105話 悪夢クラスの唖喰
「「「攻撃術式発動、光弾十連展開、発射!!」」」
三人同時に発動させた合計三十発に及ぶ光弾が悪夢クラスの唖喰を目掛けて放たれました。
「ギュギェッ」
唖喰は二対の翅を高速ではためかせて素早い動きで光弾を避けていきます。
「デカい図体のくせに早いとか意味不明なんですけど!」
鈴花ちゃんがそう愚痴を零しながら弓を構えて魔力で作られた矢を三本出現させました。
「固有術式発動、追尾効果付与!」
鈴花ちゃんの前方に展開された魔法陣を三本の矢が通過すると、矢は回避しようとする唖喰を執拗に追尾していきます。
「攻撃術式発動、光剣五連展開、発射」
「固有術式発動、閃光糸!」
当然、私達も攻撃を加えていきます。
私と季奈ちゃんの攻撃は唖喰に当てるためではなく、回避先を絞るために放ったものです。
そうすることで唖喰の逃げ場を減らして鈴花ちゃんの追尾する三本の矢を避け辛くすることが目的です。
「ギュギャッ」
私達の目論見通り、唖喰は追尾する三本の矢を避けきることが出来ず、矢は胴体に二本、四枚ある翅の内の一枚に突き刺さりました。
翅に刺さったため、空中でバランスを崩した唖喰に季奈ちゃんが間合いを詰めて攻撃を仕掛けます。
地面を蹴って跳び、一瞬で距離を詰めた季奈ちゃんは薙刀を振るって袈裟斬りを放ちました。
「――チィッ!」
薙刀による一閃は確かに唖喰の胴体に右上から左下まで一直線の傷を与えましたが、季奈ちゃんが舌打ちをしたのは今の一撃で翅を切り落とすつもりだったからです。
それでも完全に体勢を崩した唖喰は地面に落下しました。
「攻撃術式発動、重光槍三連展開、発射」
「固有術式発動、強化効果付与!」
私が大きな光の槍を三本、鈴花ちゃんが強化された四本の矢を放って、地面に蹲っている唖喰に攻撃を仕掛けます。
「ギュギュッ!?」
私達の攻撃は全て唖喰に直撃し、さらに季奈ちゃんが苦無による追撃を加えます。
けれど、相手は悪夢クラスの唖喰です。
いつまでもやられ放題でいるほど容易な相手ではありませんでした。
私達の攻撃によって起きた土煙から勢いよく飛び出して鈴花ちゃんに向かって細長い左腕の爪を振り下ろしてきました。
「っきゃあ!?」
鈴花ちゃんは魔導装束に魔力を流すことで咄嗟に防御をしましたが、衝撃で殴り飛ばされてしまいました。
唖喰は殴り飛ばした鈴花ちゃんに追撃を与えようと再び飛び出そうとしているのが分かりました。
「固有術式発動、龍華閃!!」
季奈ちゃんが魔力を流した薙刀により強力な突きを放つことで鈴花ちゃんに接近する唖喰の軌道を逸らしました。
見当違いの方向に飛んだ唖喰は空中で体勢を整えて今度は季奈ちゃんに向かって右腕を振り下ろそうとしてきます。
――ガキィッ。
「うっ、ぐう……!!」
季奈ちゃんは薙刀を水平に構えて攻撃を防ぎましたが、思ったより敵の攻撃による威力が高かったのか、地面に後退りした後が出来ています。
「季奈ちゃん! 攻撃術式発動、光槍四連展開、発射」
光の槍を四本、私に背を向けている唖喰に放ちます。
その攻撃を察知したのか、唖喰は翅をはためかせて宙に飛んで避けられましたが、季奈ちゃんから注意を引くことは出来たので十分でした。
「すまん、ゆず!」
「お礼を言われるようなことではありません、来ます!」
言葉通り、唖喰はブブゼラ型の嘴を振動させます。
――ブアアアアアアアアアッッ!!!
