109話 双子姉妹との模擬戦
互いに魔導装束を身に纏った私とエルセイ姉妹は、訓練場の中心で十メートルほどの間隔をあけて向かい合っていました。
二人の魔導装束は紺色を基調としたカラーリングで、体のラインがはっきり出る上半身部分のデザインは私達の物と変わりませんが、二人のスカートのデザインが微妙に違っているのが特徴です。
アルベールさんのスカートは右側が短く、左側が長く、ベルアールさんのスカートは左側が短く、右側が長くなっているという左右非対称の構造です。
そして二人の魔導武装は身の丈と同等の大きさを誇る大槌です。
翡翠ちゃんより身長が拳一つ分高いとはいえ小さな女の子が持つにはやや武骨で違和感を覚えますが、鈴花ちゃん曰く〝ロマンがある〟らしいです。
「ねえこれ、また二対一になるのかな?」
「なるんやろうなぁ、ゆずが一の側で」
「ゆっちゃんは強いです!」
「まあこちらとしても彼女達がどれほどのものか知ることが出来るのだし、よしとしましょう」
模擬戦の観戦者となっている四人の会話が聞こえますが、私は前にいる二人の様子を観察しているのであまり内容が頭に入りません。
「ベル、準備はいい?」
「No problem……アル、いつでもいい……」
「では、そちらからどうぞ」
「ニホンにはセンテヒッショウって言葉があるんでしょ? 後で後悔しちゃダメだよ!」
アルベールさんが大きく踏み込んで私に急接近して、大槌を私から見て左側から大きく振り被ってきます。
私はバックステップをして後方に下がりましたが、途端影が差してきました。
見上げると、いつの間にか跳躍していたベルアールさんが大槌を上段に構えて振り下ろそうとしていたところでした。
「……Smash!」
「――っ」
左側へサイドステップすることで直撃は避けましたが、訓練場の床を大きく揺らす程の衝撃は躱しきれませんでした。
それによって私は大きく吹き飛ばされてしまいました。
空中で身を翻して体勢を立て直しますが、その隙を狙ったかのようにアルベールさんが術式を発動させました。
「攻撃術式発動、光弾三連展開、発射!」
三発の光弾が私を目掛けて放たれました。
「防御術式発動、障壁展開」
私は障壁を展開することによって光弾は防御することが出来ました。
そう、光弾は……。
「……Break!!」
「っぐぅ!?」
光弾を防いだ瞬間、ベルアールさんの大槌による一撃で私は障壁ごと殴り飛ばされ、訓練場の壁まで飛ばされてしまいました。
咄嗟に後方に跳んだおかげでダメージはそこまでありませんが、それでも一発は一発です。
ベルアールさんの元に駆け寄ったアルベールさんがハイタッチをしています。
「ナイスベル! 良い感じだよ!」
「Of course……アルと一緒だから……」
そんな会話が聞こえました。
先日季奈ちゃんと鈴花ちゃんのペアを相手に模擬戦をしました。
もちろん二人の連携もかなりのものでしたが、アルベールさん達を前にすると歴然の差でした。
双子というのもあってか二人の連携は阿吽の呼吸のような完成度を誇っています。
「ドンドンいくよー!」
「攻撃術式発動……光弾五連展開、発射」
アルベールさんの接近を援護する形でベルアールさんが攻撃術式を発動させて五発の光弾を放ってきました。
私は右側に飛び込むことで光弾を回避しましたが、その行動を読んでいたアルベールさんが大槌を振りかぶってきます。
当然、そう来ると踏んでいました。
「身体強化術式発動」
左手に魔力を集中させ、迫ってくる大槌に対して裏拳のように手の甲を振り上げます。
――ガァンッ!!
