第6話:なめられないためにというのも理由の一つだけれど、とりあえず
狼の埋葬を終了した後、藤堂太朗は頭をかしげる。手元にあるボロボロの服を見て、ちょっと躊躇って居るらしい。かつての自分がどれほど傷つけられていたか如実に見せられるのと、同時にそもそも服としてあんまりにも酷いというのが理由だろうか。
「……どーにかなんねーのかな、これ」
『――どうにかなります』
「マジで? どっから見ても布切れ一歩手前にしか見えないんだけど……。裁縫道具とかもなさそうだし、それ以前に下着もねーし」
『――下着については後日考えるとして、とりあえず服を着用すべし』
「ノーパンでこの汚れ具合のものを着る抵抗感がすごいんですがそれは」
『――悟○だって大猿になった後は着てないのだから、だいじょうぶ、だいじょうぶ』
「その説明で何が大丈夫なのかさっぱりなんでせうがねぇ……。まあ洗うくらいはさせてもらおうか」
川辺の上流の方へ再び足を運び、水を流す。糸というか繊維のほつれ具合が、案外ばかにならないことがより実感できた。綿の部分が腐り落ちたためか、縫合がゆるやかになっており、広げると反対側が見えてしまいそうである。分解されない成分百パーセントな裏の生地のみが確実に残っており、表面はだいぶごわごわとしていた。
「……本当に大丈夫か? これ」
『――正確には、着た後に変更可能』
「あん?」
『――疑問を持たず、おためし推奨』
「…………まあどうせやることもねーし、着てみるか」
渋々といった風に、着用する藤堂太朗。絶望的にズタボロな風体は、アルビノっぽい見た目を忘れるくらいに浮浪者のそれであった。
「で、どしたらいいんだこれ」
『――今から情報を流す。それを確認されたし』
「ん?」
レコーの言葉に続き、太朗の目の前には文字と図が表示される。図は、抽象化された人間の絵が二つ。左右に並べてあり、左から右に矢印マーク。左の色が緑色であるのに対して、右は赤色であった。
《■Y∀L■∀■H■■∃Pの服飾加護:綯夜宰により藤堂太朗に与えられた加護の一つ。
藤堂太朗の着用した服が破損した場合、その服は自動修復される(任意でON/OFFの切り替え可)。修復された服は藤堂太朗の任意でデザインを操作できる。デザインの固定化やテンプレートなども製作可能である。
付与者からのメッセージをどうぞ。
「趣味系の能力だけど、案外馬鹿にできない能力だからね。ボクとしては全裸で再会というのも大爆笑だけど、多少は風流を重んじて有効活用してもらいたい」》
「……は、文字化け? っていうか自動再生て――!」
と、彼が気付いた瞬間には、既に服は学生服へと戻っていた。欠損していた布やらボタンやら、何一つ何事もなかったかのように。しかもこころなし襟が硬く、もはや新品同様のそれであった。
突然自分の体表面で起きた現象に戸惑う太朗。レコーは、特に何ら疑問もないように言う。
『――ね?』
「いや、あの、そんな簡単に同意を求められても困る……。いや服に関しては助かったけど」
流石に下着までは再生されなかったが、しかしこの黒い学ラン姿は、かなり久々に見る気がした。土で汚れておらず、擦り切れておらず、ぴっかぴかである(真っ黒なので光ったりはしないが)。巣足なのがいただけないが、それでも見た目、多少はましだった。
そんな服装を意識していると、別な文字が浮かんできた。
《デザインを操作しますか?》
「いや、ゲームかよ」
思わずツッコミを入れる太朗だったが、しかしなんとなく面白そうだと思い、せっかくだから首肯する。彼の眼前に赤い枠のウィンドウが表示され、そこに彼の現在の姿が映し出された。
《パラメータを操作してください。 最高値:18、最低値:3
→上 : 下
→裾の長さ:12 袖の長さ:12 襟の長さ:14 襟の大きさ:16 肩幅:11 ……》
「数値とか、いじれるの多いなこりゃ。……ん?」
タッチパネル式のようなそれを見て、なんとなく「下」と書かれている方をタップした。
《パラメータを操作してください。
上 :→下
→裾の長さ:10 丈の長さ:16 又下の長さ:10 腰幅:7 ポケットの数:4 ……》
「あ、矢印が今選択しているところか。なるほろ、なるほろ、色はRGBと?
数値以外の場所いじったりとかは、直接図にふれて操作する感じで、なるほど……。ふむ」
基本的にゲームするよりはウィ○ペディアを閲覧している時間の方が長かった藤堂太朗だが、しかしゲームが嫌いという訳ではない。一度とりかかれば、結構長く遊び続ける。熱しにくく冷め辛い性格なのだ。
まそんなわけで、結果三時間ほどねばって彼が完成させた服のデザインは――。
「レコーちゃん、感想どうだい?」
『――結局、学ランのままじゃないですかいな親方ァ』
「だから平坦な声で言われてもあんまり面白くねーんだっての」
『――親方ァッ!』
「いや感情込められるんじゃねーの!?」
突如のハイテンションに、思わず突っ込みを入れる太朗。多少楽しんだからからか、彼も彼で少々テンションが上がって居るようだった。
確かに太朗の格好は学ランのままだ。しかし、とくと見よ。上下共に裾の長さが適切に伸ばされ、襟元は開き、ボタンに彫られた校章は一つを除きすべて清明桔梗。背中にも同様の大きな文様が金色に刺繍され、更に両手の袖の先からは、Yシャツのようなものがはみ出して居るように見えるではないか! シャツを着用していないため、襟の白いカラー同様の方式で手先に出現させているだけなのだが、これがあるのとないのとで、見た目が大きく変わってくる。
さらに、川辺に移る自分の頭を見つつ、両手で即頭部の髪を後ろに流したり中央に寄せたりとを繰り返す。完成したリーゼント風味に頭を見て、のっぺり顔をたいそうご満悦そうに笑わせた。
『――ヤンキーですね』
「うるせぇ。これくらい違ってたら、クラスメイトに遭遇してもすぐはバレんだろ」
『――何故ばれるとまずいのですか? 阿賀志摩辻明に復讐するわけでもないだろうに』
「色々問題あるだろ。てか阿賀志摩知ってるのなレコーちゃん……」
『――藤堂太朗の記憶に内在してる以上、知らないことはありません。なんでもは知りません、知ってることだけ』
「とりあえず、俺の知識は趣味含めてあらかた把握されてるってのはわかった。
まあ何がまずいかって言うとだな。こう、突然死んだと思っていたヤツが、出てくるだろ?」
『――ふむふむ』
「で、ここファンタジー世界じゃん」
『――ほむほむ。つまりモンスター化したと判断されて、襲われるリスクを減らしたいと』
「おーきーどーきー。後はまあ、逆に別人だからこそ、知り合いの話しを聞きやすいってこともあるからな」
さてと、と太朗は立ち上がり、山頂を見る。
「とりあえず、砦の方に行って見るか? 二十年も経ってたら、色々変わってるだろうし」
『――私に聞かないのですか?』
「できるのか?」
『――いえ、ここから見える砦の影だけでは、情報開示条件に満ちていません』
「なら、どっちにしたって行くしかねーってか」
やれやれ、と肩をすくめながら、藤堂太朗は歩きだす。
脳裏にちらつく愛しい人のことを考えつつも――どうしようもない現実に打ち負けないように、一歩一歩、強く踏み締めながら。
すぐに下山しないのが藤堂クオリティ