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121話 胡蝶之悪夢

全体的に胸糞注意。


 気が付くと真っ白な空間の真ん中に立っていました。


 周囲をゆっくり見渡しても、白い水平線が広がるだけで何も見当たりませんでした。


 何だか頭が……いえ、体全体がフワフワと浮かぶような感覚で、今自分がどうなっているのか上手く判断出来ません。


 そもそも私は医務室のベッドで寝ていたはずです。


 初咲さんから魔導器の修復が終わるまでは戦闘参加を認めないも厳命されたため、訓練以外にすることがなく、休んでいたのですが、どうしてこんな訳の分からない場所に来たのかさっぱり分かりません。


 フワフワとした感覚に戸惑いながらも空間を進んでいくと、一つの扉がありました。


「あれは……」


 その扉には見覚えがありました。


 司君が入院している病室の扉です。


 銀色の取っ手を握り扉を開くと、中から突風が吹いてきて思わず手で視界を防ぎます。


 突風は三秒と短い時間で止み、恐る恐る目を開いて扉の先を覗き込むと部屋の中央にベッドがあり、そこには黒髪の男性が――司君がすやすやと眠っていました。


「どうして司君がここに?」


 ここは病院ではないはず……ですがベッドで寝息をたてているのは間違いなく司君です。


 何かしらの罠である可能性を考慮しつつ、私は一歩ずつ司君の横たわるベッドへ近付いて行きます。


「……」

「司君……」


 司君の名前を呼んでみても変わらず返事の無いままでした。

 この妙な空間でさえも司君が目覚めない事実に、胸にトゲが刺さったように痛みが走ります。


 早くベルブブゼラルを倒さないと……そう気持ちが逸りますが、先の鈴花ちゃんとの喧嘩を思い出して、心に重りが付けられたように感じました。


「……絶交」


 友達が友達で無くなる宣言だと教わりました。

 あれだけの暴言を吐いたのですから、それも仕方ないと自虐します。

 

『――鈴花ちゃんも私と友達になってくれませんか?』

『……すぐ嫌になっちゃうよ?』

『なりませんよ、だって、私が友達になりたいんですから』


 鈴花ちゃんと友達になった時、そう告げたはずなのに彼女と友達で無くなってしまいました。


 そもそも友達思いの鈴花ちゃんが周りに心配を掛けまいと、自分の気持ちを抑えることは、少し考えればすぐに解ることなのに、私は自分の気持ちばかりでそこまで気が回らず、翡翠ちゃんにまで暴言を吐いてしまいました。


 あんなことを言ってしまっては、もう謝って許されることはありません。


 司君が目覚めない苦しみと鈴花ちゃんと翡翠ちゃんへの罪悪感で胸の奥に溜まったヘドロのような不安を拭う術が解らず、私は自分の胸に手を当てて抑えることが精一杯でした。


「はぁ……」


 胸の苦しみを少しでも紛らわそうと息を吐きます。


 そして私は眠っている司君の手を握りました。


「……え?」


 以前握った時と違い、司君の手に暖かさがあるのに気付きました。


 その温度に動揺冷め止まない内に、さらに驚くべきことが起きました。



「――ゆず?」


 ドクン、と心臓が跳ねました。


 ――嘘……本当に?

 

 待ち望んでいた声に自分の名前を呼ばれて、私は瞳に熱が籠るのが分かりました。


「つか、さ……君?」

「おう、どうしたんだ、ゆず?」


 私の呼び掛けに返事があったことで、さらに心が跳ねました。


 起きた!

 司君が目を覚ましてくれた!


 そう実感しただけで、先程まで胸中に渦巻いていた不安も何もかもが綺麗に払拭されました。


 やっぱり司君は凄いです。

 たったこれだけで私の心を満たしてくれますから。


「司君、何があったか解りますか?」

「ええっと、確か唖喰に……()()()()()()()に襲われたんだっけ?」

「はい……司君はベルブブゼラルに意識を奪われて昏睡状態になっていました……」

「……そうか」


 司君の質問に答えると、司君は思い詰めたような表情を浮かべました。


 きっと司君のことですから、自分のせいで私達に迷惑を掛けたと思っているのかもしれません。


 そんなことは無いと司君を励まそうと口を開いて――。



「じゃあ……俺はもう日常指導係を辞めるよ」



「――ぇ」


 突如として告げられた言葉を上手く飲み込めず、私は呆気に取られました。


 今、司君は日常指導係を辞めると……確かにそう告げたと頭の中を反芻して、ようやく理解すると心臓が止まったと錯覚する程のショックが胸を締めつけました。


「……どう、し、て……?」

「どうしても何も、もう唖喰のせいで俺の日常が壊されるのはうんざりなんだよ。なんで俺ばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ。どうしてもっと早く助けてくれなかったんだ? なあ、ゆず?」

「っ、あ、う……」


 司君が責め立てるような眼差しで発する一言一言が、私の心に包丁を突き立てるように深々と傷付けていきます。


 目の前の司君に今まで抱いたことのない恐怖を感じて、私は一歩だけ後退りします。


「なに怯えてるんだよ? 〝天光の大魔導士〟なんだろ?」

「あ、あの……」

「あと、辞める時に俺の魔導と唖喰に関する記憶も消して欲しい」

「え……そ、それ、は……」


 さっきから司君の様子が変です……。

 今まで唖喰に襲われたことで溜まって来たストレスが爆発してしまったのでしょうか?


