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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
英雄の条件というか仙人と悟り編
75/80

間章14:変わらなければならないかもしれない

本当の意味でのエピローグ

 

 

 高校入学時期。それ以前の中学時代から、辻明がつるんでいる友達たちが、多少柄の悪い感じになっていったのを彼女は感じていた。高校に進学しても、それは変わらず。弥生自身は辻明と小さいころに交わした「おっきくなったら、けっこんしよ!」という約束をいつまでも忘れはいなかったが、しかし辻明の方はといえば、そうでもなかったらしい。気が付くと、色々な種類の女性をはべらせている彼に、嫉妬したりもした。これがまだ、好意に対して鈍感だからとか、委員会とかの仕事だからとかなら問題はなかったもかもしれない。

 しかし実際にはとっかえひっかえであると分かった瞬間、弥生の頭は猛烈に冷めた。距離をおくようにはならなかったが、大好きだった分そのダメージは計り知れなかった。もうしばらくは恋愛とかどーでもいーかな? くらに考えるほどである。弥生も弥生で結構モテはしたのだが、しかしなかなかそういう気にはならなかった。

 そうこうしてるうちに起きたのが、辻明が周辺の学校の危険な男の女に手を出したことに端を発する事件だ。連日学校の周囲に他校の生徒が集り、辻明を血眼になって探していた。だが大体は辻明が奇襲をかけると負ける。そもそも辻明はケンカ慣れしてるというか、かなり強かったのだ。それが切欠で彼の学校の友人らも巻き込んだ事件は、最終的に二日間臨時休校が起こり、地方紙の隅に記述されるくらいの規模にはなってた。

 そして――最終的な対立をおさめるため、弥生は生贄にされかけた。本人に対する宣告も確認もなく、ある日辻明が弥生を呼び出した。ここでついていった弥生も警戒がなかったと言えばなかったのだろうが、しかしそれは、相手が築き上げてきた全ての信頼と感情とを、一気にゼロにする行為でもあった。その瞬間、辻明は泣いて謝っていた。と同時に、後暗い笑みも浮かべていた。弥生にはどちらが彼の本心かは判別できず、そのまま今日に至る。

 教員たちの介入により、その場はどうにかなった。担任のマッチョな女教師が、全員に回し蹴りを決めていく様は、第三者から見れば爽快だったに違いない。結局その後教師も学校を去ったが、事件のことは緘口令が敷かれた。色々事情があったものの、辻明自身も脅されていた部分があったらしく、お互いにうやむやとなったのか。しかし弥生にとって、そんなものは関係なかった。

 そんな風にして一年が経過した後、彼女は香枝と太朗に出会った。

 ある意味で、それが契機でもあった。





「はい、いらっしゃいま――香枝ちゃん!?」

「お久しぶりです」

 いつもの様に宿屋に客を向かえると、一人の女性が頭を下げた。一人は弥生も顔馴染み、といえば良いか。前にあった時から五年は経過していたが、相変わらず若々しい。否、苦労だけが所々に蓄積したような、妙齢という表現が適切だろう。所々土埃で汚れた修道服が似合うのは、どこかキャリアウーマン然とした雰囲気があるためか。

 終始語調を崩さない彼女――牧島香枝に、花浦弥生は微笑んで応対。

「どうしたの? 今日も巡礼って感じ?」

「それもありますし、クラウドルの教会の様子見と、祭壇に完成版のエスメラ聖書を安置しようかと思いまして」

「……へ、まさか紙できたの!?」

「私の独力というわけでもありません。私達と同じの、黒い服を来た女の子と話し合ったりして、ですね。製法も私達の知るそれとは異なりますし」

「ほえぇ」

「技術が百年くらいは進んだんじゃないでしょうか……。おそらく数年でガエルス内部に流通する技術だと思います」

 ほんのり微笑む香枝。否、今はマキシーム司祭というべきか。阿賀志摩辻明と袂を分かった後、聖女教会にて大成した、クラスの委員長である。態度を崩すことがないのは、その後ろにお付の兵士が数人いるからか。聖女教会の要人の一人であり、またそれなりに綺麗な容姿をしている彼女を、単独で行動させるという愚を聖女教会は犯していなかった。

 老夫婦含めた三人に、しばらくマーチこと弥生を借りられないかと話す香枝。弥生はおそらく今日の客は香枝たちだけだと踏んでいたので別に構わないと言い、老夫婦はむしろ率先して弥生を休ませようとしていた。ここ数年、弥生は働きっぱなしであるらしい。老夫婦が年齢で出来なくなりつつある分のサポートから、新しい仕事の開拓、新しい従業員の雇用などなど、夫婦の仕事を超える勢いで働き詰めであり、言い加減休め、ということだった。

 「私的には結構、休んでるんだけど……」みたいな顔をする彼女を引き連れ、向かった先は堅牢になった領主館。兵士小屋とようやく分離されたその石造りの建物の中に、通行証の木板を見せてそそくさと進む香枝。

