117話 蠅の悪魔は静かに嗤う
私と鈴花ちゃんと季奈ちゃんの三人はアルベールさん達と分かれて商店街の南方面に到着しました。
南方面ではゲームや本、嗜好品等をメインに取り扱っていて、司君とよく通っていました。
周辺の建物に損壊は見当たらず、私達はただ一点のみを見ていました。
「ギュギュッギャアアアアッッ!!」
悪夢クラス唖喰――ベルブブゼラル。
前回の戦闘で与えた傷は全快したようで、斬り落としたはずの翅も元通りになっていました。
あの戦闘だって全力で臨んだのですが、たった四日で全快されてしまっていることに抑え難い怒りが沸いてきます。
それはあの時も戦っていた鈴花ちゃんと季奈ちゃんも同じようで、じっとベルブブゼラルを見据えていました。
「アイツが逃げ出すくらいのダメージを与えていたのに何ともなかったみたいにケロッとされていると無性に腹立つ……」
「ほんまやで……せやけど今度は塵に変えて消したるで。ゆず、作戦通りに頼むで!!」
「はい、お願いします」
作戦……ベルブブゼラルに対して季奈ちゃんと鈴花ちゃんの二人で戦い、相手が能力を発動させた直後に季奈ちゃんか鈴花ちゃんの二人が出現させられたポータルを破壊し、その隙に私の固有術式でベルブブゼラルを倒すというものです。
〝ポータルの強制開放〟という能力は強力な分、次に発動させるまでにインターバルがあるのだろうというのが季奈ちゃんの推測です。
私の固有術式は総じて魔力量を多く消費するものが多いため、そのタイミングまで魔力を温存するために最低限の援護しか出来ません。
前回の戦いでも如何にベルブブゼラルが強力な唖喰なのかは把握しています。
きっと二人共怪我を負ってしまう可能性は高いです。
それでも……。
それでも私は二人を信じると決めました。
二人なら必ず出来ると。
季奈ちゃんが魔導武装で顕現させた薙刀を両手で構えて穂先をベルブブゼラルに向けました。
「ほな……始めようか?」
その宣言と同時に季奈ちゃんは勢いよく駆け出し、ベルブブゼラルとの距離を詰めていきます。
それをただぼうっと見ている程敵も間抜けではなく、鋭い一本爪が生えている細長い右手を季奈ちゃんに向けて振り下ろしてきます。
対する季奈ちゃんは薙刀を右から水平に薙ぎ払い、爪による一撃を逸らすことで攻撃を躱しました。
軌道をずらされた爪は商店街のレンガ道に深々と突き刺さり、一瞬だけベルブブゼラルの動きが制限されているところに鈴花ちゃんが矢を放ちます。
「固有術式発動、強化効果付与!」
弓の前方に展開された魔法陣を四本の矢が通過し、威力と速度が強化された矢がベルブブゼラルの体に突き刺さっていきました。
「ギュッギィッ!?」
攻撃を受けたことでベルブブゼラルは仕掛けた鈴花ちゃんの方に顔を向け、息を吸い込み出します。
衝撃波かかまいたちを乗せた風を発生させようとしているようですが……。
「余所見しとったらあかんで! 固有術式発動、龍華閃!!」
季奈ちゃんの薙刀による突きが放たれ、ベルブブゼラルは顎から打ち上げられたことで顔が上に向き、衝撃波は上空に発生しました。
「固有術式発動、龍影斬!!」
顔を上に向けたことでさらに隙を晒したベルブブゼラルの胴体に季奈ちゃんは薙刀に魔力を纏わせて流れるように切り刻んでいきます。
よく見ると薙刀で切りつけた傷をなぞる様に、さらに斬撃が重ねられています。
確か〝龍影斬〟は切りつけた箇所に魔力によるマーキングを施し、そこに魔力で発生させた刃をなぞらせることで追撃を加える固有術式です。
ベルブブゼラルの外皮は季奈ちゃんの薙刀でも両断出来ない程の固さはありますが、全く斬れないというわけではないため、今のように追撃を加えれば確かなダメージとなります。
「ギュギャアアアッ!!」
敵もされるがままというわけではありません。
爪の刺さっていない左手側を振るって季奈ちゃんを串刺しにしようとしてきます。
季奈ちゃんはバックステップで後方に下がることで回避し、鈴花ちゃんが矢を放って牽制することで容易に接近出来ないようにしています。
ベルブブゼラルは放たれた矢を、二対の翅を羽ばたかせて宙に飛び上がることで難なく避けます。
上空で浮かんだまま、大きく息を吸い込み始めます。
「衝撃波かかまいたちが来ます! 防御態勢を取ってください!」
その動作から敵が次に取る行動を察した私は声を出して二人に注意を促します。
二人から返事が来る前にベルブブゼラルが攻撃を仕掛けてきました。
――ブアアアアアアアアアアアッッ!!!