そうして強烈な音による衝撃波を発生させました。
「っぐう!?」
「ぼ、防御術式発動、障壁展開!」
季奈ちゃんは咄嗟に薙刀を地面に突き刺すことで体を飛ばされないように固定し、私が右手を前に構えて障壁を展開することで何とか飛ばされずに済みましたが、唖喰はさらに嘴を震わせます。
――バチバチバチバチッッ。
「!? 障壁に攻撃!? 一体何が……」
「この風……まさか衝撃波にかまいたちを混ぜとんのか!?」
季奈ちゃんの言葉で今私達が襲われている現象に察しがつきました。
それは嘴から風による刃を発生させて衝撃波に晒されて身動きの取れない私達に攻撃をしているというわけです。
そう考えている間にもかまいたちによって障壁がどんどん削られてしまっています。
「ゆず、ウチの魔力も使い!!」
「助力感謝します!」
私の右腕を季奈ちゃんの左手が掴むことで彼女の中にある魔力を流用し、障壁の防御力を強化しますが、このままでは私達の身動きが取れないことに変わりはありません。
私達が持ち直したのを見た唖喰はさらに衝撃波とかまいたちの威力を強めてきました。
それによって再び障壁が削られ、私達に小さな裂傷が負わされてきました。
「このままじゃ……」
「固有術式発動、衝撃効果付与!!」
横合いから声が聞こえたと同時に飛翔した五本の光が唖喰に当たった瞬間、唖喰の体は大きく吹き飛ばされていきました。
当然、衝撃波とかまいたちは収まりました。
私は声を発した人物に声を掛けます。
「鈴花ちゃん!」
「ごめん、ちょっと遅れた!」
「いいや、ナイスタイミングやったで!」
謝罪する鈴花ちゃんを季奈ちゃんがそう慰めました。
確かに、鈴花ちゃんは唖喰に飛ばされていたので、多少遅れても仕方ありませんし、むしろそのおかげで敵の隙を突くことが出来たので何も悪いことはありません。
「そうです。鈴花ちゃんのおかげで助かりました」
私がそうお礼を言うと、鈴花ちゃんは照れくさそうに右手でこめかみをポリポリと掻きだしました。
「あ~、そっか、うん。それなら気持ちはありがたく受け取っておく」
「ふふっそうしてください」
「さて、軽く戦ってみたけど、どうやった?」
季奈ちゃんがそう切り出します。
相手は悪夢クラスの唖喰。
今まで私達が相手にしてきた唖喰達とは違って一筋縄でいかないとは思っていましたが……。
「正直タフ過ぎでしょ。上位クラスの唖喰だったらもう三体は倒せてるくらいの攻撃を受けて、五体満足って信じられないよ」
「あんなほっそい手足すらカオスイーターの爪以上の固さはあるで」
「とにかく機動力を奪う必要がありますね。そう易々と切断するのは難しいでしょうけど、あの四枚ある翅を一つでも落とせばこちらが有利になります」
「オッケー、じゃあそれで行こう」
そうして軽く打ち合わせを終えると同時に耳を覆いたくなるほどの騒音が響き渡りました。
恐らく唖喰の方も本気になったのかもしれません。
空中に飛び上がった唖喰はまっすぐに私達を目掛けて接近してきます。
私達は散開して突進を回避します。
「攻撃術式発動、光剣五連展開、発射」
私はすれ違い様に光の剣を五本展開して唖喰に向けて放ちますが、途中で左方向に曲がることで躱されてしまいました。
唖喰はそのまま私に接近してきて左腕を振り下ろしてきますが、私は左に跳んで回避し、空中に障壁を展開してそれを足場に再び跳んで身体強化術式を付与したドロップキックを食らわせます。
攻撃を受けた唖喰が吹き飛んだ先には季奈ちゃんが薙刀を構えて立っていました。
「よっしゃあいっちょ決めたろか!! 固有術式発動、蒼旋舞!!」
季奈ちゃんはそう言って薙刀を上段に構えて頭の上で旋回し始めました。
すると、旋風が巻き起こって竜巻は唖喰の体を受け止めました。
「そおらぁ!!」
季奈ちゃんが薙刀を左下から右上へ斬り上げるようにして振り上げると、唖喰は再び吹き飛んで宙に投げ出されました。
そうして追撃を加えるのは鈴花ちゃんです。
弓を構えて矢を五本出現させます。
「固有術式発動、分裂効果付与」
鈴花ちゃんの前方に出現した魔法陣を五本の矢が通過すると、矢の数が十倍に増加して計五十本の矢は一本たりとも逸れることなく、唖喰に向かって放たれていきます。
唖喰は咄嗟に体勢を立て直して矢を警戒しながら軌道を大きく変えて回避を試みようとしますが、それは季奈ちゃんの固有術式で叶いません。
「固有術式発動、絡繰り門!」
ベルブブゼラルが居た場所に季奈ちゃんが大きな魔法陣を展開しました。
五十の矢はその魔法陣の中に入った瞬間、 進路を変えた唖喰の前方に魔法陣が展開され、そこから五十の矢が飛んでいきます。
「ギュギュギャ!!」
唖喰は矢の嵐を回避することが出来ず、動きを止めました。
その一瞬を待っていた私は固有術式を発動させます。
「固有術式発動、オーバーブースト」
術式の威力を跳ね上げる固有術式を発動した私の体を淡い青色の光に包まれます。
「攻撃術式発動、光刃展開」
私の右手に持つ魔導杖が大剣と大差のない程の大きな光の剣へと変化しました。
大きく跳躍した私は動きの止まった唖喰の翅に向かって剣を振り下ろします。
「ギュギャギャーッッ!!」
――ブアアアアアアアアアッッ!!!
