131話 ベルブブゼラル戦 ⑤
「攻撃術式発動、重光槍展開、発射」
「ギュギャアアアアアアアッッ!!?」
「うぐっ!?」
不意に放たれた大きな光の槍を受けたベルブブゼラルが吹き飛ぶ寸前、季奈は誰かに体を掴まれたことでベルブブゼラルの爪と鎌の拘束から解放された。
残り五秒もないタイミングだったが、腹部と二の腕の重傷が瞬時に塞がっていった。
傷が治り切ると同時に季奈に強烈な虚脱感が襲った。
強化状態が解除され、その副作用である魔力枯渇が起きたのだ。
薄れゆく意識で季奈の視界はその人物を把握した。
「こうして魔力枯渇で倒れるのは二度目ですね、無茶をし過ぎですよ季奈ちゃん」
「はは……お前がいうなって返したる……わ……」
その人物の言葉に季奈はそう返して気を失った。
彼女は季奈をガラス細工を扱うようにゆっくりと地面に降ろして、鈴花へ声を掛けた。
「遅くなってごめんなさい、鈴花ちゃん」
鈴花は季奈を助けた彼女の名前を呟いた。
「……ゆず?」
「はい、先程魔導装束の最終調整が終わりましたので……間に合って良かったです」
駆け付けたのは、〝天光の大魔導士〟並木ゆずだった。
季奈の無事とゆずが間に合ったということに安堵した鈴花の表情は歓喜に満ちていた。
「アルベールさんとベルアールさんも、お待たせして申し訳ありませんでした」
「ウウン、ユズが来てくれてよかったよ」
「Was saved……」
アルベールとベルアールにも声を掛けたゆずは菜々美を見やる。
「菜々美さん……」
「ゆずちゃん……」
互いの名を呼び、ゆずは少しだけ静の遺体を見やる。
そして湧き上がる感情は、怒りでも憎しみでもなく、またベルブブゼラルを倒す理由が一つ増えたと実感する使命感だった。
「私の大切な人を……友達を……仲間を傷つけきた報いを……受けてもらいます」
〝天光の大魔導士〟は魔導杖を向けて宣言し、
「ギュギュガアアアアア!!」
ベルブブゼラルは憤慨の声を以てその宣言に答えた。
――時間は五分ほど戻る。
『並木ゆず、聞こえるか!? たった今お前の魔導装束の最終調整が終了した! 今チビにこの建物の入り口までてめえの魔導器を運びに行かせた!』
「えっ!? 翡翠ちゃんが!?」
『そうだ! だからさっさといけぇ!!』
「っはい!」
技術班班長である隅角からの通信が入ったのだ。
その通信内容から翡翠が日本支部の建物の入り口までゆずの魔導器を運びに行ったと聞いたゆずは返事をしたあと、観測室を出て入り口を目指して駆け出した
観測室があるのは地下五階、技術室があるのは地下二階。
エレベーターに乗っていては入り口に着くまでに時間が掛かってしまうと判断したゆずは、すぐそばにある非常用階段への扉を蹴破って、身体強化を発動させて、踊り場から踊り場へ飛び移るようにして非常階段内を駆け上がっていった。
時間にして一分程でゆずが入り口に辿り着いた時、息を切らしながらも先に着いていた翡翠がいた。
その小さな両手にはゆずの魔導装束や魔導武装に固有術式など必要な術式が刻まれたペンダント型の魔導器が握られていた。
しかし、ゆずはそれをすぐに受け取ることは難しかった。
何せ翡翠には未だ謝罪出来ていないため、彼女は自分に対して怒っているのではと不安になっていたのだ。
「ゆっちゃん……」
「っ、翡翠ちゃん! あの時は、酷い言葉をぶつけてしまってごめんなさい! 色々言いたいことはありますが、その、今は……これくらいしか出来ません!」
翡翠から呼びかけられ、謝るなら今しかないと判断したゆずは、頭を下げて翡翠に謝罪をした。
それを受けた翡翠は少しだけ息を詰まらせたあと、ゆずの頭を手を置き……。
「てりゃー! です!」
「ったあ!?」
身体強化術式を発動させ、ゆずの頭部に手刀を落とした。
