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カカオ80%!

作者: PontA

 はっきり言おう。世のモテない男性にとって1年で最も精神を抉られる日は今日、2月14日であると。そう、バレンタインである。

 確かに、バレンタイン以外にもリア充御用達のイベントは多い。例えば七夕。カップル達は不遜にも自らを織姫彦星になぞらえ、さも運命に引き合わされた二人であるかのように茶番を繰り広げる。例えばハロウィン。男どもは露出度高めなコスプレをした彼女に鼻の下を伸ばしながら、唇にトリックしそのまま夜の街にトリップしていく。そしてクリスマス。本来のキリスト教圏では家族と過ごすのが通例だというのに、将来の家族と過ごしているなどという超次元理論を展開しロマンスの海に溺れ、その夜などは1年で1番新たな生命が誕生する6時間などと言われる始末だ。

 しかし、それでも尚、我々モテない男性にとって1年で最も精神を抉られるのはバレンタインなのである。他のイベントは言ってしまえば、既に恋人やそれに準ずる相手がいる人がいい思いをするのに対し、バレンタインはもっと漠然とした異性の人気をまざまざと見せつけてくる。それも「チョコの数」という数字でだ。女子から男子にというのも良くない。告白に至らないような些細な好意も反映されるが故、毎年手ぶらで家路につく時など言いようのない絶望感に襲われる。忌むべし、バレンタイン。

 「朝からなんて顔してんのよ」

 朝食中に頭の中で五百字は下らない呪詛を唱えていたものだから、母親にそんなことを言われてしまう。だが、テレビではルックスだけで人生のハードルを乗り越えてきたであろうアナウンサーが「今日はバレンタインですね」などとのんきにこちらを煽るものだから、俺の表情は険しくなっていく一方だ。

 「あとそこ、ユリが作ってくれたチョコが置いてあるから、ありがたく食べなさい」

 「ありがたくは余計だよ・・・」

 ありがたいけど。

 そう言いながらテーブルの隅にあった形の崩れたチョコの山に手を伸ばすと、廊下から「いってきまーす」とユリの声がした。母親がいってらっしゃいと返し、俺も義理チョコの御礼をしようと妹の方を向いたが、とうとう言葉は出てこなかった。彼女の手に握られたいかにも「本命チョコが入ってます」みたいな小奇麗な小包に意識を奪われてしまったからだ。


 通学中も呪詛は続く。

 俺は断じてシスコンではないので、別段妹に想い人がいることに動揺した訳ではない。兄が苦戦している間に妹が一丁前に青春していることに腹を立てているといった方が正しい。同じ遺伝子を持つはずなのに、どこで差がついた・・・。

 そもそも高校生と言えば、必ず身近に誰かしら好きな人がいるものだという。ラブコメの主人公もむず痒くなるようなセリフが飛び交い、一言目に「好きです。付き合ってください」で二言目には「一生一緒にいようね」だ。ちなみに彼らはそのうち自然消滅していくので三言目は無い。

 などとくだらないことを考えながら、始業のチャイムと同時に門をくぐり、定刻通り自分の二つ前の生徒が出席を取られたタイミングで教室のドアを開ける・・・はずだった。下駄箱でディレイが生じなければ。

 下駄箱に、何かある。

 朝ユリが持っていた小包に酷似している何かだ。

 開け放しの昇降口から、少し早い春一番が吹きこみ、俺の首筋を撫でた。


          *          *

 

 ずっと前から気になっていました、と彼女は言った。

 放課後、同封されていた手紙を頼りに使われなくなった旧校舎の空き教室に向かうと、一羽の天使、もといひとりの少女が、窓枠に腰かけて往来を眺めていた。

 でも、勇気が出せなくて、と続ける。

 桜色の唇が、絹のように白い喉が、まるで天使の奏でるハープのように優しい音色を生み出す。

 だから、ずっと前から決めてたの。今日、君に告白するって。

 その旋律は、鼓膜を突き抜け直接心臓を震わせる。

 もう一度言います。あなたのことが・・・好きです。だから・・・。

 彼女は少しだけ背伸びをして、何も知らない俺でも何の合図かわかるほどあからさまに目を閉じて、そして・・・

 

