友達という呪い
リンデ!!
大食堂に突入する。そこに広がるのは一生見たくなかった光景。今まさに戦闘が繰り広げられていた。レミィが一方的にリンデに攻撃を仕掛けている。
「お願いレミィ! 止めて!!」
「うるさい! うるさい!! うるさい!!!」
やっぱりレミィは昔のレミィではなかった。もうリンデの知っている優しいレミィじゃないんだ。今ここで姉に向けて魔法を放つ姿は俺を監禁したのと同じレミィだ。
「みんなが……みんなが悪いのよ……。私のせいじゃない!!」
クソ!! 俺ならこの目の前の現実を予測できたんじゃないか? レミィがリンデの知っている優しい昔の姿じゃないのを知っていた。リンデがどんな状況になろうともレミィに、大切な妹に攻撃できないのを予想できた。あの時、迷ってさえいなければ、すぐにリンデの後をついて行けばこの事態を回避できたかもしれないのに!!
あの時の何もできなかった自分に腹が立った。でも今の何もできない自分にも腹が立つ。俺は魔法を使えるわけじゃない。まずレミィを倒す力すら持ち合わせていない。今の俺には何もできない……。でも……
「キャ……」
ついに、リンデのシールドは砕け、壁まで飛ばされる。肩で息をしているリンデは誰の目から見ても危機的状況であることを理解できるだろう。
今の俺には何もできない……。でも……役に立つ可能性があるなら俺はそれに賭ける。
「ワン」
俺はリンデに迫りよるレミィの前に立ちふさがる。何もできない。役に立てるか分からない。でも、出来ることがあるのなら、もし何か起こる可能性が極微小でも存在するのなら死ぬまで足掻き続ける。絶対に先にリンデだけ死なせたりしない……。
「どうして……。リュウどいて!! そこは危ないから、こっちに来なさい!!」
絶対に行かない、てこでも動かない、その意思を自分の目力に集中させ、レミィを睨みつける。
「本当に言う事を聞いて、リュウ!! じゃないと、死ぬわよ!!!」
「リュウ……逃げ、て……」
嫌だ、絶対に退かない、死んでも構わない。ただの自己満足だとしても俺はリンデを、元の世界の大切な彼女に似たリンデを、この世界で俺の指標となってくれたリンデを守りたい!!!
「どうして……どうしてどいてくれないの? 私はあなたを……」
来るなら来い、勝てない、死ぬかもしれない、そんな事はどうでもいい。些細なことでしかない。
「……殺せるわけないじゃない……」
……え? いや、でも、確かに俺はレミィに監禁されたんだ。そうか! 油断を誘うつもりか、そんなはったりに通用するほど馬鹿じゃない。
「……ジョセフィーヌ……」
ジョセフィーヌ? どこかで聞いたような気がする名前、でも……どこだっけ? 思い出せない。確か……リンデもその時にいたような? そんな気もするししない気もする。
「ジョセフィーヌ? もしかしてジョセフィーヌと何か関係があるの? レミィ?」
……あ? ジョセフィーヌって……。
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「お姉ちゃん、待って!」
「ほら、こっちこっち」
とある幼い姉妹は街で遊んでいた。なるべく屋敷から出ないように言われていたがそれでも姉妹は外で遊んだ。彼女たちにとって屋敷の中はつまらなかったから。友達だっていないし、皆忙しそうだし、自分たち二人で遊ぶ以外の選択肢がない。一方、街には自分たちの見たことない世界が広がっていた。たくさんの人が行きかう市場、清く流れる川、たくさんの生き物と出会える森。それらは今まで家から出ることを許されなかった二人には新鮮だった。
「ほら見て」
彼女たちは今日も屋敷を飛び出す。妹は姉に連れられて一緒に森の中に入っていた。どうやら姉が何かを見つけたらしくそれを妹に見せるために連れてきたらしい。
「---可愛い!!」
そこにいたのは段ボールに入れられた一匹の犬、箱には予想通り’誰か拾ってあげてください’の文字。この子がどういう状況なのか幼い姉妹でも理解できていた。
「ブロッコリン、元気にしてた?」
「……ブロッコリンって?」
「この子の名前よ、モフモフしてて野菜のブロッコリンに似てるでしょ?」
「はぁ……」
姉のネーミングセンスに同情しながらそんな名前を付けられた子犬にも同情する。