前回同様、ラッパのような嘴から空間を揺らすような大音量を鳴らして衝撃波を発生させて来ました。
「っ防御術式発動、障壁展開!」
私自身は障壁を展開することで衝撃波を防げましたが、季奈ちゃんと鈴花ちゃんは……無事のようです。
季奈ちゃんが障壁を展開して自分と鈴花ちゃんを守っていました。
鈴花ちゃんが正面から矢を放っていますが、衝撃波のせいで軌道が逸らされてベルブブゼラルにまで届いていません。
「正面がダメなら!」
そう言って鈴花ちゃんは弓を上に構え出して、術式を発動させました。
「固有術式発動、追尾効果×分裂効果二重付与!」
弓を構えた鈴花ちゃんの前に二重に重なった魔法陣が出現し、八本の矢が通過した瞬間、矢が十倍の八十本に分裂しながら途中で軌道を変えてベルブブゼラルへと降り注ぎ、次々と突き刺さっていきます。
「ギュギェッッ!?」
ダメージを受けて怯んだことで衝撃波を止めることに成功しました。
攻撃が止んだことを一瞬で把握した季奈ちゃんが薙刀を右手に持ったまま、左手に苦無を出現させ、それをベルブブゼラルに向けて素早く投げました。
ベルブブゼラルは苦無を防ごうと咄嗟に細い両腕をクロスさせるようにして組んで防御態勢を取りました。
そして苦無が敵の腕に触れた瞬間……。
ベルブブゼラルの全身に細かい裂傷が刻まれ、突然全身を襲った攻撃に驚いたのかバランスを崩して地面に落下しました。
「百華繚乱を極小規模で発生させる術式付きや。よう効いたみたいやな?」
季奈ちゃんが口を釣り上げて誇らしげに……あれは司君から教わった〝ドヤ顔〟をしながらそう言いました。
あれは季奈ちゃんの固有術式の中で最も強力な〝百華繚乱〟の軽量版といったものでしょう。
斬撃効果のある魔力を込めた苦無を投げ、刺さった位置から斬撃を伴う霧状の魔力が爆風のように広がって対象を切り刻むという仕組みだと思われます。
地面に落ちたベルブブゼラルの両腕は斬撃を間近に受けたためボロボロになっています。
その両腕を斬り落とそうと、ベルブブゼラルに接近した季奈ちゃんは薙刀を上段に構えて振り下ろそうとしましたが……。
「ギュギェッ!!」
「っんな!!?」
「季奈!?」
「季奈ちゃん!!」
ベルブブゼラルは季奈ちゃんの攻撃を回避でも防御でもなく、敢えて前に出て体当たりをして季奈ちゃんを突き飛ばすことで防いだのです。
薙刀を上段に構えていたため、無防備な状態で敵の攻撃を受けた季奈ちゃんは後方へ大きく突き飛ばされ、お店の一つに背中からぶつけて中に入ってしまいました。
――ブオオオンッッ!!
