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10話 魔導少女の戦い 後編

連続投稿十一発目

※人によっては苦手な描写があるので注意してください


「そう、唖喰(あくう)は私達の隙を的確に突いてくるわ。その理由は……その方が獲物を捕食しやすいからよ」

「っなんだ、それ……」


 どこまでも本能に忠実な唖喰という生物の生態に俺は怒りを覚えた。


「それよ。唖喰はこっちの感情に揺さぶりをかけて心の隙を作ろうとする。心の隙は動きの隙に繋がる……それを狙うだけの知能がアイツらにあるということよ」

「――っ!」


 その事実に俺は背筋が一気に冷えた気がした。

 工藤さんが言ったことは、今俺が抱いた怒りすら唖喰達に誘導されて出たものだということだ。

 

 相手の感情すら意のままに導く狡猾(こうかつ)さに俺は吐き気を催した。

 この嫌悪感すら唖喰に誘導されたものだと思うと、胸の奥で怒りや恐怖がごちゃ混ぜになる感覚がした。


「――魔導士の人達は、よくそんな相手とまともに戦えますね」


 純粋な称賛だ。

 俺は何回目かになる唖喰に対する認識を改めた。


 的確にこちらの隙を突いて怒りや恐怖を刺激して、さらに隙を作り出すことで獲物を確実に捕食しようとする怪物。

 

 見ているだけでこのざまなのに、直接そんな相手と戦い続けるなんて俺なら絶対に耐えられない。

 だからこそ、工藤さんや柏木さん、並木さん達魔導士を素直に尊敬できる。 


「慣れているだけよ」


 工藤さんはただ一言だけそういった。

 俺が怒り狂いそうなのに工藤さんは冷静だ。


 本当にすごい。

 

 並木さんなんていつもの無表情のままだ。

 ひょっとしたら彼女がいつも無表情なのは五年間もの長い間唖喰と戦い続けたことが原因なのかもしれない。


 感情を剥き出しにしていれば心に隙が出来る。

 唖喰はそれを狙っている。


 なら感情を凍てつかせれば、そんな隙は生まれなくなる。

 なるほど合理的な理由だ。


 そうと解れば……いっそう唖喰を憎みたくなる。


 ふざけんな、お前らのせいで並木さんは笑うことすらしないんだぞ。

 俺は女の子の笑顔を奪うアイツらが純粋に憎くくて仕方なかった。 


 ふと工藤さんは魔導士として三年間も戦っていたと言っていたことを思い出した。

 柏木さんは二年目だと言っていた。

 二人は並木さんと違って……並木さんには失礼だけどとても人間らしい。


 柏木さんは明るい人で、俺を抱えていた時のようにとても女性的な性格をしている。

 工藤さんは面倒見のいい人で、俺と柏木さんを茶化すようなことを言う一面もある。


 並木さんはどうだろうか?

 彼女はいつも無表情で、何を考えているのかよく分からない。

 石谷達の友達になりたいという言葉を断った時のように俺が指摘しないと間違いに気付かない……ロボットみたいな感じだ。


 並木さんと二人の違い……それは過ごして来た〝日常〟だ。


 工藤さん達は普段は大学生として過ごしている。

 対して並木さんは俺が日常指導係になるまで学校にも行かずいた。


「初咲さんが並木さんに日常指導係をつけようとする理由はそういうことか」


 ようやく納得出来た。

 初咲さんは長く続く戦いの中で感情を凍らせた並木さんの将来を心配していたんだ。

 

 でも日本支部の支部長という立場である自分では、並木さんに変化を与えられるほどの時間は取れない。

 だから魔力を持ち、唖喰を捉えることが出来る俺のような人材を求めていた。


 異性である理由は……下世話だが恋の一つでもしてほしいと思っていたから。

 人の心を変えたり成長させるのには、恋愛が一番的確だということと、あわよくば並木さんの生涯の伴侶になるかもしれない相手を作ることだろう。 

 

 なのに初咲さんの意図に気付くことなく前任の日常指導係は並木さんに我欲を押し付けた。

 そのことは初咲さんにとって手痛い失敗だったはずだ。 


 きっと再び異性を日常指導係に任命することは初咲さんなりにかなり葛藤があったのだろう。

  


