125話 仲直り
菜々美さんと会話を終え、次に彼女から鈴花ちゃんと翡翠ちゃんに謝るべきだと言われました。
昨日、病み上がりにも関わらずベルブブゼラルを一人で倒しに行こうした私を止めた二人に、激情に身を任せて暴言をぶつけてしまい、鈴花ちゃんとは絶交、翡翠ちゃんは大泣きさせてしまいました。
「大丈夫だよ。ちゃんと気持ちを込めてごめんなさいって言えば二人とも許してくれるから、ね?」
「そうだと良いのですが……」
あの時二人にぶつけた言葉は私の本心そのものです。
それだけにどれほど二人を傷付けたことか……むしろ嫌気が差して二人に二度と許してもらえないのでは、という疑念が拭えません。
菜々美さんから鈴花ちゃん達は今日もベルブブゼラルの捜索に出たものの、空振りに終わったと聞かされています。
今は夕食を摂るために食堂にいるそうで、私は菜々美さんに手を引かれながらオリアム・マギ日本支部の内部へと戻って来ました。
食堂には夕食を摂っている組織の構成員や魔導士達がちらほらと見受けられます。
菜々美さんと二人で辺りを見渡して、鈴花ちゃん達を見つけました。
席には鈴花ちゃんと季奈ちゃん、アルベールさんとベルアールさんの四人が夕食を揃って食べながら、談笑しています。
翡翠ちゃんの姿がみえないことに胸がズキリと痛む感覚が走りますが、まずは絶交となってしまっている鈴花ちゃんと仲直りをすると意気込むことに集中します。
改めて鈴花ちゃん達の方へ見やると、まだ私と菜々美さんに気付いていないようでした。
談笑する彼女達と私達との距離は二十メートルも離れていません。
その距離を詰めて、鈴花ちゃんに声を掛けて、一言〝心配してくれたのに、酷いことを言ってごめんなさい〟と伝えるだけです。
ですが、その過程を踏むための一歩が踏み出せません。
まるで足が地面に縫い付けられたかのように、ピクリとも動かすことが出来ないんです。
――あれだけ酷い暴言を吐いたのだから、嫌われてるかもしれない。
――話を聞いてくれないかもしれない。
――もう絶交したから無視されるかもしれない。
そんな不安が泡のように浮かんでは消えてを何度も繰り返していました。
「はぁ……はぁ……」
気付けば呼吸が荒くなっていました。
緊張と不安で頭がうまく回らず、どう声を掛けるのか、どう言えばいいのか、必死に言葉を浮かべてもボロボロと崩れてしまって、言葉を紡ぐことが出来ません。
ふと、左手が暖かいものに包まれる感覚がして、左へ顔を向けると菜々美さんが私の左手を自身の右手で握っていました。
「な、菜々美さん?」
「怖いの、無くなった?」
「――あ、はい……」
菜々美さんに指摘されて、心に絡まっていた緊張の糸が解かれているのが解りました。
「ゆずちゃんは、慢心してた鈴花ちゃんと司くんが喧嘩をした時のことは覚えてる?」
「……当然です」
菜々美さんの問いに、私は簡潔に答えました。
当時、慢心していた鈴花ちゃんと司君は口喧嘩を交わして、彼女から暴言をぶつけられたと、司君本人から聞きました。
あの時の司君は鈴花ちゃんに死んでほしくない一心で、彼女の慢心を解消させようとしたのですが、互いの意地のぶつかり合いに発展していたそうです。
実際に、鈴花ちゃんの慢心を払えなかった司君の声は、酷く落ち込んでいました。
「――ぁ」
そこまで思い返して、二人の口喧嘩と、私と鈴花ちゃんの喧嘩の内容が似通っていることに気付きました。
どちらも大切な友達が死んで居なくなることを止めようとするところも、どちらも意固地になって相手の心配を跳ね除けるところも……。
今の私は、司君と喧嘩をしたあの時の鈴花ちゃんと同じです。
鈴花ちゃんの場合は、グランドローパーに殺されかけたことで強い後悔を抱えたこと、私が司君から託された想いを言葉にしてことで、意地を張らず戦闘後に仲直りをすることが出来ました。
私の場合は、悪夢にうなされ、菜々美さんに叱責されたことで鈴花ちゃん達に対するわだかまりはありません。
ですが、私に足りないのは一歩踏み出して鈴花ちゃんに謝罪をする勇気だけです。
別段、謝り慣れていない訳ではありません。
過去に失敗をして、先輩の魔導士の方や司君にも私の不手際で謝罪をしたことがあります。
私が勇気を出し切れない理由はただ一つ。
