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114話 救助と前哨戦


「見つけた……」


 抜き打ちの避難訓練で流された避難警報によって人気のない商店街西方面にある定食屋の居住スペースである二階にて、少女は探し物をしていた。


 幼稚園に通っていた頃からの宝物である猫のぬいぐるみ。

 小学三年生になってもこの宝物のぬいぐるみがないと夜も安心して眠れない少女は、避難警報に逆らってでもそれを取りに来たのだ。


 訓練だから置いて行っても大丈夫だと言う母親の言葉を聞かず、避難所の場所は分かるからと母と別れて家に戻ってきた。


 そうして少女は大事なぬいぐるみを抱きかかえながら家を出て鍵を閉める。

 

「訓練でもお家を開けたままじゃ泥棒さんが来ちゃうもんね」


 これで家に泥棒が入ることは無いと安心した少女は母親の待つ避難所に向かうため、歩みを進める。


 その時、少女の視界に見慣れない生き物がいた。


「――?」


 白い体に赤い線……丸い体形に兎の耳のようなものがぶら下がっていた。

 その生き物は何かを一心不乱に貪っているようで、少女には気付いていないようだった。


 どこかの家のペットだろうか?

 少女はそう考えて記憶を探ってみる。

 母親が定食屋を営んでいることもあってご近所さんとは仲が良く、ペットを飼い始めた類の会話を聞いたことはあるため、きっとそのご近所さんの誰かが飼っていたはずだ。


「あれ?」


 しかし、少女の記憶に当てはまる飼い主は思い当たらなかった。

 それどころかよく見るとあんな生き物は見たことは無い。

 テレビでやっていた太眉の芸人さんが珍獣を探すコーナーでもあんな生き物は紹介していなかった。


 ひょっとすれば自分は大発見をしたのでは!?

 と少女は期待に胸を膨らませるが、すぐにそんなことを考えられなくなった。


 生き物が少女に気付いたようで、くるっと少女の居る方向に振り向いて……。


「――ひっ!?」


 それを見た少女の口から小さな声が漏れ出た。


 その小さな体躯からは想像も出来ないおぞましさを見せる生き物……否、化け物から感じ、口と思わしき部位からぐちゃぐちゃに噛み砕かれて眼球や脳漿が飛び出している猫だったものが見えたからだ。

 

 そこで少女は理解する。

 この化け物が(むさぼ)っていた何かは野良猫だったと。

 

「う、うぅ……」


 不意に見せつけられたグロテスクな光景に少女は後退りをして化け物から距離を置こうとするが、化け物は何を考えているのか少女から視線を逸らそうとせずにじっと見てくる。


 それがとても怖くて、気が付けば少女の体はガタガタと震えていた。

 

「な、なんで?」


 少女はお化け屋敷やホラー映画といった怖いものは確かに苦手だが、それでもここまで震えたことはなかった。

 

 この化け物は普通じゃない。


 少女はぬいぐるみをギュッと強く抱きしめて恐怖を紛らわそうとするが、化け物が未だ少女を見続けるため、蛇に睨まれた蛙のように両足が地面にくっついたみたいに動けなかった。


