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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
英雄の条件というか仙人と悟り編
73/80

第54話:壊れた目のままに

なんか久々に少なめw

 

 

「よっ。聞き耳なんぞ、趣味悪ぃぞメイラ」

「ひゃっ!?」

 びくっ、と扉の前から飛び跳ねるメイラ。彼女の目の前には、己にそっくりでどこかちがう男性の姿があった。変身した太朗である。だが、これはおかしい。今太朗は、メイラが耳をたてていた部屋の中でマーチ・ガーネットと会話を交わしているはずだ。というか、すすり泣く声が聞こえたから、隣の部屋から出てきて耳をそば立てたのだ。なのに、目の前に居る彼は何だ?

「分身だ」

「……人の心を読んだように答えるの止めていただけませんか? あと、意味がわかりません」

「何ぞ、別に変なことでもねぇよ。アレだ、とりあえずてめぇの部屋の中で話すぞ。ここじゃちょっと目立つし、声が聞こえる」

 小声で言う太朗、促されて、彼女はおずおずとそれに従う。第三者からみれば兄妹そろって部屋に入る、何か相談かな? という風に見えるが、実際の所彼女の心臓は、割とバックバクであった。エイトビート更に加速といったところか。

「ぶっちゃけ俺は、藤堂太朗の分身体……、何だろうな、えっと――あん? えっと、存在の密度を薄めて、その分を別個にとって魔力で無理やり再構成したような、遠隔操作体、ということらしい」

「……」

「あー、そんな目で見んな。俺もよくワカラン。まそれは置いとくぞ。

 何ぞ、てめぇから“宿木の魔王の葦”が現れた」

 太朗は遠慮することもなく、彼女に核心をつきつけた。ド直球である。しかし彼女も予想していたように、少しだけ微笑んで口を開いた。

「先にお断りしておくと、魔王が私の中に居たのは、私としても想定外でした」

「あん?」

「おそらくは、坊ちゃまの中からこちらに来たか、手引きされたかというところではないでしょうか。しかし……、意識を乗っ取られてないところを見ると、何か別な事情もあったのかもしれませんね」

 こほん、と咳払いをして、メイラは自分の胸元を開く。


「私は――巫女。元々は、邪竜の魂を封じる一族です」


 胸の谷間の少し上。胸骨と鎖骨との間あたりの微妙な箇所。そこには、鎖と扉を合わせたような刺青が刻印されていた。軽く太朗が見た後、少し赤くなりながらボタンを閉じる。

「もっともそれは私の祖母……、既に他界しているエルフの一族が、というところでしょうかね。私の一族は、分家で、しかも異種交配ということもあって、街から追い出されたと母から聞いています」

「それで、ケントリヒッデバロニアスミシアリウスマリウに流れたと」

「よく噛まずに言えますね、それ……」

「気合だ。で、ブラストルだったか? 今ここが戦争してるの。そっちから来たって認識でいいか?」

「あ、いえ。どちらかというと、もっと東の……、始祖の魔王が治めていた土地付近だそうで」

『――東と西にだだっ広い大陸ゆえ、藤堂太朗が未だ足を運んだ事のない地域。ちなみにここでさえ、最西端というわけでもない』

「いくら何でも広すぎないか、この大陸……。で?」

「……私達は、破壊神との契約で、生まれた時から胸にこの封印の紋章が刻まれています。これを用いて、邪竜の魂を封印するように、と」

「魂を封印?」

「ええ。……タロウさんは気付いていないかもしれませんが、雷鳴と風雅の邪竜の魂を、私は既に封印しました」

「そりゃ、ガチでいつの間にだな……」

「そこまで難しい作業でもありませんので。痛みも辛さも何もありませんし」

『――追加情報。第二の魔王による召還もあったため、自由意識は封じられていた模様』

「あん?」

「……本来なら、魔王は邪竜を倒した戦士が成りうる存在の一つ。また魔王の力へと還元される邪竜の魂と心、すなわち精神、魔力は計り知れず、肉体が滅びた後も残り続ける。それゆえ、私たちの祖先は破壊神から承ったと聞いています」

