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第二八話

 魔法技術ギルドの中はお役所のようなこじんまりとした綺麗さがある。すすで汚れていたりとかするのではと思ったが、そんなことはないらしい。


「ほれ、いくぞ」


 師匠はどんどん先に行くので俺たちもおいていかれないようについていく。

 と、師匠は一つの受付のところで止まる。


「えー……。……はっ!」

「いまはよい」

「あ、そうですか……。はい、ご用件は?」


 受付は何とも独特な間がある。魔術の研究にしか興味がないぼさぼさ頭のお姉さんである。たぶん女性だよね? うん、俺の直観で女性だと言っているんだから女性。しかし、青白い。生きているのか心配するほどである。


「こやつらのギルドの登録じゃな」

「え、私もですか?」


 かおるも初耳だったらしい。ついてきただけじゃなかったのか。


「一応【魔力操作】は出来るじゃろ? だったら、登録しといて損はあるまい。もう一回来るときに登録してないと二度手間じゃしのう」

「ああ、それが出来たら登録できるんですね。魔術を扱えるようになってからじゃないのかと思いました」

「……ああ、そんなわけないですよ。そもそも、魔力を操作できるだけで十分すごいですからね。今のご時世……。……幽鬼のくせに魔力を扱えないヘンテコな奴もいますし」

「そういうことじゃ」

「……で、誰が登録を? ……そこの……お嬢さん?」


 今の疑問はかおるが女かどうかの疑問なのだろうか? 言い回しがそう聞こえたぞ。気になる。


「珍しいですよね……。鬼人は脳筋ですから……魔力なんて扱えるようになるまで修行する人いないですからね……」


 鬼人も獣人と同じような扱いを受けているのだろう。


「と、こいつじゃな」


 と、俺を指さす師匠。


「……。……。……! ……へえ、すごいですね」


 受付嬢の沈黙長かったな。


「彼は獣人ですよね?」

「そうじゃよ」

「……扱えるので?」

「もちろんじゃ」


 俺のことをじっと見つめる受付嬢。その目つきは真剣である。先ほどまでの焦点が合っていない視線とは雲泥の差だ。


「みせて?」

「え? あ、はい」


 おそらく【魔力操作】が出来るのかどうかということだろう。ならば、すぐさま行動に移すべき。

 俺は軽く魔力を全体に巡らせるように動かす。すると、俺の体をじっと見ている受付嬢の目がだんだんと見開いていくのがわかる。


「……へえ。あなた、わたしとセックスしな――」


 その瞬間、かおるの腰に差してあった木刀が抜かれ、受付嬢の首筋に突き立てられる。かおるの目つきはただひたすらに冷めており、何かのきっかけさえあれば、木刀で受付嬢の首を飛ばすことなど容易であろう。


「黙れ、アバズレ」

「……。……うん」


 受付嬢も今の自分の危険性をわかっていたらしく、素直にうなずいた。生気の感じられない顔から汗をかいていることでようやく、彼女が生きている人なのだと俺はちょっと思った。

 で、その周りで俺たちの会話を聞いていた他の受付嬢なんかも固まる。かおるの殺気に当てられてしまったのだろう。こればっかりは仕方ない。男の受付なんかは涙ぐんでいる。どんだけ怖いんだよ。


「……。……いや、ごめんね。ほら、あなたの彼ってとっても優秀な獣人でしょ? だって、魔力を操れるんだからさ。で……その、ね? ……優秀なオスの子供を産みたくなるのがメスの本能なわけでして……いやあ、ね? わかるでしょ? ね? ん?」


 そこまで言われて、かおるはゆっくりと木刀をもとの場所へと差し直す。そして、ゆっくりと深呼吸をして雰囲気を元に戻す。


「気にしなくて大丈夫だよ」

「……いや、無理かな」


 受付嬢のトラウマが今日から一つ増えてしまった。しかし、俺には慰める言葉が何一つとしてなかった。今は波風立たせずに静かにしているのが正解なのだ。たぶんね。


「じゃ、じゃあ……登録しようか。登録」

「そ、そうじゃの! そうしようそうしよう! 早く用意してくれ!」


 師匠も一生懸命場の空気を変えようと頑張っている。頑張ってほしい。


「……スバル」


 かおるは恥ずかしそうに俺の腕に自分の腕を絡ませる。まあ、ちょっと感情的になってしまったというところは反省するべきだろうな。だが、ここでいちいち何かを言ってはいけない。ただかおるが満足するまでそうさせていればいいのだ。


「ええ、と。準備終わりました。この書類の書いてある通りに書けばいいですから」


 と、俺たち二人は一枚の書類を渡される。そこには氏名の欄や種族の欄などがあり、そこにいろいろと記入をしていく。住人は住所なども書くらしい。これ、定住する場所がない人はどうするんだろう?


「終わりました? あ、はい……大丈夫ですね。ええ。ほんとに」


 受付嬢はちらちらとかおるのご機嫌をうかがっているようである。しかし、当の本人は機嫌が直っているためニコニコしている。それがより受付嬢たちの恐怖を煽っているということに気づいていない。


「……で、これで終わりですか?」

「いや、まだじゃよ。こいつの編み出した魔術の登録も頼むぞ」

「へえ、本当にすごいですね……あ、いえ、違うんですよ。本当です。別に誘惑したいわけじゃないです、ええほんとです」


 と、受付嬢は勝手に焦ってかおるに弁解しているが当の本人はまったく気にしていない。正直なところ、かおるがキレた理由は受付嬢が俺に対して性交渉を求めたからなんだよなあ。それじゃなければ怒ることはない。


「じゃあ……ついてきてください。あ、えーと……皆さんも来ますよね?」


 これは師匠に来てほしいと懇願している眼だ。師匠は気づいている。その師匠は自分の良心に負けて一歩足を踏み出す。では俺たちも続くとしよう。

 俺たちは受付嬢の後に続いて、ギルドの奥の扉へと入っていく。


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