『日常と称して妙なことを教え込むと痛い目をみるから気を付けてね』

『当たり前ですよ、それを言う必要はあるんですか……上司だから任務に差し支えないよう釘を刺さなくてもそんなつもりは一切ありませんから』

『……そう、ならまぁいいわ』


 

 あの時の忠告は茶化すでもなく、俺の真意を推し量るためのものだったのだろう。


 なら、俺がするべきことは……。


「っぐ!」

「えっ!?」


 並木さんの悲鳴を押し殺したような声が聞こえて思考を中断して並木さんの方へ視線を向ける。


 それは、並木さんの左腕にラビイヤーが噛み付いていた。

 相当握力が強いのか、血が腕を伝って地面に滴り落ちていた。


「はあっ!」


 並木さんは左腕振り下ろすことで、噛み付いているラビイヤーを地面に叩きつけて塵にした。

 攻撃術式を使っていないのになぜ……と思ったら、彼女の左腕が淡い光に包まれていた。

 そっか、術式の元になっている魔力をぶつけても唖喰は倒せるのか。


 必要とはいえ、ラビイヤーを倒すのにローパーの触手から目を離したため、チャンスとばかりに触手を突き出してきた。


「ふっ」


 並木さんはバックステップをして一旦距離を置いて左回りに旋回するように駆け出したことで触手を引き離した。


「攻撃術式発動、光剣四連展開、発射」


 並木さんは横からローパー達に向けて光の剣を四本放った。

 三体のローパーは高速で飛来する光剣に対して成す術もなく貫かれて消滅する。


「カハァッ!!」


 次に二体のイーターが大口を開けて襲い掛かってきた。

 さらに逃げ場を塞ぐように後方にラビイヤーが、ローパーが左右から触手を伸ばしていく。


「っあれじゃ……いや、上に逃げれば……!」

「いいえ、それは罠よ!」

「え、なっ!?」


 工藤さんに指摘された通り、上には別のローパーが触手を上に伸ばしていた。

 あれじゃ上に跳躍しても、ローパーの触手に捕まってしまう。


「なみ――」

 

 俺が並木さんに注意を促そうとするより先に並木さんが行動した。

 彼女は右手に持っていた杖と左の手の平を前方にいる二体のイーターの口に向けて……。


「攻撃術式発動、爆光弾二連展開、発射」


 バスケットボールより大きな光弾をこれでも食らえと言わんばかりにイーター達の口へ放った。


「「ゴバァ!!!?」」


 爆発する光弾を口腔内に押し込められたイーター達は自らが爆弾と化したかのように内側から破裂した。


 その衝撃で接近していたラビイヤーも消し飛び、ローパー達の触手も吹き飛んだ。

 

「……」


 並木さんのイチかバチかというような行動に俺は言葉が出なかった。

 あの状況であんな打開策を思いついて実行できるのは、彼女が五年という時間で積み上げてきた膨大な戦闘経験が成せる荒業だということは理解出来た。


 残っている唖喰はラビイヤーが九体、ローパーが三体、イーターが一体の計七体と僅かだ。

      

「ガルアァッ!!」


 イーターが並木さんに跳躍して突撃していく。


「攻撃術式発動、光槍展開、発射」


 対する並木さんは他の唖喰を警戒しながらイーターを迎え撃つために術式を発動させた。

 光速で放たれた光の槍をイーターは視認する間も無く、一瞬で貫かれて塵と化していった。


 あと六体。

 そう思った時……。


「くあぁっ!?」


 一本の触手が地面から飛び出て並木さんの右足のふくらはぎに巻き付いた。


 それは一体のローパーが地面に触手を潜り込ませていたものだった。

 どうして並木さんが気付かなかったのか……その理由をここまで戦いを見て唖喰の質の悪さを見てきた俺は気付いた……気付いたと同時に唖喰の獲物を捕食するためなら手段を選ばない悪辣さにもうどう反応すればいいのか分からなくなった。


