第49話:それでも断言しなければいけない
ちょう難産でした・・・ 今回も一話
※前回更新遅かったんで、一応そちらもということであしからず
領主館へと向かった本体たる太朗は、その状況に呆れていた。いや、彼等に罪はないはずだ。それゆえに呆れていたというよりは、第二の魔王の手腕を認めていた。そしてそれに踊らされてしまっている現状と、そうなるまで全く動けなくなっていた己自身に呆れていた。おごり、慢心があったと思ってはいないが、しかしそれではどうしようもない。結局何かを学び、前進するほかないのだろう。
紫色のドームの内側。半透明ゆえ内部が確認できるので、兵士たちのメンタルがあまり宜しくない状況であることは太朗も理解できた。多くが膝を付き、己の無力を嘆いていた。放心しているのもおり、中には家族の生存を絶望して嘆いているものもいた。
「……転送どうしたものか」
『――下手に刺激すると後々面倒かも?』
『―― 一端別な場所に転送しませんかぁ、お兄様』
太朗たちが相談しているのは、兵士らをどうするかだ。この場所に留めておいても今の所無問題だろうが、しかしこれは第二の魔王が構成している結界。今の所問題がないというのが、近い将来 (数分後含む)までずっと無問題であるとも限らない。
それゆえに、太朗はどうにか解放しなければならないわけだが――しかし、その前にである。
彼の視界に、見覚えしかない顔が映った。本来なら無類の英傑だと持てはやされる領主たるクラウド・アルガス。しかし放心したように呆然としている今の彼は、紛れもなく藤堂太朗が敵意を向けるべき、阿賀志摩辻明へと逆戻りしていた。
自分の人生を踏み潰した相手が、何故そんな顔をしていやがる。
ここに来るまで、急激な変化こそあったが太朗はある程度思考していた。辻明に対してどうするべきか。だがこの瞬間の太朗は、相手が誰であろうかとか、そんなことは思考の外にぶっ飛んでいた。テレポートして背後に回りこむと、後ろから辻明の首根っこをつかんで、ひょいっと持ち上げた。
「な、だ、誰だゴラ!?」
「俺だ」
全く説明になっていない。
「おい、アンタ何をへこたれてんだ? 仮にも領主なんだろ? 英雄なんだろ? 一騎当千なんだろ? ん――戦場に出れば、百の敵を屠るのすら簡単なんだろ? 後進の育成にだって力を入れてるんだろ? それが、どうしてこんな場所でそんな体たらくなんだ」
「そ、それは……」
『――侮辱は許しませんっ! 第一、あなたは何者ですか!』
突然の太朗の睨みに、答えられない辻明と、そんな彼を庇うイリー・アルガスの言葉。そりゃ突然、目の前に超サ○ヤ人めいた不審者が現れたのだ。しかも柄の悪い。目からは炎なんて吹き出しているし、明らかに人間場離れしているわけだ。だがそんなもの相手に、夫のためとはいえ言葉で立ち向かおうとする彼女は、それなりに肝が据わっているというべきか。
さて、ここで太朗は何というべきか。何者かと問われて名乗るのは難しい。この阿賀志摩辻明に殺され、大切なものを壊され汚された男だと、名乗るのは憚られた。なぜならば――。
『――体にさわる』
イリー・アルガスは、クラウドの次の子供を妊娠していた。見た目からは分からない程度だが、しかしわずかに、体の動きが腹を庇うものとなっていた。本人は未だ気付いて居ないのかもしれないが、しかしそんな場所で言うべき事でもないだろう。
そして、不意に脳裏に牧島香枝の言葉がよぎる。歴史好き、勉強がそれなりに出来た彼女との世多話。だが……、何となく、名乗るタイミングを逃してしまった。
「……何が出来るって言うんだよ。なぁ、答えろよサ○ヤ人野郎!」
唐突に太朗の胸倉をつかみ、押し倒した。馬のりになり、クラウドは拳を振るう。太朗の顔面にたたきこみ続ける。一切ダメージは入っていないのだが、しかしそれでもなお叩きこみ続ける。まるで自分の痛みをわかれと言わんばかりのそれは、太郎には不愉快なものであり、同時に一部で納得できるものであった。
『――阿賀志摩辻明は、イリー・ガエルスに目を付けられてから人生を作りかえられた。