「この子はジョセフィーヌです!」
そう言い切り姉の反論は聞かないことにした。そのうち、姉も諦めたのか結局ジョセフィーヌとして三人で遊んだ。最初は人を怖がっていたジョセフィーヌもこの姉妹には心を開くようになった。
ただ、屋敷には持ち帰ることは出来なかった。彼女たちの母、当時のこの国の王女サラスは動物が苦手だったのだ。
だからこそ、彼女たちは毎日ジョセフィーヌのもとに通った。その様子は友達の家に遊びに行くようだった。ジョセフィーヌが彼女たちにとって初めて出来た友達なのだ。
その内、姉は母の跡を継ぐ為の勉強が始まった。妹は遂に屋敷では一人ぼっちになった。だからこそ、彼女は毎日森に入る。唯一の友達と遊ぶために、夏の暑苦しい日も、冬の寒さの厳しい日も、どんな大雨の日でもどんな突風の日でもどんな吹雪の日でも、彼女の足が勝手に友達のもとへ歩を進めていた。
そんなある日
「ジョセフィーヌ?」
友達はいなかった。……その事を彼女は理解できていなかった。今日はどこかに遊びに行っているのかもしれない、そう思い翌日も同じ場所に足を運ぶ。……いなかった。
嫌でも目に入る、’誰か拾ってあげてください’の文字。彼女は気付いていなかったわけじゃない、信じたくなかったのだ。ジョセフィーヌは誰かに拾われたことを、自分がまた一人ぼっちになったことを……。
翌日も、その翌日も、その翌日も、彼女は段ボールの前に立っていた。そこにいるはずの友達の帰りを待って立っていた。
そんな生活を繰り返していたある日、段ボールの前には友達ではなく知らないおじさんが立っていた。
「あなた、レミィさんですね?」
「……うん、おじさんは?」
「おじさんはここにいた子犬を拾ったものだ」
「ジョセフィーヌを!」
彼女の顔がパッと明るくなる。帰ってこないかもしれない初めての友達を待ち続けた甲斐があったのだから。閉ざし気味だった心が少し開く。友人の帰る場所を開けるように。
「でも、あの子犬はこのままじゃ死んじゃうんだ」
「……え?」
おじさんの言っている意味が分からなかった。死ぬ? そんなわけない、あんなに元気だったんだ、急に死ぬわけ……。
「どうして……死ぬの?」
その瞬間、おじさんが気持ち悪く微笑む。
「おじさんが殺すからだよ」
「…………………………」
「でも助ける方法もある。君に、レミィにして欲しいことがあるんだ」
「…………………………………………」
「君のお母さんを殺してくれないかな? そうすればあの子犬は助かるよ」
何を言っているのか分からなかった、何を言われているのか理解できなかった。頭が真っ白。何の思考も働かない。気付けば空は夕日で赤く染まっていた。……気付いた時にはまた一人ぼっち、空の段ボールだけが残っていた。
それから数日、彼女は屋敷の自分の部屋に籠りきりだった。仲の良かった姉は母と勉強、父はそもそも家族に興味なんて無い。自分が幸せならそれで良い。そういう人間だった。
そんな日常で彼女は思ってしまった。唯一の友達を失うと自分の居場所がないことに。唯一の友達を助ける以外に自分が助かる可能性がないことに……。
いくら習っていなくても、生まれながら魔法使いは魔法が使える。鍛錬することによって、精度を高めていく。つまり、まだ習っていない彼女も魔法は粗いながらも使える。
彼女は皆が寝静まったころ自分の部屋を抜け出す。目的地は自分から姉様を奪ったあの人の部屋。既に心に決めていた。とも言えるがそれ以上に自分の精度の低い魔法で母を殺せるわけないと思っていた。殺害に失敗して、母が自分の事を気をかけ、友達も助けてくれると楽観視していた。
でも………………
サラス王女は死んだ。レミィの荒々しい魔法で殺された。最後、レミィの魔法がサラス王女に直撃する前にあの人は確かに振り向いた。そして微笑みながら小さな声で言った、ごめんねと。それは確かにレミィの耳にも届いていた。
レミィはその時に気付いてしまった。あの人は全てを悟ったかは定かではない、でも自分の為に死んだのだと。娘を守るために自分から殺されたのだと……。
その事件でレミィは呪われた。幼い彼女の肩にたくさんの重荷を背負ってしまった。そして同時に思ってしまった。
……………………もう戻れないと。