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第五四話


 俺はたった今、名前も知らない男に理不尽な理由でキレられたわけだが。

 普通こういう時って、弱そうなやつがギルドにどうのこうの……って流れで喧嘩を吹っ掛けられるものではないのだろうか。


「ええ……」


 あまりの下らなさに変な声が漏れてしまった。正直何も言えない。あほらしすぎて。どうしたらいいのだろうか。


「なんで貴様ばかり、くそがくそがくそが!」


 男はもうどうしようもないな。うん。連れの方も大変そうである。落ち着かせようとしているが、聞く耳を一切持たないというのがまずいな。ここまで喧嘩っ早い種族なんていたんだな。それとも、こいつがあほみたいに短気なのか。


「す、スバル……」


 かおるとライフの二人は俺の腕にしがみつくようにして隠れている。かおるもこいつには関わりたくないのだろう。気持ちはわかる。でもね、それは煽っているようにしか見えないよ。


「おちょくってんのか!」


 いやあ、それはお前じゃないかな。ぶっちゃけた話お前しか盛り上がっていないからね、これ。


「……いいぞやれ」

「…………俺たちの代わりにころしてくれ」


 物騒な人たちだなあ。ぼそぼそっと囁くように言うのはやめてくれよ。俺の聴覚は意外といいんだからさ。聞こえちゃうんだよね。


「まあ、待とうぜ。ギルドのメンバー同士で喧嘩したっていいことないんだからさ。下手したら両方ランク下げられるぞ」


 これはパンフレットに書いてあった。喧嘩両成敗。あまりやりすぎるとギルドから罰則が飛んでくる。罰金か、ギルドのメンバーとしての一時的な活動停止か、ランク降格か、脱退か。

 抜け道として考えられるのは、やりすぎだとギルド側に思われる前に喧嘩を終わらせる。これだ。


「うるさい!」


 この男は最後の一線を越えてこない。早く越えてきてほしいんだけど。というか、怒鳴り散らしているだけで何もしてこないなこいつ。

 ……ああ、勢い余って叫んだけど、冷静になったのか。

 …………どうすんのさそれ。

 俺はすぐさま連れの男に目配せする。俺の意図に気づいてほしい。頼む。男はこくりと頷いた。わかったな。頼むぞ。

 怒鳴っている男の方にも目を向けると、申し訳なさそうにしていた。あ、本当ごめんな。許してくれ。


「ちょっと離れてて」


 俺は両脇にいる二人にだけ聞こえるように小声で話しかける。わかってくれたのか、二人は俺から離れる。これで自由になった。

 すまない。お前に恨みはないんだ。


「ふっ」


 俺は瞬間に動き出し、男の前に出る。男は驚いて剣を抜こうとするが、その前に手の甲を手刀で叩く。


「チッ!」


 男は反射的に腕を引っ込めてしまうが、その隙に俺は裏へと周り膝裏に蹴りを一発。体勢を崩して膝をついてしまうところで、ちょうどいい高さに頭が来ている。なので、後ろから回し込むようにして顎に一発。後ろに回った理由はかっこつけだ。


「ガッ!」


 男は白目をむいて倒れる。

 足を蹴っていたおかげで倒れる高さもそこまでではない。よって、男は頭を打ってしまったがよほどのひどいことにはならないだろう。神様、彼にも慈悲の心をお見せください。救済を。


「すまないな、頼んだ」


 と、俺は連れの男の方へ向き直り、頭を軽く下げる。


「き、気にしなくていいさ。もとはと言えばこっちが先に絡んじまったからな」


 そう言うと、男は白目をむいて気絶している男を担ぐとギルドの外へと出ていった。

 すまない、名も知らぬ男よ。場を落ち着かせるためにはああするしかなかったと俺は思ったのだ。出来れば恨まないでほしい。もし、恨んだら俺を真剣に殺す気で襲いに来てほしい。返り討ちにしてあげるからな。

 俺はあたりを見渡すと、野次馬の酒飲みどもはみんな揃って自分の席へといそいそと戻っていった。


「あー」


 脱力の意味を込めて気の抜けた声を発する。そのあと、ゆっくりと関節を回して体をほぐすと、先ほどまで座っていた席へと戻る。


「おつかれ」


 席に着くとかおるがねぎらいの言葉をかけてくれる。


「ありがとう」


 俺はこの一言で十分に癒されるのである。

 俺はかおるを抱き寄せる。


「ふふっ」

「あー、あたしもいるからね」


 ライフが寂しそうに言ってくる。まあ、そうだよな。

 かおるはしぶしぶとばかりにおれから離れる。


「おお、すまんすまん。トイレ行ってて遅くなったわ」


 と、ウッドが気楽そうに笑いながら俺たちの方へ寄ってくる。便意とか感じたことないんだけど、そういうのもあるんだな。


「おお、遅かったな」

「仕方ないだろ。けっこうきてたんだよ。……さて、昼でも食うか」


 そういえばもうそろそろ昼食だったのか。


「じゃあ、昼でも食いに行くか」

「よし、行こうぜ」


 俺たちは昼食を食べにギルドの外へと出るのだった。


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