表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
英雄の条件というか仙人と悟り編
69/80

第50話:トカゲごときに何ができると、言ってのけてしまいましょう

一話

 

 

 マリッサが落とされるのと同時に、太朗の本体はその下に転移して、彼女をキャッチした。

「ぐえっ」

 もっともお姫様だっこなどではなく、荷物運搬のごとく肩担ぎであった。女子らしからぬうめき声をあげる彼女を軽く笑い、太朗は宿木の魔王の背後に回る。

「更に暴れてくれ、邪竜よ――」

「の前にテメェはぶっ飛ばされとけ」

 右腕をぐるんぐるん回して、魔力を集中させる。と同時に分身たちと合体し、根本的な身体能力と魔力とを初期値まで底上げ。完全にではない。一部は下の救助に向かわせているからだ。渾身の、巨人のような拳の一撃を魔王の顔に叩きこんだ。

 面白いように、魔王は邪竜へ向けて吹き飛ぶ。まるで高速ピッチングマシーンから放たれた球のごとく、一直線に、とんでもない速度で魔王は竜の眉間に刺さった。

『――ナイスコントロールッ』

「何ぞ、別に狙ったわけでもねーけどな……。

 ま、とにかく宣言通りだ」

 太朗は言った。第二の魔王が限度を知らない無茶苦茶を働くのなら、根本から息の根を止めてやると。そしてこのタイミングに至るまでに彼が蓄積して来た感情が、爆発したような状態である。こころなし、全身からわきあがるオーラの密度が、更に濃くなっていた。もう髪の色は完全に橙色にしか見えない。目は両方とも水色で(右は火をふいているが)、それがアクセントにはなっていたが逆光のごとく顔面など一部が黒く見えるため、非常に恐ろしげであった。

 一方で、宿木の魔王はといえば震えていた。

「ぐ……、おぉ……」

 龍に激突する直前、右腕をクッションのようなものに変化させていたため、打撃によるダメージは軽減されている。しかし、殴られた自分の頬をなでて、本来なら打撃で傷一つ付かないはずの己にダメージが入っているという状況に、第二の魔王は戦々恐々とした。

「な、何故だ……」

 第二の魔王の口の動きを見ていると、太朗の脳裏でレコーが囁く。

『――基礎的な魔力の量と密度が違う』

「レコー、それ聞こえないからな?」

 ともかく、これに関しては太朗も理屈はなんとなく判る気がする。たとえば鉄の箱と、々大きさの鉄ブロック。ぶつけ合った場合どちらの方が強度が高いか。元々半精霊になれば元素供給は完全に外部依存になるものの、それを固定させるのは魔力と生命力である。この場合は魔力、精神力がモノをいうわけだ。そういう意味で言うなら欠片も生前の肉体を保持せず、元素が寄り集まって肉体のようになっているだけの太朗である。必然その体を魔力でもって維持しているわけであって、それに対して復活した宿木の魔王の肉体は、きちんと物質的なものだ。この時点で、肉体における魔力の密度は押して知るべしであろう。

「ありえん……、ありえてなるものかっ」

 憤慨する魔王であるが、しかし太朗の視界には入っていない。彼は彼で一度分身し、その片方を未だ内部の見えない紫色の結界の内側に送り込んでいた。

 再び出てきた二体にマリッサとレコーとを預ける太朗。彼女はぽかーんとしていたが、第二の魔王も一瞬同様に呆ける。

「な……、なぜあれほどの魔力が私に感知できなかった……? 否、それ以上に今、奴は何をやった!?」

 太朗の分身を見て驚いているが、さもありなんといったところか。その芸当を実現させたのは、未だ第一の魔王、すなわち“始祖の魔王”のみである。“最初の勇者”フォルサイファーとの戦いで、かの魔王は百八の分身を用いて襲いかかったと勇聖神殿では言われている。未だ宿木の魔王自身、それが適わないから己を分解する、という外法を用いる他なかったのだ。分身できるなら、そもそも最初から肉体を失う事もなかったわけである。

 そして、魔王は舌なめずりをした。

「……やはり欲しいな、あの体。だが、今では無理だな」

 より己を完璧にしたい、という欲求はあった。だがしかし今憑依すれば、以前の二の舞になることは確定的に明らか。それゆえに、宿木の魔王はツタの翼を広げ、準備にとりかかった。

 だがその瞬間、眼前に太朗が現れる。

「!?」

「言ったろ」

 叩きこまれる拳。しかし今度はそれを掌で受け止めた宿木の魔王。しかし嗚呼、何ということだろうか。触れているその手が、まるで強力な酸でも浴びたかのように、とかされ始めているではないか!