鈴花ちゃんとした喧嘩が、私が十五年間生きて初めて経験する〝友達との喧嘩〟だからです。
さらに鈴花ちゃんから絶交を言い渡されて、私も売り言葉に買い言葉でそれを了承したため、気まずさしかありません。
すっかり臆病になった自分に戸惑いを感じますが、不思議と嫌な気持ちは微塵もありませんでした。
それだけ鈴花ちゃんのことを大切に思っているという、何よりの証だと心が訴えているから。
「……菜々美さん……もう大丈夫です」
「……そっか」
本当に私が大丈夫だと悟った菜々美さんは、握っていた私の左手を放し、そっと手の平で背中を押してくれました。
当然、背中を押された私は前に倒れないように足を踏み出すことになり、前に歩を進める形になります。
そうなれば開いていた鈴花ちゃん達との距離は縮まって、四人が私に気付くのにそう時間は掛かりませんでした。
「アレ? ユズもゴハンなの?」
アルベールさんがオムレツを頬張りながらそう尋ねました。
「Bad manners……飲み込んで……」
食事中にしゃべるアルベールさんを双子の妹であるベルアールさんが嗜めました。
「……ん? なんか憑きもんが落ちたみたいにスッキリしとらへんか?」
季奈ちゃんは私の心境の変化を一目見て察したようで、素直に歓談するような朗らかな表情を浮かべていました。
「……」
三人が私に顔を向ける中、鈴花ちゃんだけは右腕で頬杖をついて、私の方へ顔を向けてくれません。
やはり怒っていました……。
私は胸にチクリとトゲが刺さったような痛みを覚えますが、一度を深呼吸をして、鈴花ちゃんに声を掛けます。
「す、鈴花、ちゃん……」
「……何?」
声掛けの返事から、少なくとも無視されることはないと安堵しつつ、鈴花ちゃんの意地が込められたような固い声に緊張が走った気がしました。
このまま謝っても許してもらえない……そうなっては仲直りも出来ません。
それだけは絶対に嫌です。
私は鈴花ちゃんにただ謝りたい訳ではなく、謝って仲直りして、また友達に戻りたいと想いを強く固めてさらに一歩踏み込み、四人が席に着いているテーブルに両手を叩き付けました。
バンッと扉を勢いよく閉じたような大きな音が鳴りました。
それにより鈴花ちゃんは両肩をビクッと揺らして、驚いたのか目を見開きながら私に顔を向けて来ました。
「鈴花ちゃん!」
「だ、だから何!?」
鈴花ちゃんは狼狽しながら私の真意を尋ねて来ます。
私は喉元まで上がって来た言葉を口にします。
「ごめんなさい!!」
「――っ!」
私は両目の瞼をギュッと閉じて頭を下げました。
「簡単に許してもらえないような発言をしたことは分かっています! 絶交もした私に愛想を尽かしたことも理解しています!」
下げていた顔を上げて、鈴花ちゃんと目を合わせます。
「それでも、私は……私は鈴花ちゃんと友達でいたい!! 許してもらえるように頑張るし、私に出来ることならなんだってする! だから……鈴花ちゃんと仲直りがしたい……お願いだから、友達をやり直させて……」
「……」
出せる精一杯の気持ちを込めて懇願しました。
鈴花ちゃんが必要だと、仲直りをしたいと。
その言葉を受けた鈴花ちゃんは少しばかり呆けた後、何やら考える素振りを見せるだけで、一向に返事が来ません。
やがて鈴花ちゃんは私の目をじっと見つめて来ました。
「……もう、一人で無茶しない?」
「……うん」
「ちゃんと、アタシ達を頼ってくれる?」
「……うん」
鈴花ちゃんの問いかけに首肯して答えていきます。
それからまたじっと目を見て……。
「――はぁ、まぁ……喧嘩なんてして当然でしょ……友達なんだし」
「――!!」
ため息をついて、後頭部を掻きながらそう答えてくれました。
許してもらえた。
そう実感すると、いつの間にか張っていた肩の力がスッと抜けました。
「ん~? 絶交ってゆってへんかったか?」
「あ、あれは、その……そう、言葉の綾だって……」
季奈ちゃんの指摘に鈴花ちゃんはしどろもどろになって返しました。
直情的なところが鈴花ちゃんの長所であり短所でもあるので、私としてはらしいと思ってはいます。
「えっと、鈴花ちゃん、季奈ちゃん、、アルベールさんにベルアールさん……皆さんにお願いがあります」
「ナニナニ?」
「Your wish?」
アルベールさん達がなんだか珍しいものを見る目で見られていますが、何も複雑なことも、難しいことも言うつもりはありません。