「え、え!?」
人の頭に手刀を落とすほど怒っているのかと戸惑いながらゆずが顔を上げると、翡翠はニパッと笑顔を浮かべてゆずにペンダント型の魔導器を手渡した。
「仲直りの印、です!」
それだけで、翡翠は自分を許してくれるのだと理解したゆずは、これから戦いに行くというのにとても穏やかな気持ちになった。
「――ありがとうございます。魔導器起動、魔導装束、装備開始」
ゆずは魔導器を受け取ってすぐに魔導装束を身に纏った。
すっかり元通りになった自分の魔導装束を確かめたゆずは翡翠に声を掛ける。
「問題ありません。改めてありがとうございます、翡翠ちゃん」
ゆず翡翠にそう言った後、彼女にある質問をした。
「翡翠ちゃん、私は……ベルブブゼラルを倒すことが出来ると思いますか?」
それは商店街の戦いでの失敗があったからこそ、ゆずの胸中にある不安だった。
ゆずにしては弱気な発言に翡翠は腕を組んで少し考えて答えを出した。
「ゆっちゃんが一人で戦っていたら倒せなかったのかも知れないです! でも、今のゆっちゃんは一人で戦おうとしていないので絶対倒せるです!」
翡翠の言葉にゆずは、彼女からの信頼を実感した。
今のゆずなら大丈夫だと信じているのだ。
「ありがとうございます。それではそろそろキャンプ場へ向かわないと……」
「はい! 急ぎたいゆっちゃんにひーちゃんからプレゼントがあるです!」
「え?」
翡翠が指でパチンッっと音を鳴らすと、彼女の左隣に魔法陣が出現した。
「これは、転送術式の魔法陣ですか……?」
「はいです! ゆっちゃんがすぐに駆け付けられるように、転送先は今すーちゃん達が戦っているキャンプ場の上空に繋がっているです!」
「……翡翠ちゃん」
「さっ、早く行ってベルブブゼラルなんてあっという間に倒しちゃえ、です!」
翡翠の心遣いにゆずは言葉にし切れない感謝の念を込めてペコリと頭を下げたあと、翡翠が展開した魔法陣に乗って、鈴花達のいるキャンプ場まで転送された。
キャンプ場上空二十メートルの場所に出たゆずは、スカイダイビングのように両手足を広げ、自身に強化を施す術式を発動させた。
「固有術式発動、オーバーブースト」
淡い青色の魔力光がゆずの体を包み込んだ。
この術式は一日一回五分という制限があるがゆずの放つ術式の出力が倍に跳ね上がる季奈の〝桜華狂咲〟とは別の強化を施す固有術式である。
そして地上では季奈がベルブブゼラルに腹部と左右の二の腕を刺されて拘束され、鈴花達に人質をとったような状況だった。
(ベルブブゼラルに手を出せば、季奈ちゃんの首をはねると脅しているわけですか……まずは季奈ちゃんを助ける必要がありますね)
季奈を救う算段を頭の中で組み立てたゆずは、ベルブブゼラルに向けて重光槍の攻撃術式をぶつけると同時に季奈の体を掴んで、引き離したのだ。
そしてゆずがベルブブゼラルに宣戦布告をした瞬間に繋がる。
――じゃまされた。さいこうのしょくじをこのてきにじゃまされた。ころす。
ベルブブゼラルはゆずを殺すことは容易だと考えていた。
確かにあの紅い光の敵から離されたときの攻撃は痛かったが、それでも紅い光の敵からの攻撃より痛くなかったのだ。
それにこの敵は二回も自分を倒し切れていないことも理由の一つだった。
ベルブブゼラルはゆずの首をはねようと、ゆずの前に高速移動して右側の鎌を水平に振るった。
たったそれだけでベルブブゼラルはゆずを殺せたと思った。
ゆずが頭を後ろに引いて鎌を回避し、左手から光槍の攻撃術式を発動させて直撃させるまでは。
「ギュギャッ!?」
「随分悠長に構えていましたね」
驚くベルブブゼラルをよそに、ゆずはよろけて隙だらけの胴体に右手で正拳突きを放って、ベルブブゼラルの体をくの字に曲げてる。
