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番外編:藤堂太朗はゆらがない

ちょっと気分転換に。第二部すっとばして最終部(予定)の時系列より後のお話です。


 

 

「何ぞ?」

 目の前の情景に、青年は思わずそう口から漏らした。ちょっと長めの白髪。黒メッシュの入ったそれをリーゼント風に左右へなでつけている。印象のうすい顔は半眼で、どう見ても柄が悪そうだ。

 格好はといえば、白いコート姿とでも言えばいいか。キャソックのようなそれは、彼の全身をすっぽり覆っている。襟立てには清明桔梗を模した模様の刻まれた銀ボタンがついており、背にはオレンジ色の独特な星型サイン。一目で宗教的な理由如何を問わないと理解できる程度には、派手派手な格好だった。

 そんな太朗の言葉に、仮面の男は答える。

『……頼みごとがある』

 男の仮面は、道化師の化粧のようであった。片面は笑顔で、片面は泣き顔。白と黒のツートンカラーに、左目の赤い涙模様が印象的。格好はといえば太朗と違い、シンプルな祭服だ。こちらは逆に、一目で神性さというか、宗教に身を置いているような印象を抱かせる。

『うむ。我輩らでは、どうにも手に終えぬ案件ゆえな』

 そう語るもう一人の男は、和装に身を包んだ()だ。肉体はほぼ人間のものに相違ないが、灼熱のように赤い鱗が全身を被っている。また尾と首から上は、どう考えても人間のそれではないだろう。大きな二本の、白金色の角である。青年を見る目はどこか試して居るような色を帯びていた。

 だから何ぞ、と青年は言う。

 座禅を解く気はさらさらないらしく、両足を組んで手を合わせたまま、微動だにしない。赤い両目を半眼に開け、目の前に現れた二人を注視していた。


「ぶっちゃけ、俺は()()二人に囲まれる理由が見当つかんのだが。てか、そもそもてめぇらよくこんな場所まで来る気になったな」


 現在の場所を、どう形容すべきか。はるかに高い、高い、高い樹木。幹の太さは筆舌に尽くし難く、根は山の上部から全体を覆っている。その最高高度、もうちょっとで宇宙圏までいってしまいそうだ、と錯覚する程度には高いその場所。その頂点にある()のような場所で、青年は座禅を組んでいた。

 中空を舞って来た来訪者二人に、要件を聞くよりも先にまず呆れた。

「んな、認識範囲外でテレポート相当難しいだろう場所くんだりまでやって来る必要性と、その理由とを俺は予想できんぞ」

『理由くらい、お前なら察しがつくだろう。我輩そういう思わせぶりなところは駄目だと思うぞ』

「別に察してるわけじゃねぇが、こうしてる時はちょっと機能停止させてんだよ。常に持続させておくのも危ないと言われたからな」

『……言われた?』

「黒くて性格の悪い小娘だが、何ぞてめぇら知らなんだか?」

 当たり前のように首を左右に振る二人。

「ま、どこぞの邪神モドキのとこはどうでもいいか。で、何ぞ? 結局まだ俺、てめぇらが何を目的としてんのかわからんのだが」

 うむ、と言いながら、竜は己の懐に手を入れて、瓶を一つとりだした。大きさは人の頭一つ分くらい。白濁した瓶の内部にあるそれは、金色に輝く液体だ。

 太朗はそれを見つつ、口を開く。

「ん――、呪いの酒?」

『ああ。飲んだ者を、幼児退行させる酒だ。精神に干渉してるあたりからして、”影”属性の魔術が作用しているのだろう。精神は大体十歳前後まで巻き戻されるようだ』

「やけにディティール詳しい説明だな」

『……既に”陽炎の妖姫(ルナリアン)”が飲んでいる』

「あのバカ娘、一応魔王だろうに」

 何ぞ、後輩に面倒かけてんだよ、と青年は半眼で突っ込みを入れる。

『今は、アレの部下らが誠心誠意安定させて、消滅を免れておるところだ』

「誰がこんな面倒なの持ってきたかってのは……、ま岩石のオッサンだろうな。大方、異大陸の物品ってところか? まったく、だから他の神が支配する地域の魔術とかは持ってくんなって言ってんのに。バグって面倒だって言ってるんだが……。