「なんてうまい話があるわけねーよな」

 妄想とはあまりに対照的なこの状況である。無駄に騒がしい休み時間の教室、目の前で窓枠に座って勝ち誇ったような笑みを浮かべているのは、冴えない同級生二人。カツオの煽りにツカサが乗っかる。

 「俺は信じてたぜ、お前がそういうことするようなやつじゃないって」

 件の小包だが、はっきりと「to T.T.」と書いてあったのである。残念ながら俺のイニシャルは「T.T.」ではない。春一番はただの空っ風だったというオチだ。ひゅー。

 「となるとこれは誰に渡されるはずだったものかというと・・・」

 「まあタッチーだろうな」

 俺の発言を横取りするようにツカサが言う。

 タッチーこと立川達也とは、学年を代表する文武両道系イケメンだ。バスケ部のエースにして四ヵ国語ぺらぺらの帰国子女。小学生時代にジャニーズ事務所にスカウトされた経験を持ち、週末は実家のパン屋を手伝っているという。最後関係ねえな。

 ちなみに、入っていたのが下駄箱ということで、候補の対象範囲をクラスではなく学年まで拡大した。他にも数名候補はいたし、他の学年という説もあるのだが、まあタッチーで間違いないだろう。ツカサが「俺もT.T.なんだけど」とか言っていたような気もするが無視した。

 「問題は差出人の方だな」

 「タッチーに渡すんじゃダメなん?」

 いつものことながらカツオは考えが甘い。一方ツカサは冷静だ。

 「確証もないのに渡しちゃダメだろう。しかもあいつなら受け取りかねない。」

 「なんの疑問も無くな・・・」

 それどころか、「差出人?そんなのわからなくてもお返しなら学校の女子全員にするから関係ないよ」と言い出しかねない男なのだ奴は。

 「いいよなー。俺もあんだけイケメンだったらチョコもらい放題だったんだろうなー」

 カツオがテンプレのようなことをぼやく。

 「お前は帰宅部だし二ヵ国語もままならないだろ」

 「でも俺博多弁しゃべれっとよ?」

 「知らねーよ。ってかなんでしゃべれんだよ」

 「勉強した」

やっぱり似非じゃねーか。

 「C言語はカウントする?」ツカサが悪乗りを始める。

 「ノーカンだべ。つかお前はチョコもらっとるやんけ」

 そうなのだ。あろうことかツカサは件の小包と似たようなものを手に入れているらしい。下駄箱に入っていたとか。

 「宛名が無いってことはさ、どうせそれも間違いでしたってオチだろ?開けて確認しとけよ」

 「バーカ。お前らの前で開ける訳ないだろ。これは家に帰ってから大事に開けるんだよ」

 せいぜいひと様のチョコの持ち主を探すんだな、哀れなモブどもよ、と声に出さずとも顔に書いてあるツカサから目を背け、当面の問題を検討する。正攻法としては情報を持ってそうな女子にそれとなく聞いてみるのがいいだろうが、ただでさえ普段女子とあまり話さない俺がこんなナイーブな日にその作戦を実行するのはあまりに厳しい。ほら、今だって女子は集団になってチラチラ男子の方を見て・・・不意に集団の中のひとりと目が合った。

今日はやたらとあいつと目が合う気がする。偶然だよな?


          *         *


彼女の名前は茅野彩。友人にはカヤとかアヤノとか呼ばれている。去年一緒に飼育委員をやった時に少し話すようになった。毎度尽きない話題を提供してくれたニワトリのぴーすけには多分に感謝している。

陸上部でそれなりの実績を上げているらしく、中学時代は大会でユリと競ったこともあるらしい。ちなみにその時は僅差でカヤノが勝ち、以来ユリは彼女の記録を目標にしているとか。意外な繋がりだ。

そのような事情で比較的よく話すため、女子からなんらかの情報を得るとすれば彼女だ。と意気込んで昼休みを待ち彼女のクラスに来たわけだが、思いがけず不在だった。それとなくその辺の男子に聞いてみても、ニヤニヤしながら「昼休みになった途端教室を出てったよ。なんか用でもあんの?」と言われるだけで、目ぼしい情報はなかった。

