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135話 遺志を遂げるために


 八月十六日。


 ベルブブゼラルを倒し、司君が起きてから三日が経ちました。


 世間では日本国内で発生していた集団昏睡事件の急速な解決がテレビや週刊誌に新聞、SNSで騒がれていました。


 いくら組織が情報規制を掛けようとも、人の口に戸は立てられません。


 集団昏睡事件の被害者の関係者全員に記憶処理術式を掛けることは出来ないため、こうして話題に上がることは避けられないことです。


 様々な原因が予想されていますが、唖喰の存在が明らかになっていないことから、やれ宇宙人の仕業だとか、やれ新種のウィルスだとか、やれ新たな都市伝説だとか、根も葉もなく眉唾で憶測の域を出ない見当外れなものばかりです。


 ですが、格好のネタを記事にしようと被害者の一人である司君にも取材が来るため、必然的に私が面会する時間も限られてきます。


 本当に鬱陶しい……一体何の権利があって私の日常を邪魔するのか煩わしくて仕方ありませんでした。


 テレビ局の記者はわざわざスカウトの人間を読んで私を勧誘して来たり、週刊誌の記者は私と司君の関係を聞いてくるなど、本来の取材目的をそっちのけな有り様でした。


 そんな煩わしい出来事に苛立ちを覚えつつ、司君がいる病室に到着した私は、引き戸を開けて彼に挨拶をします。


「おはようございます、司君。体の調子はどうですか?」

「おはようゆず。体は幾らか体力が落ちてるけど、ちゃんと寝食共に健康そのものだよ。心配し過ぎだって」

「そう言われましても……司君にまた何かあった時に対応が遅くなってしまったらと思うと、心配しても足りないくらいですよ?」


 私がそう言うと、司君は苦笑いしながら「分かってるよ」と返しました。


 司君は目覚めてから後遺症が無いか確かめるために、検査入院中です。

 幸い軽い筋力低下だけだったそうでして、今週中には退院出来るそうです。

 ベッドに設置してあるテーブルには今しがたまで取り掛かっていた夏休みの課題が見られました。


 夏休み初日にベルブブゼラルによって昏睡状態に陥った司君は、課題を少ししかこなせていませんでした。


 昏睡状態では無理もないことなので、私の回答を見せると提案したのですが、司君は『ゆずは俺を助けるために戦ってくれたんだから、これくらい自力でどうにかするさ』と却下されました。


