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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
英雄の条件というか仙人と悟り編
64/80

間章12:怪物総来襲



「ふぅ」

 花浦弥生は、藤堂太朗の寝汗をふきながら、一息ついた。手の甲で額をぬぐう。

 仕事のない時間、彼女はメイラの部屋と行ったり来たりしつつ、出来る限りつきっきりで太朗の様子を見ていた。今朝方確認したところ、光の繭はどこかへといき、中には見覚えのある太朗の姿があった。もっとも髪の色は相変わらず白く、顔の色もまるで死人のように土色。右目の眼窩もくぼんだままで、しかし呼吸だけは一定であり、それがますます弥生を不安にさせた。

 一応、おかゆなどを作ってきて食べさせてはみた。意識はないようだが、一応食べる動作はしているらしい。注射などなく点滴も打てない現状、これくらいしか太朗がとれる食事もなさそうだと弥生は判断していた。実際のところは食事など必要ではないが、一般人からすればわかるわけもない。

「……ん」

 太朗の、口が半開きになってる顔を見ながら、弥生は薄く微笑んだ。

「考えたら、色々理由つけて膝枕とか、色々してあげたことなかったなぁ……。私は、膝枕くらいはしてもらってたのに」

 その目に映るのは、遠い日の過去か。だがしかし、ある程度回復したらしい太朗を見つめるその姿からは、太朗に泣いていた時よりも、幾分ポジティブな感情が見て取れた。

「さて、と。……へ?」

 立ち上がり部屋を出ようとする弥生。しかし、扉がノックもなしに開かれる。一応、室内に入る際に鍵はかけてあったはずだが、どうしたことだろうか。

 現れ出たのは、メイラ・キュー。熱は抜けたのか顔色や立ち姿も安定しており、しかし立ち姿だけは堂々とした仁王立ちだ。何か違和感を感じる。

「ん? 君ぃ、邪魔だね」

 部屋に侵入すると、彼女は左手で何かを薙ぎ払うような、そんな動作をした。それと同時に、触れてもいなかったはずの弥生は部屋の壁に叩きつけられた。

「へ? ――痛っ」

 否、良く見ればメイラの手先から、黒い蔦のようなものが束になって噴出していた。それらは一目で蔦とわかるものの、しかし一瞬判別ができない。明らかにおかしな現象であるのに、そのことに違和感を抱かせないというのが、恐ろしかった。

「うん。しばらくそこで停止しててくれないかな。この子的にもそっちの方がお得っぽいし」

 彼女はそのまま前進し、ベッドの上に寝かされた太朗を覗きこむ。掛け布団を剥がし、彼の手をとり、服をまくって腕本体を観察したりしていた。

「う~ん、構造的には最適化された重量なのかな? おまけに体脂肪率もなさそうだし。一体どうやったら、こんな風になれるんだろ。僕、よくわかんないなぁ」

 まあいいや、と彼女は太朗に再度掛け布団をし、両手を合わせた。


「まあいいや。じゃあ保険として――隔離しよう」


 その一言と同時に、部屋の入り口の扉が閉まり、全体が紫色の光に包まれる。部屋の輪郭という輪郭に薄く、紫の光がかかり、まるで部屋そのものが一つの「固定された」物体のようにも見えた。

「とりあえず、これですぐには追いすがられないだろうし。よっし、じゃ行こうか」

 そう言って彼女は、次の瞬間には消えた。文字通り弥生の視界から、姿を消す。黒い植物の蔦のようなものが体に絡み付き、どす黒い闇につつまれ何処かへと消失し、後には何も残らなかった。

「――かはっ」

 どさり、と弥生が地面に落ちる。ぜいぜい肩を揺らしながら息をしているのは、先ほどまで壁に押しつぶされていたような状態だったからか。メイラがいなくなったことにより解放された彼女は、胸元を押さえながらベッドに手をかけ、立ち上がる。

 窓の外を見て――空に亀裂が入った光景をみて、弥生は不安そうな表情を浮かべた。

「……太朗くん」

 無意識だろうか。彼女は思わず、太朗の右手をにぎっていた。

 弥生は、気付いていなかった。太朗の暗闇の眼窩から――水色の光が漏れ始めていた事を。





 割れた天空の先は、暗黒であった。暗黒の向こうには幾千万もの輝きがきらめく。明らかに宇宙空間である。

 そしてそれを切り開いた対象たる何かは、ヒトのような形をしていた。ヒト、といっても巨人の類である。一目でその真っ白な巨体に、畏怖を感じざるを得ない。ヒトの十倍以上もありそうなその巨人は、亀裂から足を出し、一歩このクラウドルの大地に踏み込もうとしていた。

「な、何だアレ!? ウ○トラマンか!」

「「う、ウル……?」」

 クラウド・アルガスこと辻明の言葉に、シンウッドとアドルフの二名は困惑していた。当たり前のようにエスメラ語にその名詞に該当する語はなかった。

 だがしかし、立場がそうさせるのか辻明は、クラウドは両者にまずは指示を出した。

「おい、お前等一応避難手伝え。あとこの娘を確保しておけ」

「あ、はい」

「拷問するのも話を聞きだすのも後回しだ。あんなもんが街に降り立ったりしたら、まず全部無事じゃすまない。私は、これから領主館に戻る。幸い近いし、な。

 ……絶対逃がすなよ?」

 肩をすくめるクラウド。こういった点での動きは慣れたものがあったが、しかしそれでも自分の欲望に忠実なところは忘れない。両者とも思うところはあったが、しかし状況が状況なので軍用の、しまった顔にする。当たり前のごとく非番だとか関係ない状況なわけで、魔族の娘の鎖を渡されると、両者は率先して避難経路へと向かい走り出した。

