善悪の判断は難しいですから」
「いっそ唖喰みたいに悪意百パーセントなら分かりやすいのにな」
「……とにかく、この子に私達は悪い人ではないと分かればいいんですよね?」
「何か方法があるのか?」
私は女の子と目線を合わせる様に屈んで彼女に話しかけます。
「こんばんわ、今日は夏祭りの日なのにこんなところで泣いていては勿体無いですよ?」
「えぐ、ぐす、うええん」
「泣き止んでくれないあなたに、私から泣き止む魔法をかけてあげます」
「……まほう?」
女の子がこちらを見てくれました。
さぁ、ここからです。
「なみださんさよなら~」
陰詠唱という対人用の技術で術式を発動させ、右手の人指指の先に百円玉程の小さな光弾を展開しました。
それを女の子の周りにくるくると回らせます。
「わぁ~」
女の子はすっかり小さな光弾に夢中のようで、泣き止んだみたいです。
最後に光弾を女の子の額に当てると、光弾はシャボン玉のように弾けて消えました。
女の子は両目をキュッと閉じましたが、何もないことが分かると涙も止まったことに驚いたようで、何度も私と自分の手を見返していました。
「どうでしょう、私の魔法は?」
「おねえちゃん、すごー!」
私がそういうと女の子はぱあっと顔を輝かせて喜んでくれました。
「私が魔法を使えることは秘密ですよ?」
「ひみつ?」
「お父さんにもお母さんにも誰にも話してはいけないということです」
「どうしてー?」
「私が魔法を使えなくなってしまうからです」
「じゃあおねえちゃんこまるー?」
「はい、困ってしまいます。ですから秘密ですよ?」
「うん、わかったー!」
女の子が完全に泣き止んだことを確認して、私は迷子になった理由を聞いてみました。
彼女は野良猫を追って茂みに入ったそうで、振り返るとご両親の姿が見えなくなったため、その場から動けずに寂しさから泣きだしたそうです。
「それでは私があなたのパパとママが見つかるまで一緒にいます」
「うん、ありがとーまほうつかいのおねえちゃん!」
「じゃあ茂みから出て呼びかけてみよう。すぐ近くにいるかもしれないからな」
司君の提案に賛同して、茂みから出た私達は女の子と手を繋いで迷子を捜していないか呼び掛けを始めました。
司君の言った通り、呼び掛けを始めて三分もしない内に女の子のご両親が名乗り出てくれました。
女の子が真っ先に飛びついたため、偽物の心配もありません。
そのまま彼女はご両親と一緒に去っていきました。
その背中を見送っていると、司君から話しかけられました。
「ゆず、光弾が見えたってことはあの子は……」
「はい、魔力を持っています」
「はぁ……あの子が大きくなって魔導と関わらないことを祈るしかないな」
「ええ……あんな戦い、本当は誰ひとりとして強制されることではありませんから」
そんなたらればな未来を話していると、司君は女の子を泣き止ませたときの話をし始めました。
「それにしても、あの手際は良かったな」
「そんな、運よくあの子が魔力持ちだったからできたことです」
「あれをぶっつけ本番でやるところがゆずらしいというか、まぁ眼鏡掛けた見知らぬお兄さんより、魔法使いのお姉ちゃんのほうが、子供は好きそうだからな」
「と、とにかく迷子の人助けもしましたし、そろそろ時間ではありませんか?」
司君から惜しみない称賛を送られれるのが恥ずかしくなってきた私は、強引に話を変えました。
時間は既に午後七時を過ぎたところでした。
花火が打ち上げられるのは午後八時半ですが、その一時間前に鈴花ちゃん達と皆で集まって、花火を鑑賞する予定になっています。
その集合場所まで移動を始めようとした時、私のスマホにメールが届きました。
「鈴花ちゃんからです」
「あ、俺の所にも来てる」
確認すると、送り主は鈴花ちゃんでその内容は……。
差出人:橘 鈴花
宛先:並木 ゆず
本文:集合場所にアタシ達はいないから二人
っきりになれるよ~。
周りに人もいない場所だから押し倒し
てもよし!
双方に遅れるって伝えといたから~。
グットラック!b(>ш・)
頭が真っ白になったのが分かりました。
友人からのキラーアシストにゆずはどう出る!?
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回も明日更新です。
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