106話 消失(ロスト)
「なにあれ!? なんで唖喰が湧いてきたの!?」
「それにあんなに大勢の唖喰……一体どうやって……」
突如割れた空間の穴からラビイヤーやローパーが雪崩のように溢れ出て来る光景を見た私と鈴花ちゃんは戸惑いが隠せませんでした。
先程探査術式を発動した時は、他に唖喰が隠れていることもありませんでした。
それがどうして突然雪崩れ込むように現れたのか想定外にも程があります。
「落ち着き! 今はあの大量の奴さんらをどうにかせなあかん!!」
季奈ちゃんが私達をそう叱責します。
確かに、急転した事態に動揺して集中を乱してしまいました。
これだけの多くの唖喰はすぐに倒さないと近隣に被害が及んでしまいます。
「攻撃術式発動、爆光弾五連展開、発射!」
「固有術式発動、龍華閃!」
悪夢クラスの唖喰の足止めのために魔力が残り少ない鈴花ちゃんの前に立って、私と季奈ちゃんが攻撃範囲に優れた術式で対応しますが、敵の数があまりに多い為、目立った効果は出ていません。
それどころか悪夢クラスが開けた穴から次々と湧き出てくるため、キリがありません……。
ただ戦闘中ですがなんだか喉に小骨が引っかかるような感覚が拭えないでいます。
私は……いいえ、私達はこんな光景をよく目にしていた記憶があります。
それこそ今こうして戦場にいる理由にも繋がる気がします。
ここに来る時、一体どんな説明を受けて来たのか思い返します。
『観測室です! ポータルの出現反応をキャッチしました。場所は羽根牧市近くの山岳地帯です! 至急現場へ向かってください!』
そうです。
今いる山岳地帯に唖喰が侵攻の為に開けた次元の穴であるポータルが現れたからです。
私は更に記憶を掘り起します。
あれは司君がどういった被害に遭ったのか説明を受けた時のこと……。
『そもそもな、この集団昏睡事件の第一被害者の発見と最近頻発しとるはぐれ唖喰の遭遇数増加のタイミングが全くおんなじなんや』
『はぁ? はぐれの遭遇数と集団昏睡事件が同じって……』
『さらに付け加えるとゆず達が修学旅行先で遭遇した大量の唖喰との戦いと同じように、ポータルが出現してすぐに消える点も同じよ』
「――っ!!?」
そこまで記憶を掘り返した瞬間、鳥肌が止まりませんでした。
「まさか……そんなことが……」
ありえません……ですが全貌が明らかになっていない唖喰の生態を考えれば、私達人間の予想の範疇を越えていても何ら不思議はありません。
それでも私はその仮説を否定したかった。
そんな馬鹿げた能力があってたまるかと……そうとしか考えられないと解っていても……。
「ゆず、何かわかったの?」
私の動揺に気付いた鈴花ちゃんがそう尋ねてきました。
私が至った仮説は口に出してしまえば戦意を失うかもしれません。
「……正直私自身も信じられません……ですがそれ以外の説明がつかないんです」
「はぁ? そんな前置きをする程なの?」
「相手は悪夢クラスや。仮説でもあらへんよりマシやで?」
鈴花ちゃんと季奈ちゃんは疑問を浮かべるばかりです。
やはり説明するしかないと結論に至った私はゆっくりと悪夢クラスの唖喰の能力に関する仮説を口に出します。
「あの悪夢クラスの唖喰の能力は……、
任意のタイミングと位置にポータルを開くことかもしれません」
私がそう告げると鈴花ちゃんと季奈ちゃんはあまりの荒唐無稽な仮説に耳を疑うような怪訝な表情を浮かべました。
「――ぇ、な、なに……それ……?」
「――そんなん、笑いもできひんで……?」
二人が今現在感じている気持ちは私にもよく分かります。
「……本当に馬鹿げた話ですが、最近頻発しているはぐれ唖喰の遭遇増加が悪夢クラスの唖喰の自在にポータルを開閉出来る能力によって、無差別にばら撒かれた結果と考えれば辻褄が合います」
「っ、てことは最近よう起きとるポータルの反応が出てすぐ消えるっちゅうのも、アイツの仕業ってことかないな……」
