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13話 魔導少女と初デート 前編


 ――翌日、日曜日、午前十時


 髪よーし、服よーし、待ち合わせの時間まであと一時間前よーし、というわけでこれからデートという名の戦場に到着した俺は、早々に初デートあるあるの一つの〝約束の一時間に待ち合わせ場所に着く〟をやらかしてしまったのだ。


 彼女と付き合いたての初々しい男なら一人だけ盛り上がってるみたいで恥ずかしかろうとも微笑ましさで溢れるが、俺みたいな相手と特別な(魔導少女の日常指導係とかいう特別は棚に上げて)関係にない場合、一人だけ浮かれていて気持ち悪いだけである。


 柏木さんとの会話後、何とかデートのプランを練った俺は、ゆずに待ち合わせの時間と場所を伝えると、手慣れているのが分かるレスポンスの早さで「了解しました」と事務的な返事が来た。


 ちなみに唖喰(あくう)が出てドタキャンという心配はない。

 何故なら唖喰が出た場合初咲さんにどうするのか聞いたら、ほかの魔導士や魔導少女を向かわせるとか……工藤さんや柏木さんその他の魔導少女は犠牲になったのだ、同僚の初デートのための犠牲にな……本当にごめんなさい。


 心の中で他の魔導士・魔導少女に謝罪をしたりして時間を潰すこと五十分後、見慣れた黄色の髪が見えたので声を掛ける


「おーい、ゆず、こっち……だ……」


 待ち合わせ十分前という常識的な時間に到着したゆずの格好に俺は言葉が出なかった。


 白のブラウスの上に、ジーンズ素材で出来た七分袖の上着を羽織っており、茶色のスカートは膝下が隠れる程の丈の長さと落ち着きのあるゆずにぴったりなコーデだった。


 正直今まで学校の制服とか魔導装束とか、飾り気のない白無地のワンピースといった服装しか見たことが無かったから、ゆずの私服姿はかなり新鮮だった。 


「司君、おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」


 そう言ってゆずは丁寧に頭を下げた。


「お、おう、よろしく……」


 バッチリ決めて来たゆずの装いに度肝を抜かれた俺は言葉が詰まってまともな返事が出来なかった。 

 あー俺のバカ野郎、〝その服似合ってるよ〟ぐらい言えよ。

 いいや、今からでも遅くない、言ってやる!


「そ、その服似合ってるな、ゆずが組み合わせたのか?」

「いえ、初咲さんにせっかくのデートだからオシャレして行きなさい、とセットで渡されました」

「へ、へぇーそうなのか、ふーん……」


 微妙にヘタレてしまったが、まだデートは始まってすらいないのだ。

 唖喰と戦うゆずは決して折れずに立ち向かっていた。

 今回は俺の戦場だ、だから俺も折れずに立ち向かって行こう。


「それじゃ、行こうか」

「はい」


俺の隣に並んでゆずが歩く。

 ふと、周りからはどう見えるのか気になったので、軽く見渡してみると……。


 ――視線で人が殺せたらと、幾人かの男性に睨まれていた。


 怖……。

 そうだ、ゆずは万人から認められるであろう美少女だ。


 セミロングの黄色髪と無表情ながらもしっかりと開かれている緑の瞳という日本人ではまず見ない色合いに、儚げな雰囲気を助長するかのような華奢(きゃしゃ)な体、なのに周囲の目など気にも留めない堂々とした佇まい。


 そんな彼女と待ち合わせをしている俺は、彼らからしたら何一つ面白くないのだろう……。

 

 とはいえ今までの経験上こう言った視線には耐性があるから、あまり深刻に考える必要はないと、すぐに切り捨てて、今はこのデートを成功させることだけを考えるため、すぐに思考を切り替えた。