無駄足を嘆きつつ自分の教室に帰っていたら、ちょうど購買部から帰ってきたタッチーと遭遇した。手ぶらで帰るのもなんだし、ちょっと話してみるか。

「タッチー、チョコ何個もらった?」

我ながら低俗な絡みだと思った。

「え?いや、まだ数えてない」

トゥーメニートゥーカウントと来たか。まあこれぐらいの答えは想定内だ。

「そのブラックサンダーも?」

「ああ、これは購買のおばちゃんがおまけでくれた。俺あんま好きじゃないんだけど、いる?」

「え、じゃあいただきます・・・」

ブラックサンダーそのものは好きなんだけど、なんだか微妙な気持ちだ。

受け取ったそれをポケットに入れつつ、どう話題を繋げようか刹那思案する。

「例えばの話なんだけどさ、自分宛てじゃないチョコが下駄箱に入ってた時って、どうすればいいかな?」

なんか、すごく頭の悪い人みたいになったな。

タッチーは数秒思考した後、なんでそんな当たり前のことを聞くのだろうという顔で答える。

「とりあえず返せばいいんじゃない?」

「いや、差出人はわからないとして」

「でも自分宛てじゃないってわかるってことは宛名はあるんだろ?だったらその人に渡せば?」

その候補が複数いるのが問題なんだよ。結局中身を見るしかないのか・・・。

「えーっと、じゃあ質問を変えよう。読んだ形跡を残さずに手紙の中身を知る方法・・・いや違うな・・・」

「何に悩んでるのか知らないけど、そのうち持ち主が回収に来るんじゃない?」

タッチーは「俺、五限体育だから」と言ってそのまま教室に帰っていってしまった。意外にあっさりしている。ああいうのがモテるのか。へー。

ところでこのブラックサンダー、友チョコと言っていいのだろうか。


教室に戻ると、肩を落としているツカサと口角が吊り上がったカツオが視界に入った。そういえばツカサも昼休みになった途端に教室を出ていったような気がするが・・・。

「どうした」

「ツカサがもらったチョコ、やっぱり人違いだったってよ」

カツオが心底嬉しそうに状況を説明してくれた。

どうやらツカサは3限後に「下駄箱に入ってたチョコ持って昼休みに校舎裏来てください」と書かれたメモを人づてに渡されたらしい。哀れな男が告白に対するかっこいい返事を考えながら校舎裏に行くと、開口一番に人違いだったから返してほしいと言われたそうな。その子が本当に申し訳なさそうにするのに余計傷ついたとか。

「ハハ、一瞬でも期待した俺が馬鹿だったんだよ、ハハ・・・」

ここまで傷ついているのを見ると流石に煽る気にはなれないな。5限を前にクラスの男子は若干テンションが上がり気味だが、それとは対照的にツカサはゾンビのような足取りで自分の席に戻っていった。

タッチー、当たってたけど、そっちじゃない。


          *         *


アリスちゃんとテレスちゃんとラテスちゃんは、学校のみんなに配るためにたくさんの手作りチョコを持ってきました。アリスちゃんの作ったチョコには10個にひとつの割合で、テレスちゃんが作ったチョコには15個にひとつの割合で、ラテスちゃんの作ったチョコには20個にひとつの割合でナッツが入っています。アリスちゃんはテレスちゃんの2倍、テレスちゃんはラテスちゃんの3分の1のチョコを作りました。

朝、太郎君が学校に行くと下駄箱にこの3人のうちの誰かが作ったと思われるナッツ入りのチョコが入っていました。これがアリスちゃんのものである確率はいくらでしょう。

「これが先生からみんなへのバレンタインプレゼントです」

にこやかな笑顔でフッキーが言う。

5限は数学だった。フッキーはいつものように、授業内容に入る前のウォームアップ代わりのクイズを黒板に記す。今日はバレンタイン仕様だ。差出人不明のチョコねえ・・・。

うちの高校は国立大学の附属で受験指導は行われていないが、その割に進学実績が良く世間からは進学校と認定されているようだ。最近は理系、特に男子の実績が伸びているのだが、だいたいは彼女―吹野由紀の功績だろう。生徒からフッキーと呼ばれ親しまれている彼女は、およそ片田舎の高校の安っぽい教室には似つかわしくないほど美しい。顔の造形もさることながらモデルのようなスタイルで、おかげで男子から絶大な人気を博している。20代半ばで未婚だというのもポイントだろう。女性としては珍しい数学教師であるいうのも、彼女のまとう魅惑的な雰囲気を構成するいち要素かもしれない。

