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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
英雄の条件というか仙人と悟り編
65/80

間章13:怪物総進撃

一応一話。

 

 

「何でみんな逃げないんだッ!」

 マリッサの言葉に、洞窟内で皆一様に頭を振る。両手を合わせ、祈るように目を閉じる者が多数見えたことに、彼女は苛立ちを覚えた。

「逃げるんだ! 見て見ろここもヤバイだろ明らかに、上は巨人たちが戦ってるし。おまけにここはこんなんだ」

 洞窟内。階段先の際段同士を結ぶように繋がれた紫色の光のライン。それが折り重なって構成されるある種のタリスマンは、誰がどう見ても魔法陣のそれである。それが地面に掘られていた魔法陣と連動し起動し、洞窟全体を怪しげな色に染め上げていた。

 彼女と、その背後にいる元盗賊たちの面々。それから一部の難民を除き、あとの大半はその場から動こうともしない。手を合わせ、まるで神に祈るようにしている。

「嗚呼、どうか“魔王”様……」「我等を救いください……」

「正気かアンタらみんな!? 何でよりにもよって“宿木の魔王”なんだよ! 破壊神さまとかじゃなく――」

 地上の混乱に乗じて、地下でこのように謎の魔法陣が起動している。明らかにこれは拙いとマリッサの経験則がいっていた。何かしらの魔法だろうか。ともかくかの魔王が仕込んだろうそれが、まともなものであるはずはあるまい。

 状況が状況ゆえすぐさま脱出するのが吉であったが、しかし大半はそう考えてもいないらしい。むしろ逆に、自分らがこの国で毛嫌いされる理由の一端たるその魔王のことを、崇め奉りはじめたではないか。

「……どうなってんだ、こりゃ。ウチらで見てた範囲じゃ、全然こんな素振りは――」

「――あったんだよー? もっともきみらは、把握できてなかったみたいだけど」

「!? て、てめーらは……」

 ぞろぞろと、とある階段から下りて来る集団。仮面をつけた傭兵団は、藤堂太朗やメイラ・キューが居れば見覚えがあるだろう。もっともマリッサやラル等も浅からぬ縁があるため、彼等の姿を一目見ればすぐさま嫌悪感を露にする。

「『愚者の旅人』共……」

「うん。そうだね、そこまでトゲトゲされるといっそ清清しいよ」

 そう言う角のついた仮面の男。その仮面の端からわずかに顔面に浮かぶ魔角紋が見え、同属たるマリッサを嫌悪させる。

「何をするというのだ、アンタらはこの場で――っ」

 彼女が詰め寄ろうとすると、他の兵らが彼女の両腕を拘束する。これに反撃しようと構えるマリッサの仲間達だったが、状況は分が悪い。リーダーと思われる調子の軽い男が、抜刀した剣をマリッサの首につきつける。わずかに血が流れるのは、一切容赦するつもりがないという脅しなのだろう。

 盗賊らが動かなくなったのを確認して、男はにっこり笑い、難民等を向いた。

「さあ、祈りましょう。

 病気は、我々が直しました。

 場所も、我々が提供しました。

 食料の半分も実質我々負担です。

 つまり貴方たちは、私達の盟主の手によって生かされた。……そして盟主は今、再び立ち上がろうとしているのです。

 それゆえに、さあ、祈りなさい!

 さすれば今こそかの王は立ち上がり――みなさんを救うことでしょう」

 まるで演説でもするように、オーバーに振舞う男。その言葉に応じて、難民たちから声が上がった。マリッサは苦虫を噛み潰したような顔をする。嗚呼確かに、彼女らだけではどうにもならなかった。難民ら一人一人にまで気は回せなかった。関わる回数の多かったラルなど一部の面子しか友好関係もなかった。何せまだ八ヶ月だ。全員で親交を深めようにも、元手になるものが一つもない状態。難民同士で団結はしても、その団結が彼女らの元にまで届きはしない。彼女等は彼等からすれば、所詮は部外者だからだろう。