 まず俺達が向かったのは駅からそう遠くない公園だ。

 昼食前にここに来たのはゆずは本人でさえ好みの娯楽が分からないため、美術館だの映画などに連れていくより、刺激の少ない場所に連れて行ったほうがいいと考えたからだ。


 公園は精々野球場より少し小さいくらいの広さだが、日曜日なだけあって親子連れや友達同士で遊んでいる子供が多い。


 俺たちは公園の一角にあるベンチに二人で座って景色を眺める。


「……楽しそうですね」

「ああやって子供達が笑ってられるのもゆず達魔導少女のお陰だよ」

「……あの、その魔導少女という呼称に関することで一つお伝えしたことがあります」

「え、なんだ?」


 初咲さんが未成年の魔導士と成人の魔導士を分けるために、俺の嗜好に乗っかって半ばノリで呼び出したのが魔導少女という呼称だが、なにかあったようだ。


 俺がゆずに何があったのか訊ねた。


「先日の上層部の会議にて組織全体で未成年の魔導士を指すものとして、魔導少女という呼称が正式採用されました」

「上層部は何を話し合っているんだよ」


 思わずそう突っ込んだ。

 いや、だってなぁ……。


 多分議題に挙げたのは初咲さんだろうけど、そういう場で話すのって唖喰の被害とか魔導士のこととか技術の話のはずなのに、明らかに世界を守る組織が会議で話し合うような内容じゃないだろ……。


「一応会議の最後に話し合ったそうです」

「最初にそんな議題を挙げられても困惑するわ」


 ちゃんと話し合うことを話し合ってからだったか……。

 なんか会議の後でその日の飲み会をどこでやるか話すサラリーマンみたいだな。


「採用するかどうか過半数の支持を得られれば決まるのですが、結果は満場一致で決まったそうです」

「誰一人として反対しなかったのかよ!?」

「アメリカの本部長からは非常に分かりやすいと絶賛だったと初咲さんが言っていました」

「本部長って実質組織のトップだったっけ……」


 ゆず達が所属する組織――対唖喰対策機関オリアム・マギはアメリカに本拠地を構える世界各国公認の組織だ。


 公認とは言っても唖喰の存在は魔力を持つ人にしか認識できないため、公表はされていないが。


 その本部長ともなれば実質的なトップだ。

 初咲さん曰く支部長と本部長に明確な権力や地位の差はないらしいが、それでも本部の頭……もし会った時のことを空想してもつい背筋が固くなってしまう感じがした。


 そんな組織のトップが絶賛するのであれば、魔導少女という呼称に対して否定的でも表立って反対出来るものではなかったのかもしれないな。 


 とにかく、そういった経緯で、魔導少女の呼称が採用されたみたいだ。


 会話が一区切りついたところでゆずから問いかけられた。


「こうやって座りながら会話をするのがデートなのですか?」

「いやいや、まだこれからだよ、そろそろ十二時になるから近くの店で飯を……」


 そう言ってベンチから立とうとすると.


「おねえちゃんたちってカップル?」


 ぱっつん幼女に呼び止められた。

 おお?

 五歳くらいの女の子にはそう見えるのか? 

 女の子は精神が早熟するって聞いたが、中々ませているな……。


「え~、ちがうよ、おねえちゃんはキレイだけどおにいちゃんのほうはフツーだもん!」


 なんだとこのツインテ幼女。美男美女が相思相愛になるとは限らないぞ?  

 芸能界でもあんまり聞かないからな。


「この人は私の友達です」


 ゆずが真剣に説明すると幼女達は俺を(あわ)れむような目で見始め……。


「やっぱりあそばれてるんだ……」

「おにいちゃんかわいそー……」


 と宣い出したのだ。

 うるせぇよ! 

 今のご時世は友達に美少女がいるってだけでステータスになるんだぞ!?


「可哀相じゃありませんよ、司君にはよくしてもらっていますのでむしろこちらが失礼なのではと思っているぐらいです」


 そう励ましてくれるゆずの言葉を聞いた幼女達は……。


「おお! おにいちゃんミャクあるよ!」

「がんばって!」


 と励まして来た。

 下げて上げてきた!? 

