100話 十五年目の特別な日
七月二十二日……私……並木ゆずの十五歳の誕生日です。
名前がゆずなのに柚子の旬である十月から十二月と何も関係が無いのは自分でもおかしな話だと思うのですが、誕生日というのは自分で選べるものではありませんし、今はいない母が私を産んだ大事な日です。
何とも思わないわけがありません。
それでも去年までは法的に自分の年齢が一つ上がったことを認められる日だという認識だったのですが、こうして皆さんからサプライズで祝われたことで今年は違った日になると確信しています。
「あ、あの……どうやって私の部屋に?」
「初咲さんにゆずのサプライズ誕生日会するって教えたらマスターキーで開けてくれたの」
「プ、プライバシーの侵害では……?」
「でもおかげでこうして最高のサプライズが出来たし、ゆずのためにしてくれたんだから許してあげてよ」
「……はぁ、仕方ありませんね」
橘鈴花ちゃんは司君と小学生の頃からの友達です。
彼女はとても明るい人で一緒にいると自然と笑顔になります。
鈴花ちゃんはとっても友達想いです。
私のことをよく気に掛けてくれて、魔導少女としても成長し続ける強い人です。
「ゆっちゃん、早くこっちにどうぞです!」
「わ、あ、天坂さん、無理に手を引かないでください……」
天坂翡翠さん。
私よりさらに二歳年下の小さな女の子です。
明るさだけで言えば鈴花ちゃん以上に印象深く、人懐っこいところが長所です。
私と同じ魔導少女ではありますが、過去に重傷を負って挫折した経緯があってからは技術班の班長である隅角さんの助手となって活動しています。
ただ……事あるごとにあの人に抱き着くのはどうかと思います。
私が抱き着こうとしても恥ずかしくて行動に移せない上に、いざ実行しようとすると遠慮されるのに、天坂さんには何も言わないのもちょっと不満です。
っと、話が逸れそうですね。
最近は鈴花ちゃんの戦線復帰に何か思うところがあるようでして、季奈ちゃんによく相談をしているそうです。
「いやぁ~、賑やかになるなぁ~」
「季奈ちゃんも参加してくれたんですね」
「研究ばっかしとんのも疲れるもんやから、ちょいと息抜きついでにな~」
次にその和良望季奈ちゃん。
世界中に存在する魔導士・魔導少女の中で最も優秀とされる最高序列第五位である〝術式の匠〟と呼ばれる人です。
関西地方出身で、自家である和良望家に身を置いているのですが、ゴールデンウィークからずっと東京支部に入り浸っています。
彼女の術式に対する造形の深さは私以上で、常に術式の開発に余念がなく、その成果は私達魔導士・魔導少女にとってなくてはならない人です。
「ふふ、大人びてるなって思っていたけれど、そうしていると並木ちゃんも十五歳らしい表情をするようになったわね」
「そ、そうでしょうか?」
「本当よ。三か月前に比べてよく笑うようになったわ」
工藤静さん。
柏木さんの一つ年上の大学生で魔導士として三年間活動してきたベテランです。
司君が私の日常指導係に就くまでは交流らしい交流はなかったのですが、今では共闘する機会があった時は会話を交わすことが多くなりました。
面倒見の良い方で、柏木さんを始めとする教導係を務めた後輩魔導士からは良く慕われています。
「改めて誕生日おめでとう。並木ちゃん」
「え、ええ、ありがとうございます、柏木さん」
柏木菜々美さん。
正直この場にいる人物の中で一番距離の測り方に悩んでいる人です。
栗色のサラサラした髪に大人の女性らしい上品な雰囲気を漂わせる彼女は、私と同じく司君に好意を持っています。
私が司君にお弁当を手渡そうとすれば柏木さんも同じタイミングでお弁当を作るなどどうも同じタイミングで鉢合わせることが多いです。