そんな彼女は、しばしば教科書の範囲を超えた発展的内容を扱う。男子はみな彼女に褒められたい一心で熱心に取り組むのだが、意外にも女子たちも乗り気なのが彼女の内面的魅力の証左だ。こないだは高校数学の範囲を大きく逸脱しているとしか思えない話をしていたが、それでも数学が得意なツカサは「アイが重い・・・」などと言いながらも真面目に取り組んでいた。

来年度から文系クラスに進むことが確定している俺だが、フッキーファンクラブ会員ナンバーひと桁を持つ身として、このくらいの問題は解いておくべきだろう。問題文の下に小さく付け足された「ただし、太郎君のアリスちゃんへの愛は充分に大きいものとする」の文言が気にならないでもないが、とりあえず無視して答えを出す。文系だからアイの計算はできないのだ。


 「放課後、例のブツを持って校舎裏に来るべし」

渡された、メモに書いてあったのはこの一文だけだ。

授業が全て終わり、特に残る理由もなかった俺が帰宅しようと教室を出ると、隣のクラスの女子に声をかけられた。誰かに伝書を頼まれたらしい。差出人を聞いてみたのだが、その人も別の誰かに頼まれていたらしく大本の差出人はわからなかった。二重盲検法かよ。

 ツカサのパターンと同じで持ち主が回収に来たのだろう。それにしても、やたらかたい文面に気のせいか怒りが滲んでいるような気さえする。変に誤解されていなければいいが・・・。

 そんな感じで妙な緊張感を持ってこうして校舎裏に来たのだが、そこには二人の女子生徒がいた。ひとりは見知った顔で、ひとりは全く知らない顔。


          *         *


 「と、とりあえずごめんなさい!」

 開口一番威勢よく謝ってきたのは、見知った顔の方―カヤノだった。

 「えっと、じゃあこれはカヤノのだったってこと?」

 「いやちがくて・・・」

 「そ、それは私のです・・・」

 全く知らない顔の方―小柄でくせっ毛の少女が小声で言う。視線は宙を彷徨い、耳まで赤くした少女は、カヤノの影に隠れるように後ずさった。

 「えっとね、そのチョコはクミ・・・あ、この子クミって言うんだけど、クミに頼まれて私がある人の下駄箱に入れようとしたんだけど、その時に間違えちゃって」

 どうやら、クミという名の少女がある人物にチョコを渡そうとするも勇気が出ず、二の足を踏んで渡せず仕舞いということにならないように、カヤノに前もって渡しておいたそうだ。なんとも可愛らしい理由だ。

 そんなとこだろうとは思っていたが、カヤノが関わっていたのは意外だったし、相変わらずのお人よしだ。

 「アヤノは悪くないんです。悪いのは人任せにした私だから・・・」

 くせっ毛の少女は、尚も目を合わせず俺の膝当たりを見ながら消え入りそうな声で言う。

 「まあまあ、もともと自分のじゃないってわかってたし、別に迷惑とも思ってないよ。とりあえず返せばいいんだろ?」

 面倒ごとに巻き込まれて辟易していたことは確かだが、悪気の無い二人に腹を立てるほどではなかった。

 チョコを手渡しひと段落、かと思ったがクミは依然そわそわし視線を彷徨わせている。端的に言って可愛いぞ。

 「無事チョコも取り戻したことだし、あとはクミが頑張って!」

 「あ、もしかしてこれから告白するとかそういう感じだったりする?」

 と俺が言い終わるのと校舎の角から人影が現れるの、それからカヤノに強く引っ張られて掃除用具が収納されている倉庫の裏に引きずり込まれるのがほぼ同時だった。

 え、まさかここで告白すんの?とか、結局相手は誰だったんだ?とか、女の子に腕を掴まれるという密かに夢見ていたシチュが叶ったなとか、そんなことをコンマ数秒のうちに考えた後、現れた人物をツカサだと認識した。

 え、ツカサ?


