表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/334

123話 はじめての願い

別にその言葉を忘れていたわけじゃない。


ただ思っても口に出さなかっただけだ。


それがいつの間にか言わないで当たり前になっていたことに気付かない程に、私は孤独だった。



「ぐ、ぐぅ……っ!?」


 鳩尾(みぞおち)に光の槍が突き刺さり、その衝撃で私は後方に吹き飛ばされました。

 突然の事で動揺したため、受け身を取る事が出来ずに訓練場の床を転がった私は、回転が止まった頃に自分の身に起きた状況を把握しました。


「……私が無詠唱で術式を発動させられるようになったこと、知らなかったでしょ?」

「っ!」


 と言っても攻撃術式なんだけどね、と柏木さんは自虐気味に言いますが、私は暗に柏木さんを見下していたと核心を突かれたような一言に唇を噛むほど後悔しました。

 柏木さんにではなく、無意識に彼女を道端の石ころ同然に扱っていた自分に……。


 この〝無詠唱〟というのは然程珍しい技術ではありません。


 普段から術式名を口に出すのは、どの術式に魔力を流すのかを明確に意識するためであり、その必要が無ければわざわざ術式名を口に出さずとも、術式を発動させることが出来ます。


 私や季奈ちゃんのような最高序列の五人はもちろん、鈴花ちゃんと工藤さんに引退こそしていますが初咲さんでも無詠唱で各種術式を発動させることは可能です。


 唖喰との戦闘で無詠唱を使わないのは、唖喰に対して普通に詠唱しても結果は変わらないこと、魔導士同士で連携が困難になるからです。


 特に後者はアルベールさんとベルアールさんのように双子やそれに類するほどの時間を共有して互いの思考が以心伝心で通じる程でなければ、普通に詠唱をした方が味方への誤射を格段に減らすことが出来ます。


 なので、無詠唱の技術がよく使用されるのは、こうした対人戦がほとんどです。


 そして、私が記憶していた限りでは柏木さんは攻撃術式のみとはいえ無詠唱で発動させたことは今の瞬間まで知りませんでした。


「いつまでも弱いままじゃ嫌だから……強くなるって決めたんだから……!」

「――!!」


 柏木さんの普段のお淑やかな表情とは打って変わって強気な面持ちに、私は頭を金槌で殴られたかのような衝撃を受けました。


 柏木さんは強くなっている事は知っていました――いえ、知ったつもりでした。

 彼女は一年も魔導士として戦ってきたのだからあれくらいは出来て当然だろうと上から目線で知ったつもりだったんです。


 以前にはよく見られた戦闘時での失敗も目に見えて減っていますし、先程の攻撃のキレも良くなっていることから、魔導士としての実力も成長しています。


 ですがそれはこうして対峙するまで実感に繋がってはいなかったのです。


 つい先程後悔したのは、心の奥底で自分には敵わないだろうという優越感に浸っていたと突きつけられたからです。

 

 そして彼女がここまで強くなった理由は唯一つです。


 ――司君と出会って恋をしたから。


 私が衝撃を受けたのは、まさにそこでした。

 柏木さんは司君と出会って強くなったのに対し、私は特攻癖を失くして戦う理由に彼との日常を守ると決めただけで、精神面での成長はしていても実力面での成長は何一つとして起きていないという事実に気付いたからです。


 ――どうして?

 ――彼に抱く感情も受けた影響も同じはずなのに、どうして私と彼女にここまで成長の差が生まれたの? 