 さっきのイーターは囮だ。

 自ら犠牲になることで触手への注意を逸らさせたんだ。


 自分が食することより、同族が食することを優先した。

 それが犬や猫、ましてや親子なら涙ぐましいものだったはずだ。


 だがそれを行ったのは唖喰だ。

 その思考は到底理解しきれるものでもなく、したくもない程反吐が出る。


「ぐっ、攻撃術式発動、光刃展開!」


 並木さんは右足に絡みついている触手を光の刃で切り裂いたことで、そのまま拘束されることは回避した。

 

 しかし生み出されてしまった致命的な隙は次々に並木さんへと牙を立てていった。

 四方から迫ってくるローパーの触手を回避するため、並木さんは左足で跳躍した。


 ローパー達は跳んだ並木さんに向けて触手を突き出すが、光の刃で切り落として防いでいく。


「攻撃術式発動、光槍六連展開、発射――っい!?」


 並木さんは三体のローパーに向けて光の槍を放った。

 それによって二体は塵に変えて消滅させることが出来たが、攻撃を放つ直前に再び右足に触手が絡んだため、一体だけ狙いが逸れてしまい、消滅させられなかった。


「っ……あああああっ!!」


 さらに左足、右腕と触手が巻き付いていって並木さんを苦しめていく。


 このまま他の触手に全身を巻き付かれるのかと思いきや、なんと並木さんは迫ってくる一本の触手を左手で掴んで引っ張ることで自分の元にローパーを引き寄せた。

 

 強酸に包まれた触手を掴んでいた左手はその手を守るように覆っていた手袋どころか、皮膚をも溶かされたようで、血がボタボタと流れ出ていた。

    

「せああああ!!」


 そんなことに構わず並木さんは引き寄せたローパーに魔力を込めた左拳を叩き込むことでローパーを塵に変えて消し去った。

 

 本体であるローパーが消滅したことで並木さんの右足、左足、右腕に巻き付いていた触手も消えたが、巻き付かれていた箇所は火傷が出来ており、特に右足は重傷で焼け爛れていた。


 しかし……。


「シャアアアアッ!」

「うあああああっ!!?」


 地上にいたラビイヤーが並木さんの右足に噛み付いた。

 最も重傷である箇所に噛み付かれた並木さんは苦痛で表情を歪ませた。


 右足に噛み付かれたことで並木さんは体勢を崩し、地面に落下した。


「ぐうううっ、あああ!!」


 地面に落ちた並木さんは自らの右足を噛み付かれる激痛を堪えながら、光の刃で噛み付いてきたラビイヤーを切り裂いた。


「はぁ……はぁ……」


 並木さんの右足は血と泥でぐちゃぐちゃになっていて、学校で見た時の綺麗な肌は見るも無残な状態になっていた。

 

 さっき消えたラビイヤーは並木さんの右足が一番重傷だと把握して噛み付いた。

 それは並木さんの機動力を奪い、確実に捕食出来ると踏んだからだ。

 

 ――駄目だ、まだ行くな、行ったら死ぬぞ、またあんな目に遭いたいのか!?


 俺は飛び出しそうになるのを必死に堪えた。

 唇を噛んで血が出ても、握る力が強くて手の平に爪が食い込んでも堪えるんだ。 


 ――でもここで並木さんが死んだら?


 そう考えたらもう怒りも恐怖も何もかも抑えきれなくなりそうになって……。


「うぶっ……お゛え゛っ!!!?」

「っ竜胆君、大丈夫!?」


 思いっきり吐いてしまった。

 工藤さんが心配から慌てるような声を出しているが、俺は大丈夫だと目で訴えた。 


 吐いたのは一種の自己抑制だ。

 昂り過ぎて爆発した感情と、死に対する恐怖がぶつかり合った結果……あと単純にグロテスクな光景を見たからだ。


 何とも締まらないが、頭の中は少しすっきりした。

 

 視界の先では並木さんが立ち上がろうとしていた。

 まだ唖喰が残っているからだ。

 

 だが当の並木さんは肩を大きく揺らすほど荒い呼吸……四肢から垂れ流しになって地面を濡らしている血……誰がどう見ても満身創痍だ。


 そんな状態でもなお戦おうとする……一体何が彼女をそこまでさせるのか全く分からない。


「あ……」


 俺は彼女のある一点に目を向けた。

   