 やがて口に含んでいた猫だった肉塊を咀嚼(そしゃく)した化け物は、その血だらけの口腔内を開いて……。


「シャアア!!」

「いやあああああ!!!」


 少女に向かって飛び掛かってきた。

 金縛りが切れた少女は化け物に背を向けて走りだすが、背後から化け物が追ってくるのが容易に分かった。


「や、やだ……ママ、助けて……」


 走り続けることしか出来ない少女は先に避難所にいる母親に向けて必死に助けを懇願するが、そのか細い声は誰の耳にも入らずに虚しく響くだけだった。


「はぁ……はぁ……」


 少女の決して多くないスタミナでは早々に息遣いが荒くなってしまう。

 肺が苦しくなって来た少女が一瞬だけ後ろを見やると化け物は体積以上に大きな口を開いて少女を追って来ていた。


「ひ――あっ!?」


 恐怖で足がもつれたせいで少女は右肩から転倒してしまった。

 腰が抜けて立てない少女は右手でぬいぐるみを抱えて尻もちをついたまま後退りするが、化け物は意地の悪さを滲ませるようにじわじわと距離を詰めてくる。


「や、やめて、私……美味しくない、から……」


 少女は必死に懇願するが、化け物が聞き届けるはずもなく尚もにじり寄ってくる。

 それどころか……。


「キシャアアア!!」

「シュゥゥゥゥ……」


 同じ姿形をした化け物が少女の前にぞろぞろと現れ始めたのだ。


 五体の化け物達が少女をみる視線は、完全に〝餌〟だと見られていると分かった。


「だ、誰か……誰か、助けて……!」

「シュアアアア!!」

「――っ!」


 ついに飛び掛かってきた化け物から少女は精一杯の逃避として目をギュッと閉じて頭を抱える。


 それが無駄な行為であることは恐怖でパニックに陥っている少女には微塵も思わなかった。


 それでもテレビで見たことのあるヒーローに助けられることを祈って。


 そしてその祈りは……。




「オマタセ!!」




 祈りは届いたと知らせる閃光が迸った。


「――え?」


 少女が恐る恐る目を開けて顔を上げると、化け物が三体に減っていて、見慣れない人物がいた。


 見た瞬間外国人だとわかる顔立ちで瞳は青色、ツインテールの銀髪は毛先がロール状になっており、紺を基調とした衣装、スカートは丈の長さが左右非対称という特徴的なデザインで、手には普通の女の子が持つには不似合いな大きなハンマーが握られていた。


「ダイジョウブ? 怪我は……右肩がちょっと擦りむいているね」

「……」


 見慣れない年上の女の子の登場に少女はポカンと呆けており、全く状況を飲み込めていなかったが……。


「お、お姉ちゃん!?」

「――っ」


 そんな二人を離れて見ていた化け物達が外国人のお姉さんへと飛びかかっているのが背中越しに見えた少女は咄嗟に声を上げたのだ。


No problem(心配しないで)!」


 お姉さんは振り向き様に右手に持っていたハンマーを時計周りに振り回して二体の化け物を殴り飛ばした。


 一体は飛び掛からず様子を見ていたが、お姉さんは左手を前にかざして何かを呟きだした。


「攻撃術式発動、光剣展開、発射!」

「え、わっ!?」


 その現象を見た少女はただ驚くことしか出来なかった。

 何せかざした左手の前に光る円盤が出てきたと思ったら、そこから光の剣が化け物に目がけて放たれたのだ。


 光の剣に貫かれた化け物はその姿を砂に変えて消えて行った


「ふぅ……ネエ、避難所の場所は分かる?」

「う、うん!」


 少女からすればとんでもない光景は、目の前のお姉さんからすればなんてことない様に

見えた。


「ヨシ、それじゃ近くまでワタシが()()()()()()()!」

「――あ」


 〝守ってあげる〟。

 その言葉を聞いた少女はようやく自分が助かったのだと安心した。

 そして目の前のお姉さんがどんな人物なのかも理解した。

 だから少女はそのお姉さんにお礼を言う。


「ありがとう、魔法少女のお姉ちゃん!」

「ノンノン、魔法少女じゃなくて魔()少女だよ」

「あ、ありがとう、魔導少女のお姉ちゃん!」


 一体何が違うのか分からなかったが、少女は魔導少女のお姉ちゃんに守ってもらえるという安心感から細かいことは気にしないことにした。

 





『――ベル、逃げ遅れた人は今連れている女の子で最後だよ』

Wait(まって)……アル……一般人の前で戦うなんて、後処理が面倒」

『ベル、避難所に着く直前に気絶させて記憶消去処理を施すから心配ないよ』

「Absolutel(まったく)y……後でカエデに怒られても知らないから……」


 アルベールから最後の要救助者を発見したという通信を聞いたベルアールは、双子の姉の行動に忠告をしながら他に見落としがないか確認をしていた。


 探査術式の有効範囲内に唖喰以外の生体反応が無いことを確かめたベルアールは左手に握っている魔導ハンマーを構え直して唖喰がいる商店街北方面へ移動する。


 午前中に案内された商店街は東西南北で四つの区画に分かれており、北は主に服飾関係の品を、東は家具や家電製品を、西は飲食店関係を、南はゲームや本などの娯楽関係をそれぞれ扱っている。


 先程までベルアールがいたのは西方面で、逃げ遅れた要救助者とその人達を狙う唖喰の対応に当たるため、アルベールが救助者の誘導を、ベルアールが押し寄せる唖喰の相手の二手に分かれていた。