 とめてあった馬をとり、クラウドは走る。足が踏み出される速度が圧倒的におそいことがわかるが、しかしお陰で領主館まではギリギリで行けそうだった。

 だが、残念なことに現状はそういった状況にない。

「な――、何だごりゃ!」

 兵士達の母屋も含まれる領主館は、紫色の半透明なドームにつつまれていた。内側からそれをドンドンと叩く兵士達。しかし一向に脱出できる気配はなく、状況は最悪といってよかった。

『あ、貴方――』

「イリー、どうしたこりゃ」

 幸い声は届くのか、ブロンドの髪を振り乱しながら夫の下へとかける。ドームのせいで接触は不可能であったが、しかし焦燥に駆られた相手の顔はうかがえる。

『さっき突然出てきて、お陰で外に出られないのよ――あっ!』

 彼女の叫びとほぼ同時に、亀裂から伸びた足が地面に激突。地響きが上がり、建物が踏み潰され、悲鳴と怒号が飛び交った。その上方に更にもう一つ足があることを考えて、どうしようもないだろう。こちらの動きは先ほどよりも早く、クラウドらにはどうすることも出来ない。

「や、止めろ、止めるんだ――!」

 結果として、街の中央に二本足が立つ。それにつられて胴体も落下してきた。衝撃があまりに強く、土煙と瓦礫が一部こちらまで飛んでくる始末である。現れた巨人は、何というべきか――胴体は、ちょっとぽっちゃりとした男性のヒトガタだ。無機質な白いつるつるしてそうなその外見であるが、しかし陶器のようということもなく動きに合わせてゆれる。その頭部もまたヒトガタではあるが、後頭部から尻尾のようなものが伸び、地面にびたんと叩きつけられた――。


『BYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』


 意味のある音ではない。だがそれは、非常に強い獣の雄叫びであった。口にあたる器官を展開し、舌を震わせながら空に向けて吼える。巨人としか呼びようのない異形のその様は、大陸の感覚からしても恐ろしいものだった。

「何、だ、アレ……」

『わかるわけないじゃない』

 夫妻をはじめとして、このクラウドルの住民はそろって知らない。現れ出たその存在こそが、邪竜「雷鳴と風雅の邪竜」であることを。ヒトの姿をしているが、人智を超えた竜であることを。

 何ら脈絡もなく現れた邪竜は、まず一歩踏み出し、その先をひたすらに地団駄した。移動することが目的ではなく、破壊することが目的であるらしい。巨人の足が振り下ろされた先に、毎度毎度血しぶきが上がっていた。

『や、やめろー!』『やめてくれ!』

 叫ぶ声はドームの内から聞こえるが、しかし既に遅い。遠目で見てわかるほどに平らにされた大地は、兵士達の士気を削ぐに充分すぎるほどであった。再び絶叫を上げる邪竜。その声は黒雲を呼び、暴風雨を街一体に降らせた。時折空が光り、一秒もかからない距離に雷が落ちる。落ちた雷は正確に街の施設を破壊し、踏み下ろされる足とともにより被害を甚大なものにしていた。

「なんだよ、これ――」

 クラウドは立ち尽くす。妻はドームの向こう側で膝をつき、惨状を見ていた。まだ状況としては、一割強といったところか。破壊されている度合い自体はまだまだ少ないものの、しかしそれがいつまで続くか。飛び交う悲鳴には、兵士達は何をやってる、といった類のものも含まれている。駆け足で逃げる人々の姿を見つつ、クラウドは微動だにできなかった。いくら一騎当千の兵士といえど、質量保存の法則に真っ向から立ち向かうことは流石にできない。


「うん、なかなかいいんじゃないかな?」


 どこからかそんな声が聞こえる。女性の声だ。力なく口を半開きにしたまま、クラウドは周囲を見回す。逃げ遅れたなら避難をさせなければとわずかに心が動くが、しかしその姿を見つける事はできない。

「うん、これだよ。これこれ。これならあっちの方もちゃんと動いてくれているかな?」

 そう楽しげに言う彼女――瞳の下に水晶を浮かべたメイラ・キューは、ドームのてっぺんから街を破壊する邪竜を見つつ、嗤っていた。

「さて、じゃあ僕も最後の仕込みをした方がいいね。よし――あれ?」

 だが、立ち上がったメイラは静止し、割れた空の向こうを見続ける。何かこう、違和感を感じたのだ。本来なら閉じていてしかるべき空の亀裂が、未だ開かれていることに。宇宙空間がさらけ出されているそれが消失しないことに、明らかに第三者の介入が感じられた。

 そして、その予想は当る。

「おお……、大きいなあ。相変わらずいい趣味してるよ『岩石』のは」

 亀裂からは――巨大なからくり仕掛けの飛行艇が現れた。



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