好きか嫌いかの線引きも曖昧ですが、不思議と悪い気分ではありません。
同じ人を好きになった共感というものかもしれません。
ともかく、一度彼女とはよく話し合ってみたいです。
「喫茶店で時間潰したのは部屋の飾り付けのためだったんだ。騙すような真似して悪かった」
「い、いえ! 誕生日を祝ってくれるというのなら、何の不満もありません!」
そして……竜胆司君。
四月の中旬に彼がはぐれ唖喰に襲われていたところを私が助けて以来、戦いに身を置いてばかりだった私の日常指導係として行動を共にするようになりました。
正直に言ってしまえば彼に自分の誕生日を祝って貰えるということが嬉しくて仕方ありません。
私の疑問や悩みを一緒になって考えてくれたり、私が知らない日常を教えてくれたり、いくら感謝してもし足りないくらいの気持ちがあります。
そして感謝だけでなく、私は彼を一人の男性として好意を抱いています。
彼と隣にいるだけで満たされるような幸福感に包まれますし、柏木さんや天坂さんと仲良く話しているときは無性にイライラしてしまいますが、それでも彼が私に笑いかけてもらえると堪らなく嬉しくなってしまいます。
「それじゃ早速ケーキを切り分けよっか」
「このケーキ、菜々美さんが作ってくれたんだよ」
「あ、ありがとうございます」
テーブルにはこの日のために菜々美さんが作ったというケーキがあります。
シンプルな白いホールケーキの上にあるチョコプレートには私の名前と誕生日を祝うメッセージが書かれています。
ケーキはスポンジの間にイチゴとミカンが入っていて、とても美味しいものでした。
……時間があれば作り方を教わって司君に振舞うのもいいかもしれません。
確か司君の誕生日は八月三十一日なので、今からでも十分に間に合いますね。
ふふ、なんだか楽しみになってきました。
朧げな記憶にしか残っていない両親にもこうして祝って貰えたのでしょうか……。
……ちょっと不謹慎でしたね、せっかくの誕生日なのに存分に楽しまなくては懸命に準備してくれた司君達に失礼ですからね。
「それじゃプレゼント授与といこうっか! アタシからはこれ!」
そう言って鈴花ちゃんがプレゼントしてくれたのは、朱色を基調とした長い髪紐でした。
「ゆずって羨ましいことにあんまり化粧とかしないでしょ? ならずっと使ってくれそうな髪紐にしたってわけ! 早速つけてみてよ」
「ありがとうございます、それではお言葉に甘えて……」
私は束ねた後ろ髪を左肩にかかるようにして、髪紐を括り付けてみました。
「わぁ、ゆっちゃん似合っています!!」
「うんうん、可愛いよ!」
「ほんと何でも似合うわね」
「ええ感じやん、つっちーはどう思う?」
「俺あんまりこういうの分からないんだけど……」
き、季奈ちゃん!?
急に司君に振らないでください! もし司君に“似合っていない”と言われたらどうするのでしょうか!?
私の不安を余所に司君が口を開きます。
「ゆずの黄色髪にすごく似合っていると思う。特にゆずの髪は綺麗だから、赤色があるともっと目立っていいと思うぞ」
「え、あ、ありがとう……ございます」
まさかの褒め殺しでした……うぅ、司君と目を合わせられません。
修学旅行の時にも思ったのですが、司君はよくそういう言葉を普段と変わらない表情で言えますね……。
鈴花ちゃん曰く、司君が信頼した異性にのみ発揮されるそうですので、私だけが特別では無いと思い知らされてしま……じゃなくて変に意識してしまいますので紛らわしいです。
「ほんならウチからはこれや」
次に季奈ちゃんが渡してくれたプレゼントはUSBメモリでした。
……どういうことでしょうか?