 衝撃の後にやってきたのは、強い劣等感でした。

 無意識に格下だと思い込んでいた相手に膝を着かされたことで、私の心にはヘドロのようにドス黒い感情が渦巻き始めて――。


「――ん……る……」

「?」

「ベルブブゼラルに負けて打ちひしがれている私を見下しているんでしょ!!?」

「っな!?」


 心の衝動のままに放った言葉と同時に爆光弾の術式を無詠唱で放って、私と柏木さんの間に閃光が奔った。


 互いの視界が白色に染め上げられた空間で、私は柏木さんのいた方向へ飛び掛かった。

 両手に人の感触がある事を瞬時に理解した私は勢いのまま彼女を押し倒そうとして……。


「――見下してなんか、ない!!」

「!?」


 柏木さんが自ら後ろに倒れ込むことで私の押し出す力が逃がされ、さらに突き出した両腕を掴まれた。

 そのまま背中で受け身を取った彼女に引っ張られて身体を持ち上げられ、その勢いを利用して右足で私の腹を蹴って投げ飛ばされた。


 巴投げという柔道の投げ技を完璧に決められた私は、天地が反転した視界で柏木さんの両手が光るのが見えた。


「が……っ!?」


 無詠唱で放たれた光弾が右肩と左脇腹に当たり、さらに体勢を崩された。

 それでも頭から床に落ちることだけは回避して、何とか立ち上がると既に柏木さんが左手に光刃を展開して接近していた。


 対する私も右手に光刃を無詠唱で展開して振り上げる。

 互いの光刃が交差するように鍔迫り合いに持ち込まれた。


「私は、私にしか出来ないことを求めて魔導士になったのに、数回目の戦闘で()()ちゃんの実力を目の当たりにして、魔導(こっち)でも私は誰かの背を追うだけなんだって思ったんだよ!」

「そんなの、()()()さんの勝手で、私は知らない!!」 

 

 互いに激情に駆られるあまり、互いの名前を口にし出した私達は、それに気付くこともなく尚互いの心内を打ち明けていく。


「それでも強くて眩しくて憧れた! 司くんを通じて関わるようになってから、自分と何も変わらない女の子なんだって知って、仲良くなれたらなんて思ってたのに!」

「だからなに!? 私は司君との日常以外何もいらない!」

「だったら、ゆずちゃんはどうしてベルブブゼラルに一度負けただけで、何もかもかなぐり捨てようとするの!? 死んじゃったらその日常も過ごせないんだよ!?」

「うるさい! このまま司君が死んでいなくなるより、相打ちでベルブブゼラルを倒して司君が助かるなら私一人の命なんてどうでもいい!」


 私達は口を動かしつつも、光の刃による剣戟が繰り広げられた。

 菜々美さんが左から右へ薙ぎ払い、私は右上から振り下ろした。

 私が反転して左下から振り上げれば、菜々美さんは剣筋に割り込むように振り下ろして防いだ。


「どうでもよくない! 自分を助けるためにゆずちゃんが死んだなんて知ったら、司くんが悲しむなんてそんな当たり前のことも解らないの!?」

「っ、わ、私がいなくなれば、菜々美さんが司君と結ばれるじゃない! だったらそれで……」

「不戦勝なんて嫌! ゆずちゃんを犠牲にして司くんと恋人になれても、そんなの嬉しくともなんともない!!」


 意味が分からない。

 好きな人と恋人になれるのに、どうして嬉しくないなんて言うの?


 目の前にいる人の考えていることが分からず、私はむしゃくしゃした気持ちが溢れて止まないのを感じた。


「じゃあどうしろって言うの!?」

「っあ……!」


 鍔迫り合いの状態から一気に前方に上半身全体を前に押し出して、菜々美さんをよろめかせたところにお腹に蹴りを入れる。


 それによって菜々美さんが蹲って下がった頭に延髄蹴りを食らわせた。

 

「ぐぶっ……!」


 菜々美さんの体が左方向に吹き飛んだ。

 

 もう立てないだろうと踏んだ。

 

 でも床に数回転がった菜々美さんは、体をガクガクと震わせながらも四つん這いになってまだ立ち上がろうとしていた。


 どうして、まだ折れないの……。 


「はぁ……はぁ……」

「ぐ、あぐぅ……」


 受けたダメージが大きかったのか、苦悶の声を上げても尚、菜々美さんは諦めを感じさせない目で私を見ていた。 


「私は、〝天光の大魔導士〟だから司君を助けられるんだって自惚れていた! でも実際は相手の挑発に乗せられて無様に負けた……こんなんじゃ、司君を守れない……!」

「……ベルブブゼラルは、司君の意識を奪っているから、二人にしか知らない思い出を覗き見たんだよ……だから、ゆずちゃんが怒るのも仕方ないよ――」

「そんなこと、目の前で思い出を侮辱された私が一番解ってる!!」


 ベルブブゼラルはあの時、私を確実に傷付ける言葉を司君の記憶の中から探り出した。

 ただでさえ限界に近かった私の心は簡単に決壊した。


「司君がいない日常なんて、生きる意味がない……」


 そう告げた途端、足の力が抜けてその場に座り込んだ。


 私は今までお母さんの遺言通りに生きて来た。

 生きて生きて生きて……たったそれだけだった。


 そんな生きるだけになっていた日常を司君が変えてくれた。

 見る物全てが鮮明で色鮮やかに映る程の変化をくれた。

 何物にも代えがたい想いをくれた。


 それを奪ったベルブブゼラルを倒すには、もう刺し違えるしかないと思い至った。

 彼のいない日常なんて生きていけない。

 ならせめて、自分の命と引き換えにしても司君を助けようとしているのに、鈴花ちゃんも翡翠ちゃんも菜々美さんも、皆止めてくる……。


 ようやく立ち上がった菜々美さんが口をゆっくりと開いた。


「そんなに、辛いなら……たった、一言、でも、言ってよ……」

「……言っても、どうにもならないよ……」

「言ってくれなかったら、それこそどうにもならないんじゃない!!」

「っ!」

  