「きゃっ!?」
しかし、唖喰は嘴から衝撃波を発生させて私を吹き飛ばしました。
しかもかまいたちを同時に発生させたようで、体にいくつか裂傷が出来ています。
「ゆず!」
「大丈夫です季奈ちゃん! それより〝オーバーブースト〟は五分しか持ちません! 効果時間が続いているうちにもう一度動きを止めないと……」
「でも流石に同じ手は通じないよ……」
鈴花ちゃんの言う通り同じ方法を繰り返したとしても、今度は警戒されて通用しない可能性が高いです。
すると季奈ちゃんからある案が出されました。
「なあ鈴花、アイツの動きを制限出来へんか?」
「……アタシの残り魔力のほとんどを使っていいならなんとか」
「でもそれはあの唖喰の能力が未知であることを考えればあまりに短慮です」
あの能力が本当なら、ここで鈴花ちゃんの魔力を限界間近まで浪費させるのは危険でした。
ですが鈴花ちゃんは毅然とした表情で告げました
「リスク一つ負わないで悪夢クラスを倒そうだなんて甘いと思うよ」
「…………」
鈴花ちゃんの言葉に私は言い返すことが出来ませんでした。
言い返せないでいる私に鈴花ちゃんは笑い掛けてくれます。
「アタシが動けなくなったとしてもゆずが守ってくれるでしょ?」
「……そんなの、ズルいです」
「決まったみたいやな……ほな行くで!」
季奈ちゃんがそう言い終えると同時に唖喰が接近してきました。
鈴花ちゃんは弓を構えて十本の矢を出現させて術式を発動しました。
「固有術式発動、分裂効果×追尾効果二重付与」
構えた弓の前方に二つの魔法陣が重なるように展開され、その魔法陣を通過して分裂した百本の矢が放たれます。
唖喰は上空に向けて飛び上がりましたが、外れたかと思われた百本の矢は突如方向転換をして再び唖喰に向かって飛来していきました。
鈴花ちゃんの発動した固有術式は修学旅行での戦闘でグランドローパーにトドメを刺した時と同様、別々の効果を付与する二重の魔法陣を一度に展開するものです。
強力ですが鈴花ちゃん本人が残り魔力のほとんどを使うと言っていた通り、鈴花ちゃんは息を切らして浅い呼吸を繰り返しています。
大量の矢による追尾は唖喰も驚いた様子で、矢の追尾から逃れようとしますがそうすればする程、飛来する矢との距離が縮まっていきます。
そして……。
「ギュギャーッッ!!」
唖喰は大量の矢による直撃を受けてその動きを止めました。
「今や! 固有術式発動、鎖縛の陣!!」
季奈ちゃんが固有術式を発動させると、唖喰を上下左右前後の六方向から囲むように魔法陣が展開され、そこから光の鎖が伸びて唖喰を拘束しました。
完全に動きを止めたことを確認した私は再び跳躍して右手に光刃剣を顕現させ、逆袈裟斬りで振るいます。
「ギュアーッ!!!」
光の鎖諸共唖喰の右側にあった二枚の翅を斬り落とすことが出来ました。
そうして二枚の翅を失った唖喰は地面にドスンと大きな音を立てて落下しました。
これで唖喰の機動力を大幅に削ぐことが出来ました。
本当なら喜びの声一つ上げたいところですが、まだ油断をするわけにはいきません。
現に翅を二枚失ってなお、唖喰は立ち上がろうといます。
どんな行動を起こそうとすぐに行動に移れるよう最大限の警戒をします。
そうして立ち上がった唖喰が起こした行動は……。
――ブオオオオオオオオオオオオオッッ。
「ううっ!!? 何ですかこの音!?」
「い、今までで一番大きい!?」
突然の大音量に私達は両手で耳を塞ぐことしか出来ません。
――ピシッ。
「何やこれ!? まるで世界中が揺れとるような振動やで!!?」
――パキパキッ。
不意に何か聞こえた気がしました。
「な、なんだか今……ガラスにヒビが入ったような音が聞こえた気が……」
「こ、こんな大音量の中でそないな音聞こえるか!? 気の所為とちゃうか!?」
――ビキビキビキッッ。
「や、やっぱり何か別の音が聞こえます!」
「アイツが何か仕掛けてるってこと!?」
「分かりません、でも……嫌な予感がします!」
――オオオオオォォォォォォォォ……。
長いようで一瞬だった音の嵐が収まりました。
一体あの唖喰が何をしたのか周囲を見渡してみると、唖喰の背後に妙な線があるのが見えました。
「あれは……」
――ピシピシッバキバキバキッッ。
「え、線が大きく……!?」
そう呟いた瞬間、それは起きました。
――パリィィィィンッッ。
「シャアアアア!」「シューッ!」「グルルルルアア!」「ガアアアア!」「ゲゲェーッ!」「グオオオ!」「シュルルル……」「ググググググ!」「ギャギャギャ!」
「「「!!?」」」
唖喰の背後にあった線が大きくなって、ガラスの割れるような音が響いた瞬間、空間が割れて空いた穴から夥しい数のラビイヤーやローパー達が雪崩のように溢れ出てきました。
ボス戦で雑魚を呼ばれると鬱陶しいアレ。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
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