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112話 お見舞い


 昼食を摂った後、先日約束したとおり全員で司君が入院している羽根牧総合病院へと向かいます。

 私達は眠っている司君が入院している部屋があるA棟二〇四号室にやってきました。


 アルベールさん達は日本の病院と母国の病院を見比べているようで辺りをキョロキョロと見まわしています。


 私はベッドで小さく寝息をたてている司君の元へ歩み寄ります。

 

「……」

「……こんにちは、司君」


 以前にお見舞いに来た時と変わらず、司君は無感情な寝顔を浮かべたまま眠っていますが、私は胸の中にチクリと痛みが走ったことを感じました。


 そんな司君をアルベールさんとベルアールさんは興味津々と言った感じで眺めています。


「オ~、思っていたより人が良さそうだね」

Seems kind(優しそう)……この人も組織の一員?」

「うん、司も唖喰が見えるよ。組織に関わったきっかけは司がはぐれ唖喰に襲われたときで……」


 鈴花ちゃんが司君はどういった経緯で組織に関わっているのか話している様子を眺めていると、服の裾がクイッと引っ張られました。


「翡翠ちゃん?」

「……ゆっちゃん」


 引っ張っていたのは翡翠ちゃんでした。

 

 そういえば翡翠ちゃんは司君が眠ってしまう原因の一端は自分にあると、自責の念に駆られていました。

 

 そのことを打ち明けてくれた時に私が何とか宥めたので暴走することはありませんでしたが、もしかしたら何か辛い思いをしているのかもしれませんね。


「翡翠ちゃん、辛いなら……」

「ううん、今ゆっちゃんから勇気を分けてもらったから、ひーちゃんは大丈夫です」


 翡翠ちゃんは精一杯の気丈な表情で司君の眠るベッドに近づいていきます。

 