 菜々美さんが大声でそう叫んだ。

 

「そんな風に思い悩むまで一人で抱え込まれたら、ゆずちゃんの気持ちが分からなくて当然でしょ!? 辛いなら辛いって、泣きたいなら泣きたいって言ってくれなきゃ分からないよ!」 

「~~っ、い、言ったらベルブブゼラルが倒せるの!? 司君が起きてくれるの!? そんなわけない!!」


 そんな奇跡が起きるならとっくに打ち明けていた。

 でも、現実はどこまでも非情で、奇跡なんてどこにもない。


「さっきから馬鹿の一つ覚えみたいに司君司君って何!? いくら好きな人だからって司くんにゆずちゃんの人生を背負わせるみたいなそれ、正直気持ち悪い!!」

「仕方ないじゃない! 好きなんだから!!」

「好きなら! ゆずちゃんがいなくなった後の司君の気持ちを考えた!? 一番司君の気持ちが解ってないのはゆずちゃんだって解ってる!?」

「――ぁ」


 菜々美さんの言葉に私は冷水を浴びせられたように呆気に取られた。


「――つか、さ君の……気持ち……?」 


『『日常指導係――もう、やめようかな』』


 ベルブブゼラルが呟いた言葉は、司君が過去に考えたことのあるものの中から私を傷付けるためのものばかりで、一番傷が大きかったのがこの言葉だった。


 何時なのかは判らない。

 でも、少なくとも司君が日常指導係を辞めることを考えたことがあるのは確かだった。


 あの時、私が激昂したのはまさにそこだった。

 もし司君が目を覚ましても、私の日常からいなくなるようなことがあれば耐えられないと確信したから。

 だからこそ、あの場でベルブブゼラルを何が何でも倒そうとして負けた。


 そして悪夢の中で司君に突き放された。


『もう唖喰のせいで俺の日常が壊されるのはうんざりなんだよ。なんで俺ばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ。どうしてもっと早く助けてくれなかったんだ? なあ、ゆず?』