 つい先程西方面の唖喰を返り討ちにしたと同時にアルベールから最後の救助者を発見したという通信が入ったため、唖喰の数が多い北方面に移動することにしたのだ。


 東方面に上位クラスが二体いるが、どうせ北方面で戦っていれば勝手に引き寄せられるだろうとベルアールは考えていた。


 そんなことを考えながら移動をしていると、目的地である商店街の北方面に到着した。


「っ!」


 ベルアールの眼前にはラビイヤーやイーターといった唖喰達が店の建物や商品等の金属鉱物問わず貪る光景が広がっていた。

 その尽きることのない食欲は雑食というより暴食といって差し支えない程の狂気を否応にも見せつけている。


ugly(ひどい)……早く殲滅しないと……」


 ベルアールは唖喰に対する嫌悪感に突き動かされるままに術式を発動させる。


「攻撃術式発動、光弾十連展開、発射」


 ベルアールが右手を振るって十発の光弾を唖喰達に向けて放つ。

 光弾は寸分違わず十体の唖喰達を塵に変えて消し去っていく。


「シャアアアア!!」


 先手を打たれてようやくベルアールの存在に気付いた唖喰達は食事を邪魔されたことに怒りを露わにして一斉に襲ってくる。


 数体のラビイヤー達が口を大きく開けながらジクザグに飛び跳ねるようにしてベルアールに接近してくる。


Hindrance(じゃま)……」


 ベルアールはそう呟きながら左手に握っている魔導ハンマーを上段に構えて魔力を流すと、ハンマーは淡い桃色の光に包まれ、ベルアールはそれを唖喰……ではなく地面に向けて振り下ろす。


 ハンマーが地面を叩きつけた瞬間、地面から爆発したかのような閃光が迸り、接近していたラビイヤー達を塵にして吹き飛ばしていった。


 この閃光はハンマー型の魔導武装による特殊効果で、魔力を込めた分だけその爆発力を増すという攻撃的なものとなっている。


 閃光によって照らされたベルアールの視界に、前方で口から光弾を次々と吐き出してくるイーター達の姿が見えた。


 視界に入っている六体のイーター達が繰り出そうとしている弾幕そのものはベルアールにとって避けるのは難しいことではない。


 光弾を避けつつ反撃をしていけば確実に乗り切れる状況で、ベルアールが取った行動は……。


「防御術式発動、障壁展開」


 防御行動だった。


 これはベルアールの判断ミスではなく、後始末の事を考えての行動である。

 イーター達の光弾を避ければベルアールは無傷で済むが、周囲の建物が無事で済まないだろう。


 今商店街は無人となっているが、ポータルの破壊やベルブブゼラルの討伐が完了した後、これらの被害を放置したままの有様を住民達が見れば、“自然災害ではない何かがあった”ことを悟られてしまう。


 故にこれらの損壊の修繕も魔導士・魔導少女達共通の義務とされている。

 極力現場で戦っていた者が出来ればいいのだが、戦闘後の魔力消耗や疲労などでとても後処理を任せられる状態ではない者が多いため、怪我やトラウマなど訳あって前線を退いている翡翠のような後方支援を請け負っている魔導士達が処理することがほとんどである。


 戦いは戦って勝敗を決めてお終いというわけでは無く、戦後処理まできっちり片付けてようやく終わるのだ。


 ベルアールの場合は後方を思いやってというより、後で自分がやらされるくらいなら被害を減らすことに労した方がマシという考えであったが。


 そういった理由で光弾を回避ではなく防御することを選択したベルアールだが、広範囲に展開した障壁によってイーターの光弾をこのまま防御をしているだけでは唖喰を倒すことは出来ない。


 アルベールの助けを待つわけにもいかない。

 姉より唖喰の増援が来るほうが早い可能性が高い上に、ベルアール達は早急にベルブブゼラル討伐に加わるため、時間を掛けるのは得策ではない。


Depressing(うっとうしい)……」


 ベルアールは右手で障壁を展開しつつ、左手に握っている魔導ハンマーに魔力を流し込む。


 ベルアールは難なくこなしているが、この技術はかなり繊細な魔力操作を必要とされるため、少なくとも鈴花には出来ない。


 魔力を込められた魔導ハンマーが淡い桃色の光を纏ったことを確認したベルアールは、魔導ハンマーを天高く放り投げた。


 戦闘中に武器を手放すのは愚行だとされているが、別に諦念に駆られた訳でも、臆した訳でもない。



 その証拠に……。



 イーター達の中心に先程投げたハンマーが桃色の流れ星のような煌きを持って落ちて来たのだから。



 ハンマーが轟音を立てて地面に衝突した瞬間、さながら閃光弾(スタングレネード)のような爆発が発生した。


 上空から高速で飛来してきた流星に反応出来なかったイーター達の体が光に飲まれ……一瞬のようでゆっくりと収まっていく光が消え、視覚がまともに機能し出した時にはイーター達は消え去っていた。


「Next……奥にもいる奴を倒さないと……」


 第一陣を撃破したベルアールは障壁を解除して、地面に突き刺さっているハンマーを回収する。

 

今いる場所は北方面の入り口で、まだ奥に数十体の唖喰達が潜んでいる。

 

 面倒だと思いつつもこの場に立つことを選択したのは自身であるため、仕方ないかと嘆息しながらベルアールは北方面の奥へと歩みを進めて行った。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回も明日更新です。


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