「つっちー、こんにちは、です」

「……」

「つっちーを眠らせたベルブブゼラルはゆっちゃん達が絶対に倒します。ですから、もうちょっとだけ待っていてほしいです」


 翡翠ちゃんが述べた言葉は今この病室にいる私達の総意です。

 司君の他にもベルブブゼラルの魔の手に晒された人達が大勢います。

 その人達のためにも私達は戦うつもりです。


「つっちーがおらんとなんや寂しくて仕方ないんや……当たり前のこと大切さってなんで無くなったり傷付けられたりせな気付かんへんねんやろうな……」


 季奈ちゃんの憂いを帯びた言葉は私にも当てはまるものでした。

 普段司君と過ごす日常がどれだけ暖かなものか身をもって思い知らされています。


 口や気持ちで大切だと分かっているつもりでも、本当の大切さを何一つ理解していなかった自分に嫌気が差すほどです。


「ベル、一応ワタシ達もアイサツをしておこうっか」

「OK……またやらなきゃいけないから面倒だけど……」


 季奈ちゃんと変わって次はアルベールさんとベルアールさんがベッドに寄って行きます。


「ハァイ、おにいさん初めまして。アルベール・エルセイだよ」

「Hello……ベルアール・エルセイです……」


 二人が司君にそう挨拶をしました。

 司君が目を覚ました時に、二人を見てどんな反応をするのか期待していると、今度は鈴花ちゃんの番になりました。


「全く、こっちは心配しまくっているのに呑気に寝てる場合じゃないでしょ……さっさと起こしてあげるから感謝してよ?」


 鈴花ちゃんは司君の親友で、四月から知り合った私より長い時間を彼と過ごしてきています。

 そんな鈴花ちゃんの目からは司君に対する確かな信頼がうかがえました。


 司君に宣言を終えた鈴花ちゃんは私を見て〝次はゆずの番だ〟と促してきます。

 鈴花ちゃんと入れ替わって司君に近づいた私は彼の顔をじっと見つめます。


「私は……私の出来ることをするまでです。それが最善だと、思っています」


 今まで唖喰と戦ってきてここまで唖喰を憎いと思ったことはありません。

 大切な人を傷付けられるのがここまで頭に来るとは思ってもみませんでした。


 司君のことを考えれば考える程、唖喰への……ベルブブゼラルへの怒りでどうにかなってしまいそうです。


 そんな私が出来るのは戦うことだけです。


 戦って、戦って、ひたすら戦うだけ……。


 そうしなければこの胸の痛みと唖喰への怒りが消えないと確信していますから。


 司君と一方的な面会を終えて、病室を出ようとするとある人と鉢合わせました。


 その人は肩にかかる長さの黒い髪を後ろで一つに束ねている主婦らしい人で……司君のお母様でした。

 ですが、五月に出会った時より表情や佇まいに覇気がありません。

 それに少し痩せたようにも見えます。


 司君のお母様は先に部屋にいた私達に気付くと、何でもないように無理矢理笑顔を浮かべました。


「あら、ゆずちゃんに鈴花ちゃん……それに初めて見る子達も……皆で司のお見舞いに来てくれたのね」

「は、はい……」


 お母様はベッドで眠る司君を一目見てため息をつきました。


「……もう、こんな可愛い子達がお見舞いに来てるっていうのに勿体無いわね」


 ため息の後に再び笑顔を浮かべますが、その笑顔が気休めでしかないことに気付いた私達は心が痛みました。

 初めて会った時はあんなにハツラツとしていたお母様がこんなに辛そうにしている程、ベルブブゼラルが付けた爪痕は深いのだと思い知らされました。


 お母様になんて声を掛ければいいのか迷っていると、鈴花ちゃんが前に出てきました。


「おばさん……司なら大丈夫ですから……あまり思い詰めないでください」


 鈴花ちゃんがそう言うとお母様は目を見開いたあと、力なく苦笑を浮かべました。

  

「心配してくれていたの? まぁ、確かに仕事に集中し切れていない時があるけれど、親がそんなことじゃあの子が呆れるだろうなって思って何とか自分を奮い立たせているわ」

「司君が、呆れる?」

「想像できない? あの子が小さい頃にどうしても外せない仕事があったんだけど、先日に司が風邪を引いたのよ。一日経って症状が軽くなったとはいえまだ安心出来なくて、私は後ろ髪を引かれる思いで出勤しようとしたら『シャキッとしろ。そんなんじゃ他の人の迷惑になるぞ』って怒られたのよ」

「……司君らしいですね」


 自分の身より他者を優先するところを容易に想像出来て、彼は子供の頃からそんな志を持って生きて来たのだと感心しました。


「長居してすみません……もう出ますので失礼します」


 これ以上の長居は不要と考えて、お母様にそう告げて病室を出ることにしました。


「ゆずちゃん」

「? はい?」


 病室にベッドで眠る司君、私と鈴花ちゃんとお母様だけになった際、お母様に不意に呼び止められました。


「さっき鈴花ちゃんに言われた私が言うのもなんだけど、あまり無理はしちゃだめよ」

「っ、どう、して……?」

「自分が眠っている間にゆずちゃんが無理をして体を壊してしまったら、司は絶対に悲しむわ」

「――!」

 

 お母様の言葉に私は思わず左手で右手首を握り締めました。

 それは、かつて司君が私にお守りのミサンガを渡してくれた時と同じ想いだと伝わったからです。


『ゆずはいつも無茶をするから、その……怪我しないようにって気持ちを込めたお守りだ』


 司君が昏睡状態になって一番辛いのはご両親であるお二人のはずなのに、気を遣わせてしまったことを後悔しました。 


「……ごめんなさい」


 だから、私はお母様に向かって頭を下げます。

 どうしてもお母様に謝りたくなったからです。


 ――大切な一人息子を守ることが出来なくて、ごめんなさい。


 そんな気持ちで頭を下げました。

 私のちっぽけな謝罪でベルブブゼラルを倒せるならいくらでも下げよう、と。

 