 で、俺の元に持ってきたってことは、あのバカ娘の呪いを解けということか? 何ぞ自分で解けなんだ。仮にも魔王なわけだし、それ以上に特にてめぇ、”煉獄の騎士(ワールドエンド)”が居るにも関わらず」

『お前同様、我輩も万能というわけではないぞ? 正直今回のこれは、さっぱり我輩にもわからなんだ』

「あん?」

 手でちょいちょいと動かし、貸せ、とジェスチャーする。竜はそれを放り投げると、空中で「ぎゅん」とでも言うべき急加速を起し、瓶は白い青年の手元におさまった。

「んん――、どっかに集積されているな」

『……どういうことだ?』

「あん? ――ああ、てめぇが居るのは新人研修みてぇなもんか。いや、単純な話だ。呪いといっても、ぶっちゃけこれは設置式、自動発動型の魔術ってわけだ。でコイツの場合、発動すると飲んだヤツの精神を『退行』させるんじゃなくて、その分をどっかに『転送』しちまうんだな。何に転送してデータ蓄積してるか知らねぇが」

『ゆえに、その魔術のみを解いたところで、呪いを解いたことにはならない。わかるか?』

『……転送された記憶が、戻って来ないということか』

 白い青年が言ったことは、つまり泥棒のようなものだ。

 この呪いの酒は、記憶を奪うのであって、巻き戻しているわけではない。そもそも魔王にもなれば、精神の退行はすなわち己の存在のアイデンティティ、イコール存在そのものにすら関わる。もし本当に退行させられているのなら、一発で消滅してしまうだろう。

 だから状況はマシと言えなくもないのだが――しかし、記憶がない状況が、精神で己の存在を安定させている魔王らにとって致命傷であることに代わりはない。そして呪いを解くという事だけを行った場合、間違いなくその失われた記憶は帰ってはこないだろう。

『つまり、呪いを解くのではなく、記憶が集積されている場所を先につきとめる必要があると』

『うむ。我輩、後輩の出来我良くて助かる』

「まオエリのヤツにゃ、そういう細かいこと教えるのは面倒そうだもんな」

 さらりと竜の魔王が娘のことをディスると、青年はどこからともなくとっくりを取り出した。

『……何を、』

「するつもりだ、とか聞くんじゃねぇぞ? そこのヘタレ竜のことだ、自分で手に終えない可能性があるから持って来たんだろうが、ぶっちゃけ自分に何かあった時、俺みてーに保険がねぇからってことなんだろうな。確かに俺の場合は、青いのと赤いのが居るから多少はマシだが」

『……少しはわかるように話してくれ』

「ん、ま、簡単な話――」

 青年はとっくりに酒を注ぎ、ぐいっとあおった。


「酒があって、それを放置する俺じゃねぇってところだ」


 幸い保険もあるから、試すこともできるしな。

 半笑いを浮かべつつ、青年はそのまま白目を剥いて倒れた。





 嗚呼、ここはどこだろう。

 青年が疑問を口にするまでもなく、それは明白だった。

 流れる断片的なフィルムは、彼のこれまでの喜怒哀楽。

 喜びから悲しみ。怒りや憎しみ。わきたつような怒りと、心のそこからの同情。

 ありとあらゆる感情と記憶とが、歪み、かみ合わされ、青年の眼前……、もっとも明確に見えるわけでもないのだが、それでもそれらは、彼の目の前にたゆたっていた。

「とりあえず()()()分身には成功したみてぇだが……、今までの人生経験ってところか。多いな」

『――さもありなん。藤堂太朗がトード・タオになってから、生きてきた年数は膨大』

「本名で呼ばれるのも懐かしいが、おお。レコー早かったな。あっちはどうした?」

『――シックを置いてきた』

「ま、事務処理とか事後処理とかはあっちの方が得意だし、妥当か」

 太朗の眼前に現れたのは……どう形容したらいいか。あまりに独特な姿形を持つ生物だ。ぱっと見はオコジョのようにも見えるが、耳や青い鬣、伸びた首がそれを否定する。また両腕はコウモリの翼のようになっており、両足は黒い大ガラスのようでもあった。