『ゆずは俺がもっと危険な目に遭っても……最悪死んでもいいって言うのか?』

『俺を守ることも出来ないのに日常指導係は辞めないでくれなんて、最低だな』 


 あの言葉が全部夢だけである保証がどこにもない。

 そう考えると、さっきまでの激情が嘘のように冷え切って、体が震えるのが分かった。


「……ゆずちゃん?」

「司君が……こんなに弱い私を見たら、幻滅するに決まってる……」  


 震えながらも告げた言葉は、か細く弱々しいものだった。


「どうしてそう思うの?」

「……ベルブブゼラルから、司君が日常指導係を辞めるって聞かされたから……」

「……」


 菜々美さんは私の言葉を聞いて、逡巡したあとに口を開いた。


「確かに、()()ゆずちゃんだったら幻滅しちゃうね」

「――っ!!」


 菜々美さんの責めるような言い方に、私は心臓が握り締められるような息苦しさを感じました。


 やっぱりそうなんだ……私はもう、司君に必要とされていないんだ……。


 目の前が徐々に暗くなっていって――。



「彼が魔法少女を好きになった理由は知ってる?」



 次に耳に入って来た言葉に、私は虚を突かれたように呆けた。


「それは……司君本人から聞きました」

「なら、ちょっと考えれば解るよ。司くんが魔法少女が好きなのは、どうしてだったっけ?」


 司君が魔法少女が好きな理由……私がその事を知ったのは、司君と季奈ちゃんが河川敷で三体のカオスイーターに襲われた後のことだった。


 司君と同じ日常を過ごすと決め、最初に知りたいと思って入院中の彼に尋ねた。


 そうして返って来た答えが……。



「誰かの希望になる姿に憧れたから……」

「そう。司くんはそんな魔法少女と私達魔導士・魔導少女を重ねたんだよ」


 そこまで言って菜々美さんは一度言葉を区切って続ける。


「今のゆずちゃんからは希望とは程遠い無謀さしか感じられない……そのままだったら流石の司くんでも幻滅しちゃうよ」

「……」

「それにね、ゆずちゃんは一つだけ勘違いしてるよ」

「勘違い……?」


 一体何を勘違いしているのか、菜々美さんに問い返した。

 わたしの問いを予想していたのか、菜々美さんは慈しみを帯びた表情で答えた。


「司くんは、ゆずちゃんのことを〝天光の大魔導士〟として見たことは一度も無くて、日常に疎い女の子として見てたんだよ?」

「――え?」


 菜々美さんに指摘されて思い返してみた。

 病院で話した時も、修学旅行の時も、確かに司君の口から〝天光の大魔導士〟だからという理由で何かを期待された覚えがなかった。


「後、司くんがゆずちゃんの日常指導係を辞めるって考えたのは、ゆずちゃんと友達になる前のことだから、安心して?」

「!! ……ほん、とう……?」


 そういえば菜々美さんは司君が私の戦いを見に来た時にあの場にいたことを思い出した。


『並木さんの日常指導を続けるかどうか決断するに必要だったからだ』


 あの時、司君がそう言っていたことを思い出して、菜々美さんの言葉が真実だと確信した。


 今まで司君がいなくなるかもしれない不安と恐怖に押し潰されそうになっていたせいで、司君の口からとっくに答えが齎されていたことに気付かなかった


 でも……それでも……どうしても拭えない疑心が胸の中から消えないでいた。


「……悪夢の時みたいに、司君に告白をしても、私の血生臭い日常に自分を巻き込むなって、拒絶されない……?」


 震える声を引き絞って胸中に根付く不安を菜々美さんに打ち明けると、彼女はゆっくりとした足取りで座り込んでいる私の元へ近付き……。


「司くんはそんな酷いことは言わないし、フラれたからって一緒に居られなくなるわけじゃないよ」


 そう優しげな声音で答えながら、私の頭を撫でた。


「鈴花ちゃんだって司くんが初恋の相手なのにあんなに仲が良いでしょ? 司くんが自分を好きになってくれた女の子に冷たい人じゃないことくらい、ゆずちゃんも知ってるよね?」

「……うん」

「もちろん、好きな人に嫌われるのはとても怖いよね。でも告白する前からフラれることを考えてたら一生キリがないよ」

「……じゃあ、どうしたらいいの?」


 暗闇の中を手を伸ばしながら歩き回るような不安で一杯で答えが分からず、菜々美さんに問いかける。

 彼女は撫でていた手を下ろして、私と目を合わせて来た。 



「――ゆずちゃんは、〝今〟どうしたい?」


 

 菜々美さんが私の気持ちを尋ねた。


 ――私が……今……したいこと……。

 ――そんなの……決まっている。


「………司君と声を出して話したい」

「うん」

「……司君の声が聴きたい、頑張ったなっていってほしい」

「……うん」


 菜々美さんは相槌を打つだけだった。

 でも、今はそれが心地いい。


「……司君の手で触れてほしい、私の手、私の頬、私の髪、司君の暖かい手で、触れてもらいたい」

「……うん」


 心の奥から何か仄かに暖かい想いが少しずつ、少しずつゆっくりと……今まで暗い海の底に沈んでいた気持ちが溢れ出て来て、涙が流れて来た。


「司君と学校に行きたい、またデートに行きたい……」

「うん、それから?」


 それから?


 それから……。


 私は……。


「――私は、司君に……好きだって伝えたい! フラれたって一緒に居たい! 他愛の無いことで笑い合いたい! 私の日常は司君が一緒じゃないと止まったままだから!」

「……そうだね」

「ぅ、あぁ……あああああああああああああんっ!! うああああああああああっ!!」


 溢れ出る涙は止まらないまま、私は菜々美さんの胸元に顔をうずめて子供みたいに泣きじゃくり出した。


 意地も義務も何もかもどうでもよくなって、今まで溜め込んで来た気持ちを吐きだす。

 

「唖喰のせいでお父さんとお母さんが死んでからずっとずっと辛いのも苦しいのも一杯一杯、我慢して来たの! 唖喰が怖くて仕方ない! 怪我も痛くて嫌! お母さんが〝生きて〟って言っていたから頑張って生きて来ても、痛いのも辛いのもどれも無くならなくて嫌だった!! でもそんな日常を司君が変えてくれてたのに、また唖喰のせいで壊されそうになって、私が何か悪いことをしたわけじゃないのに、こんなに嫌なことばかり起こるなんて、死にたくなるくらい嫌! もう、うんざりなの!!」