彼女が求めた英雄像に。それを実現するために、過去と言う過去をほぼ清算しつくした。無理やり清算させられた。紳士的な人物とするため、彼が働いてきた全ての悪行は、なかったことにされた。花浦弥生を完全に精神的に殺す一歩手前の状態までさせていたのは、彼女を救う意味もこめて決別させた』
その後に関与しなかったのは、イリー自身が最愛の相手がそんなことをしていたというのを、認識したくなかったからかもしれない。
『――再発させないために、一週間監禁して自分以外を見ない様に叩きこんだ。それでもなお他の女を狙うのならば、再度監禁して襲うという日々を繰り返させた。それでも懲りてはいなかったが……ただ、それ以上に権力と自己顕示欲と同時に、責任を果たさせるということを理解させた。できなければ文字通り死ぬのだと。二度と自分が求めていた栄華を得る事は出来なくなるのだと、二年と三ヶ月で徹底してたたきこんで、それから結婚した。以前の仲間も、矯正した。最悪去勢されたものもいるほど、彼女は苛烈に後始末をした』
太朗に次々与えられる、知りたくもなかった辻明の事情。ある意味で、彼は無理やり環境によって矯正させられたようであるらしい。それを行ったのはイリー・ガエルスであり、しかし太朗はそっちに顔を向けない。
「……てめーの人生になんざ、興味はない」
その気になれば、太朗には簡単に辻明を殺すことができた。襟を掴まれている状態だが、軽く手で顔をかすめれば顎が外れ、肘を打ち込めば鼻先から陥没するだろう。蹴り上げれば金的を通り越して腹を割き心臓を踏み砕くことだって可能だ。精神に対して打撃を与えるなら、子供を殺してもいい。街を放置しておいて、今までこの男が築き上げてきた人生をなかったことにしてもいいだろう。
しかし、どうしてか太朗にはそうする気が起きなかった。
「本当……、こんな世界おかしいよな」
もはや、笑うしかなかった。それらはことごとく、既に太朗自身の矜持に反する事柄だったからだ。二十年。嗚呼、二十年だ。それまでの間に積み上げられてきたしがらみは、間違いなく辻明自身の弱点であり、彼自身を縛るものであり、そして同時に太朗が撃ち砕くことが出来ない、躊躇われる類のものであった。
「どっか狂ってやがる」
『――ヒトは、正気で生きることなどできはしない。なぜならばその精神がさらされるのは、常に狂気が満ち満ちた魔境なのだから』
『――だからこそ、てけり・りっと笑って生きたまえ、てなことだそうですよ?』
おそらく宰の言葉の受け売りだろう、レコーとシックのその言葉。だがしかし、やはり太朗にはすんなりと受け入れられた。どうしてか、彼女の言葉は耳に痛く、そして胸に染みる。
太朗は辻明の手を振り解き、アイアンクローをかまして持ち上げる。身長が太郎の方が低い事もあってか、ちょっと背伸びしているのがアレであるが、しかし辻明は上手く反抗できない。
「……ぶっちゃけ、てめぇがどんな人生歩んできたかとか、どれだけ以前のてめぇと違うか何てのは、欠片も興味はない。例え――俺の顔を見ても、欠片も思い出せなかったとしてもだ」
「な、何……?」
「てめぇと一緒に居た時。てめぇの都合で嬲られ続けた時。弥生がどんなこと考えてたか、わかるか? 今ならわかるよなぁ。だからこれ見よがしに家族で出歩くんだよなぁ。自分がやってきたことの恐ろしさを、もう理解してるから。絶対にそんな過去のことなど思い出さないように。過去の自分と違うとでも言うかのように」
「な、だからお前は――」
「黙れ」
ぎり、と太朗の指先が少しめり込む。イリーは息を呑んでその状況を見守る。兵士たちも一部はこちらの方を伺っているが、近づいてどうこうできるだけの余裕はもうなかった。
「……マジでわかんねぇか? 阿賀志摩」
「誰だ、お前……?」
辻明の顔は、本当に理解できないという表情だった。そしてそれを見た瞬間、太朗のオーラが更に出力を増す。何ら異変のなかった左目も、火は噴かなかったが青く輝いた。
「こ、殺すのか俺を?」
「畜生に復讐するために、自分まで畜生に堕ちるのは――それはそれで腹立たしい。
ましてや、今のてめぇは多少はヒトらしくなった何かだ。だったら――」
太朗は、開いている左手で指をはじいた。次の瞬間、紫色のドームにヒビが入る。
「俺が課すペナルティは――これだけだ」