 「今度はなんだ、もう何も持ってない・・・よ?」

 露骨に不機嫌そうにしていたツカサだったが、目の前の華奢な少女の小動物じみた所作に動揺し、気まずそうに語尾を濁す。倉庫の影で身動きが取れなくなってしまった俺とカヤノは、やむを得ずことの成り行きを見守ることになった。

 「あ、あの!・・・あの、あたしB組の雛月久美っていいます。あの、これ渡そうと思って・・・」

 これが漫画ならきっとツカサの眼球は飛び出し、顎は顔の輪郭の遥か下まで降下していたことだろう。それもそうだろう。昼間でさんざんネタにしていた小包が見知らぬ少女の手にあり、そしてそれが今まさに彼自身に渡されようとしているのだから。そしてそれは俺も然りだった。そういえば鶴巻司も「T.T.」だ。なぜ今まで気づかなかったんだろう・・・。

 絶句する男性陣に対し、女性陣の反応も深刻だった。カヤノは手のひらを額に当て天を仰いでいる。渦中の少女はというと、ツカサの反応に勘違いをしたのだろう。今にも泣きだしそうな顔をしている。

 「あの・・・迷惑だったなら謝ります・・・」

 「いや、そういうことじゃなくて・・・棚からぼた餅というか、猫に小判というか・・・」

 動揺のあまり失礼かつ意味不明なことを言い出すツカサ。俺の横では、汗でも握っているのだろう、両手を握りしめたカヤノが真剣な面持ちで二人を見守っている。

かくいう俺も、無意識のうちにクミを応援している自分に気づく。先ほどあれほど宙を彷徨っていた彼女の視線が、今ではツカサの瞳を捉えて離さないことに気が付いたからだろうか。

「それで、受け取ってもらえますか?」

グラウンドから聞こえていた運動部の掛け声が遠くなる。

「えっと、じゃあとりあえず・・・」

傾いた日が眼鏡に反射し、ツカサの表情は伺いしれない。対するクミは、ふっきれたようにはきはきとした口調で続ける。

「じゃあ、あとで聞かせてくださいね。」

チョコの感想を、と歌うように付け加えるクミ。ひと仕事終えた安堵感を背中で表現しながら、ツカサに微笑みかける。完全にペースを握られたツカサは、「あー」とか「おー」とか言いながら何故か両手で恭しくそれを受け取っていた。いや、まだ卒業してないよ?むしろ入学したと言えるかもしれないが。


          *         *


思うに、チョコレートはカカオの割合が高いほどうまい。50パーセントを超えたら合格、80パーセントで「優」を与えたい。

お騒がせしたお詫びに、と言ってカヤノからもらったチョコは絶妙に俺好みだった。さすがにカカオ含有率まではわからないが。これで今年の俺の実績は家族を除いて2つとなった。夕食時にユリに自慢してやると、「えっ!?アヤノさん以外からももらったの?」と驚愕していた。学年イチのイケメンにもらったと付け加えると、「嘘、そっちにはモテるんだ・・・」と今度は愕然としていた。してやったり。

ところで、例の二人はというと、結局あの後は特に何事もなく先にツカサが帰った。残された3人であるが、まず倉庫の影から出るや否やカヤノとクミがハイタッチし、そのあと何故か俺もクミとハイタッチした。とうとうクミの視線が俺と合うことは無かったのだが。どうやらあの目は好きな人限定らしい。・・・俺が嫌われてるとかないよね?

彼女たちは祝勝会兼反省会をすると言って駅前のファーストフード店に入っていったため、俺はそこでやっと緊張から解放された。まだ返事が来てないのに祝勝会とは気が早い気もするし、何を反省するのかよくわからないが、本人たちが楽しそうなのでそれでいいのだろう。

現実の告白は小説のように綺麗ではなかったし、その対象が腐れ縁の友人というのも引っかかるが、ここは良き友人として素直に祝福してやろう。好みにもよるがクミは可愛かったし、あれだけがっちり目を合わせられたらはっきり言ってイチコロだろう。同士が減っていくのは辛いな・・・。

それにしても、カヤノにこんな特技があったとは意外だ。包装も小奇麗にまとまっているし、しつこいようだが苦みが絶妙だ。例年寂しい思いをすることが多い日だが、少女が勇気を振り絞る姿を見れたのも悪い気はしないし、こんなにおいしいチョコがもらえるなら、バレンタインも案外悪くないかもしれないと思ってしまうのだった。

ちょこっとだけね。


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