 そんな国を負われた彼等に、「愚者の旅人たち」は付けこんだのだ。マリッサらで保障できないところをサポートし、その度に全部は彼等の盟主――すなわち“宿木の魔王”のお陰だと触れ回り続ける。そうすれば、段々と不安を埋めるために信仰は広まるだろう。

 男の叫びに合わせて、全員が唱和する。それは歌のようであり、また呪いのような不気味なメロディの歌だった。

 そしてそれに合わせて――張り巡らされた魔法陣の輝きが、更に上がった。





『どこからか、シェシェルの気配を感じるが……。しかし、もう逃げられまい。邪竜よ』

 船から、声が聞こえた。重低音の声は、人間場離れしたそれ。また声そのものも拡声器でもつかったように響いており、圧倒的な威圧感を感じさせる。それこそ中規模の村くらいなら覆い尽くしてしまいそうな、鳥の意匠のある飛行艇の姿がそこにあった。

 邪竜は前傾姿勢になりながら、首を付きだして吼える。

「BYAAAAAAAA!」

『もはや理性すらないか。仕方あるまい……』

 その声が聞こえた瞬間、突如、船に線がはいった。否、線が光った。飛行艇の各所に、分割線のようなものが走り、光ったと言うのが正解か。それらは巨大な音をたてつつ、姿形を変えていく。異変はそれだけではない。地面に落ちていた瓦礫や、レンガや土などがメリメリと音を立てて剥がれ、変形しつつある飛行艇に組み合わさっていく。世界樹の丸太とでもいえばいいか、それほどの印象を抱かせる巨大な腕。邪竜の巨人姿と比較するべくもない重量感を感じさせる足。両手はまるでマグマか熱した鉄のような紅蓮の輝きを放ち、背部には風の魔法を利用した翼と、ジェットブースターのように造形された火の魔術を放出する装置があった。いずれもあまりに巨大であり、しかし邪竜の身長には微妙に及ばない。情報密度と質量はともかく、シルエットだけで言えばデフォルメされたゴリラ体型だ。

 それが立ち上がった姿――さしずめ、岩石の巨人というべきか。雷鳴轟くのを逆光にするその姿は、邪竜とはまた違った威圧感を覚える。

「ロボットだぁ!?」

 唖然とするクラウドに追い討ちが続く。だがそんなもの関係なく、巨人は拳を振り上げる。動くたびに蒸気が吹き上がり、熱気が街を焼く。邪竜の白い巨体を殴り飛ばそうと振りかぶり、つきだす。それに合わせて邪竜も拳を握り殴り返す。

 激突。爆風と炎が吹きあれ、それらが街の通路を通過する。石材の家はともかく、木材の部分や一部倉庫などに引火。悲鳴が上がりどうしようもない。

 クラウドは、ここに至って完全に腰を抜かした。元々自分の価値観や能力が絶対だと思って生きてきた男だ。少年期も青年期も、そして現在もそれは変わらず、認められない事態が起これば物理的に廃除、あるいは殺戮してきた。その成り上がり根性めいたものを認められ、彼はイリー・ガエルスと婚約する事になったのだが、しかし現在はとてもそうではない。

 自分が絶対だということは、つまり自分が端役であるような事柄には滅法弱いということでもある。特にこういった災害めいた被害は、おそらく想定すらしていなかったろう。多少なりとも部下や妻が手を回していたから、民衆が逃げのびるためのルートを把握している程度か。

 無論、拳の激突一回で、終わるわけもない。

『貴様のその首、捥いで我が国の門に飾ってくれようぞ!』

「BYAAAAAA!」

 もう片方の拳。再度激突する拳同士。吹き荒れる熱風の中、岩石の魔王は拳をとき、相手のそれを握った。

「BYA!?」

『喰らうが良い!』

 船の船首だった鳥の頭のようなそれが、巨人の胸元から展開する。その先端には光が収束し、光線が放たれた。所謂レーザーである。だが邪竜の体に激突する寸前、降りしきる雨の水滴がその軌道に集り、攻撃を「そらした」。街の一角に火の柱が上がる。