 並木さんの目は、諦念も恐怖も感じない。

 もう俺の存在なんて頭の片隅にもないんじゃないかというくらい、ただ目の前の敵を倒すこと以外何も考えていないようだった。


 そんな並木さんの意思を宿したを受けて、残っている八体のラビイヤーは心なしか怯えているようにも見えた。


「シャアアア」「ガアアア!」


 しかし、自らの身の安全と満身創痍の獲物を捕食するチャンスを天秤にかけて、八体のラビイヤーは後者を選んで並木さんに飛び掛かった。



 そこが分水嶺だった。



「固有術式発動、ミストブレイク」


 並木さんが左手を振り上げると、キラキラと夜の闇に目立つ光の粉が舞った。


 ラビイヤー達はそれに構わず並木さんを食らおうと大口を開けるが……。


「ギ、プ、シャ、ア、ァ……」「ゲ、ガ、グ、ヴ、ゥ……」


 突如としてその体を塵に変えて消えていった。

 多分だけど並木さんが振り上げた光の粉は唖喰にとって毒になる魔力を浴びせるものなのだと思う。

 

 〝固有術式〟。


 さっき並木さんはそう言った。

 名称からして魔法少女で言う必殺技に近いものなのかもしれない。


 ラビイヤー達が消えたことを見届けた並木さんは魔導装束を解除して、学校の制服姿に戻った。

 おいおい、学校から帰ってそのままだったのかよ……俺も人のこと言えないけど。

 

 そして遂に緊張の糸が切れたのか地面に後ろから倒れ込んでしまった。


「っ! 工藤さん……」

「うん、唖喰の全滅を確認したわ。もう大丈夫だから結界を解除するわね」

「っ、はい、ありがとうございました! 並木さん!」


 工藤さんから戦闘終了を告げられた俺は、並木さんの元へ駆け寄った。


「……りん、どう……くん?」

「あ、えっと……」


 駆け寄って、改めて並木さんが意識を失っていないのが不思議なレベルの重傷に、思わず言葉を失くしてしまった。


 なんと言えばいいのか迷っていると、工藤さんが助け舟を出してくれた。


「並木ちゃん、一先ず治療しよっか」

「う、はい、工藤さん……」

「いや治療って早く救急車でも呼ばないと……」


 至って冷静な二人の会話に置いて行かれた俺はそう提案するが……。

 

「必要、ありません……治癒術式発動」

「何言って……え?」


 並木さんに却下され、彼女が術式の発動を呟くと見るも無残だった傷がみるみる癒えていった。

 それは動画の逆再生のように巻き戻っていったが、魔導装束の破けた部分までは修復できないようで、綺麗な肌が所々露出する格好となっていた。


「このように怪我を一瞬で回復する手段がありますので、救急車は必要ありません」

「え、あ、はい……」


 そりゃ三百年も戦ってたら凶悪な攻撃に対処する術くらい出てくるよな~。

 あんまりに綺麗に戻っていくから変な声出ちゃったし。


 俺が呆気に取られていると、並木さんの回復を待っていた工藤さんが話しかけてきた。


「さてと、並木ちゃんの回復も見届けたし私はこれから菜々美と後始末するから、竜胆君」

「はいっ!」


 唐突に呼ばれた俺は背筋をピンと伸ばして工藤さんの次の言葉を待つ。


「並木ちゃんを背負って日本支部まで連れて行って頂戴」 

「はい……え、なんでですか?」

「ここに連れて行く時私の言うことを聞くって約束でしょう? それに君が粗相をした物も私達の後始末の対象よ。黙っててあげるから、ほらさっさと行った行った」

「粗相?」

「ななななな何でもないから! ほら早く行こう!」

「うん、よろしい。それじゃまたね」


 そうして工藤さんから吐瀉物(としゃぶつ)のことをネタにされた俺は、彼女と別れて並木さんを連れて帰ることになった。


美少女が血塗れになったけど即座に完治したからセーフ……だと思いたい

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