 この幼女達、成長したら男を弄んだりするのだろうか……なんか怖くなってきたのでこれ以上考えるのは止めておこう。


 幼女達に見送られながら俺達は公園を出た。


 ………


 ………


「どうしてあの子供達には私達がカップルに見えたのでしょうか?」

「その話題を引っ張るのは止めておこうか! デートが終わった後で初咲さんにでも聞いてくれ!」


 あの幼女達に聞かなかっただけまだマシだが、これ以上は俺も変に意識してデートどころではなくなってしまうので、強引に会話を終わらせる。


 ちょっとぎこちなくなりながらも俺達はファミレスに入った。

 特に値段が高いことはないし、何か人気の料理があるわけでもない普通のファミレスだ。

 内装はログハウスのような雰囲気で、街中にいたのに森の中にいるような空気が評判だ。


 デートにファミレスは悪手らしいがゆずの場合、変に洒落た店よりも庶民的なほうがいいだろうと思い、敢えてこちらを選んだ。実際のゆずの反応はというと……


「ここがファミレスなのですね…なんだかちょっと人が多くて落ち着かないです」


 ほらね?

 ファミレスでこんなに緊張してるんだから、高級店とか連れて行ったら緊張で石になりそうだな……。


 店員さんに案内された席に座り、メニューを受け取る。

 ゆずはメニューを見ずに俺のほうをじっと見てくる。


 ――見てマネしようってか……可愛いな。


 可愛いが、こういった場所でどう過ごせばいいのかを教えるのが日常指導係の役目だ。


「このメニューからゆずが食べたい物を選んで、決まったらそこのボタンを押してくれ」

「えっと……ハンバーグが七百八十円、ミートスパゲティが六百九十円……あ、自分で頼んだものの代金は払います」

「大丈夫だよ、ゆずの分も俺が払う」


 特に奢るでもなく連れ添ったならそれでもいいかもしれないが今回はデートだ。

 当然俺が奢るつもりだ、それにゆずの律義な性格からそう言うだろうとは予測済みだ。


 そういった事情もあって言った俺の言葉にゆずがキョトンとした。


「お金のことなら問題ありませんよ? いつもの戦闘で初咲さんから充分な給金を頂いていますし……」


 ゆずの言葉に今度は俺がキョトンとした。

 今大事なことをサラッと言わなかったか!?


「え? 魔導士って給料出るの!?」

「はい。世界各国公認の組織ですので国家予算が回されてますし、事情を把握している財団や企業からの融資金もあります。当然司君も組織の一員ですので今月末にでも給金は渡されますよ?」

「マジか……」


 知らなかったのかというゆずの物言いに、俺は開いた口が塞がらなかった。

 だって日常指導係を受ける時に初咲さんからそんなお金の話なんて一切なかったから……。


 でも思い返してみれば、常人には見えず、世界中で出没する唖喰という脅威に命懸けで立ち向かうのに無償で戦ってくださいは有り得ないな。

 

 世界各国に拠点を置く大きな組織で実際に戦う魔導士や技術者を雇う人件費、建物の維持費、術式や装備の開発費といった必要な資金が動いていないわけがない。

  

 日本支部には組織の構成員達が使用する食堂だってある。

 注文した料理の代金を払うのにお金が必要だし、そもそも料理を作るための食材にもお金のやり取りがある。


 食わねば戦は出来ぬ。


 戦において兵の戦力と士気を維持するのに必要な兵站(へいたん)が整ってないと、空腹で戦う所じゃなくなってしまうからだ。

 

 RPGの勇者だって世界を救うために毎日の食事と寝床に装備を買うためと様々な用途のためにお金を稼いでいる。 


 特に唖喰と前線で戦う魔導士達に何の見返りもないのはあまりにも酷だ。


「じ、じゃあゆずは月にどれくらい貰っているんだ?」


 俺はゆずに実際どのくらい貰っているのか聞いてみた。


「そうですね……私の場合は(ピーッ)円ほどです」

「……え、それって未成年が貰っていい金額じゃなくないか?」


 年収でいえばそこらの中小企業より貰っているぞ……。

 世界を守るために戦っているから当然とはいえ……いやそれだけじゃないな。

 

 ハッキリ聞いたわけじゃないが、唖喰が来るたびに魔導士が出動するから、いつヘルプが掛かるかわかったものじゃない。


 食事、風呂、就寝……そんな時に唖喰が出たから行けと言われる……。

 しかもそれは死ぬかもしれない命懸けの戦いで……。 


 あれ?