「あらマキシーム様。ご機嫌よう」

「ええご機嫌よう。本日はお日柄も良く」

 イリー・アルガスとすれ違い様、香枝は堂々と微笑み返す。やや痩せ気味だが威圧感のある領主夫人に対して、全く動じず迫力のある笑みを返せるのは、権力の問題か潜ってきた修羅場のせいか。一見すれば貴婦人が小娘につっかかっているようにも見えたが、実情両者の年齢は小娘の方が三つ四つ上である。そして年相応の女性が後ろで苦笑いを浮かべているのを、貴婦人は一瞥しただけだった。

「香枝ちゃん、イリーちゃんと仲良いの?」

「あのクラウド・アルガスをギリギリのラインで真人間にできた、というだけで好感度は右肩上がりです」

「あ、あはは……」

「結果的に貴女を放置してしまったことに大きな蟠りがありますが、ある程度の価値観の共有はできる相手でもあります。そう言う意味では、単にビジネスライクな交友関係というわけでも、ないのかもしれませんね」

 とある一室の前で、護衛の戦士たちに待機を命じる香枝。入り口でぴしゃりと背筋を伸ばす二人を確認して扉を閉めた後、香枝は胸元からペンダントを取り出した。玉虫色をした、目玉を模したような首飾り。何かちょっとエジプトっぽい? と弥生が思った瞬間、首飾りは輝き光は室内全体を覆った。

「これって……」

「防音の結界、らしいわ。……はぁ、つかれた」

 深々と息を吐きながら、香枝は椅子に腰をかけた。さきほどまでのキリっとした表情や、伸ばした背筋が嘘のようにぐでっとしたその状態。慣れたその態度を見て、弥生は労いの言葉をかけながら椅子に座った。

「あはは、お疲れ様……」

「やっぱりこういうのって、私のキャラじゃないのよね」

 外に音が漏れない、ということもあってか、牧島香枝は司祭としての振る舞いを放棄して、本来の彼女の素を出していた。そんな彼女に弥生もつられて愚痴を言う。

「香枝ちゃん、相変わらず若いねぇ」

「色々あったからね……。ていうか、弥生いっつもそれ言うわね」

「そりゃ言うよ、だって私もう四十路行っちゃったもん……。なのに中身まだ全然二十代くらいな気がするし? 日に日に皺増えたり、お肌が荒れたりしてきたら、ひがみもするって」

「まあストレートに言ってくれるだけ、影で言われるよりは私も気分悪くないけど……。静脈瘤とか気を付けなさいよ? あのおじいちゃんたちの話聞いてると」

「じょうみゃくりゅ……?」

「適度に休みなさいってことよ」

「だから、結構休んでるって……。香枝ちゃんの言ってた通り、八十時間以上はオーバーワークして働いてないって」

「聖女エスメラの観測が正しいと、この世界の一日って私達の世界の一日より約四十五分くらい多いみたいだから、それを踏まえて言いなさいっての。……で、あー、アレよ、アレアレ」

 香枝は、少し躊躇いながらもある事を口にした。


「――藤堂、生きてたみたいよ?」


 その彼女の言葉に、弥生は苦笑いを浮かべる。「あれは……、生きてたって言うのかな?」

「……え? な、何、アンタもう会ってたわけ?」

「うん。再会は、二年くらい前に」

 弥生のその言葉に、ガクッ、と香枝はすっころぶモーションをした。オーバーなジェスチャーだな、と弥生は笑みを浮かべていたが、普段の振る舞いがおとなしすぎるあたり、ストレスとか溜まっているのかもしれない。起き上がりながら、香枝は弥生に確認をとった。

「……え゛、二年前って……、ってことはアイハスのところに出てたのと、えっと、ケンダイスのと、機関王国のと――ああああああん、もう、ニアミス死ね! てかワープでもしたってわけ? 意味わからない!」

「香枝ちゃん、口調口調」

 頭をかきむしる勢いで抱えて、地面に倒れて転がる彼女。いくら防音の術が叱れてるからといえど、流石に暴走しすぎではないか。おろおろはしないが、困ったように香枝をなだめる弥生であった。ぜいぜいと肩で息をする香枝は、そりゃもう色々と台無しといえた。

「はぁ、はぁ……。って、ことは何、その様子だと弥生と太朗って、もう和解? とか、色々したわけ?」

「あはは……、えっと、実は一昨日、アイハスちゃんと一緒に」

「嫌われてるのかしら、私……」

「香枝ちゃん、再会した後に何言ったの……? でも、ちょっと用事があるっていって出ていったくらいだし、部屋も確保したままだから、一週間の間には戻ってくるんじゃないかな?」

「やっぱワープとか使ってそうね」

「テレポートっぽいかな、見た目だと」

「物理法則どこいったのよ……」

 色々と、両者の間では情報がお互いに不足しているらしい。まあまあ、と声をかけ苦笑いを浮かべる弥生に、香枝は難しそうな顔をつくって聞いた。

「……弥生、ちょっと変わった?」

「ほぇ、どして?」

「いや何か、雰囲気が前より張り詰めてないっていうか……、少し余裕があるっていうか」

「元々張り詰めていた気はしてないんだけど……」

 頭をかしげる弥生に、香枝はやはり疑問を抱く。以前の弥生なら、香枝と話していてもこういった風に気を使ってくることは、あまりなかったように思う。元はと言えば自分が彼女を助けきれなかったせいでもあるため、香枝はそれを受け入れていた。のだが、しかし今の弥生は、以前のそれに近い雰囲気となっていた。