 そうでなければあの優しい司君がこんなことを言うはずありません。


「意外か? あんなに嫌な目に遭ったんだから忘れたいって思うのは当然だろ?」

「それは、当然……ですが、私は司君に、日常指導係を辞めてほしくありません!」


 漏れ出そうになる嗚咽を抑えながら、私の気持ちを司君に訴え掛けました。


「はぁ? 辞めてほしくない? ゆずは俺がもっと危険な目に遭っても……最悪死んでもいいって言うのか?」


 (いぶか)しげな視線を向けてくる司君が放つ言葉の刃は、既に傷だらけの私の心をさらに切りつけていきます。


「ち、違います! そんなつもりはありませんし、今後は司君の身の安全は私が守ります! だから、日常指導係を辞めるだなんて、言わないでください……」


 自分でも驚く程弱々しい口調を聞いた司君は……その表情に一層不満を募らせていました。


「ベルブブゼラルから俺を守れなかったくせによく言えるよな」

「――っ!!」


 息を呑むことすら出来ませんでした。

 ショックが強かったのか、上手く呼吸が出来ず、息苦しさで目の前がぼやけてきました。

 

「そ、れは、私は司君の傍に居なくて……翡翠ちゃんも……」

「おいおい、翡翠のせいだって言いたいのか? 〝天光の大魔導士〟様が責任転嫁なんて酷い話だよな……」


 その言葉に、私が近くにいなかった事など言い訳にもならないと悟りました。

 つまり、私が司君を守れなかったという事実に何の変わりもないということです。


「俺を守ることも出来ないのに日常指導係は辞めないでくれなんて、最低だな」 

「ぅ、く……」


 司君は見下すような冷ややかな目で、私を睨みつけて来ます。

 これまでの日々を否定して突き放すような言葉に、私の視界はじんわりと滲んでいきました。


「わ、私は、ただ、司君と一緒に日常を過ごしたいだけで……」

「なんでそんなに俺に拘るんだよ。鈴花とか季奈がいるだろ?」

「皆がいても司君がいなければダメなんです! だって……私は、つ、司君のことが……好きなんです! 司君がいないと、私は私の日常を過ごせないんです!」


 縋る気持ちで司君への想いを告白した私は、彼が日常指導係を辞めないと考え直して欲しい気持ちで一杯でした。


 だからこそ――。



「好きだから自分の血生臭い日常に俺を巻き込むっていうのか? 俺がいなくなるだけで過ごせない日常なんて、所詮その程度ってことじゃないか。良かったな、早めに気付けて」



 一縷の動揺も無く、告白を一蹴されて、唯々茫然自失とするしかありませんでした。


 司君に告白を断られた。

 それだけでなく私の今までの全てを否定するような……私にとっては世界に終焉が訪れたかのような暴言に、呼吸も鼓動も忘れて固まるばかりでした。


 司君と過ごした日常が……司君と交わした会話が……司君と築いて来た思い出が……全てが色を失くして手の平から零れ落ちていくのが分かりました。


 気が付けばベッド上で起き上がっていた司君の姿が見当たらず、周囲を見渡そうと立ち上がった瞬間、背中から声が聞こえました。


 力が入らない首を動かして、声のした方へ視線を向けると……。



「ギュッギャギャギャギャ……」



 いつの間にか私の背後を取っていたベルブブゼラルが侮辱するように嘲笑っていました。


 それを見た私は……その場から逃げるために走ります。


「ぃゃ……ぃや……嫌……もう全部嫌だぁ!!」


 司君がベルブブゼラルに眠らされ、二度もベルブブゼラルに逃げられて、敗北して、鈴花ちゃんと喧嘩して、司君に振られて、私の心にはもう戦う意思を持ち合わせていませんでした。


「ギュッギャッギャッギャッギャッギャッ!!」


 絶望に心を囚われ、ひたすら無様に泣き叫びながら逃げることしか出来ない私を、弱った獲物を追い立てる狼のように嗤い声を上げながら追いかけて来ます。


「はぁ……はぁ……」


 しかし、どれだけ走っても私とベルブブゼラルの距離は離れるどころか徐々に詰められていきます。


 ――嫌だ……嫌だ……っ! 