ドームが粉々に砕けちり、その現象に呆然とする兵士たちとイリー。辻明もそれは同様で、呆気に取られて領主館を見上げていた。
アイアンクローをはずし、太朗は肩をすくめる。
そして辻明の、右の視界が失われた。
「な――っ! 痛えええええッ!」
行動は一瞬だった。自分の目を押さえて
一瞬だった。片側の景色が暗転したかと思えば、同時に何かに引き千切られるような、壮絶な痛みを覚える辻明。しかし転がる彼の右目の眼窩からは、血さえ吹き出していない。体感したことのないこの喪失は、まるで眼窩にあるすべての肉が失われたような、気持ち悪さとすわりの悪さと、心臓を握られたような恐怖感を彼に与えた。
ぐしゃり、と何かがつぶされる音が聞こえた。それが己の右目であったとクラウドが理解するのは、太朗がこの場を去ってからのことになる。
「――ルックアットミー」
俺を見ろ、と太朗は辻明に言う。痛みで震えながらも、しかし辻明は、顔を上げた。
そこに佇む、右の拳を強く握るしめる青い目の幽鬼は――辻明の目には、悪魔にしか見えなかった。
「……俺は、出来た人間じゃねぇ。自分勝手だし、驕るし、愚かだからあんまり過去から学ぶことがない。テキトーに過ごしてどうにかなるんならそれに越した事はねぇと思ってるし、他人の価値観なんざ、わかった気になる程度が精々だろうよ。だがな、だからこそ他人にそれは押し付けない。終始どこまで行っても自己完結だ」
辻明は、腰をぬかしたまま後ずさる。
太朗は、右手の人差し指を立てて、辻明の顔面につきつけた。
「だが、今日だけは駄目だ。言うだけ言ってやる。
てめぇは変わったんだ。変えられたんだ。そしてその現在に不満を持っていたとしても、それを貫き通せ。それでも――お前の過去は、二度と戻らないがな」
「い――ひぃいいいいいいいいいいいっ! あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
自嘲げに語る太朗の目は、どこまでも無感情である。瞳の光彩がどうなろうと、それは変化しない。そしてそれゆえ、彼がどこまで本気であるかが如実に現れている。そして同時に、本来なら目に見えないはずの魔力が、視認できるほどの密度で放射されていることも、その言葉の説得力と、威圧に拍車をかけた。
辻明は、思い出しかけていた。辻明は思い出しかけていた。しかし、思い出すことはなかった。それを思い出せば、間違いなく今の自分を失ってしまうからだ。弥生のことは見ない様にしているが、しかしそれでも欲望に直結しているからか、時折衝動だけはさわぐ。それを他のはけ口で出そうとしても、最終的にイリーにつかまれ、再度矯正されるの繰り返しだ。辻明も辻明で壊されてはいたが、それゆえに彼は強情に、以前の自分を否定し続けた。
だが、その結果として太朗のその言葉は、辻明の記憶に強烈な楔となって刻まれる。
失ったはずの右目で、彼は、右手をつきだす自分が壊した男の姿をダブらせた。
そして、英雄らしからぬ絶叫を上げ、まるで子供のように彼はイリーめがけて走った。彼女の胸にだかれ、震え、涙を流していた。妻たる彼女は夫の頭をなで、いつくしむように見た後、太朗に怒りの視線を向けた。兵士たちも我に返ったのか、刃を手に取り太朗を囲む。
「……貴方は、弥生さんのお知り合いということですか?」
「ああ。ま、直接的なソイツの被害者みてぇなもんだ」
「なら何故、十年も経った後に? あれは終わったことですのに」
「てめぇらにとって終わったことでも、当事者にとっちゃ一生モンだ。ただ、それだけだ」
太朗は彼女に背を向け、意識を集中させる。その先は、次に己の矜持を通すために成すべきことを、存分に理解しているからこそだ。
「ん――、案外便利だな、シックの速報」
睨む先は、邪竜の手前で女性の首を掴む老人。
「貴方は――何なのですか?」
イリーの問に、今度こそ太朗は言う。肩をすくめ、苦笑いをのっぺりとした顔に浮かべつつ。香枝が言った、ヒトを超えた超越者の名を。死を乗り越え、ヒトならざる術を操り、どこか違う価値観に生きる、その在り方を。
「――仙人だ。未だ半端モノで、俗世から抜け出てなんざいねーが」
兵士たちが襲いかかるその瞬間。そんなことを言いながら、太朗は何処かへと転移した。