金属バットで固いものを殴ったかのような大きな音が立ちますが、私の左手の甲は大槌を完全に受け止めていました。
「ワオ!? コレを防ぐなんてどれだけの魔力を集中させたの……」
「Change……アル……!」
「オネガイ!」
ベルアールさんが横合いから大槌を振り下ろしてきます。
私は屈んでいた姿勢からバックステップすることでベルアールさんの攻撃を回避します。
「攻撃術式発動、光弾八連展開、発射」
八発の光弾をアルベールさん達に向けて放ちますが、二人は大槌を盾替わりにすることで光弾を防いでいました。
「コレはどう!?」
そう言ってアルベールさんが大槌を上段に構え出します。
「固有術式発動、アース・シェイカー!!」
アルベールさんが固有術式を発動させると、両手で持ち上げている大槌が淡い桃色の光に包まれ出しました。
それを床に向けて振り下ろして叩きつけます。
「――っ!!?」
衝撃が私の体を襲った瞬間、金縛りになったかのように体が痺れて動けなくなりました。
恐らく大槌を叩きつけた時に発生した衝撃波に、相手の動きを阻害する効果を付与させたのでしょう。
体の痺れ自体はすぐに治まりましたが、その一瞬は致命的な隙となってしまいます。
現に空中にいたためにアルベールさんの固有術式の影響を受けなかったベルアールさんが攻撃に移ろうとしています。
「固有術式発動……バブル・フィールド」
ベルアールさんの前方に彼女の体をすっぽりと包み込める程の大きさがある光弾が現れ、それにベルアールさんが大槌を叩きつけると、シャボン玉のようにはじけて割れ……私を中心とした半径二メートル程の半球状の結界に覆われました。
「っ、攻撃術式発動……」
「オソイよ! 固有術式発動、スプリング・ボム!」
攻撃術式で結界を破壊しようとしますが、その前にアルベールさんが固有術式を発動させてきました。
先程のベルアールさんと同じく、アルベールさんの前方に光弾が出現しましたが、その大きさはバスケットボールより少し大きいくらいです。
アルベールさんが光弾を野球の球を打ち返すバッターと似たような動作で私に向けて打ちます。
私は術式の発動を中断して、咄嗟に右へサイドステップすることで光弾を回避しますが、すぐに攻撃に移ることは出来ませんでした。
前方から躱したはずの光弾が迫って来たからです。
「っ!?」
跳躍することで被弾は免れましたが、どうして躱した光弾が前方から迫って来たのか疑問を感じながら光弾を見やるとすぐに答えが分かりました。
結界にぶつかった光弾は消えずに結界に触れる度に速度を上げていって、再び私に迫ってきました。
「防御術式発動、障壁展開!!」
私は障壁を展開して防御しますが、光弾は障壁に触れても消えずに結界内を縦横無尽に跳ね続けています。
さらに……。
「ホラホラ! まだ増えるよ!!」
アルベールさんが追加で跳ね返る光弾を結界内に次々と投入してくる上に、結界に触れて跳ね返る光弾の速度も上昇し続けているせいで段々と逃げ場が無くなっていました。
ベルアールさんが発動させたこの結界はこの状況を作り上げるための伏線だったのです。
互いのコンビネーションに趣を置いた固有術式による連携は彼女達が精鋭であるアメリカの魔導少女であり、双子であるからこそ可能な芸当と言えます。
確かにこれは強力です。
ですが……まだまだです。
唖喰であればローパーが獲物を触手で捕まえたところをイーターが光弾を吐いたり、直接噛み付いて来ます。
複数のフィームが稚魚を産み飛ばして、スコルピワスプが針を散弾のように飛ばして逃げ場を塞いできます。
それだけでは……私を負かすのには、足りません。
アルベールさんとベルアールさんが同時に接近してきます。
「ヨーシ、このまま一気にいk「固有術式発動」よ……え?」
「フレアライン」
術式を発動させた私の右手に陽炎のように形の定まらない光に包まれました。
私はそれを上に勢いよく振り上げました。
瞬間、ベルアールさんが発動させた結界を破壊しながら光の線が二人の間を走り、光が燃え盛るように縦に伸びました。
結界を破壊したことで光弾は訓練場内に散らばって消滅していきます。
「「!?」」
「隙だらけですよ」
「Oops!?」
私はベルアールさんの方に接近します。
彼女は大槌を私に食らわせようと振り下ろしてきますが、遅いです。
大槌が後数センチで接触するタイミングで私は術式を発動させます。
「固有術式発動、ショックリフレクト」
私の全身を淡い白色の光が包んだ瞬間、大槌が私の体に勢いよく叩きつけられますが……。
吹き飛んだのは大槌を叩きつけたベルアールさんの方でした。
この通り“ショックリフレクト”は物理攻撃だけを跳ね返す防御向きの固有術式です。