 形容するにはあまりにも歪な、ペットと呼ぶにはあまりにも愛玩という概念に対して冒涜的な外見である。

「てか、てめぇがその姿ってことは、何ぞここは制限がある場所ってことか?」

『――どちらかと言えば、ふつうに歩くと時間がかかりすぎる。テレポートできる座標状態でもないし。あと、そういう藤堂太朗も人の事言えない』

「あん? ……嗚呼、そうみてぇだな」 

 太朗の格好は、酷く説明し辛い。奇抜だというのは一目でわかる。金と黒のメッシュが入った白金頭に、いつも通りの赤い目。水色のフード着きのロングパーカーで、両腕両足は白い甲冑のようなものを装備している。そして瞳は宇宙のような暗闇でも照らす、星団のごとき輝きをたずさえていた。

 明らかに普段の格好とは常軌を逸した姿である。

『――乗って』

 レコーが背を向ける。太朗は言われるままに跨り、レコーの両耳の上にある、ハンドルのようなものを握った。

「どこへ向かうんだ?」

『――記憶が流れ出た先』

 太朗は、そのままレコーの誘導に身を任せる。

 道中、流れていく記憶は非常に散漫で、連続性がない。だが、ある程度の方向性はあった。

 例えば、救えなかった勇者。魔王となってしまった彼と、涙ながらに拳を交えた記憶。

 例えば、命を散らした魔女。後の時代に大きな影響を与えた、偉大であり悲劇を背負った彼女。

 そして例えば、かつての自分。突然異世界に転がり落ち、己が全てを賭して守りたかったものを失ってしまった――。

「……(つかさ)並に趣味悪ぃな」

『――同感』

 おそらく太朗から抜き取られたろう、その記憶の奔流は、主として悲しみや悲劇の感情を中心に集められていた。太朗自身、情動が薄くなっていった経緯を含めてはいるが、悲しみや後悔、みじめさなど、負の感情に端を発する一連の出来事こそが、今集中して集められているらしい。

 そんな記憶の先で、彼は出会った。

 うずくまりながら、うなるその彼女を。


「うぇ……、まずい。味うっす……。吐くわこれ」

「おいてめぇ、人様から勝手に記憶奪っといて、ゲロとは何だゲロとは」


 流石にその反応にはいやそうな顔をしながら、太朗は半眼で睨み付ける。果たしてその先には――童顔に、まあまあの身長。太朗より頭半分ほど低い。見た目は十代中頃から後半か。しかし可愛らしいその顔立ちに似合わず、大層破壊力のあるグラマラスな体を、ぴったりと張り付いた黒い服装で被っている。

 その容姿を見て、太朗は苦い顔をした。


『――異大陸の悪魔。ヒトの記憶を捕食し、その記憶を元に己の姿を確立する』


 その悪魔の姿は、間違いなくかつての太朗の想い人の姿形をしていた。しかも若い時の、決定的に関係が壊される前のものである。さすがは悪魔というべきか、どんな姿で現れればやり辛いかということを、熟知しているといえる。

「ん? あれ、太朗くんじゃん。どうしたの?」

 うずくまっていた彼女は、太郎の姿を見るなり頭をくてん、とかしげた。それはまるで、太朗の記憶にある彼女の姿そのものであり――同時に、彼は眉間に皺をよせた。

「どうしたっていうか……、あん? てめぇ、弥生の姿とかやめろ。殴るぞ」

「な、殴らないでよ、痛いじゃん」

 リアクションが一々彼女と被るのか、太朗は更に渋面をつくっていく。

「……つか、本物は何世紀か前に死んでるってのに、何ぞこいつ」

『――当たり前。悪魔は、対象の記憶にある姿をそのままコピーする』

 すなわち、目の前の悪魔の姿は太朗から見た彼女だということだ。

「た、太朗くん落ち着いてってば。その……ね? あの、もうちょっと穏便にしようよ。ほら、手つないであげるから」

「やめろっての。弥生の姿で弥生っぽいことすんじゃねぇ」

 言いながら両手を背中に隠すと言う、半分嫌がらせじみたその挙動。あきらかに太朗の知る彼女のそれであり、苛立ちがつのるやら、毒気が抜かれそうになるやら、珍しく彼も混乱していた。