私と同じ疑問を持った天坂さんが季奈ちゃんに訊ねました。
「きーちゃん、この中にどんなデータが入っているのです? つっちーの秘蔵写真ですか?」
「えっ!?」
「おい嘘だろ? そんなの渡されてもゆずが迷惑なだけじゃ……」
「あっちゃー、それがあったんかー」
「え、あるの!?」
「嘘やって、新作の魔導装束のデータが入っとるんや」
「嘘で良かった……」
う、嘘だったのですか……。
司君の中学生の頃や小学生の頃の写真に興味があr……いいえ、なんでもありません!
でもちょっと勿体ないと思いました……。
「新作はまずデザインをちょいと弄って、魔力を流した時の防御力を上げたり……まあ細かいのは後で説明さしてもらうから、まずは装備してみ」
「わ、分かりました」
部屋にあるパソコンにUSBメモリを差し込んで、特殊な有線ケーブルで接続した魔導器へ転送し、起動します。
「魔導器起動、魔導装束装備開始」
足元に魔法陣が現れて私の体を通過すると、元の着ていた服が魔導装束に早変わりしました。
その結果……。
「「「「おお~!」」」」
「……おぉ」
柏木さんに工藤さん、天坂さんと鈴花ちゃんが感嘆の声を上げ、司君は何やらぼうっとしています。
季奈ちゃんが部屋にある姿見の前に立つように言われ、その通りに立ってみるとそこには新しい魔導装束を纏っている私が映っていました。
前の魔導装束はインナー以外グレーのみでしたが、新作は白を基調として随所に果実の柚子と同じ黄色が散りばめられています。
上半身部分は裾から五つの帯のパーツが五枚の花弁のように広がっていて、先に行くほど白から黄色になるようにグラデーションが施されています。
柚葉色のスカートは膝丈の長さで、ブーツは脹脛を覆う程の高さです。
試しに私の魔導武装である魔導杖を手に取ってみると、さらに盛り上がりました。
新作の魔導装束と違和感もなく、司君と出会った当初の私でしたら絶対に着ようと思わないものです。
「ついにゆずの魔導装束も魔導少女らしくなったね!」
「いや~、動きやすさを残したままそれっぽくすんのはほんま大変やったわぁ」
「ゆっちゃん可愛いです!」
「これは……とんでもない破壊力ね……」
「凄く似合ってるよ」
鈴花ちゃん、季奈ちゃん、天坂さん、工藤さん、柏木さんから次々と感想を貰いました。
あとは司君ですが、まだ呆然としています……司君にはあまり似合っているように見えないのでしょうか?
「あの、この魔導装束は司君から見てどうでしょうか?」
いてもたってもいられなくて、ついに自分から聞いてしまいました。
でも何も言われないよりはと思って訊ねてみたのですが、なんだか急に怖くなってきました……。
「お、あ、そ、その……言葉が出ない……」
え?
聞き間違いでしょうか?
言葉が出ないとはどういうことなのでしょうか?