「邪竜が退治されたら、その魂を封印すると。……ってことは、そのまま放置しておいたら邪竜って復活するってことか?」

「断定はできませんが……。“地底の女王”についての昔話によれば、邪竜には何度倒しても蘇るものもいたらしいです」

『――実際のところ、復活する邪竜という一例を元に、他の邪竜にもその可能性があったから設定されたもの。全てが全てではない』

「あん?」

『――たろさんが倒したアレは、復活はしてませんってことですよ~』

 ちなみにレコーは、倒しきれてはいなかった可能性について言及は避けた。

「破壊神という割には、何か色々気がききすぎてねぇか?」

「私にもそこは……。えっと、これも昔話なのですが、邪竜と勇者を同時に屠って、山一つ川一つこの世界から消したという話がありましたね」

「何ぞ、会いたくなさそうな人種だなそれ……」

 うげ、とうめき声のようなものを漏らす太郎に、メイラは苦笑。

「まあともかく、そんな事情はハンドラー様にも話してありまして……。そういった使命とは縁もなく生きて参りましたが、しかし、貴方が現れた」

「何ぞ?」

「魔王ではないと貴方は言ってますけど、私の知識や考えからすれば、貴方は魔王とほぼ同類と見て良かった。その話を血族にして確認をとったところ……、貴方を見張るように言い渡されました。私たちの封印は、邪竜のみならず魔王にも一部有効であると。それゆえ、始祖の魔王――アンスラの後継者たる魔王であるのならば、即刻封印すべしと」

「始祖の魔王の後継者、ねぇ……。んなものではないと思うんだがなぁ」

「ええ、実際私もそう思います」

 メイラは指を立てて、何かを数えるように数を呟いた。ひぃ、ふぅ、みぃ。エスメラ語ではまた違った言い方だが、ニュアンスとしてはそんな具合に翻訳できるか。

「ハンドラー様にその話をしたところ、埋め合わせに何かしなければならないということも踏まえて、私を貴方に付き従うよう言われました。それからかれこれ四ヶ月ほどでしょうか……。早いのか遅いのか何とも言えないところですが、私は、貴方を無害なものと考えます」

 無表情の太朗の手をとり、彼女は自分の胸の方にもっていき、両手で握った。太朗は訝しげな顔で、「ん――あん?」と何かを咎めるような声を上げた。それに気付かず、メイラは言葉を続ける。

「色々価値観が違ったり、突飛なこともなさったりしますが、貴方の根本が邪悪なものではないと――世界を滅ぼす、究極的な破滅思考ではないと、私は断定できます。だから――」

「――言わせねぇよ?」

 メイラが手を離した瞬間、太朗は彼女の額に一発デコピンを入れた。ばちん、と良い音が響き、彼女は椅子からベッドに吹っ飛ばされる。ぽすん、と音を立てた後、わたわたと痛みに転がり起き上がって、彼女は絶叫した。

「――ッ! ッ! な、何なさるんですかタロウ様!?」

「俺にレコーというスーパーバイザーがついてるのを忘れたか? なら言ってやるよ。この後てめぇが何を言おうとしたかってことをさ。

 てめぇはこの後、俺はもう無害だから自分は一緒にいなくても良い。だからさようならとか、まあ細かい部分は考えてねぇけど、別れようとしてただろ。違うか?」

「――!」

 メイラは、目を開いてきょとんとした。困惑が見て取れるが、どうやら図星のようだ。

「実際それは事実なのかもしれないし、本来ならば万々歳というところなんだろうが、だとしたら――てめぇ、何で自分が長くないことを隠していやがる」

「……何を言って――」

「――邪竜を封印する術式は、元々エルフに合わせて作り上げられたもの。血が薄まっているメイラ・キューでそれが持たないのは、自明の理」

「れ、レコーさん!?」

 突如ベッドの上に現れたレコーが、メイラの肩に手を回し、頭の裏で組んでがっちりホールドした。華奢で小さな見た目に反してその拘束は強く重く、メイラは解くことが出来ない。そんな彼女に椅子から立ち上がり、額に指をとん、として太朗は無表情に覗きこむ。

「俺にそんなこと相談したら、おそらく本気で一緒に解決策を考えるだろうと予想ができた。でも、それがおそらく無理だろうこともなんとなく理解はできていた。自分の体だもんな、そりゃそうだろう。そしておそらく、助けられなかったという事実が俺に追い討ちをかけるという風に思ったんだろう?」

「……だって――」

 ばつが悪そうに目を背けるメイラ。彼女は見て、聞いていたのだ。宿木の魔王のせいで父が殺されたビーバスに対して、太朗が不器用ながら生きる目的を与えた事を。どこか遠い目をしながら、バンカ・ラナイにまつわる悲劇を寂しそうに語っていた事を。最愛の恋人が壊されたという事実を受けて、しかしその相手に守るものがあったことを理解して身を引いた事を。そして何より、立ち直った彼女に攻め立てられ、自分の全てが崩落し、再び死にかけたその様を――。