 そう、今までの気持ち――並木ゆずが魔導少女として戦って来た五年間の不満とストレスと嫌悪感を全て曝した。


 すると不思議な感覚がした。

 それは、ずっとずっと私の心に巣くっていたドロドロとした不安と焦りや恐怖が涙と一緒に外へ流れていって、心と体が軽くなっていくような感覚だった。

  

 それでも涙はちっとも止まらないままだった。

 当然だと思う……だって五年分の涙なんだから。


「もうお父さんとお母さんみたいに司君まで居なくなるのはやだああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 私がわんわんと泣き喚く間、菜々美さんは背中を優しい手つきで擦ってくれた。

 一頻り泣いて落ち着いて来た頃に、菜々美さんが閉ざしていた口を開いた。


「うん……ならそのためにも、ベルブブゼラルを倒さないとね」

「――っ!」 


 菜々美さんの提案に、私は出来ないと首を横に振った。


「そうだね、()()()()()()()だと出来ないね」

「ぁ……」


 どこか皮肉が込められたような菜々美さんの言い方に、私は初咲さんや鈴花ちゃんが……菜々美さんが私に何を伝えたかったのかを、ようやく理解した。


「……菜々美さん」

「なぁに?」


 ――迷惑かな……絶対に困らせちゃうよね……。


 そんな不安がまた頭の中で浮かんで来て――。


『……今回は何とかなったけど、今度こういうことがあったら迷わずに相談してほしい』

『で、でも私は——』

『ゆずが〝天光の大魔導士〟で俺より強いのは知ってるけど、それでも俺や鈴花を頼ってほしい。それでゆずの負担を減らせるなら俺達は喜んで手を貸すよ』


 修学旅行の時、ストーカーのことを黙っていたことで司君に心配を掛けて、そう言われたことを思い出した。


 思わず頬が緩みそうになる。

 私は、自分がどう言うべきなのか、司君から教えられていたと気付いたからだ。


 ――ありがとう、司君。


 今も眠る愛おしくて堪らない彼に感謝をしながら、菜々美さんにある言葉を伝える。 



「た……たす、……()()()……ベルブブゼラルを倒すのに、菜々美さんの……皆の力を貸して……お願い、します……!」



 嗚咽を混ぜながら私がそう言うと、菜々美さんはニパっと笑って――


「――〝助けて〟って、やっと言ってくれたね」

「……え?」


 待ちわびたというような微笑みに、私は呆然とした。


「今までゆずちゃんの口から〝助ける〟って聞いたことはあっても、〝助けて〟聞いたことなかったもん。高い壁にぶつかって進めてないのに、何でも自分でやって見せますって意地を張るんだから」

「え、あ、あの、それで、こ、答えは……?」


 満足のいった表情をする菜々美さんに返答を尋ねた。

 そして、菜々美さんの返事は……。 


「ゆずちゃんに手を貸すのは当たり前でしょ? 恋する乙女は最強なんだってこと、あの化け物に見せつけちゃおうよ!」

「うん……うん!」

 

 一切の忌避もなく、受け入れてくれた菜々美さんの表情は、今まで見てきた彼女の表情の中でもとても頼りがいのあるものだった。


 ああ、本当だ。

 本当に簡単なことだった。


 たった一言〝助けて〟って言うだけで、こんなのも心が軽くなった。


 私は一人で戦わなくてもいいんだって、伝わったから。

 求めれば、手を差し伸べてくれる人がちゃんと近くにいたんだって知った。


 もう、不安も何もない。


 私は()()()()()ベルブブゼラルを倒す。


 だからもう少しだけ待っててね。


 司君。


今はどうだろうか?


独りが当たり前だった私に、友達になりたいと手を差し伸べてくれる人が現れた。


友達だからと、自分の中の恐怖を押し殺して共に戦ってくれる人もいる。


同じ人を好きになった人が見捨てずにいてくれた。


そんな人達と日常を過ごす今の私は、どうだろうか?


手を伸ばせば、ちゃんと掴んでくれるのかな?


声を出せば、ちゃんと聞き返してくれるのかな?


私は、独りじゃないって胸を張って言っていいのかな?


その答えは、近くにあったんだ。


~~~~~~



ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回も明日更新です。


面白いと思って頂けたら、いつでも感想&評価をどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