「え、待ってよ……それじゃ修学旅行の時もあの唖喰が夢燈島にいたってこと!?」
修学旅行での戦闘と今回の件は同一個体の仕業という可能性がありましたが、悪夢クラスの唖喰の能力を鑑みればその可能性が間違っていないことになります。
「ふざ、けないでよ……悪夢クラスの唖喰一体だけじゃなくて、こんな数え切れない唖喰も相手にしなきゃいけないってこと?」
「流石にそう何度も使えるわけではないと思います。そうでなければ今頃地球は唖喰で溢れかえっていますよ」
この事態を引き起こした悪夢クラスの唖喰は大量に押し寄せてくる唖喰の波に隠れてしまって見えませんが、新たに出現した唖喰達を無視するわけにはいきません。
〝オーバーブースト〟の効果時間は残り三十秒もありません。
術式の出力が上がっている今の一撃で出来るだけ数を減らす必要があります。
私は魔導杖を唖喰の波に向け、固有術式を発動させます。
「固有術式発動、ミリオンスプラッシュ!」
杖の先からピンポン玉サイズの光弾が放たれ、波の先頭にいるラビイヤーに触れた瞬間、ラビイヤーが破裂し、そこからピンポン玉の光弾がいくつか飛び出して同じように破裂と分裂を繰り返してネズミ算式に広がって行って唖喰の波を飲み込んでいきました。
唖喰が密集していたことでより効果的に作用しましたが、それでもポータルまで届きませんでした。
故にポータルから再び唖喰が溢れ出続けているため、敵の勢いが止まっている様子もありません。
〝オーバーブースト〟の効果時間も切れてしまいました。
「季奈ちゃん! いつも通りポータルを破壊しない限りこの波が収まることは無いようです!」
「無限湧きか!! せやったら〝百華繚乱〟で消し飛ばしたいんやけど、もう放てる魔力が残っとらん」
「〝クリティカルブレイバー〟なら何とか出来たのですが、発動に必要な魔力量が足りません……」
「……となると、鈴花の〝収束効果付与〟しかあらへんな」
「アタシ!? 無理無理、今魔力量がほとんど残ってないよ!?」
確かに鈴花ちゃんは先程全力と言っても過言ではありません。
そのため魔力がほとんど残ってはいませんが、方法が無いわけではありません。
「季奈ちゃん、鈴花ちゃんに〝魔力譲度〟をお願いできますか? 時間稼ぎは私が引き受けます」
「それしかあらへんなぁ……鈴花、魔力譲渡を始めるで」
「え、魔力譲渡って何?」
魔力譲渡というのは読んで字のごとく、魔力のある魔導士が魔力の無い魔導士に魔力を譲渡する方法です。
これには二つのパターンがあります。
一つ、魔力がある魔導士から、魔力を自分の方に流して受け取る。
二つ、魔力が無い魔導士に、魔力を相手に流し込む。
このどちらかになるのですが、鈴花ちゃんは魔力譲渡の知識や手順を知らないため、必然的に後者になります。
私は二人を守るためと時間稼ぎのため、未だ押し寄せる唖喰の波に向けて術式を発動させます。
「固有術式発動、ミリオンスプラッシュ」
〝ミリオンスプラッシュ〟を発動させて先程と同じ光景が広がりましたが、やはりポータルには何の影響もありませんでした。
〝ミリオンスプラッシュ〟は私の膨大な魔力量でなければ扱えない程に魔力消費量の激しい固有術式です。
そう何度も連発は出来ません。
これまでの戦闘と先の二回を引いてもあと五回が限度です。
「ミリオンスプラッシュ!!」
破裂と分裂の光が唖喰の群れを飲み込みますが、まだポータルの中から出てくるのが見えました。
あと四回……。
季奈ちゃん達の様子を確認しますが二人は今魔力譲渡を始めたばかりで、まだ時間を稼ぐ必要があります。
唖喰を消し飛ばしても湯水のように湧いて出てくるため、一切気が抜けません。
「っ、ミリオンスプラッシュ!!」
四度目の破裂と分裂。
あと三回ですが依然としてポータルから出てくる唖喰の勢いは止まりません。
もう今の攻撃で二百体近く倒しているのに……!