ベルブブゼラルがラッパ型の嘴から短めの音を鳴らした瞬間、私は空間が僅かに揺らいだように見えました。
「鈴花ちゃん、敵が今何か仕掛けました! 警戒を……」
「何かってなに――あがっ!?」
「鈴花ちゃん!」
鈴花ちゃんが言い終える前に敵が何を仕掛けたのか明らかになりました。
鈴花ちゃんの左脇腹が刃物に斬られたように裂け、そこから出血しました。
ベルブブゼラルが仕掛けたのは範囲を絞ったかまいたちで、以前のように大規模で放ったわけではないので、非常に視認しにくいものになっています。
「こ……のっ!!」
鈴花ちゃんは倒れそうになる体を両足で何とか支えながら、弓の弦を引き絞って魔力で生成した五本の矢を放って反撃します。
ベルブブゼラルは翅を動かして上空に飛ぶことで矢を躱し、鈴花に向けて急降下しながら爪を振り下ろしてきました。
鈴花ちゃんはバックステップで回避しようとしましたが、脇腹の痛みで力が入らなかったためかあまり後ろに下がれず、敵との距離を開けることが出来ませんでした。
「っやば……」
「固有術式発動、ショックリフレクト!」
私は固有術式で発生させた光を鈴花ちゃんに纏わせました。
そしてベルブブゼラルの爪が鈴花ちゃんの左胸を貫こうと触れた瞬間……。
「ギュエッ!!?」
逆にベルブブゼラルの左腕が吹き飛ぶ結果になりました。
季奈ちゃんの攻撃でボロボロになっていた腕が衝撃を反転させられたことで致命傷になったみたいです。
「こ、恐!! 今アイツ人の心臓を潰す気だったよ!?」
「鈴花ちゃん、今の内に回復を!」
「あ、ありがとゆず!」
寸でのところで重傷を防いだ鈴花ちゃんは慌てて治癒術式を発動させることで、脇腹の傷を治しました。
ただ、左腕が吹き飛んだのにも関わらず、ベルブブゼラルはまだ残っている右腕を鈴花ちゃんに振り下ろしてきます。
私はもう一度固有術式を発動させようとしましたが、それより早く後方から攻撃が放たれて来ました。
「固有術式発動、飛龍葬!!」
それは一条の流星のようでした。
凄まじい速度でもって飛翔する光がベルブブゼラルの体を吹き飛ばしました。
余程強力だったのか、敵は危機感から後方を下がっていきました。
「すまん、二人とも無事か!?」
「季奈ちゃん……はい、なんとか」
「正直危なかったよ!」
先程の光はベルブブゼラルの体当たりで突き飛ばされてしまった季奈ちゃんが放った固有術式だったみたいです。
季奈ちゃんの方も勢いよく突き飛ばされていましたが、怪我はないようです。
上空に飛びあがってこちらの出方を窺っていたベルブブゼラルが再び息を大きく吸い込み出します。
二度目となれば何をするつもりなのか容易に察知した私達は、固有術式を発動させるための詠唱に入ります。
ここからがベルブブゼラルを倒す作戦の本番です。
――ブオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!
嘴から衝撃波を発生させた時よりも大きな音を鳴らしだしました。
この音……間違いなくアレが来ます。
――ピシッ。
――ピキピキッ。
大音量の中にガラスに罅が入った時のような音が紛れ込む……ベルブブゼラルの能力である〝ポータルの強制開放〟を発動させた証拠です。
両耳を抑えながら術式に魔力を流しつつ、相手を視界に収めたままポータルがどこに出現するのか周囲を警戒しながら術式を発動させるタイミングを見計らいます。
――ペキペキ……バキバキバキッ。
そしてベルブブゼラルの前方の空間に赤い罅が現れました。
あと数秒で空間に穴が空き、次元を抜けようとしている他の唖喰達が雪崩のように溢れ出て来ます。
「前方来ます!」
「こっちも準備オッケーやで!」
「アタシはいつでも行けるよ!」
――パリィィィィィンッ!!!