先程までの高揚感が泡の割れたように消えてしまった気分です……。
「に、似合って……いないのでしょうか?」
「ええ!? とんでもない! 凄く可愛い! 流石ゆずだなって思ったくらいで……あ」
「か、可愛い……」
「あああ、いや、その言葉のアヤというか……」
「え……御世辞なんですか?」
「う……まごうことなき本心です!」
司君は顔を真っ赤にしてそう言ってくれました。
それを聞いた私は一転して幸福感に包まれました。
ふふ、良かったです。
あまりの嬉しさに私の頬は緩み切っていて、その場でくるりとターンを決める程でした。
ただ、この場には私と司君以外にも五人がいたことを思い出して、慌てて元の服に戻して席に戻りました。
うぅ、恥ずかしいです……。
「いやぁ~本当にごちそうさまでした~(ニヤニヤ)」
「羨ましいなぁ~ウチも負けてられへんなぁ(ニヤニヤ)」
「はぁ、初々しくて眩しいわぁ(ニヤニヤ)」
「うぅ、羨ましい……」
「つっちー? ゆっちゃん? お顔が真っ赤ですよ?」
「あうぅ……」
「お前らそのくらいで勘弁してやれ……」
私は羞恥心を誤魔化すためにひたすらお皿に盛られたケーキを食べて気を紛らわしました。
ケーキは美味しかったです。
「次はひーちゃんからです!」
そう言って天坂さんが取り出したのは、ピンクのイルカと水色のイルカの二つのぬいぐるみがセットになっているものでした。
イルカのぬいぐるみはとても可愛らしく、私は心が躍らずにはいられませんでした。
「ありがとうございます、天坂さん」
「どういたしましてです! でもゆっちゃんにお願いがあるです!」
「? なんでしょうか?」
「ひーちゃんのことを苗字じゃなくて名前で呼んで欲しいです! だってひーちゃんとゆっちゃんはお友達です!」
「あ……」
確かに天坂さんとは何度か買い物を一緒に行ったり、一緒に食事をしたりする機会が多いです。
その時の様子を思い返すとなるほど、私と天坂さんは友達らしい付き合いをしていますね。
天坂さんに指摘されて今になって気付くなんて、私もまだ教わることだらけですね。
「はい、改めてよろしくお願いします。――翡翠ちゃん」
「はいです!」
翡翠ちゃんは満足したようにパァッと笑ってくれました。
「じゃあ次は私ね」
今度は工藤さんがプレゼントを渡してくれるようです。
縦に長い箱を渡され、中を開けてみると扇子が入っていました。
箱から出して広げてみると赤色をベースに柚子の花と竜胆の花が描かれていて、すぐに意味を理解した私はボンっと茹で上がるように顔に熱が集まるのを実感しました。
「く、工藤さん、これは……?」
「ふふ、私はあなたが喜びそうなデザインを選んだだけで、他意はないわよ?」
工藤さんは意地悪ような表情を浮かべながらそう言いました。
ど、どうして司君への好意が工藤さんにはバレてしまっているんでしょうか?
「あの、工藤さんはどちらかといえば柏木さんを応援しているのでは?」
私がそう尋ねると工藤さんは私の左耳に口を近づけてきました。
「そうよ。でも恋する女の子は誰だって応援したくなっちゃうのよ」
「う、あぅ……」
はっきりと他人の口から言われると恥ずかしさで上手く言葉に出来ませんでした。
「恋は何度も出来るけれど初恋は一生に一度っきり……そんな大事な気持ちに応援をするしないなんて考えたら初恋をしてる人に失礼でしょ? それが実るにせよ実らないにせよ、初めて誰かを好きになったことはとても素敵な思い出になるわ。だから私はそれを大事にしてほしいだけなのよ」
工藤さんの言葉は私の心に深く響きました。
私は初めての気持ちに戸惑うばかりで、ちゃんと司君に伝えられるのか、告白してフラれてしまったらと不安に思うことがありました。
でも工藤さんは初恋の成就より思い出を大切にするようにと教えてくれました。
その言葉を聞いて、霞がかっていた不安が少し晴れたように感じました。
「――ありがとうございます。工藤さん」
「どういたしまして。ちゃんと思い出になるよう青春謳歌しなさい」
「はい」
工藤さんの次は柏木さんです。
柏木さんからもらったプレゼントは本でした。
でも普通の本ではなく、茶色の革製の表紙には〝diary〟と書かれていました。
「これは……日記帳ですか?」
「うん、並木ちゃんが司くんの日常指導のおかげで何か思い出に残せるようにって思って選んだの。あ、もし日記をつけないなら無理に使わなくても……」
「い、いえ、大変ありがとうございます! 買い物に行く手間が省けましたし、表紙も趣があっていいと思います」
「本当? 良かった」
柏木さんは心底ホッとしたように安堵していました。
中を開いてみると、一日一ページで書いていけば半年分は綴れるようです。
途中で日記帳とは別の紙が挟まれていました。
取り出して中を確かめると、それは柏木さんからの手紙でした。
『司くんとのことばかりじゃなくて、鈴花ちゃんと過ごしたことや私と競い合ったこともちゃんと書くこと!』と書かれていました。
ふと柏木さんと顔を合わせると、彼女はニコリと微笑んで手を胸の位置でひらひらと振っていました。
それを見て私は距離を測りかねているのは自分だけで、柏木さんは既に私を恋のライバルであり対等な相手だと認識していることを察しました。
今すぐどうこうは難しいですが、彼女とも仲良くなりたいと思いました。
そうしていよいよ司君からのプレゼントです。
「司! 〝こ〟から始まって〝け〟で終わるやつでしょうね?」
「まだ適齢じゃないだろ!」
? 鈴花ちゃんが何か囃し立てていますが、適齢じゃないとはどういう意味なのでしょうか?