 世界各国公認の組織の実態って実は下手なブラック企業を上回るやばい職場じゃないか?

 

 いや、仕事内容に見合った(?)給金が支給されているから、どす黒いわけじゃないだろうけど……。


「初咲さんが司君に日常指導係を受けるかどうかの話をした時に、給金の話が無かったのはお金を目的に相手(唖喰)と関わらせるのを避けるためです」


 ゆずにそう言われて納得した。

 

 ゆずに教えてもらった金額通りなら、命の危険があると分かっていても魔導士になろうとするバカが出てくるはず……というかいたのだろう。


 つまり鼻先の人参と同じだ。


 目先の欲に眩んで命を粗末にするような人は、唖喰との戦いが長続きしないのだろう。

 ゆずの戦いぶりを思い出してそう思った。


 前任の日常指導係がどうだったのかはわからないが、もしゆずの日常指導係を受ける前にお金の話をされていたら、こうやってゆずとデートに来れていなかったのかもしれない。


 それくらいお金に宿る魔の魅力というのは強烈だ。


 俺の場合は唖喰の脅威とゆずのことばかりに目を向けていたから、そのあたりの考えは一切頭を過らなかった。  


「あと今教えた私の月給ですが、あれは私が魔導士なので特別な支給方法が設けられているんです」

「特別な支給方法?」


 ゆずによると、魔導士は基本給に唖喰との戦闘に参加した際、出動回数に応じて特別手当が支給される。

 これは呼び出しを受けた時点でカウントされるという。


 また呼び出しを受けて現場に向かう際中に戦闘が終わった場合と実際に戦闘に加わった場合で支給額に差が出る。

 

 これは当然だろう。

 呼び出しを受けたのに戦闘に行かない人と、文字通り血と汗を流して戦っている人で同じ金額を受け取っているなんて、後者が浮かばれない。


 そして支給方法の一番の点は戦闘をこなす魔導士にしか発生しないというものだ。

 装備や術式の調整を行う技術班や研究班といった魔導士以外の組織の構成員達に支給される金額は魔導士達の基本給と変わりないらしい。


 しかもこれは支部長である初咲さんも例外ではない。

 

 そもそも世界を唖喰から守ったとしてもそこに直接的な利益は一切ない。

 あるのはただ人と世界を守ったという結果だけだ。


 そう、ゲームの様に唖喰を倒してお金が手に入っている訳じゃないから、実質の利益はゼロ円だったりする。


 給与は貰っているが、それだって財団や企業の融資金から捻出している。 


 それじゃ融資元が損するだけじゃないかと思われるが、直接的な利益は起きていないだけで、間接的に経済の利益にはなっている。


 生産と消費、需要と供給、輸入と輸出、売り買い等、取引する人達が居て初めて成立するものだ。

 人や生産場所がなくなれば、それらが滞ってしまい、彼らの利益が減ってしまう。

 そうなっていないのはひとえに魔導士達の奮戦に他ならない。


 だからこそ、財団や企業はお金を出してくれる。

 融資とはすなわち期待である。


 これからも自分達とお客様を守ってくださいという期待だ。


「そういうことか……」

「はい、司君も気後れせずに受け取ってくださいね」

「ああ、分かった」


 俺のやっている日常指導係りというのは、カウンセラーみたいなもんで実態はゆずのモチベーション維持

という一面に近いだろう。


 ならゆずの言う通りもらえるというのであれば、ありがたく貰っておこう。


 ……そういえばなんでデートの昼食前にお金の話をしていたんだっけ?

 社会人ならしてもおかしくない話だが、未だ高校生である俺達がしていい話じゃないよな……。


 そう思い出した時、ふと横に人の気配を感じた。


「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」

「「……」」


 席についてから話込んでいたせいで、店員さんが出向いてきていた。


 慌てて注文した結果俺がナポリタンを、ゆずはオムライスを注文した。

 ゆずの初デートの昼食はそんな慌ただしい結果となった。


 うん、次からは注文してから話そう……。

 俺はそう心に刻んだ。


明かされる魔導少女の給料事情。


昼過ぎぐらいにもう一話更新します。

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