「な、何ぃいッ?」

「――きりもみパンチ!」

「レコーちゃん変な技名つけんなし」

 しかし、言われた通り太朗はきりもみ回転。魔王が拳を押さえているのと同じ方向に回転し、その勢いで魔王の腕をまず完全に潰す。回転しながら結界の天井にぶちあたり、再度軌道修正して回転しながら魔王を目指す。あれほど視界が回っていれば方向もわかるまい。しかし当たり前のように、太郎は再度魔王の顔面に拳を叩きこんだ。

 結界の外で雷鳴が響く。逆光に照らされる太朗の容貌は、歪んだ右の顔面を押さえる、老人のような魔王よりも魔王めいていた。というか悪魔のように、瞳の光がゆらめていた。

「こ、今回は一体、何が気にさわったのかね?」

「全部だ」太朗は拳を握り、断言する。「人数の規模がでか過ぎる。被害の回復が見込めない。邪竜まで呼んだ段階で救いがない。何より――ここには『弥生』がいる」

「わ、わけがわからない――たぁ!」

「わかってもらおうなんざ、思っちゃいねーさ」

 背中の黒いツタから、弾丸のように黒い新芽を射出する魔王。しかし太朗にそれは意味などない。特に今の太朗にとっては、文字通り意味を成さない。

「悪いが、今、俺何でもできそうな気がするんだ」

 そう言いながら、太朗は拳をラッシュで突き出す。それらが一定周期と感覚で開かれ、閉じられる様は、周囲に弾かれるはずの新芽が返ってきてない辺りから察することが出来る。射出が一段落したタイミングで、太朗は手で「つかみとった」それらをまとめて握り、野球のようにオーバースローで投擲した。フォーム自体は非常に素人くさいが、威力や速度については相変わらずわけがわからない。結果としてその一撃は、魔王の胸に風穴を開ける結果となった。

「嗚呼、交渉することは出来ないようだねぇ……」

「その前にてめぇがやりすぎだ」

「そうかい? だが――しかしこの程度で死ねないということくらい、君も理解はしているだろう?」

「……まあ認めたくはないんだがな。でも――」

 開いた風穴は、すぐさま黒いツタが走り、覆い隠し何ごともなかったかのように巻き戻る。そんな光景を見つつ、太朗はそれを自分自身に重ねる。だが、己の人外さに感想を抱きはしない。それは後回しにして、今はやるべきことがある。

「――それがテメェを、ぶっ潰さない理由にゃならねぇ」

 途端、太朗は数人に分身して、第二の魔王を取り囲んだ。その手には、バンカ・ラナイが握られている。全ての太朗たちは、同時にそれを構えた。

「な――」

 魔王が何かを言い終わる前に、太朗たちは抜刀する。発動するバンカ・ラナイの斬撃。網目よりも細かいそれらの攻撃を、太朗は容赦することなく魔王に放った。無論そこに太朗の魔力を含めてである。只の物理攻撃が効かないことは、レコーから既に織り込み済みだ。故にこういった手段で駆除に乗り出したのは、間違いではない。当たり前のように、その攻撃は魔王の体と魔力とをガリガリと削っていった。

「な、が、が、が――ははっ」

 しかし、どうしたことだろう。ここに至っても、宿木の魔王は、まだ余裕を崩さない。それどころか――。

「かは、は、は、はははははははははははははははははははははははははははははは――!」

 どこか楽しげに見えるほどに、魔王は目を細めて大笑いをした。老人の見た目の割に、声は大きく周囲に響く。身体が削れると同時に再生するを繰り返しているため聞き取り辛いが、しかし魔王は、確かに笑っていた。

『……シェシェルよ、楽しそうであるな』

 太朗らが戦っている邪竜の結界の外では、岩石と巨大なからくりの巨人が、腰を下ろしてその様を見ていた。分身の太朗が結界を調和し、岩石の魔王の拘束を解いたのだった。

 だが、その現状で岩石の魔王は微動だにしない。足元にいる太朗が、見上げながら聞く。

「……アンタ、何さぼってんだ?」

『サボるも何もない。己は、邪竜を屠りに来ただけだ。己だけならばシェシェルが出てきてもやる他なかったが、しかしこの状況でそれを継続するのは、面倒だ』

「はぁ……。自分勝手だな」

『魔王はそういうものだ。貴殿もだろう? それに――ヒトとは、皆そんな生きものだ。己の欲望と自意識を満たすために、潔癖なふりをして世を渡る』

「……かもな」

 無感情に答えつつも、太朗の意識は戦闘の最中にある。一片たりとも手元を狂わせず、制御をおこたらず、斬撃を安定して飛ばしていた。

 こんな状況であっても、邪竜は何故か微動だにしない。そのことに違和感を覚えると、レコーが太朗に警告をした。

『――たろさん、魔王が何かしかけますよ! 邪竜使って仕掛けてきますよ!』

「あん? ――っ!」

 レコーの警告もむなしく、気が付けば邪竜は動いていた。その手が魔王の体を庇い、太朗らの斬撃を受けた。傷つく巨大な手であったが、しかし数秒足らずで回復する。どうやらこちらの方は、現在の宿木の魔王よりも魔力の密度が高いらしかった。