イーターの光弾やドラグリザーガのブレスなどの攻撃は防ぐことが出来ませんが、そこは臨機応変に対応していくところです。
「ベル、今助け……ってこの光って壁なの!?」
〝フレアライン〟は光の壁を形成して敵を分断する術式です。
この光の壁は唖喰や他の魔導士の攻撃等も一切遮断します。
もちろんこの壁にも耐久度はありますが、分断したのにあっさり破壊されてしまっては意味がありませんので、大型唖喰すら通さない程の強度に仕上がっています。
その証拠にアルベールさんが自分を通さない光の壁に大槌を何度も叩きつけていますが、何の変化もありません。
「ムイィィィィィィッ何コレ! 堅すぎるよ!」
「Why……アル、今……」
「余所見は禁物です」
「!?」
「攻撃術式発動、魔導砲チャージ、発射」
構えた左手の先に展開された魔法陣から大きな光線を放ちます。
「! 防御術式発動……障壁展開!」
ベルアールさんは障壁で防御を図りましたが……。
《ビィーッ》
模擬戦における戦闘不能を知らせる警告音が訓練場内に響きました。
「ベル!」
アルベールさんが驚愕の表情を浮かべます。
驚きのあまり光の壁を破ろうと大槌を振っていた手を止めてしまう程です。
私は〝フレアライン〟で発生させた壁を通り抜けてアルベールさんとの距離を詰めます。
「明らかな隙です。それでは相手に付け入るチャンスを与えてしまいますよ」
「エッ!? なんでユズだけその壁を抜けられるの!?」
〝フレアライン〟の光の壁は発動者である私だけがこの壁を壁としての効果を無視して通過することが出来ます。この仕様にするのにかなり複雑な術式を構築しましたが、これだけは絶対に譲ることは出来ません。
それは折角分断したのにわざわざ壁の外から回り込む手間を省くためです。
そんな仕様を一々説明する必要もないので、この模擬戦を終わらせるとしましょう。
「ボ、防御術式発動、障壁展開!」
「攻撃術式発動、光弾五十連展開、発射」
術式を発動させた私の左右に次々と光弾が浮かび上がっていって、障壁越しで唖然とした表情を浮かべているアルベールさんに向けて、光弾の流れ星をお見舞いしました。
そしてアルベールさんはどうなったのかと言いますと……。
《ビィーッ》
「「Too amazing……」」
模擬戦が終わった際に初咲さんがどうだったかとお二人に訊ねた時の返答がこれでした。
何やら呆けていますが……。
「いや~最後のはちょいと大人気なかったんちゃうか?」
「修学旅行の時に七体のイーターと八体のスコルピワスプからあれ以上の弾幕に晒されたことがあるのですが……」
「えぇ……トラウマになったりしないの?」
「フィームの稚魚を相手にする時と変わりませんよ」
「ああ、うんそだね……」
何故か鈴花ちゃんが遠い目をしていますがどうしたのでしょうか?
ともかく、模擬戦を通して分かったお二人の問題点の説明をしないと。
「アルベールさん、ベルアールさん、先程の模擬戦で分かったことをお話させてもらっても大丈夫ですか?」
私がそう声を掛けると、二人は呆けた表情から一転して立ち上がって私に駆け寄って来て、何故かキラキラした目を向けてきます。
「ユズ、オシエテ!」
「thank you……もっと強くなるため……オシエテ」
「は、はい。まずお二人の最大の持ち味は連携によるコンピプレーです。ですが私がやったようにああやって分断されてしまうとその持ち味を活かすことが出来なくなってしまいます」
「ソレ〝戦乙女〟にもそう言われたけど、どうしたら良いかは自分で考えろって言われたよ!」
「Worked hard……でも……思いつかなかった」
〝破邪の戦乙女〟にも言われていたのですか……。
以前の私だったら同じような言葉を発していたかもしれませんが、ちゃんと改善案もあります。
「あの二人を分断した光の壁ですが、壊す以外にもっと簡単な方法があったんですよ?」
「エエー!!? どんな方法!?」
「Ok……もしかして……転送術式?」
「はい、正解です。もっと言えば互いの魔導装束を転送術式の転送先にしてしまえば、不慮の事故で離れてしまってもすぐに合流出来ますよ」
「ワオ! ユズ、スゴイ!」
「Really……それなら……隙もなくせる」
この後もアルベールさん達は季奈ちゃんや鈴花ちゃんとも模擬戦を繰り広げていって、初咲さんが止めるまで続けられました。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回も明日更新です。
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