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風と記憶
2月も過ぎたある夜のこと、冬独特のひんやりした静かな風が頬から耳へと抜けていった瞬間、淡い冬の青空と彼のことを思い出してしまった。スミレは、ベランダでしゃがみ込んでタバコを吸っていた。
「もうおととしのことか」
我に返ると、大切な記憶がどんどんと色褪せていく感覚がある一方で、自分の置かれた状況は取り残されたかのように何ら変わっていないことに愕然とした。
スミレはタバコの火を消した。そして夜空をそっと見上げたかと思うと、さっと立ち上がり暖かい部屋にさっさと戻っていった。