『――あ、逃げられる!』『――無理ですよ~』

「ちっ」

 邪竜の拳の内で、紫の光が迸り、魔王の気配が消えていく。それは以前、太朗の目の前から逃げた時のそれと同様であり、それゆえ太朗たちは邪竜の手に特攻をかける。しかし、堅い。表面は軽く切れるにも拘らず、その内側、骨だろうか、それに該当する箇所は異様な硬度を誇っていた。

 魔王の消失に伴い、結界が消える。

 しかし、どこからか魔王の声が響く。どこか年若く、青年のような響を持っているが、しかしその息遣いやトーンは、間違いなく魔王のものだった。

『――悲しいかな、今の君では私を撃滅させるには至れない。例え私がまだ本調子でなかったとしてもだ。なあ、トード・タオ。これではフェアではないと、私は思うのだよ』

「……何ぞ?」

『ん? ……まあ続けようか。つまりだね、こう言いたいわけだ。私と――遊戯(ゲーム)をしよう』

 魔王の声を探す太朗だったが、しかし、すぐに見つかった。

 上を見上げれば――邪竜の口が、言葉に合わせて動いていた。

『君に、私の“一部”を殺す権利をあげよう。邪竜の中でも特に強く、勝てる見込みの低いこの、“天”の種に植えつけた、私とね?

 まあ、勝てればの話だが。さて――』

 にたりと笑う。邪竜は、太朗に拳を向け、殴り飛ばした。

『お返しだ』

 流石に太朗も、これには身を庇う。だが跳ね飛ばされるというよりは、吹き飛ばされるというのが正確なところか。空中に足場を作ったように浮いたままだった彼は、さきほど自分がやったように、彼もレーザービームのように直線を描くよう飛ばされた。分身たちも瞬間に立ち消え、太朗に吸収される。

 しかし、彼が地面に叩き付けられることはなかった。

「――お姉様!」「――かまえ!」

 彼の背後に、二人の少女が現れたからだ。それぞれ腰からコウモリのような翼を生やした、蹄の文様を手の甲に持つ双子の姉妹。赤と青とがそれぞれ対象的な配色の二人は、太朗の背後に回り、強い出力で彼の背を押していた。

 徐々に速度が遅くなってはいくが、しかしそれでも地面との激突は免れない。だがギリギリまで速度を削ったお陰か、太朗が若干気を取り直すだけの時間はかせげた。

「戻ってろ」

 そう言って太朗は、両手を背後に向ける。その方向へ魔力を放ち、砕け散った地面と太朗との接触をギリギリでかわした。無軌道に飛ばされたままなら、おそらく地面どころか無傷だった建物までいくらかやられたところだったろう。もっとも激突自体は免れなかったため、軽くブリッジのような状態で、太朗は停止する事になったのだが。

 地面に埋まった手や足を抜きつつ、太朗は思わずつぶやいた。

「……何ぞ、アイツ竜にとりついてんだ?」

『――さっき藤堂太朗に放った新芽以外に、邪竜に向けて打ち込んだ芽があった』

「またクソ面倒くせぇことしやがって……。次本体に会ったら、鼻の中にトウガラシ突っ込んでやる」

『そ、それはこの私に勝ったとしても、止めてもらいたいな。年寄りは労わりたまえ』

 叫んだわけでもないのに、何故か魔王は律儀に太朗の言葉を拾った。それに対して知るかと言わんばかりの、太朗の表情。だが、それが不意に、訝しげなものへとなった。

「あん、誰が来るって? レコーちゃん」

『――だから、言ってる』

 頭の中で呟かれた情報に、太朗は理解できないといった表情を浮かべる。その会話は流石に魔王に聞こえる訳もない。笑いながら、太朗が次にどう動くかというのを見聞して入る様子だった。

 そしてそんな場をぶち壊す、第三者が現れた。

「ん、主は何をしておるのじゃ?」

 背後から声をかけられ、太朗はそちらを振り向いた。そこには、少女がいた。年は十五か六か。低い身長の彼女は、黒いケープで全身を覆っている。髪は赤毛で目は緑色。そばかすと低めの鼻がチャーミングといえばチャーミング。

 そして、その背には――銀色の、巨大な鎌が背負われていた。


『――聖鎌(せいれん)の勇者』


 その名は、かつて第二の魔王を屠ったと言われる勇者の、片方のものに相違なかった。


追記:次は夕方~夜あたりにかけて投稿します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