間章11:夢見るままに知り得たり
一話
第二の魔王が作り出した洞窟のような広々としたダンジョン。モンスターなどの出ないここ、“深淵の祭壇”と彼の魔王が信奉者に呼ばれるこの場所は、ちょっとした球場並に広く、大人数がキャンプをしても違和感がないほどだ。
そんな場所では、元盗賊団の面々を中心とした動けるグループが、動けないヒトビトに食料を配ったりしていた。中にはスペースが足らず長時間動いておらず、体調不良を訴える魔族もいた。そういったヒトビトのために医療に通じたものがいたり、はたまた小さい子供たちがこんな状況でも集って遊んで居たりと、一つの社会を形成しつつある。
そんな風景を奥のテントから見ながら、マリッサ・バームはため息をついた。
「……いつまで持つモンかねぇ。ここも。ウチとしては早い所、あの白頭の坊やに決定してもらいてーところなんだがなぁ」
欠伸をしながら配給をしている光景を眺める彼女。まあ、普通に平和な状態だ。どう足掻いても彼女等がしている野党まがいの行動はどう言いつくろっても無罪にはならないが、しかしそれでも現状は平和だった。
「グロシスや。だけど気にするもんじゃない。言い渡した猶予に対して、あと三日もあるじゃないか」
「もう四日ですよ? 姐さん」
折れた角をなぜながら、ゴブリンの男性が眉を顰める。「その間、情報を集めてる素振りもないですし。何よりこちらの方に顔を出す事もない。普通に考えて逃げられたんじゃないですか?」
「いや、でもツカサの言うことが正しければ、受けてくれるだろ。お前はあんまりあれのことを信じてはいないようだが、ウチはまあ、本人がにやにや笑っている範囲でなら信用はあると思ってるぜ?」
「どこにあるというのですか。あの……、他者の不幸をあざけり、まるで世界に対して冒涜的な態度で喧嘩を売ってるような、小娘を」
「ウチは、あれを『ノウバディ』なんじゃないかと踏んでる。つまり異世界人。ウチらとは全然違う価値観を持ち、『破壊神』様でさえ一目おくようなモノ達。知ってるよな?」
「……だとしても、それが何か?」
「つまり、アレがウチらの知らない情報を掴んでいてもおかしくはないってことだ。
現に、アレの宣言通りのタイミングでこの街のあの場所、あの日で捕まえる事ができたし」
「……確かに、あの青年は、姐さんが捕らえた瞬間に姿形が変化しました。間違いなく我々に類する化生でしょう」
「それでも、人間の中で生きてきたから心配か? でもんなこと言い出したら、ウチら最終的にどうしようもなくならない? 元々すがれるものなどあったものでもないし、その上で苦心してなんとか、みんな命を繋いでるわけだぜ? 結局他のヒトの命を奪って、山で狩りをしたりもして、ギリギリで食いつないでるっていうのに」
「……姐さんは、全員の命を自分だけの選択で天秤にかけられると?」
「かけるぜ」マリッサは、いっそ獣のように口の端をつり上げて笑う。「元々お前たちも含めて、命を拾ったのはウチなわけだし。だったらウチの裁量に委ねられてもいい部分だろ。元々ギリギリで生きている方がめっけものってくらいなんだぞ。でも――」
自分が担保するのだから、絶対に失わない形の時しか使わないけどな。
マリッサの言葉に、グロシスは苦笑いを浮かべる。
「貴女は嫌がるでしょうが、自分が思っているよりもお人よしだと思いますよ?」
「止せ止せ気持ち悪い。ウチそんな柄じゃないし、虫唾が走るわ」
掌をちょい、ちょいと動かしつつ、マリッサは眉間に皺をよせた。
「……そういえばだけど、ラルどこいったん?」
「はい? はて、今朝から見かけてはいませんが……。おそらくまた稼ぎに行ったのでしょう」
両者は、いつものことと気にせず再び外の景色を見て、そろってため息をついた。
※
シンウッド・ピーセフルは所謂、いい人である。本職は門番であるが、気はある程度効くし、女性にそうそう色目はつかわないし、じゃれてくる小さい子供たちと遊ぶ事もあれば困っている老人を手助けすることも。そういった仕事ぶりの良さからか、彼の人物評は割合良い。表情の変化は少ないが、それもあいまって堅くて、真面目だという印象を与えいるのかもしれない。