私は意味が理解出来ずにいると、翡翠ちゃんが何かわかったようで挙手しました。
「つっちー! ひーちゃん分かったです! 答えはコレラタケです!」
「違うし何それ!!?」
「コレラっていう細菌性感染症と似たような下痢の症状を引き起こして、著しい肝臓、腎臓機能低下によって死ぬ危険のある猛毒のキノコです!!」
そんな危険なキノコが!?
どうして翡翠ちゃんはそんな危険な毒キノコの知識があるのでしょうか?
「そんな物騒なもの渡したら嫌われるわ!!」
「えー!? じゃあすーちゃんの謎々の答えが分からないです……」
「えっと、これから渡された並木ちゃんが中を確かめるから無理に答える必要はないと思うよ」
「そうでした! ひーちゃんはうっかりしてたです!」
な、なんだか一気に騒がしくなりました。
「ちょっと、静かにしないと並木ちゃんが落ち着いて見れないでしょ」
工藤さんが静めて場を持ち直し、やっと司君からのプレゼントです。
「えっと、俺が最後とかハードル高くてこれでいいのか不安になって来た……」
「多分そのハードルはアンタからのプレゼントなら、その辺で拾った一輪の花でも余裕で超えると思うよ」
「さ、流石に司君から頂くものがそれでは私も落ち込みますよ?」
「当たり前だろ、とにかくこれは俺からだ。受け取ってくれ」
司君からもらったプレゼント箱は細長い四角形の形をしていて、中を開けてみると糸で編まれたネックレスにトパーズが括り付けられているものでした。
私はこれに見覚えがありました。
「これは……夢燈島のオリエンテーリングで作っていたものですか?」
「正解。本当は出来た瞬間に渡そうと思っていたけど、ゆずの誕生日が近かったから、その時に渡すことにしたんだ。どうだ?」
「はい、とても素敵です……あの……司君、一つお願いをしてもいいでしょうか?」
「ん? 今日の主役はゆずだから俺に出来ることなら言ってくれ」
司君の了承を得た私はお願いを口に出しました。
「このネックレスを……司君の手で付けて貰いたいんです」
私のお願いを聞いて他の皆さんが絶句してしまいました。
自分でもとても恥ずかしいことを言いだしたと思っていますが……今日だけはちょっとだけ自分に甘くなってみようと思った結果です。
「……分かった。じゃあ付けるぞ」
司君にトパーズのネックレスを手渡して、両手を私の後頭部に回します。
当然、司君と私の距離はあわや密着寸前になる程近くなりました。
司君の匂い、首に触れる司君の腕から感じる体温、耳に聞こえる司君の息遣い、その全てを全身で感じて、私は今この瞬間に今日一番のプレゼントを貰えた気分です。
「よし、付けられた」
ネックレスを付け終えた司君が私から少し距離を取ります。
少々どころかとても名残惜しいですけど……今はこれで十分です。
ネックレスに編み込まれている金色の糸とトパーズが、部屋の照明の光を反射してキラキラ光っていました。
その光はとても素敵で、今日という日を色濃く表しているようでした。
「ありがとうございます、司君。とても……とても嬉しいです」
「……喜んでもらえてなによりだ」
「指輪なら満点だったけどね~」
「だから適齢じゃないって……」
「まぁまぁ、遅かれ早かれのことやろ~」
「つっちーからもらったネックレスはひーちゃんもつけています!!」
「わ、私も大切にしてるよ!?」
「菜々美、中学生と張り合わなくてもいいから……」