「ベルブブゼラルを倒すための力を私に貸してください……私を助けて下さい!」
たったそれだけ。
言葉尻を捕らえてみれば酷く傲慢なわがままです。
でも……一人で戦おうとしていた時より後ろめたさは感じませんでした。
「はぁ~やぁっっとゆずの口から助けてって言ってくれたね……断るわけないでしょ?」
「どこか気を張り詰めとった不愛想な顔より、今のほうがええと思うわ」
「イイヨ! みんなでベルブブゼラルを倒そう!」
「No problem……ワタシ達はそのために、日本に来たから」
満場一致でした。
断られると思っていないと言えば嘘になりますが、正直半信半疑でした……。
みんなが一緒に戦ってくれる。
そう理解した私は思わず涙が出そうになりましたが、今は堪えます。
涙を流すのはベルブブゼラルを倒してから……。
「皆さん、ありがとうございます!」
それでも感謝の気持ちを伝えたくて、再度頭を下げてお礼の言葉を告げました。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
後ろにいた菜々美さんが頬笑みを浮かべながらそう声を掛けてくれました。
「……はい」
菜々美さんが私を見限らずに真正面から向き合ってくれたからこそ、こうして鈴花ちゃんと仲直りをする事が出来ました。
彼女には感謝をしてもしきれませんね。
「……ただ、そのね?」
「ん? なんですか?」
しかし、菜々美さんは急に言いにくそうな表情を浮かべて辺りをきょろきょろと見渡していました。
私は彼女が何を言いたいのか分からず、尋ねると菜々美さんは苦笑を浮かべながら答えてくれたました。
「ゆずちゃんが大きな声で謝ったから、食事中だった他の構成員や魔導士の人達にも一部始終を見られてたんだけど……」
「「「あ……」」」
私と鈴花ちゃんと季奈ちゃんは呆気にとられました。
慌てて周囲を見渡してみると、確かに食堂にいる全員が私達のいる席に視線を向けていました。
それもとても優しげな生暖かい視線を……。
「――っし、失礼しました……」
羞恥心が限界を迎えた私は、顔中に熱が集まり、両手で顔を覆いながら謝罪しました。
食堂での一幕のあと、居住区の入口付近で季奈ちゃんに呼び止められました。
「あ~、せやせや。ウチからゆずに言っとかなあかんことがあるんや」
「言っておかなければいけないことですか?」
「ゆずの魔導装束の損傷が激し過ぎて修復がまだ済んでへんねん。あと六日は掛かる予定やから今すぐベルブブゼラルが見つかったとしても……」
季奈ちゃんはどこか申し訳なさそうな表情でそう話してくれました。
「うわお……この流れでそんなことが……」
「せやから言い辛かったんや……」
ああ、なるほど。
私の作戦復帰しても唖喰と戦うための魔導装束の修復が終わっていないから、どちらにせよ今すぐに戦闘に参加することが出来ないというわけですね。
それもそのはずです。
距離を開けていてもかなりの威力がある衝撃波を、腹部を串刺しにされてから至近距離で受けたので、これまでに類を見ないほどにボロボロなのは容易に想像出来ました。
……運よく急所を外していたとはいえ我ながらよく生きていましたね。
ともかく、私が装備していた魔導装束はボロボロになってしまい、修復に時間が掛かっているみたいです。
つまり、季奈ちゃんは私の復帰に装備の修復を間に合わせられないことに、申し訳ないと感じていたというわけです。
「……そうでしたら仕方ありません。私は修復が終わる時まで鈴花ちゃん達の支援をするだけです」
「……別に〝睡眠時間削ってでも直せ〟言うてもよかったんやで?」
「そこまでしなくても季奈ちゃんなら直せると信頼していますので」
「っ! はぁ~、そない言われたらやったるわ」
季奈ちゃんはそう言っていつもの不敵な笑みを浮かべました。
私が魔導の技術面に明るければ修復の手伝いを申し出ていたのですが、私は五年間戦いに明け暮れていたため、戦いの知識に偏っています。
適材適所。
私は修復が終わるまでその爪を研ぐだけです。
そうして私達は改めて一丸となり、ベルブブゼラル討伐に臨むこととなりました。
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