 弥生も多少は自覚があるのか、笑いながらも考えて居るようだ。しばらく唸った後、彼女は香枝を椅子に座りなおさせて、満面の笑みを浮かべた。

「やっぱり、太朗くんだと思う」

「……どうして?」

「うんー、何だろうなー……。改めて、思い出したからかな? 私が、太朗くんのどこが好きになったのかってこと」

 弥生は、懐かしむように目を閉じる。「香枝ちゃんには話してなかったけど、昔、私と太朗くんって、結婚について話し合ったことあったの」

「まあ、そんな話されても私の方が困ったと思うけど……」

「その時に、あっさりと太朗くんにプロポーズされててね?」

「ぶっ!」

 げほ、と噴き出す牧島香枝。

「……何でそんな話いきなり言うの、心臓に悪いわよ」

「そ、そう? ……で、えっとね、太朗くん、言ったことは極限まで守るって、そういう感じに潔癖なところあったじゃない? 服装とか髪型とかあんまり頓着しなかったのに」

「あと字が汚かったわね。書類読めなかったわ」

「あはは……。で、ね? 再会した時の太朗くん、完全に当時のままだったみたいなの。だから、あのまま行ったら本当に、私で人生使い潰しちゃうんじゃないかなーって。そう思って。

 その時に、嗚呼、私このヒトに幸せになってもらいたかったんだなぁって。私が受け入れられたっていうのもあるけど、やっぱり、何だかんだで今でも、太朗くん以外は本当駄目なんだろうなーって思ってさ。自分勝手なことに」

 花浦弥生にとって、藤堂太朗を一言で言い表せば「良く分からない」であった。イリー・ガエルスが阿賀志摩辻明を「物語に出てくる英雄のようである」と形容したのに対して、弥生のそれは酷く率直で、綺麗ごとのない感想そのままだった。実際、太朗はよくわからなかったろう。

 弥生が好きだと告白した後、その割には扱いは雑だったし、モーションをかけてくることもなかった。むしろ牧島香枝の方と積極的に話し合ったりしていたくらいだ。香枝とも仲良くなっていなかったら、辻明と同じタイプなのではと誤解していたところだ。だが、それなりに時間をかけていくと、太朗の言動がある意味首尾一貫していることに気付いた。弥生が異性としてあまり接触したくないといえば会話数も減る。香枝との話し合いも終始無表情で、最低限仕事についてしか話し会わない。給食の時とか、帰りの時くらいしか三人で話し合うこともなかった。

 決定的な出来事などなかった。只、ちょっとずつ彼に対する対応を変えていったら、それに応じて太朗もまた接し方を変えていった。当たり前といえば当たり前すぎるものではあったが、そのいずれもが、弥生の行動に端を発したものであったのは間違いない。そして終始、できる事とできない事、言った事を守る姿勢を極力貫き続ける彼を見て、不器用だ、と弥生は感じた。何がといえば、人付き合いだろう。そして、そんな彼を見てると心のどこかで、他人を排斥したがるようになってた自分の後ろぐらい感情が、少しだけほんわかするのを感じたのだった。

「たまーに料理作ってくれとか、それくらいは言われたけど、それ以外ほとんど太朗くんてば、私にとって都合がいい人だったからさ。嗚呼、駄目だなぁって。このヒト、このまましておくのは可哀そうだなって。きっかけは多分それ」

「……お互い面倒くさい感じだったのねぇ」

「太朗くんも、まあ、私の状態を駄目だと思ったから付き合ったのが最初だったと思うんだけど、お互いがお互いにそういう要素があったから、一周回ってむしろ普通になっちゃったんじゃないかなって、今なら思う」

「で、それがどう繋がるの?」

「んん……、一緒に居ちゃいけないって、言って、お互いずっと泣いて、泣き終わった後にさ、太朗くんが言ったんだよね。また会いにくるからって。例え一緒にいられないのだとしても、会おうと思えば俺は、会いにこれるからって。だから――」

 少しだけ照れたように、弥生は頬をかく。「――太朗くんに迷惑が掛からないくらには、ちょっとだけ、頑張ってみようかなって。勿論、こっちのお父さんとお母さんとに恩返ししたいってのもあるし、アドルフさんに助けてもらってるってのもあるけど、それでも私は元気にやってるよって。だから――」

「――もっと元気になれと、そういう風に藤堂に態度で示したいってこと?」

「まあ、そんな感じかな?」

「今更だけど、あなた達って二人とも面倒くさい人生送ってるわね」

 苦笑いを浮かべる香枝に、弥生は胸を張る。


「だって――私は、太朗くんほど綺麗になれないから。だったら、せめて太朗くんには綺麗で居て欲しいじゃない?」


 それもどうなのかねぇ、と牧島香枝は肩をすくめた。

 

 

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