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エイプリルフールss:没ルート

せっかくなので、本編の分岐ルートを一つ。

相違点:宰がそんなにやる気がなかった場合


 

 

 ――闇。

 闇としか形容もできない。

 その意識と魂とが、今居る場所は闇でしかなかった。

 果てしないその全ては、しかし同時に一つの1であり。

 そこにたゆたう何かが、例え何であってもすべて一色の黒に塗りつぶす。

 優劣も、個性も、ここでは一切関係ない。

 ただただ溢れ、流れる一つの巨大なうねり。

 うねりとしか言いようのない一体感だけが、その場に満ち満ちていた。


「――にゃ、るはははははははッ!

 んふ♪ やあ面白いことをしたようじゃないか!」


 と、突如その混沌にイレギュラーな存在が現れた。

 牡丹模様のあしらわれた黒い和服。低い身長に小さな手足。華奢で低い全身は少女のものであり、愛らしい顔にはにんまりとした笑み。暴風にでも煽られているのかボリュームのあるショートヘアは逆さに乱れており、額に赤いチャクラがついているのが確認できた。

 右手を前方に伸ばしながら、彼女は言う。

「んふ、ボクのこと忘れたいかい? 宰だよ。綯夜ないやつかさだ若人よ――否、藤堂太朗ッ!」

 突如握ったその手には、やはり闇がつかまれていた。しかし彼女がある名を呼んだ瞬間、その闇が形を成していく。

 のっぺりとした顔の少年の姿が形作られたあたりで、彼女は更に大笑い。

「るはははは! 確かに笑いながら逝けとは言ったけど、逆にこっちを笑わせに来るとは。君、すごいねー。ボクのツボに入るなんてなかなかないよ。それこそ『核兵器』だとか、電子レンジがタイムマシンになったりだとか、世界が真理と狂気につつまれるくらいの滅茶苦茶でもない限り、なかなかなんだよねぇ。

 いや~気に入ったよ~。君、ボクの『眷属』にならないかい?」

『……は? は? へ、何、何だここ、というか綯夜!?』

 どう考えても言っていることが邪神めいている宰の登場と、現在の自分の状況に太朗は混乱するばかり。まともな思考形態すら未だ曖昧なアイデンティティにおいて「再構成」されきってすら居ないだろう。そんな彼の様子などお構いなしとばかりに、宰は独り言を続けた。

「いや、でも傘下にしてしまうと観察の客観性が失われてしまうしぃ。でも近くにおいて見て見たいと思うけど、そうするとボクにかせられた制限も大きくなるしぃ……。う~ん、悩みどころだねぇ。『夢を終わらせる者エンダーマン』もどうにかしないといけないし、やることいっぱいだぁ」

『……何、とりあえず聞かせてくれ、何だここ』

 多少安定してきたらしい太朗。思考をとりあえず一まとめにして最初に場所について質問をしたが、宰は彼の顔を見て、にっこり笑って答えなかった。

「ふぅん、元々は思ったよりまぁまぁなルックスなんだね」

『は、はぁ?』ちょっと照れる太朗。

「んふふ、そうだねぇ……、今のまま再生してもあまり面白味がないからね。少しだけボクもコナをかけておこうじゃないか。それで君の何が変わるかは知らないけれど」

 言いながら、宰は服の胸元を少しだけ開き、手を突っ込んだ。あんまり色っぽくはなかったが、わずかに見える薄い胸元の白さに、本来ならば太朗は顔を背けただろう。しかし、どういうことだろうか。不思議と彼の心には、何らざわめきすら浮かばない。現在に対する、地に足のついていないような不安感以外何もなかった。

 宰が取り出したのは、鍵だった。歪んだ触手が折り重なったようなウォード錠。先端には三つの目のような文様が彫られており、見るものに微妙な違和感と不快感を与える。

「いあ、いあ――」

『がふっ!?』

 突如、宰は彼の胸元にその鍵を「ねじこんだ」。胸骨が破壊され、心臓が握りつぶされるような錯覚に襲われる(どちらも経験したことがないので、その形容が正しいか彼にはわからないが)。その握りつぶされた心臓に、妙な違和感が挿入されると、彼女は手を引きぬいた。

「さあ、じゃあ頑張りたまえ。次に来た時にもっと面白いことになってたら――そうだね、ご褒美にちゅうくらいはしてあげようか」

 くすくすと笑う宰の姿が、段々と遠ざかっていく。それを見ている太朗の視界も段々とうすれていき――やがて、また闇に飲まれた。





 藤堂太朗の意識をくすぐるのは、風と砂がこすれる音。うっすらと目を開けると、周囲の風景はあまりにも漠として荒れたものであった。土色にはげた山は土砂崩れを引き起こしそうであり、何より彼の記憶していたそれよりも、高さが低い。山のふもとからそれを見上げて、太朗は頭を傾げる。反対側を見ても、街があったはずの場所は閑散としており、崩れており、これではまるでゴーストタウンである。