ゆずは軽く跳躍して、前のめりになったベルブブゼラルの側頭部に左足で延髄蹴りを食らわせた。
蹴りを受けたベルブブゼラルはゆずから見て右方向へ吹き飛んでいった。
ベルブブゼラルは空中で体勢を立て直して、翅を動かして吹き飛ぶ勢いを殺した後、ゆずに接近して左側の爪による刺突を放ってきた。
ゆずは季奈がやったように爪を側面から鷲掴みにし、爪を地面に突き立てさせた。
それによりベルブブゼラルの体が左下に傾いたが、ベルブブゼラルはそれに構わず今度は右側の爪で刺突をして、爪を回避したところを刈り取るように鎌を構えていた。
――これならころせる。
しかしベルブブゼラルの確信は、あっさりと砕かれた。
「固有術式発動、ショック・リフレクト」
「ギュギュギャ!?」
魔力が込められたゆずの右手が突きだされた爪の側面を反らすように触れた瞬間、刺突の勢いが自分の右腕に返って来たことに、ベルブブゼラルは驚愕すると同時に大きく体勢を崩した。
そんな隙を逃さず、ゆずは追撃を加える。
「攻撃術式発動、光刃展開」
ゆずの両手を覆うように光の刃が顕現し、流水のように華麗な太刀筋でベルブブゼラルを切り刻んでいく。
「ギュ……ギュギャァ!!」
途中ベルブブゼラルは連撃の合間に爪と鎌で反撃を試みるが、ゆずは光刃で受け流して逸らしたり、体を少し反らしてベルブブゼラルの反撃を潰していくため、まるで意味を成さなかった。
――いたい、いたい、いたい! わけがわからない! このてきがこっちよりつよいはずがないのに、なぜこっちがおされている!?
自身の有利の疑っていなかったベルブブゼラルの思考は混乱していた。
左側の鎌で水平に凪ぎ払おうとすると、右下から斬り上げられる。
右側の爪で刺突を放ったら、身を屈めただけで回避されると同時に右脇腹を斬られる。
左足で蹴り飛ばそうとしても、軸足となっていた右足を斬られてよろけたら、左足を光の刃が貫いた。
目の前の敵は紅い光の敵を相手にしていた時とはまるで違う。
どのように反撃をしても全てが見切られているかのように潰されていく。
手も足も出ない。
ベルブブゼラルが陥っている状況はまさにそれだった。
「ギュギュギャアアアアアア!!」
「!」
一瞬だけ出来た隙に乗じて後退したベルブブゼラルの体には細かな裂傷が出来ていた。
――ころす、ころす、ころす、ころす、ころす!
もう目の前の敵を侮らないと決めたベルブブゼラルはゆずに対して明確な殺意を露にする。
その殺意を向けられたゆずは深呼吸をした後……。
「菜々美さん! 鈴花ちゃん! アルベールさん! ベルアールさん!」
後方で自分の戦いを見ていた菜々美達の名前を呼んだ。
呼ばれた菜々美達は息を飲むような戦いの最中に、何故自分達を呼ぶのか分からないでいた。
そんな彼女達にゆずは言い放った。
「私と一緒にベルブブゼラルと戦うという言葉は嘘だったのでしょうか?」
「で、でも私達じゃ足手まといに……」
静を目の前で殺された菜々美は、声を震わせながら返した。
もちろん菜々美達もベルブブゼラルとの戦いに加わりたいのだが、今しがた目の前で起きている戦いでは自分達は足手纏いだと感じていた。
特に鈴花は季奈を手助けしようとして、逆にベルブブゼラルから攻撃を受けて季奈に手間を掛けさせたこともあり、今手を出せばゆずにも迷惑が掛かると思っていた。
そんな四人の不安を感じ取ったゆずは、戦場に相応しくない穏やかな微笑みを浮かべた。
「菜々美さん達が本当に足手まといなら先の言葉を持ち出したりしません。ですが確かに今のベルブブゼラルは菜々美さん達一人一人では相手になりません」
「――っ」
改めてゆずの口から相手にならないと告げられた菜々美達は悔しさで顔を歪ませた。
「かと言って私一人だけでも勝てるかは分かりません」
「――え?」