「ふふふ……」
その光景を眺めながら微笑んだ私は、今日が今まで過ぎていった十五年間の誕生日で一番の思い出になると確信しました。
賑やかだった誕生日会はあっという間に終わり、皆さんはそれぞれの家へと帰っていきました。
時刻は十八時になりました。
夕食を食べ終えて、誕生日会の賑やかさが嘘のように静まり返った部屋で、私は柏木さんからもらった日記帳に早速今日のことを書くことにしました。
司君から教えてもらったこと、喫茶店で私が感じたこと、誕生日会のこと……それらを宝物を大事にしまうように一文字一文字ゆっくり丁寧に綴っていきます。
今日のことを書き終えて、今までの……司君が私の日常指導係になった時からの出来事も書いて残しておきたいと思った私は、未使用のノートで即席の日記帳を作りました。
そしてもうすぐ二十時を迎えようとする頃には一通り書き終えました。
司君と出会って早いものでもう三か月……まだ三か月というべきでしょうか?
それだけの濃密な経験をしてきたと思うとこれからどうなるのか想像もつきません。
今の私は過去の私が見たら、自分の姿をした他人のように見えるくらい明確に変わったように感じます。
それもこれも全て司君が親身になって私の日常指導に励んでくれたおかげです。
最近では以前程司君に教わることが多くありませんが、これから先私が日常に馴染んでいくと司君の日常指導係という役目はどうなるのでしょうか?
順当に考えれば解任が適当と予想出来ます。
でも……私はそうあってほしくありません。
司君が私の日常指導係を辞めてしまえば私と過ごす時間も減ってしまうからです。
もちろん司君がどう過ごそうと私には彼を縛る権利はありません。
司君なら日常指導係で無くなっても私と友達でいてくれることは確かです。
それでもこの関係が終わってしまうことは私にとって当たり前の日常の喪失に繋がるように感じてしまいます。
そう考えてしまうことに苦笑してしまいそうになります。
「すっかり我が儘になってしまいましたね」
最初の頃はただそうあるからと漫然と受け入れていましたが、今では挙げればキリがないほどしたいことが浮かんできます。
こんな日常がずっと続いてほしい……。
そう願いたくなります。
――ピリリリリリリリ!
スマホの着信音が鳴り、誰からなのか確認すると鈴花ちゃんからでした。
「はい、並木です」
『ゆず!? 今何してるの!?』
「っ、す、鈴花ちゃん? そんなに慌ててどうしたんですか?」
『どうしたってそんな暢気な――じゃなくてゆずに当たらなくていいじゃんアタシ! えっと、アタシ今病院にいて――順序が違う!!』
「お、落ち着いてくださいすず――」
『落ち着けるわけないでしょ! だって、
司が意識を失って病院に運ばれたっておばさんから連絡があったんだよ!!?』
「――ぇ」
鈴花ちゃんが言い放った言葉に、私は理解することを拒否する程、急速に血の気が引いた気がしました。
右手に持っていたスマホがするりと抜け落ちて、鈴花ちゃんの声が耳に入らない程に……。
私が続いてほしいと願った日常に決して浅くはない傷がつけられた瞬間でした。
祝100話! ……のはずなのにこの展開……(´・ω・`)
狙ってやったわけじゃないのに、どうしていつもこう……。
次回更新は明日です。
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