第三七話
「かおる、お前まさかそのために言ってたのか?」
「スバルはいやだった?」
かおるは潤んだ瞳で俺を上目遣いでみてくる。
「いや、一切そんなことはないぞ。俺もかおると二人っきりで嬉しいからな」
今のところ誰も嫌な気分になってないってことは、いいことなんだから何も問題はないな。
俺たちは体を寄せ合いながら一つのパンフレットを見ながら時間を過ごし始める。かおるは俺の肩に頭を乗せて完全に体を預けている。
そこに会話はないが、静かで落ち着く時間である。かおるが俺と話をしたいと思っているときはそれなりの合図があるからかおるも同じように二人っきりの時間を堪能しているのかもしれない。そうだといい。
「…………」
俺はチラリと師匠の方を見ると、師匠は楽しそうに女の人と談笑しているのが見えた。やはり、師匠にはそれだけの力があったということなのだろう。そうでなければ、初対面の女性とあそこまで楽しく会話するのは難しい。
「オロートスさんとあの人の仲はいい感じに見えない?」
と、かおるが何気ないという感じで俺の耳元でささやく。
「なんだ、かおるも気になっていたのか」
「うん、やっぱりね。私が言ったからああなっているわけだし、どうなったのかは知りたいよね」
かおるは温かいまなざしを師匠たちに送りながらそう呟いた。
「でも、別に師匠は彼女をそういう目では見ていないと思うぞ」
「でも、女の人はオロートスさんに惚れてるよ?」
「そうなの?」
「うん、あの顔見てよ。さっきまで落ち込んでいた人の顔だよ、あれが。今は女の顔を見せてるもの」
「師匠が既婚者だと知ったらどうするんだろうね」
「一夫多妻だから関係ないんじゃない」
いや、エルフ……。まあ、エルフが特殊なのかもな。でも、師匠は手を出すことはないんじゃないかな。奥さんに報告に行くにしても首都までは遠いらしいし。
劇場のスタッフが奥の扉から二人出てくる。奥の扉は両開きの四メートル近い扉であり、大きな種族でも難なく入れるようになっている。しかし、女性の力で開けられるのだから、結構軽い素材で出来ているのだろうか。
「皆様! もうすぐ開演時間となります! ゆっくりと列を作ってお入りください!」
と、扉の方へと列をなしていく。俺たちも並ぶとしよう。
「あ、師匠」
「おお、そうじゃな。隣で見るとするかの」
劇場は全席自由席らしいので、俺たちは師匠たちと一緒に見ることにした。
「あ、あの……そちらの方たちは?」
と、聞いてくるは先ほどまで落ち込んでいた女性。先ほどまで泣いていたからか目が赤く腫れているのがわかる。
「ああ、こやつらはわしの弟子じゃ」
「弟子のスバルです」
「同じくかおるです」
俺たち二人は女性に会釈をする。
「まあ、お弟子さんなのね。初めまして。わたしはリリスよ」
と、リリスさんも同じように会釈をして挨拶をする。
「というわけで、わしは弟子たちとも見るつもりなのじゃが、リリスもいいじゃろうか?」
「はい、かまいません」
ああ、確かにこれはもうだめかもわからんね。まあ、辛いときに優しくされたら惚れるかもしれないだろうな。
俺たちは四席となりあって空いているところを見つけてさっさと座る。このシステムだと喧嘩が起きたりしないのかね。どうなのかね。
「お待たせしました! 只今より劇団ニフェリアから『エリーゼの興国』をお送りいたします! 皆様存分にお楽しみくださいませ!」
と、観客が全員席についてしばらくたつと、スタッフの一人が舞台の上に立ち、そう大声で告げる。
「師匠、ニフェリアとはどういう意味ですか?」
「え?」
師匠は驚いた顔をしている。
「知らんのか?」
「はい」
「……ニフェリアはの……この町の名前じゃ」
あーなるほど。って、俺そういえば、この町の名前すらろくに調べてなかったな。これは恥ずかしいぞ。けっこういろんな情報が抜け落ちているんだな。これは情報収集をもっとたくさんしろと告げているのかもしれない。
そういえば【鑑定】のスキルのレベルアップもしてなかったな。やることがどんどん出てくるんだけど、大丈夫かこれ?
「さて、そろそろ始まるぞ」
「あ、はい」
今はそんなことを気にしないでゆっくりと舞台を楽しむことにしよう。悩むのはそれからだ。