「なので、今皆さんが共に戦ってくれるのであれば、漠然としている勝利の可能性を確実なものに出来ると信じています」
「で、でも季奈ちゃんは……」
「あの時は時間稼ぎが目的で、私が到着するまで被害を抑えようとすれば、季奈ちゃん一人が相手をするのが最善でした」
ベルブブゼラルが変化をしていなければ、季奈が〝桜華狂咲〟を発動させた時点でゆずが居なくとも倒せていただろう。
それが出来ないと季奈は判断したからこそ、ゆずが来るまでの時間稼ぎを一人で買って出ることで菜々美達の負担を最小限に抑えたのだ。
そして今ゆずがベルブブゼラルと相対した。
季奈の目論見は寸でのところで達成したのだ。
ところがベルブブゼラルを圧倒するゆずの強さは〝天光の大魔導士〟と呼ばれるに相応しいものであるはずなのに、ゆずは自分一人では倒せないという相手に、何故自分達が攻撃に加わっただけで勝てると言い切れるのか分からない。
(違う、私は……ゆずちゃんが思っている程の力なんてない。ちゃんと強くはなっても、全然で……もっと力があれば季奈ちゃん一人に負担を掛けることなんてなかった……)
季奈がベルブブゼラルに人質として捕らわれた時に実感した無力感は未だ菜々美達の中に根付いていた。
全員がベルブブゼラルに心身共に相当打ちのめされたと理解したゆずは、それでも彼女の目を見て言葉を続ける。
「……菜々美さん、どうして私が皆で戦おうと言っているのか分かりますか?」
「……ゆずちゃんが……自分一人じゃベルブブゼラルを倒せないからでしょ……?」
「それもありますが一番の理由はもっと単純なことです」
「……なにそれ?」
ゆずの口から自分達を頼る理由がもう一つあることを教えられた菜々美は、ゆずにそう聞き返した。
返答を促されたゆずは菜々美の問いに答えた。
「本当に単純なことですよ……一人で戦って倒すより、皆で戦って倒したほうが嬉しいからです」
「……は」
ゆずの口から言い放たれた理由はひどく単純で、子供っぽいもので、ゆずに不釣り合いな言葉だった。
「一人で倒せる相手に……皆で倒したほうが嬉しい……〝嬉しい〟……って、何それ……」
菜々美は顔を俯かせて肩を震わせた。
「ふ……く……」
やがて肩の震えが大きくなり菜々美は顔を上げて……。
「ふ、ふふふふふふっあっははははははっっ! なにそれ、ゆずちゃんってそんなこと言うキャラじゃなかったのに、ベルブブゼラルを倒すことより、嬉しいからって私達も一緒に戦えって、無茶苦茶過ぎだよ……」
腹を抱えて大笑いした。
あまりにらしくないゆずの言葉に笑わずにいられなかったのだ。
そうして笑い声が収まり、菜々美は笑って溢れた涙を拭ってゆずと目を合わせた。
「はぁ~、そっっかぁ~、そう、だよね……あんなの一人で戦おうって考えるところから間違っているよね、普通に皆で戦うほうがいいもんね……うん、私、ちゃんと戦えるよ」
「ふふ、分かりました」
一転して明るい表情を浮かべた菜々美にゆずはそう返した。
一連のやり取りを眺めていた鈴花とアルベールとベルアールは互いに見つめ合って頷いたあと、鈴花とアルベールはゆずと菜々美の元に駆け寄った。
「ユズ、スズカ! ワタシもたたかうよ!」
「はい、よろしくお願いしますアルベールさん」
「Good luck……ワタシはこの結界とキナをぜったいに守る」
「はい、ベルアールさんもよろしくお願いします」
「いくよ、ゆず!」
「はい、鈴花ちゃん!」
「ギュギュギャアアアアアア!!」
三人と話し終えたところで、ベルブブゼラルが大きな咆哮をした。
そしてゆず達はすぐさま戦闘態勢に入った。
悪魔の蠅と魔導少女達の決戦が始まる。
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