 にたぁ、とでもいうように邪竜が笑う。もっとも全体は固定なので、少しだけ口が開いたというのが正しいのだろうが、しかし岩石の巨人の視点からはそう見えることだろう。そして実際、それは正しい。邪竜は頭の尾の先端に魔術を爆発させ、くみ付かれている状況から一気に押した。

『の、おぉ……っ』

 只でさえ規格外な重量を持つ岩石の巨人である。だが相対している邪竜もまた同様。しかしどちらかといえば、邪竜の方が自然体に近い構造をしているのか、非常に素早く動く。魔王の巨人はどちらかといえば鈍重だが、邪竜の方にはその気配は微塵も感じられない。

 直進しながら邪竜は、開いた胸ハッチに肘をたたきこむ。ヒトガタということもあってか、戦闘は格闘戦をメインとしているのだろうか。否、必要に応じて切り替えているだけだ。移動中、足をもつれさせ転倒した巨人に、邪竜は指をつきたてた。次の瞬間、雷鳴が響き、岩石の巨人を焼く。自然界でありえない程の閃光と轟音が響き、非常に視覚聴覚に悪い。

 しかし煙を上げながらも、嗚呼巨人は立ち上がる。その主目的は、やはり街を守るといった類のことではないのだろう。流石にヒトはよけられるだけ避けているようだが、建物の倒壊については一切気を配って居ない。手ごろな高さの位置のものをつかみ、体重をかけて立ち上がる。同時に石材の建物にヒビが入り、立ち上がる際に崩れ落ち、またちょっとぐらつかせた。

『これは……、中々厄介だな。勇者共でも居ればまた事情は違うのだろうが……、む?』

 と、岩石の魔王は違和感に気付いた。地面だ。地面から紫色の光が放射されている。それらはラインで構成されており、円形のサークルの中に幾何学模様が幾重にも書かれている。まるで、あらかじめ街の地面の下に彫られていたかのような、そんな違和感があった。

『この魔力は……、まさかっ!』

 輝く地面から放たれた光が、とある一点に収束する。それは、計ったかのように邪竜と岩石の魔王の間。その場所には、いつの間にか一人の女性が浮いていた。二十代ほどだろうか、茶系の黒髪と、青い目が特徴的だ。

 メイラ・キューの姿をした何者か――否、メイラにとりついた何者かは、巨体の方を見て笑いかけた。

『お前は、森の血を引くものの――』

「――やあ、岩石の。十年ぶりくらいかな?」

『むぅ? ――な、何故貴様が! あの時は気配も感じなかったぞ!?』

 にやにや笑うメイラ。その周囲に紫色の光の帯が集っている。

 しばらく彼女の周囲で停滞していたかと思うと、突如勢い良く彼女の胸元目掛けて、その紫色の光が突撃していった。まるで大砲で胸を貫かれたように、身体を「く」の字に曲げる彼女。と同時に、貫通した紫色の光が、黒い植物のツタのようなものになって、彼女の両腕両足を拘束する。磔になったようなメイラ。ツタがどんどん伸び、彼女のズボンや服を破く。

 露出された胸元の中央部――鎖が絡まったような扉のような模様の箇所が輝き、そこからどす黒い何かが漏れ出る。同時に彼女の顔に浮かんでいた水晶が消え、がくり、と彼女は気を失った。

 邪竜は「BYA?」といった具合に頭をかしげている。目の前に現れたのが何者か見極めようとしているようにも見えるが、単に突如現れたので観察しているだけのようにも見える。

 しかし、岩石の魔王の方はそうで終わらない。放たれる魔力の質と、見覚えのある黒い煙のようなもの。段々と形づくられていくのは、黒いツタのような翼を背に持つ、ローブ姿の老人。おだやかな微笑を浮かべている半霊族(バックノック)。周囲に浮かぶ複数の「左手」。手首から先のみのそれらは、紫色の光を撒き散らしながら彼の周囲をブンブン飛んでいる。


「う~ん……。やはり肉体があるというのは、良いものだな」


 磔にされたメイラのそれをつかみながら、その老人――宿木の魔王は、悪意のある笑みを浮かべた。

 

 

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