「……てめぇは誰だ?」

「へ? それは……、私だよ?」

「うそつけ」

「だから、私なんだってば。わからない? 太朗くん」

 あん? と頭を傾げる太朗に、レコーは言う。


『――悪魔に違いはない。ただ、その人格などは、藤堂太朗の中にある彼女の記憶そのものを使って、つくられている。あの姿、言動は間違いなく彼女のもの。そして――彼女の破壊は、すなわち藤堂太朗の中の、彼女の記憶の喪失を意味する』


 そゆこと、とにこにこ笑う彼女。

「だから、みんな私を殺すことはできないの。例えどんなにここから出たくても、私は殺せないはずだからね。

 例えば、他の誰かが別な私を殺せば、私はそのまま解放される。でも太朗くんが私を殺したら、私はそのまま死んで、他のヒトのところの私は無事に解放されるってこと」

「……そういうことか。道理でバカ娘が帰ってこないわけだ。あっちだって人格の分身くらいできそうなもんだが。

 つまり、てめぇは相手の最愛の、忘れたくない記憶を人質にとってるわけか」

 確かに目の前の、悪魔を殺せば意識は回復する。奪われた記憶も、もどってくるはずだ。ただ悪魔が己の姿を構成するため、下地にしている記憶だけは、未来永劫失われたままとなる。もちろんこんな対抗手段を取れる相手は限られているが、しかしそのための保険もかけていたというわけだろう。その奪われた記憶に人格が居座り続ければ、いずれそちらも食われてしまうはずだ。だが、それでも普通、撃ち果たして帰ると言う選択肢はなかなか出はしないだろう。

「実体を得るにはまだまだ魔力が足りないけど、こうやって私は、がんばってるのであった。じゃんじゃん♪」

『――そして最終的に、記憶を奪った相手の肉体を乗っ取り、更なる感染拡大を図る』

「そ・ゆ・こ・と♪」

「……そういう変なテンションの辺りは、四十路の弥生っぽいな」

「と、年のことは言わないのがマナーよ太朗くん!?」

 叫びながらぷりぷりする姿は、間違いなく太朗の愛した彼女だ。だがしかし、同時に彼女の存在こそが、太朗にとって最も大きな敵であるはずであり――。

「じゃあ、太朗くん。このまま―― 一緒に朽ち果ててくれない?」

 だがしかし、藤堂太朗は何一つ変わって居なかった。

 無論、ポジティブな意味でだ。

 右手をふと握り、輪のようにすると、彼はそれを右目にあてる。弥生が頭をかしげるのと同時に、カシャッ! という音と閃光が、彼の右目から放たれた。

「……へ? な、何今の。カメラ?」

「記憶、漁ったんじゃねぇのか?」

「いや、まだ全部味見してないし――っ!」

 彼女が何かを言おうとした瞬間、その胸の中央は日本刀で貫かれていた。一瞬の動作で、予備動作の欠片もなかった。刀身は青白くすみやかで、その一撃は彼女の内部を、ずたずたに引き割いていた。

「そ、んな……、どう、して?」

『――悪魔は総体で一体。そして一体の死が、全体の死につながる』

「一々残りのを探しにいかないでも良かったというのは、ま、助かるところか」

 深々と突き刺さった妖刀”バンカ・ラナイ”。その刀身は、嗚呼、どうしたことだろう。段々と白い光を帯び、彼女の全身を包んでいくではないか。それが見た目の通りに静謐で穏やかなものであると、当然彼女は思わない。彼女は――否、彼女の記憶を使って成立した悪魔の人格は、その一撃により己が分解されていることを、正確に把握していた。