 その言葉通りに三日で随分終わらせているようです。


「リハビリと検査以外はすることがないから、捗ったんだよ」

「そうなんですね」


 司君は入院中ですが、一日でも早く元の調子に戻すためにリハビリをしていました。


 私としては安静にしていてほしいのですが、他ならない司君たっての希望ですので、私が口を挟むのは筋違いです。


「父さん達は迷惑を掛けなかったか?」


 今日は病院に来る前に司君の家に頼まれていたある物を取りに向かったのですが、その際司君のご両親とお会いしました。


 我が子が無事に意識を取り戻したことで、お二人の調子もすっかり元通りになっていました。


 その時の様子といえば……。


「まるで夫に弁当を届ける妻のようだと囃し立てられました」

「相変わらず予想を裏切らないな……」


 呆れたような苦言を口にしていますが、その表情はとても穏やかなものでした。


 色々思うところはあっても、やはり心配を掛けていたご両親が本調子になっていることに安堵しているようです。


「私としては何も迷惑ではありませんし、むしろ外堀が埋まっていて好都合です」

「あ……っと、あの二人の堀とか浅すぎて無に等しいけどな」


 正直に思ったことを告げると、司君は照れているのか顔を赤くして視線を逸らしました。


 三日前、司君が目覚めた時に私は彼に恋心を告白しました。


 結果としては返事を保留という形に収まりましたが、これから彼が私を好きになってもらうために、努力をすると宣言しました。


 ですので、司君のご両親の反応は願ってもないチャンスです。


 照れる司君が何だか可愛くて、もう少し意地悪をしたい気持ちに駆られますが、先に済ませなければならないことがあるため我慢して荷物を入れた袋を手渡します。


「制服一式、確かにお持ちしました」

「サンキュー。早速着替えるからちょっと待っててくれ」

「分かりました」


 司君に頼まれたものは、羽根牧高校の制服です。

 そして今日の私の装いも同じく学校の制服となっています。


 既に芦川先生から今日一日だけ外出許可を頂いていますので、準備らしい準備は着替えくらいのものです。



 今日は、ベルブブゼラルとの戦いで亡くなった工藤さんの葬式です。



 ~~~~~


 ヘルブブゼラル討伐作戦において、昏睡状態にされた被害者は司君も含めて日本国内でおよそ三百人にも及び、死者は工藤さんと会わせて十四名となっています。


 工藤さんを除いた十三名の葬儀は既に終えているため、最後に殺された彼女の葬式には司君はどうしても参列したいと訴えて来ました。


「俺を含めて沢山の人達を救うために戦ってくれた魔導士や魔導少女の人達に〝おかげでこうして無事に助かりました〟ってお礼を言いたいんだ」


 ただの自己満足だけど、と彼は自嘲していましたが、教導係だった工藤さんを目の前でベルブブゼラルによって惨殺された菜々美さんを(おもんぱか)る気持ちを感じて、彼らしいと思いました。

 

 会場は羽根牧区の多目的集会場で、制服に着替えて病院を出た司君の足取りは三週間も眠っていたとは思えない程しっかりとしたものでした。


 とはいえ、松葉杖は欠かせませんが。


 八月中旬の残暑の日差しを浴びながらも、時々休憩を挟みながら三十分程で葬式の会場に到着しました。


 会場には組織の構成員に工藤さんから指導を受けた魔導少女や魔導士、大学で交流のある人など百人以上が参列していました。


 唖喰によって殺された人は大抵はそのまま髪の毛一本まで食われるため、基本的に遺体は遺りません。  

 魔力を持たない人には唖喰が見えないため、食い殺されればその人の家族や知り合いは突如行方不明になったか、神隠しに遭ったようにしか思えず、必死に捜索をしようとも遺体すら一生見つからないため、遺族へは〝遺体の損傷が激しく、鑑識で判別するのがやっとだった〟と伝えるのが精一杯です。


 それでも納得が出来ない人には、組織が用意した人間をスケープゴートとして犯人に仕立て上げ、極刑の判決を下す形だけの裁判を行って溜飲を下げさせる、という手段を取ります。


 五年間戦って来た私は家族の死に塞ぎ込む人を何百人も見てきました。


 工藤さんの場合は遺体が遺っているとはいえ、何も知らない人からすれば突然の死に動揺するしかありません。


「あ……」

「!」


 途中で鈴花ちゃん達とすれ違いましたが、参列の途中で立ち話をする訳にはいかないため、手を振って挨拶を交わすだけに留めました。   

  

 そうしている間にも列は進んでいって、私達の番になりました。


「……」


 棺の中で花と共に仰向けに横たわる工藤さんを見た司君が息を飲んだのが分かりました。


 受付で受け取った花を工藤さんの眠る棺の中に添えます。


「……工藤さん達が命を懸けてくれたから、みんながヘルブブゼラルを倒すことが出来て、俺はこうして生きることが出来ました」


 司君が静かに感謝の気持ちを述べ始めました。