全員の態勢が整っていることを確認し終えた瞬間、空間に赤い穴が開かれて中から土砂崩れの如く夥しい数のラビイヤーやローパーといった下位クラスの唖喰達が押し寄せて来ました。
「固有術式発動、百華繚乱!!」
季奈ちゃんが上段に構えた薙刀の穂先部分から霧状の魔力が放出され、薙刀をポータルに向けて振り下ろすと、溢れ出る唖喰達を次々と細切れにして塵に変えていきます。
斬撃効果のある霧はベルブブゼラルをも巻き込んで切り刻んでいきます。
「固有術式発動、収束効果×強化効果二重付与!」
敵が怯んだ隙に、矢を十本出現させて構えていた鈴花ちゃんの矢が、二重に重なった魔法陣を通過すると彗星のような光の軌跡を発しながら唖喰を貫いて、ポータルに直撃することでポータルを破壊することに成功しました。
「今!!」
ポータルが壊されたことを確信した私は右手を掲げて術式を発動させます。
「固有術式発動、クリティカルブレイバー」
魔方陣から一筋の光が落ち、私の右手に触れた瞬間、光は極光の輝きを放つ光の大剣と形作りました。
僅かに残っている他の唖喰達を無視して、ベルブブゼラルに止めを刺すために私は敵へ一直線に駆け出します。
接敵まで後十メートルを切り、私が大剣を振りかぶろうとしたその時……。
――ブオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!
「っ衝撃波!? 今さら――」
――ピシシッ……。
「――え?」
聞こえるはずのない音が響き渡りました。
――ピキピキッ……。
あ、ありえない……!
ただでさえ反則的な能力なのに……。
ベルブブゼラルは能力をインターバル無しで行使できるなんて、馬鹿げています!!
「そんなアホな、んな反則ありか!?」
「ゆず、早く!」
あまりの予想外の事態に季奈ちゃんと鈴花ちゃんも動揺しています。
私は鈴花ちゃんの声で足が止まっていたに気付き、すぐに大剣を持ち直しました。
――パリィィィィィィィィィィンッッ!!
「「「!!?」」」
さっきよりポータルの解放が早い!
強制解放の弊害か、掘り返した土が柔らかいように、連続したポータルの解放によって次元の壁が脆くなっている?
立て続けに起きた異変に驚いている間に新たに解放されたポータルから、再び唖喰の群れが雪崩となって溢れ出てきます。
更にポータルの後ろにいたベルブブゼラルがこちらに背を向けて、翅を動かして飛び去ろうとしていました。
――ダメ。
――また、逃げられる。
――これじゃ、司君が……。
私はベルブブゼラルを追いかけようとしますが、ポータルから溢れ出る唖喰が妨害をするように立ち塞がってきました。
まるで主を逃がすための肉壁となるかのようで、腸が煮え繰り返るように怒りが込み上げてきました。
どうして邪魔をする?
お前らがあいつを守る理由なんてない。
だから……。
「邪魔を……するなあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
私はベルブブゼラルや唖喰達をまとめて消し飛ばそうと光の大剣を振りかぶりました。
戦場となっていた商店街南方面周辺を極光が飲み込んでいき、長いようで短い閃光が収まって視界が戻ると、ベルブブゼラルはふらつきながらも上空へ逃げていました。
「あかん、ポータルは壊せとるけどベルブブゼラルとの距離が開いとったせいで威力が足りやんかった!」
季奈ちゃんの言う通り、新たに解放されたポータルは破壊され、他の唖喰も風前の灯火といった状態ですが、ベルブブゼラルを倒せていません。
「待て、逃げるなぁっ!」
「え、ゆず!?」
私は身体強化術式の出力を限界まで上昇させ、逃げるベルブブゼラルを追撃するために跳躍しました。
かなりの速度が出ていたようで、百メートル以上離れていた距離が二十メートル前後まで縮まりました。
「固有術式発動、パネルドーム!!」
逃げるベルブブゼラルを囲うように、幾重もの障壁を展開して閉じ込めました。
「絶対に、逃がさない!!」
上空五十メートルで、私はベルブブゼラルと一対一で挑むことになりました。
今ここで塵にして、司君を取り戻すために。
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