「太朗くん、だって、どうして……? 私の事、嫌い、に、なっちゃった、の?」

「あー……、それ以前の問題だな」

 藤堂太朗は、肩を竦める。「てめぇ本当に弥生をベースにしたってんなら、分かってるはずなんだがな。俺が、どういう状況でどう行動するかってのは。まそういうところが、ある意味で俺の中の弥生って意味合いなのかもしれんが」

「それ、でも、私は大事なんでしょ? 他の、誰とも違って」

「確かに大事だが――んな一事の感情で、大災害になりかねないものを放って置くほど、俺はリスクマネジメント出来ない野郎でもねぇって話しだ。んなもん、俺の矜持が許さねぇ」

 藤堂太朗は、例えどれほどの時間が経とうが、変わらず藤堂太朗のままだった。

 それこそ眼前の彼女が、かつて愛しただろう彼のままに。

 やれやれという顔の彼と、愕然とした表情を浮かべる彼女。そしてふと、太朗は半笑いを浮かべた。

「あと、弟子が帰ってくるまでに戻っとかねぇと、格好がつかんからな」

「で、弟子?」

「ああ。何ぞ、ワンコみてーにびくびくして、着いてくる奴でな」

「……女の子?」

「よくわかんな。つか、何ぞその表情」

 何故かぶすっとした表情をする、眼前の彼女。「……何だろう、太朗くんが他の女の子といちゃつくのが、むかむかする」

「何ぞ、いちゃついてねぇし。あと本物は、んなもの気にしねぇだろうし、やっぱそこは偽物か」

「いや、表面上はともかく内心は違ったかもよ?」

「あん?」

『――無駄。最初からないスキルを期待するだけ無駄』

「仕方ないか。太朗くん、徹底頭尾自己チューだったし」

「おい、せめて本人にわかるようディスれ」

 敵同士であるはずなのに、何故か意見が一致しているらしいレコーと悪魔。太朗は思わず両者に突っ込みを入れたが、両者ともまともな返答は返さなかった。

「たく……。てめぇ、悪魔なんだろ? ちったー悪魔らしく振るまえっての」

「ん~、そうは言っても今の私って、太朗くんの記憶を中心に出来上がってるからなぁ。まあ――お別れは近いけどね」

 既に彼女の姿形は、段々とそのシルエットを薄くしはじめている。段々と白い光に飲まれて、分解されつくしていくのだろう。

 そんな彼女は、何故か少しだけ寂しそうに太朗を見つめて――おもむろに前進する。

「な、何ぞ?」

 胸元に更に刀が刺さるのも気にせず。傷口から血の変わりに、文字のようなものが溢れだすのも気にせず。そして太朗の顔面を両手で挟むと―― 一気に自分の唇を、彼のそれに押し当てた。


「――~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!?」


 悲鳴にならない悲鳴を上げるのは、さきほどまで妙な生物が居た場所に立つ少女。ふわふわのワンピース姿の、青髪赤目の十四歳ほどの女の子である。腰のあたりから、さきほどの生物を思わせるコウモリの羽根を生やし、手の甲には蹄の跡のような文様が浮かぶ。

「な、な、な、何ぞ? あぁん!?」

 流石に太朗も気が動転してるらしい。声が裏返っている。滅多に起こらない珍事だ。

 そんな彼を見ながら、彼女は頬をそめて微笑む。

「まあ、最後くらい悪魔っぽくしよっかなー、みたいな」

「……確かに悪魔的だよ。忘れるってのが確定してるってのによ」

「うん。でも――たぶん、これは本心だと思うよ? 太朗くん」

「あん?」

 訝しげに見る彼に、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「流石におばちゃんになってからは、恥ずかしくってそれどころじゃなかったけど――でももし、太朗くんとずっと一緒にいられたのなら、私はもう臆病な振りをして、ためらわなかったと思う」