しかし実態は色々と異なる。例えば今、一緒に門番をやっているアドルフ・サイファス共々非番ということで酒場にいるわけだが、そこで項垂れる彼からは、前述の雰囲気は欠片も感じ取れなかった。
「だりぃな……」
「おい、せめて自分で頼んだその紫色のスープは全部完食しろよ?」
カウンターの上で項垂れる彼は、隣の同僚から色々と行く末を心配されるくらいにはだらしがない。仕事中とのオンオフが激しいというのも理由だが、そもそも彼自身がそういうのに頓着していないため、未だ適齢期を過ぎても結婚話の一つもあがらない。本人の頭の中は「眠い」だの「早く仕事終わらないかな」などといった雑事で埋め尽くされていることだろうが、友人として、同僚として、色々と心配になるアドルフであった。
「お前、この間美人が居たって、ボーっとしてて、これでしゃきっとするかと思ったが……」
「いやだって、別に旅人みたいだし。わざわざ引き止めるほどでもなさそうだし、あとお兄さんが少し怖かったかなぁ……」
テキトーに応対するシンウッドに、アドルフはため息をついた。三十代にしてはちょっと頭髪が薄い気がするが、顔立ちのせいかあまり違和感はない。そんな相方のおでこのあたりを見つつ、シンウッドは言った。
「あ、そうだあの二人、マーチさんところの宿屋紹介しておいたから。これでいいんだよな?」
「……そうか」
「まー接客とか含めて割と、小さいにしては頑張ってる方だと思うし食事も美味いから俺も勧めるけど、お前のその贖罪? みたいな態度もどーかと思うけどな」
シンウッドの言葉に、彼は言葉が返せない。目を瞑り、押し黙るばかり。眉間に皺が寄り、小難しそうな唸り声をあげりばかりだ。
「その態度だと、今の嫁さんとか息子とかに申し訳ないんじゃねーのか?」
「……だけど、俺が彼女と一緒になれなかったのは事実だ。家を存続させるためには止むなしとしていたが、な」
「まぁお前の身分じゃ一夫多妻もできないしな。クラウド様は……、イリー様怖いし」
これには苦笑する両者。愛息子と愛娘が生まれた後も、ちょいちょい女性をひっかけようとしていたクラウドを、思いっきり暴力的な手段でたしなめるイリーの姿が、よく町中で目撃されていた。やはり優れたオスは色を好むものか、とこの国の現状の文化的に微笑ましいく見られているのは余談である。
「でも、だからってウジウジしてるのはよかーないと思うぞ?」
「それはそうなのだが……」
「諦めるところは諦めて、次にいこうぜ? まぁ俺が言うことでもないが」
「本当にな。まだ結婚もしてないのにな」
「別にいいんじゃね? 俺、庶民の出だし」
門番は、基本的に出世の望めない兵士達のコースであった。それゆえこの場所に回されるのは、出世に極端に興味がないか、あるいは上司と上手くやって行けないかに二分される。シンウッドが前者であり、アドルフが後者であった。
「……駄目だな。やはり私は、クラウド殿を許せないようだ」
「思うだけならともかく、当人を前に表出させんなよ? 何がおこるかわかったもんじゃねー」
気を付けよう、と言いながら彼はエールをあおる。そこそこ強いのか、顔や態度は名に一つ変化していなかった。
「……ん?」
と、そんな話をしていると、店の外に見覚えのある姿が。浅黒い肌に大きな体格。大体百七十五センチを超えていれば大柄扱いされるこの大陸において、珍しく百八十を余裕で突破しているノッポな姿は、間違いなく領主、クラウド・アルガスそのヒトだ。
その彼の手に引かれているのは、十代中頃ほどの少女か。肉付きが良く、むっちりとしている。大陸的にはあまり美しい類のものではなったが、そのボロボロの、灰色の服とバンダナをつけた少女を、クラウドはにやにやしながら引き連れていた。
「……止めに行くか。放置しておいて、後でイリー様に首を飛ばされるのも怖い」
「……一応、同意しておく」