「……何ぞ?」

 起き上がる太朗。何故か全裸であり、傷跡は欠片も見当たらない。と、彼の足元には骨の破片のようなものが転がっていた。何ぞ、と思いそれを持ち上げる。彼の掌に集められる程度の量しか残って居ないのは、元の時間が経過しすぎているためか。いや、それでも骨の欠片さえ残っているのが僥倖というべきか。

 背後を振り返ると、大きな石がおかれている。表面は風化し削れ、文字が彫りこまれているようだったが何も読めなかった。

「……何ぞ?」

『――墓』

「あん?」

 突如脳裏に響いた声に、太朗は周囲を見回す。脳裏に響いた、という認識ではなく耳下で囁かれたくらいの感覚だったためだが、しかし誰も居ない。なんとなく不気味な気分になる太朗だったが、しかしそんな心理を見通してか、彼女は平然と言葉を続ける。

『――レコー』

「あん?」

『――私の名前。レコー・フォーマシャンタクス。綯夜ないやつかさによって藤堂太朗に齎された、サポートインターフェイス』

「意味がわからんのだが……」

『――知識系のお助けマンみたいな認識でだいじょうぶ。疑問があれば何でも聞いて、ある程度は答えられる』

「それならわかるわ」

 面倒になったのかざっくりとした説明であったが、逆にそっちの方が太朗にはわかりやすかった。

「なら……、まず、この状況な何ぞ? 俺、確か座禅組んでいたと思ったが」

『――御主人様は、そのままおなくなりになられました』

「あん? てか何で喋り方変えたし?」

 いぶかしみながら返した太朗だったが、しかしレコーは平然と、事実を告げる。


『――ここは、藤堂太朗が死んでから、百年後の世界』


「……は?」

 困惑する太朗など無視して、レコーは続ける。『――百年』

「いや、ちょっと待て」

『藤堂太朗は、人間として死んだ。その後、人間という種族を放棄して、血脈を喪失して蘇った。実態を持つ幽霊のような状態。この世界の概念であり得ない――』

「黙ってろ意味わからんわ! いや、へ? へ?」

 頭をかかえて困惑する太朗。その姿が、不意に彼の脳裏に浮かぶ。そこには――真っ白な髪と真っ赤な両目を持つ、以前より更に印象がのっぺりとした藤堂太朗がそこにいた。


「何だよ、これ」

『――百年後にタイムスリップした、みたいな考えでも大丈夫』


 それは、太朗にとってある意味死刑宣告の一種だった。

 時間は残酷である。過ぎてしまえばもう取り戻せない。

 今更何を思ったところで無意味だと、レコーの言葉が太朗をしばる。

 死して百年。それは、あまりにも長い年月であった。

 そして、太朗は不意に思う。花浦弥生の現在を。

 思わなければと、どれほど後悔しても遅いのだが。

「――あん?」

 彼の脳裏には、花浦弥生が辿った人生が流されていた。阿賀志摩辻明に壊されたこと。継続して人格が崩れ落ちていったこと。肉体的にもボロボロになっていったこと。具体的な映像を伴って、藤堂太朗の脳裏にそれらが映し出される。あるタイミングで彼女は捨てられ、神父のような格好をした青年に拾われ、とある老夫婦の下に預けられる。そこで引きつった笑みを浮かべながら働き続け、次第に自分を取り戻していく彼女。だが――彼女を受け入れて交際した相手と、彼女自身が負わされた事柄とが原因で、二人は離れ離れになった。自然な笑顔を取り戻しかけていた花浦弥生は、一時失意のどん底に落ちたように見えた。

「……」

 しかし、それでも彼女は懸命に生きた。どれだけいやがらせをされよとも。老夫婦が亡くなろうとも。その後宿屋をつくりかえ、孤児院を経営。子供達に囲まれながら、ゆったりとした表情で生涯を終えた弥生は、太朗からすれば、どうしたらいいかさえわからなかった。

「……何ぞ」

 しかし、どうしたことだろう。

 その映像を見ても――藤堂太朗は、さきほどの混乱以上の感想が出て来ない。混乱は、情報が入り乱れて認識できないから発生した。だが、一切の情動が湧いて来ない現状は、一体何だ。

『――摩滅』

「何ぞ? レコー」

『――百年の経過により、藤堂太朗を構成するための要素は結集した。だが、それだけ。その際に使われた元となる感情は、あまりにも時間が経ち、ゆるやかに解けて、霧散してしまった』

「……」

『――花浦弥生は、もう、死んだ。阿賀志摩辻明と同様に』

 こちらも映像が脳裏を過ぎる太朗。太朗を殺した後、名声を馳せて徐々に国で成り上がる辻明。委員長の牧島香枝を追放し、クラス内を牛耳り、弱肉強食の理論を持ち込み、勝ち取る。そして領主の娘と契りをかわすのだが――それが、全てのはじまりであった。彼がかかえていた暴力性や衝動、苛立ちや不満など、領主の娘は全部、調教して消し飛ばした。厳密には消し飛ばしきれていなかったが、それでも彼に真人間のような行動を強制させることに成功していたのは、あまりに恐ろしい。そんな彼だったが、子供と婦人とを逃がして街を襲う巨人に立ち向かい、踏み潰されて圧殺された。その死体は消し飛び、跡形も残ってはいなかった。