 頭の中ではベルブブゼラルをどうやって倒すかなど思考している余裕は無く、ひたすら逃げることしか意識していませんでした。


「はぁ……はぁ……っ!!」


 息も絶え絶えになって、もう足元の感覚も覚束無くなった瞬間、光に包まれる二人の男女が見えました。


「――ず」

「――ゆず」

「――え」


 私の名前を呼ぶその声を聞いた私は、目を見開きました。

 最後に聞いたのは、もう十年も昔のはずなのに、誰の声なのか理解したのです。


「……お父さん……お母さん……?」

「「――ゆず」」


 間違いありません。


 私の両親です。


 どうしてここにいるのか、どうして私の名前を呼ぶのかは解りませんが、あの光る男女が両親であることを理解しました。


「どうして……」

「「――」」


 動揺する私に光が手を差し伸べて来ました。

 それを見た私は、あの手を掴めばこの辛い思いも報われると確信しました。


「っ、お父さん、お母さん!!」


 藁にも縋る思いで二人の光に手を伸ばし――。



 ――パシンッ!



「――ぁ、え?」


 光は突如としてその輝きを失い、両親は私の伸ばした手を平手打ちで払い除けました。


 何故手を差し伸べられたのに拒絶されたのか理解出来ず、呆けている内に光から一転、影のように黒く染まった両親から向けられた視線に、私は眼が離せませんでした。


 両親は私を忌み嫌うような侮蔑の視線を私に向けていました。


 ――どうしてそんな眼で見るの?

 ――どうして娘の手を払ったの?


 尽きない疑問が泡のように浮かんでは消えてを繰り返し、それらの疑問を口に出そうにも全身に上手く力が入らず、ただ虚しくパクパクと開閉するだけです。


「お前が――」

「あの時車に降りなければ――」

「僕は――」

「私は――」


「「――死ななかったんだ」」

「――っ、あぁ……」


 心臓に釘を打ち付けられたような痛みが走りました。

 もう立つことも叶わず、腰の抜けた私はその場に崩れ落ちるしかありません。


 大好きな司君に見捨てられ、生きてと願いを聞かされた両親に拒絶され――あまつさえ自分を死なせたのは私だと責められた。


 体が重りを括り付けられたかのように動けなくなった私の背中から腹部にかけて衝撃が伝わりました。


 口端から熱い物が垂れて、腹部に目をやると鋭利な刃物が私の体を貫いていて……その刃物の先には血がベットリと付着していて、自分の口から垂れているのも血だと分かりました。


「が……ふ……」


 その爪を勢いよく引き抜かれ、私はうつ伏せに倒れました。


 ――あぁ、そういえば私はベルブブゼラルから逃げている最中だった。


 そんなどこか他人事のような事実を把握しますが、起き上ろうとする意思は皆無でした。


「ギュッギャギャギャギャギャ!」


 ベルブブゼラルは無邪気な子供が爪楊枝(つまようじ)で虫を弄ぶように、次々と倒れる私の背中に爪を突き立てていきます。


何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――。


 め

  の

   ま

    え

     が

      ま

       っ

        く

         ら

          に

           な

            っ

             て

              も






「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!?」


 飛び上がるように起き上がった私は、バランスを崩してベッドから転がり落ちますが、その事に気付かずにその場にのたうち回るばかりです。


「いやぁっ! やめて……やめてよぉ……っ!!」


 手足がベッドの柱にぶつけようが構わず暴れ回るだけ暴れ回っても落ち着くことはありません。


「ぁ、あぁ……げほっ、がふっ、ぐっ、う゛ぶえ゛え゛……」


 頭の中も胸の奥も身体中がぐちゃぐちゃに掻き乱されたような感覚に耐えきれず、私は嘔吐してしまいます。


 ツンと鼻につく刺激臭と口の中の異物感に幾ばくかの理性を取り戻した私は、ベッドに備え付けられているテーブルに置かれてる水入りのペットボトルを空になるまで飲み干し、先程まで見て触れた一連の出来事が夢であると認識しました。


「はぁ……はぁ……」


 夢は夢でも過去に類を見ない悪夢で、早く忘れたくて堪らないのに、司君に突き放されたこと、両親に拒絶されたこと、ベルブブゼラルに体を弄ばれたこと、全てが記憶にこびりつく程鮮明に焼き付けられ、夢で良かったなど微塵も思えず、不快感が消えることはありませんでした。