私は胸中に渦巻く苛立ちを抑えるように歯を噛み締めて堪えます。
「鈴花ちゃん!」
「ダメ! まだ足りない!」
「っく、ミリオン……スプラッシュ!!」
あと二回。
もう後がありません。
それなのに唖喰の勢いは留まることを知らないかの如く雪崩となって襲ってきます。
六回目のミリオンスプラッシュを放とうと杖を構えますが、ふと私の前に影が降りて来ました。
「ごめんね、遅くなった!」
「柏木さん!?」
影の正体は柏木さんでした。
「突然ポータルが開いて向こうは先輩に任せて急いで来たんだけど……凄い数だね」
「今季奈ちゃんが鈴花ちゃんに魔力譲渡を行っています。その時間稼ぎをしているのですが、私の魔力量ももう残り少なくて……助かりました」
私がお礼を言うと柏木さんは唖喰へと顔を向けて、自らの魔導武装である鞭を構えました。
「多対一は得意分野だから任せて――固有術式発動、フラッシュ=クゥインテュゥ=フウェ!」
鞭が淡い紫の光に包まれたことを確認した柏木さんは唖喰の波に向けて右手の鞭を横に振るいました。
すると三メートル程の長さだった鞭が五本の極細の光となって広範囲まで伸び、伸びた光が唖喰達に触れた瞬間細切れにして次々と塵に変えていきます。
後で説明を受けたのですが〝フラッシュ=クゥインテュゥ=フウェ〟は柏木さんの固有術式の中でも一番強力なものだと言われました。
かなりの魔力量を消費するのですが、一回振るうごとに消費するのではなく、時間経過で魔力を消費する術式なので瞬間火力はかなりの威力を誇っていると考えられます。
光を纏わせた状態の鞭を振るうと先程のように、斬撃効果のある五本の極細の光を伸ばして複数の唖喰を斬ることが出来るようになり、柏木さんが宣言した通りこういった多対一の場合では非常に頼りになる術式です。
「一体たりとも逃がさないよ」
柏木さんは次々と迫ってくる唖喰達に目にもとまらぬ速さで右手を振るい、五本の極細の光から来る斬撃を浴びせていきます。
右上に振って斬る、左上に振って斬る、右下に振って斬る、身を翻して左下に振って斬る、左上に振って斬る、右下に振って斬る、左上に振り上げて斬る、右下に振って斬る、反転して右上に振り上げて斬る、左下に振って斬る……。
五本の光の鞭が縦横無尽に唖喰達を細切れにしていきます。
柏木さんの攻撃は凄まじく、私だけでなく季奈ちゃんと鈴花ちゃんも呆気に取られました。
私が見て来た限りの彼女はここまでの強さを見たことがありませんでした。
工藤さんがよく柏木さんは自分に自信を持つことが出来れば化けると言っていたことがありましたが、これほどとは思いませんでした。
才能面では鈴花ちゃんより劣りますが、経験と技量では柏木さんに軍配が上がります。
鞭という扱いの難しい武器を華麗に操る様は彼女が如何に努力を重ねて来たのかひしひしと伝わってきました。
柏木さんの攻撃によって唖喰の波の勢いは止められていますが、あれだけ斬撃を浴びせても唖喰の数は減る傾向がありません。
次の術式を仕掛けようかと思った時、後ろから強い魔力を感じました。
どうやら鈴花ちゃんへの魔力譲渡が完了したそうです。
「固有術式発動、収束効果付与!!」
一筋の彗星のような光を放つ矢が私の上を高速で通過して、悪夢クラスの唖喰が開いたポータルに直撃し、見事ポータルの破壊に成功しました。
最早こうなると残党処理です。
柏木さんの攻撃を掻い潜ろうとする唖喰に向けて、私は固有術式を発動させました。
「固有術式発動、ミリオンスプラッシュ」
六度目のミリオンスプラッシュと柏木さんの攻撃でようやく新たに現れた唖喰の殲滅を終えました。
ですが……。
「……観測室、対象の反応は?」
私は通信を通して観測室のオペレーターに訊ねますが……。
『申し訳ありません……唖喰の波に紛れてしまって対象の反応は消失しました』
「……やはり、そうですか……これより支部に帰還します」
通信を切った私は魔導装束を解除して元の服に戻ります。
季奈ちゃんと鈴花ちゃんと柏木さんの方に顔を向けると、皆さん悔しさを隠しきれない表情を浮かべていました。
当然私も同じ気持ちです。
悪夢クラスの唖喰を決して舐めていたわけではありませんが、ポータルを強制的に開くことが出来るなんて反則のような能力を持っているとは予想できませんでした。
司君をあんな目に遭わせた元凶が倒せる可能性を手放してしまったことに堪えようのない怒りと不甲斐無さを抱えつつ、悪夢クラスの唖喰との一度目の戦いは幕を閉じました。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
次回も明日更新です。
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