「工藤さんには、本当に助けられました……俺がゆずの日常指導係になることを決意する時も、鈴花が慢心を抱き始めた時も、菜々美さんのことでも……」


 面倒見の良い工藤さんは、司君に関わることでも色々と気に掛けていたようです。


 それが巡りめぐって私や鈴花ちゃんに菜々美さんとの縁を紡ぐ結果となりました。


 そう思えば工藤さんの存在は、確かに私達を繋ぐ大事な人だったと実感出来ました。


 司君と会場の外に出ると、脇にある木の下に喪服を着た菜々美さんが顔を俯かせて泣いていました。


 彼女の姿を見つけた司君が歩み寄ります。


「菜々美さん、工藤さんのこと、お悔やみ申し上げます」

「……ぁ、司くん」


 目を腫らした菜々美さんが司君と顔を合わせました。


「ごめんね、色々あってお見舞いに行けなくて……」

「いえ、菜々美さんも工藤さんのことで忙しかったことくらいは分かってますから……」


 二人はそう会話をした後、司君は菜々美さんに頭を下げました。


「俺一人がこんなこと言っても、工藤さんが生き返るわけじゃないって分かってはいます。けれどもやっぱり、俺の命が救われたのは本当のことだから、せめてお礼だけでも言っておきたくて……」


 司君の言葉を聞いた菜々美さんは顔を俯かせました。


「――ぅ、ぐ、ひっく……」


 そして嗚咽を堪えながら涙を流し出し、そのことに司君は慌てだしました


「あ、す、すみません! 俺、何も菜々美さんを悲しませたいわけじゃなくて!」

「グスッ、ううん、違うの……今回の出来事で司くんみたいに眠らされた人は三百人近くいるのは知っていた?」

「……はい、ゆずや初咲さんから聞きました」

「その三百人で司くんを含めてたったの三人しか、先輩達の犠牲を知らないんだ」

「っ!」


 司君は事の大きさに釣り合わない世間からの認知度の低さに耳を疑うように驚いていました。


「酷い話でしょ? でも唖喰は魔力を持たない人には見えない……どうして自分達が眠っていたのかってことも熱中症とかでっち上げの理由で済まされているし、亡くなった先輩達も遺体は残っていないから、凶悪犯に焼却処分されたってことで誤魔化す……私達は守りたいはずの世界や人達から何の証明も残せないまま死ぬ……そういう戦いをしているんだよ」

「……」


 菜々美さんが言った言葉は、私にも当て嵌まることでした。

 〝天光の大魔導士〟と呼ばれるほどの功績があっても、世間一般では並木ゆずという世間知らずなたった一人の子供です。


 どれだけ厳しい戦いを生き抜こうと、知る人がいなければ何も意味を成しえません。


「菜々美さんは……魔導士を続けるんですか?」


 司君の質問は慕っていた工藤さんを亡くしたことによって、深く傷付いたであろう菜々美さんを思ってのものでした。


 質問を投げかけられた菜々美さんは司君の目を合わせて答えました。

 

「うん……先輩がいなくなったことは確かに悲しいし、辛いよ……でも私がここで投げ出したら、ここまで鍛えてくれた先輩の努力も無駄になる。そうなったら本当の意味で先輩が戦って来た意味がなくなってしまう……私が戦い続けることで先輩が戦った証になるんだよ」


 それとね、と菜々美さんは一度言葉を区切って続けます。


「司くんの〝命を救ってくれてありがとう〟っていう言葉は、私達にとって数少ない〝証明〟になる……悔やむことはあっても後悔はしないで……そうあってくれたら、先輩達も報われると思うから」

「そう、ですかね?」

「その通りです。司君がいつも私に伝えてくれる〝お疲れ様〟や〝頑張ったな〟という言葉は、私が自分の日常を守れたと実感できるんですから、司君が気負うことは何もありません」

「……」


 私達の言葉を受けた司君は思案する表情を浮かべました。

 彼は優しい人です。

 きっと気負うなと言っても背負い込んでしまうのは目に見えています。


 そんな彼に伝えることがあるとすれば……。


「それでも司君が工藤さん達に何かしら報いたいというのであれば、これまで通り生き続けるしかありません。生きて生きて、その人が命を賭した価値があるんだと、生きることで証明することが、今の司君に出来る事だと思いますよ」

「……分かった」


 瞑目して天を仰ぐ司君の表情は自分の不満や苦しみを飲み込むように悔しげでした。


 彼は今のままでいることに決して満足はしない。


 自分に出来ることを常に模索して、亡くなった工藤さん達や、これからも唖喰と戦い続ける私達のためになろうとするはずです。


 それが、竜胆司という私が好きになった人です。


 彼がどのような答えを出すのか解りませんが、その手伝いくらいなら、私に出来るはず……。


 一緒に頑張ろうと想いを込めて、彼の左手を握りました。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回も明日更新です。


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