「……人様の記憶から出てきた偽物の分際で、随分言うな」

「でも、嫌いじゃないでしょ? そういうのは」

「否定はせんが……」

「たぶん、本物もわかってたと思うよ。だから――最後に、いじわるしました」

 ばいばい、と言いながら、彼女は手を振り、消えた。その体は、白い光の中で黒い文字の集合体のみとなり霧散し――。


『――では、検索修復を開始する』


 世界が、ホワイトアウトした。





 寺の奥、居住スペースで寝ていた太朗は、半眼で天井を睨んでいた。

「……過ぎたこととは言え、もう少し阿賀志摩にゃペナルティ負わせるべきだったか?」

「――ウェイクアップ! ですよ~」

「あ、師匠(マスター)! 目が覚めましたか!」

 ばたばたと廊下を駆け巡る音が、彼の耳に聞こえる。枕元に立つ赤髪青目の少女が、両手でメガホンをつくって、境内の掃除をしていた弟子を呼んだのだ。

 視線を反対にふると、例の酒がぽつんと置かれている。

「……いっそのこと本当に忘れられればなぁ」

『――望んでもいないくせに、よく言う』

「でも、一瞬思うのは確かといえば確かでもあるぜ。珍しくこう、情動が呼び戻された感があるし」

 半笑いを浮かべる太朗は、はて、どういうことだろう。本来なら、彼が愛した彼女の記憶が失われているはずだろうに。しかし今の発言は、間違いなく「覚えている」ヒトの言葉に相違ない。

「ヘタレ竜共はどうした?」

「お弟子様が来てから、帰られましたよ~」

「ま、ぎりぎりまで面倒を見ていたってんならマシな方か。……ちなみに、記憶を失ってた時の俺はどうだった?」

「――『何ぞ? 何ぞ?』っていいながら、寺内部駆け巡ってました」

「我ながら痛ぇな……。けど、しかし一応保険に『検索用』の画像を撮影しといたとはいえ、やっぱりアーカシックレコード便利すぎんだろ」

「――まあ、そこは良かったと喜ぶべきじゃないですか~? さきほどお姉様から聞きましたけど。よく言うじゃないです、チートとハーレムは使いようって」

「言わねぇよ」

 彼女の言葉に、半笑いを浮かべる太朗。嗚呼、間違いなく彼は忘れていない。花浦弥生のことを。

 彼が持つ能力の一つに、世界の知識へとアクセスするものがある。全知、あるいはアーカシックレコードというべきか。彼はそれを、レコーやシックというインターフェイスを介する事で、必要な情報を引き出すことが出来るようになっている。

 今回彼は、花浦弥生という姿そのものを忘却しないよう確保したうえで、彼の中に居た悪魔を殺したのだ。そこで失われた花浦弥生について、保有していた画像情報から検索をかけ、失われた太朗の記憶の部分を埋めるようにすりこみ、復活させたのだ。無論、太朗にしか出来ない荒業である。

「……そう考えると、ヘタレ竜は岩石のオッサンにでも入れ知恵されたか? いや、そこまで見越してるわけねぇだろうしな……。まあオッサン自体は、たぶんこの酒の影響も受けないだろうが。

 ――調和しろ」

 手を伸ばして、太朗は指をはじく。と、その指先から放たれた光の波紋が、液体とある種の反応を起し、色を変える。金色だった液体は、茶褐色のものへと変化した。

「マスター! 大丈夫でしたか、一体何があったんですか!?」

「……でもまあとりあえずだ」

 太朗は上半身を起すと、再び指をはじいた。すると、この場まで全力疾走してきた弟子が、見事に半月を描いてすっころぶ。ポニーテールが舞う様はそれなりに美しい気がするが、残念ながら最終的な着地点は、額を押さえて転げ回るといったところだった。

 そんな彼女を見ながら、彼は体を伸ばし――。


「弥生の顔を久々に見れたって点では、感謝してやってもいいか」


 転がる彼女を見ながら、ふっと、珍しく満面の笑みを浮かべた。

 

 

ただし、あくまで予定の着地点につければという番外編なので、必ずしもここに来るかは・・・

第二部開始までは、まだお待ちを・・・

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