 頭がぐわんぐわんと揺れる感覚に抗いつつ、呼吸を整えた私は現在の時刻を確認します。


「丸一日眠ってたんだ……」


 時計はデジタルタイプのもので、時刻と日付けが表示されているのですが、時計には八月四日の午後五時を過ぎとなっていました。


 改めて自分の体を見渡してみれば、全身が汗でベトベトになっていて、髪もボサボサでした。


 シャワーを浴びればいいのですが、先の悪夢のせいでどうにも動くことが億劫です。

 その前にまずは吐いた物を処理する必要もありますが、やはり気力が湧きません。


 こんなことではいけない……魔導器の修復が終わってもベルブブゼラルと戦う時に支障をきたしてしまう……。


 そう思った途端、腹部に痛みが走りました。

 驚いて思わず右手で抑えますが痛みは直ぐに引き、私は戸惑いながらも右の手の平を見ると……。


「ひ、ぃ……っ!?」


 右手に血がべっとりと付着していて、咄嗟に目を逸らしますが、もう一度見てみると右手に血は無く、いつもの私の手のままでした。


 夢の中でもベルブブゼラルに負傷させられたせいで、幻覚を見たと理解しました。

 だからでしょうか……私はベルブブゼラルに敗北して、殺されかけたことがトラウマになっていると明確に悟りました。


「――っは、はは……」


 自分の口から出たとは思えない程の乾いた笑いが漏れ出ました。

 司君を助けようとしていたはずなのにトラウマを抱え込むなど、あまりに無様な体たらくに失笑するしかありません。


「……何が最高序列第一位〝天光の大魔導士〟だ……そんな肩書き、司君を助けることに何の役にも立ってない……」


 今までに感じたことのない無力感に押し潰され、その場で膝を抱えて(うずくま)ることしか出来ない姿は、ちっぽけな子供そのものです。


 初咲さんや鈴花ちゃんの言う通り、私は思い上がっていました。

 最強の魔導少女である自分なら司君を必ず助けられると自負していた……そんな根拠のない自信を他でもない元凶であるベルブブゼラルの手によって粉々に打ち砕かれた。


 知らず知らずのうちに心根に根付いていた自負が崩されたことで、私は呆気なく折れた。


 ああ、本当になんてちっぽけでか弱い存在だろうか……。

 魔導器が無ければ私はただの十五歳の女の子と何も変わらないというのに、自分だけは違うと、特別なんだと優越感に浸って背伸びをしていただけの小さな女の子だ。


 ――コンコン。


 自責と自虐をくり返していると、医務室の扉にノックが響きました。

 

「失礼します」


 ノックをした人物は返事を待つことなく、医務室に入ってきます。

 そういえばあれだけ暴れたというのに、医務室に芦川先生が居ないことに今更気づきました。

 

「あ、並木ちゃん。起きて――って大丈夫!?」


 医務室に訪れたのは栗色の髪を横に纏めて流している女性――柏木さんでした。

 彼女は私が嘔吐した跡やひざを抱えて蹲る姿を見て、なにかしらの出来事があったと推測したようで、驚愕しながら手を差し伸べてくれました。


「す、すみませ――っ!」


 その手を掴もうとして……悪夢の中で両親に拒絶された瞬間が頭を過り、手を引っ込めてしまいます。

 善意で手を差し伸べてくれたというのに柏木さんを傷付けてしまったことに罪悪感を覚えました。


「あー、えと、まずは吐いちゃった物を綺麗にしよっか」


 ですが、柏木さんは動揺こそしたものの気にした素振りを見せずに、自ら私の吐瀉物(としゃぶつ)の処理を買って出てくれました。


「すみません……」


 そう言葉にするのが精一杯でした。

 柏木さんは慣れた手つきでテキパキと処理をして、医務室の床は綺麗になりました。

 

「先輩がお酒の飲み過ぎでよく吐いちゃうから、その度に掃除をしてたら身に着いたの」

「そう、でしたか……」


 苦笑を浮かべながらそう語る柏木さんに、会釈でお礼を返します。

 

「……」

「……」


 吐瀉物を掃除している時もそうでしたが、柏木さんとの間に会話が交わされることは無く沈黙が続いてばかりでした。


 元から距離を測りかねていることも相まって、どう会話をすればいいのか分からないからです。


「あ、そういえば着替えを持って来たんだ。あ、部屋は誕生日会の時と同じで初咲支部長からマスターキーを借りたの」

「ご迷惑をお掛けしてすみません……」

「え、あ、その全然、迷惑とかじゃないよ」


 柏木さんも沈黙に慣れていないのか、当たり障りのない会話で場の空気を変えようとしますが、やはり会話が長続きしません。


 やがて煮え切らない状況に耐えかねたのか、柏木さんは私の手を取って無理やり立ち上がらせました。


「か、柏木さん?」

「ねえ並木ちゃん……」

「、はい……」


 柏木さんの真剣な表情に、私は息を飲みながら答えました。


「並木ちゃんに模擬戦の相手をお願いしたいんだけど、いいかな?」

「――え?」


 一転してにっこりと微笑む柏木さんに、私は戸惑いを隠せませんでした。


菜々美の真意は一体……?


ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回も明日更新です。


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