「――タロウ様は、弱い方ですから」

 嗚呼、実際彼女のその言葉は、正しいのだろう。自分の価値観を中心に生きている太朗は、その限りにおいては強いが、同時に外部の価値観との間で妥協を迫られた際には、酷く脆く、痛々しいのだ。そしてもうどうにもならないという、現在の自分のそれが、わずかな付き合いのあった太朗に対してであっても、深い傷を残すと理解したのだ。だからこそ、それが起こる前に身を引き、忘れ去られてしまおうと思ったのだろう。

 だが、それに対して太郎は断言する。

「ふっざけんじゃねぇ」

 その言葉と同時に、太朗の姿が変貌。メイラのような顔はのっぺりとしたものになり、橙色のオーラを飛ばすリーゼント頭となった。片方欠損した青い目は、不思議と引き寄せられるものがあり、そらしていたメイラも彼の瞳を見ることになった。

「弱かろうが何だろうがな。俺は、俺の矜持を、最低限人間として守るべき尊厳は、絶対裏切らないって決めてるんだ」

 続ける太朗の言葉は、いつもより僅かに語調が強い。そのせいだろうか、彼の言葉を聞くメイラは、何故か、胸の奥がドキドキといつもより速度を上げる。

「例え暗中模索だろうが、何、心配する必要もねぇ。こっちには俺が居る。精霊だっていうレコーとかシックとかもいる」

 太朗は、そのまま彼女の目を見つめ――睨むように強い力を込めて、彼女に届くよう強く叫んだ。


「だから、助けんぞ! てめぇがどんなに嫌がろうが、な!」


 その言葉と同時に、太朗の全身は変化をはじめる。橙色のオーラが収束し、青い目の炎が消えていく。左目の青も段々と光が落ちていき、頭髪は以前の白髪リーゼントへ。だが、左目からは赤黒い涙が流れる。それは果たして何があってのことだろうか。太朗はそれを乱暴に拭い去り、彼女の両肩に手を置いた。

 メイラは、何故か震えながら彼の目を見る。彼の、「真っ赤に染まった」左目を。

 太朗からすれば当たり前の態度であっても、メイラからすればかなり一大事な姿勢である。元々母親そのものが忌み子として流されていた身であり、生まれたメイラも同様に母親と共に流れていた。父親については語られた事はない。弟にはない封印の紋章が彼女に現れた事で、もはや運命は決していたというべきだろう。定期的に連絡をとっていた本家のエルフたちから日々蔑まれながらも、それでも毎日賢明に生きていた。

 しかし、とある邪竜討伐の際、彼女の母親は出向き、そして数日後かえらぬ人となった。邪竜の魂は、つまるところ生物にとって毒そのもの。封印術の負担も邪竜の毒も含めて、エルフを前提につくられたものだ。要するに人間の部分が持たないのだ。だからこそ、人間の血が混じった彼女はあっという間に蝕まれた。

 一族のものは皆こぞって、使命に従って逝けるのだから本望だと言った。わけもわからず叫び、町中の医者をかけめぐった。そんな時、戦争が激化し、母親の命共々全部失った。まだ幼かった弟は残っていたが、焦土の中でメイラは、何も出来ず、嗚咽を上げるほかなかった。

「……そんなこといって、私がうっかり、泣いたら、どうするですかっ」

 既に言いながら、涙が止まらないメイラ。嗚咽を上げているわけではない。ただ、何故かどうしてか、涙だけが目から流れる。そんな彼女に、太朗は肩を竦めた。


「そりゃてめぇで考えろ。俺は、出来る限りするだけだ」


 手を離して、両手を組む太朗。相変わらずふてぶてしい態度だ。メイラの根底を揺さぶりかねないことを言いながら、しかし気にせず平然としているのは、一体何だ。タイミングを読んだように手を離すレコー。すると彼女は思わず顔を覆い、彼に表情をさとらせまいとした。もっとも真っ赤に染まった耳だけは、両者に思いっきり見られたのだが。

「……ケッ」

 何故かふてくされたような声を上げるレコー。太朗は意味が分からないとばかりに、頭を傾げる。そんな両者に、メイラは深呼吸を何度か繰り返して、言った。

「……ありがとう、ございます」

「……そりゃ助かってからにしろ。実際出来るかどうか、まだわかったもんじゃねぇんだから」

 目元の赤いメイラの顔を見ながら、太朗は肩を竦めて、ニヒルに笑った。

 

 

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