「……何ぞ、これ」

『――藤堂太朗が、知りたがっていたもの』

「だから、何だよ――」

 感情が、わいてこない。

 こんなもの見せられても、と、太朗は開いた左手に、右の拳を打ちつけた。

「……なあ、何だよこれ」

『――現実』

「狂ってるだろ。何で、俺蘇ったりなんかしたんだよ。死んだままでよかったよ。何だよ、何ぞこんな……」

 上手く言葉が出て来ない太朗。さもありなん、ある程度平和な世界で過ごしてきた十七歳にとって、これはいくら何でも応えるものがった。太朗は放心したように、そのまま動きを止めた。

 どのくらい時間が経過したことだろうか。太朗は立ち上がり、地面を掘る。数分もかからずボロボロの学校制服を見つけ出すと、テキトーにそれを纏った。

『――何です?』

「さすがにみっともねぇもんをブラブラさせとくのもアレだろ。まあズタボロでもないよりは――あん?」

 気がつけば、太朗の服装は大きく変化していた。それはどこか白い和服を思わせるもので――どこか、古い時代の死装束のようでもあった。

「何ぞ?」

『――綯夜宰からのプレゼント能力。デザインは今回は私担当』

「あん?」

 意味が分からない、という顔をする太朗。そんな時である。


「……あら、貴方は誰でしょうか」


 あん? と太朗は首だけを動かす。角度が軽く九十度を上回っていたが、本人に痛みはないらしい。

 そこには、一人の女性がいた。濃紺の修道服に身を包み、若いながらも苦労を重ねて居るような、そんなことが見て取れる熊と小皺が目元に寄っていた。セミロングと片メガネ姿がどこか彼の記憶を刺激し、なつかしい相手の名前――彼にとっては何らなつかしくも何ともないそれを、口にする。

「……牧島か?」

「……藤堂太朗? いえ、そんなわけないですよね、こんな」

「あん、何ぞ? 意味わからん、タオ○イパイの移動方法並にわからんぞ」

「本人で間違いなさそうですね、その言葉選びと知識とは……」

 その修道女――牧島香枝は、藤堂太朗に何とも名状しがたい苦笑いを浮かべた。

「……何でしょうかね、その、うらしまたろうみたいな表情は」

「いや、わからん。気が付いたらこんなんだ。確か阿賀志摩にやられて傷だらけで、山の中で転がって、そのまま力つきたはずだったんだが……」

「ん――嘘はついてないようですね。とすると、嗚呼、嘆かわしい……。己の非力を恥じるばかりです」

「何ぞ?」

「私がもっと発言力をためていれば阿賀志摩辻明は英雄として奉られていることもなかったでしょうし、もっと仲間をつくっていれば貴方の捜索にも割けたということですよ」

「てか、何ぞ話し方。キモい」

「い、以前にもまして随分ズケズケモノを言いますね……。これでも努力してやってるというのに、立場的に示しがつかないから」

「てか、てめぇも何ぞ、そんな若いんだ? 少なからず百年くらい経っている……、ようには見えるが、この周辺を見ると」

「まあ……、色々ありまして。そうですね――」「マキシーム司祭!」

 くるり、と振り返ると、そこには革鎧で身を固めた兵士……、その割に妙に清廉なイメージを持つことが出来るデザインをしていたが、そんな男たちが彼女に声をかけた。

「ああ、そうですね。つもる話しも多くありますが……、せっかくですし、私と一緒に来ませんか?」

「何ぞ?」

「元々、貴方を含めたかつての仲間たちの供養に来たのですよ。色々ありましたからね。せっかくですから、私の知る範囲で、貴方がいなくなって……、亡くなってからの事柄も、教えて差し上げましょう」

「断る理由はねぇが……、おい!」

 太朗の返答を待たず、香枝はずいずいと足を兵士らが待つ馬車へとすすめる。乗り込みのちょっと手前で足を止めて、こちらを振り返る。

 どこか目の死んだ、その微笑に、太朗は頭を左右に振り……、仕方なしとばかりに歩き始めた。


『――で、御主人様はどうするんです?』

「……まアレだ。とりあえず、俺も墓参りくらいはするか」


 前向きなのか後ろ向きなのかよくわからないが、彼のその反応にレコーはふっと微笑んだ。

 

 

備考:ゆっくり時間をかけて解脱したので、本編開始状態に比べて圧倒的に条件開示制限が少ない。


没理由:太朗がチートとかそんな次元でなく完全な仙人というか虚無になりかねなかったから

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