「そんな、ゆずちゃんが謝ることはないわ」

「っ、それでも、謝らせてください……!」


 魔力の無いお母様に魔導と唖喰のことは話せないため、ひたすら頭を下げることしか出来ませんでした。


「……ゆず。行こう」

「はい……」

「また来てね。司君も喜ぶと思うから」

「……ありがとうございます」


 私は魔導少女として戦ってきて、初めてとも言える無力感に苛まれながら病院を後にしました。






 先に病院を出た季奈ちゃん達と合流した時には調子を戻すことができました。

 

「フ~ン。あのオニイサンって皆から信頼されているんだね~」

Bonds()……仲が良いのは良い事……」

「アイツ自身が人付き合いしやすいからね」

「同じ男でも隅角のおっちゃんとはえらい違うしな」

「つっちーはひーちゃん達の他にも女友達が多いです!」

「「……What?」」


 翡翠ちゃんの言葉にアルベールさん達がポカンと呆けた表情になります。

 ……本当に司君は女性の知り合いが多いですけど。


「エ、あのオニイサンってばかなりプレイボーイなの?」

「Wow……女の敵?」

「司は物心つく前から親にモテるための英才教育を受けたせいで、天然ジゴロ男子に育てられたのよ」


 え、待ってください鈴花ちゃん……司君に女性の知り合いが多いのはそういう理由だったのですか? 

 あのご両親の教育が原因だなんて私初めて知ったのですが……。


 あのご両親は一体司君に何を期待しているのでしょうか?

 アルベールさん達も心なしか恐怖を感じているようです。


「つっちーは自分がジゴロ男子であることに自覚しているのにも関わらずジゴロ発言がドンドン出てくるのが恐ろしいところです!」

「あれもう一生付きまとうやつやで」

「司がジゴロ男子だと気付いた時には既にアイツに好意を持ってるからね……」


 言葉に重みが……。

 鈴花ちゃんは確か司君が初恋の相手だったと聞いたことがありますから、恐らくその時のことを思い出しているのでしょう……。

 

「ニホンをよく知らないワタシ達でもオニイサンの親はおかしいってわかるよ……」

Fear(怖い)……わけがわからない……」

「ゆずや菜々美さんなんて司の両親に会うや否や勝手に婚約者候補にさせられたことがあるしね」

「「Fiance(婚約者)!?」」

「おめっとさん」

「ゆっちゃん、どういうことです!? 抜け駆けなんてズルいです!!」

「ち、違います! それは司君のご両親の冗談です!!」


 確かに、司君の家に赴いた際にそう言われたことがありますがそんな事実はありません!

 ちなみにですが、どうして鈴花ちゃんが知っているのかといいますと、その日の出来事を打ち明けたためです。


 それに……菜々美さんも婚約者扱いされたことがあるなんて……。

 あと翡翠ちゃん、抜け駆けってどういうことですか?

 

「オゥ……〝天光の大魔導士〟を翻弄するだなんて、やっぱりオニイサンの親は只者じゃないね……」

Terrible(恐ろしい)……おにいさんの人格に不安が……」

「司はジゴロの言動はするけど、人格は至って誠実だから安心して」


 鈴花ちゃんが司君をフォローして話を終わらせましたが、未だに翡翠ちゃんが私に婚約者云々の質問を飛ばしてくるのをどうにかして欲しいです……。


「早く説明してくださいゆっちゃん!」

「ですから司君のご両親の冗談です……」


 そうしてなんとか翡翠ちゃんを納得させたタイミングで捜索を中断しなければならない事態が起きた知らせが届きました。

 

 ――ピーッ、ピーッ!


「はい、並木です」

『ゆず。ポータルが出現したわ!』


 電話の相手は初咲さんです。

 でもなんだか焦っているようです。


「初咲さん、ポータルの出現場所は?」


 そう尋ねると初咲さんは一呼吸置いたあとでポータルが出現した場所を答えました。




「場所は……羽根牧商店街よ」




 時刻は夕方に差し掛かる頃合いという時間帯に唖喰が人の多い場所に現れたという事実に、私達は背筋が凍る程の悪寒を感じました。

 

ここまで読んで下さってありがとうございます。


次回も明日更新です。


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