見れば少女の両腕と首には枷がつけられている。罪人か何かだろうか。それにしては、何故領主がそれを引き連れているのかという謎もある。だがどちらにせよこんな現場を目撃しておいて、何一つ動かないというのは後々の恐怖が勝るため、両者は料金を払って席を一度立った。
「あの、クラウド様?」
「ん? お前は……、シンウッドだったか?」
顔はやや優男であるが、全体としては鍛え上げられた男性であるクラウド。しかしその声はやや甲高く、いやでも耳につく。
「何をなされてるんですか? こんな場所で」
「ふん。私は、これから色々とこの娘から、情報を聞きださねばならぬのだ」
見ろ、と少女を突き出す男。傷跡など栄養状態はあまり良くなさそうな彼女は、きっと彼等を睨むも、声を発さない。
酒場の影に移動し目立たないようにしつつ、三人は会話を続けた。
「……一体、何を聞きだすというのですか?」
「無論、今この街の裏でコソコソしてる鼠共だ。見ろ」
そう言ってバンダナを外すと――頭の上には、小さな獣の耳のようなものが。まるでロバの頭にでもついていそうな、小さなそれがぴょこぴょこと揺れる。
二人は一瞬驚くが、少女は下唇を噛み彼らを睨むばかり。これには、おや? とシンウッドが気づく。何かを言いたそうなのに、まるでそれがかなわないような。そんな表情をしていた。
「今、魔王に関わる組織が暗躍しているという話は知っているな? モンスターの駆除件数や、街の行方不明者を考えると、明らかに数が合わない」
「ええ。つまり、組織的に犯行が重ねられていると」
「そして、私はスリを働こうとしていたこの娘を見つけた。只の貧乏人ならばともかく、ブラストルからの難民であり、なおかつ魔族であるとなれば、おそらく彼奴等の庇護は受けて居るだろう。何せ、魔王、だからな?」
にたりと笑うそれは、明らかに少女をヒト扱いしていない。その表情に危うさを覚えたアドルフだったが、それよりも先にシンウッドが確認をとった。
「この子、何か言いたそうですけど、どうしたんですか? 何か弱みでも握りました?」
「いや、喉を焼いた」
この言葉に、シンウッドとアドルフは黙った。
「数日もあれば回復する薬品を飲ませた。これで抵抗は多少できなくなる。何、拷問は『なれた』ものだ。二日、三日もすれば折れる。その際に存分に聞き出そうとも」
今の言い回しに秘められた言外のニュアンスに気付かないほど二人とも幼くはない。アドルフが、若干クラウドを睨みながら言った。
「……イリー様が何というか、わかっておいでですか?」
「一応、これなら仕事だからな? ……何だよ、お前等も混ざりたいんならそう言えば良いのに」
半眼で面倒そうな反応を返すシンウッドと目を見開くアドルフは、クラウドからすれば逆に理解の及ばない対象であった。何ゆえ本能に身を任せないのか。いや――。
「そうか、まあ趣味ではないかこの年齢では。では、また後日に――」
噛み付くように動く少女をひらりとかわし、頭にアイアンクローを決めるクラウド。震える少女は、冗談抜きで本当に痛そうだ。さきほどまでは否らしく笑っていたクラウドの顔が、途端に無表情になって見下ろしていた。
「……止めた方がいいんじゃないですか? そういうのは」
「いや、出来るならやっておかないと」
何ゆえか、と言う言葉を聞ける空気ではない。クラウドはふたたびにやつきながら、少女を地面にたたきつけた。背中を踏み、にたりと笑う。
「一応、仕事だからな。私もまあ『本位ではな』が、せいぜい職務は果たさせてもらう」
だがしかし、クラウドがそういった瞬間に突如雷鳴が響く。
「ん?」
「……どういうことだ?」
しかし、空は快晴のまま。一体何が起こったのだろうと頭をかしげる三人。のみならず、周囲のヒトビトもなる雷の異常性に気付き始めた。
そして――その空に巨大なヒビが入り、砕けた。
※
「――うん。まあ保険の準備をしておいて、正解だったかな?」
メイラ・キューは、額に乗っていたタオルをどかし、寝巻きを着替える。動き安さ重視の格好はやや生地が薄いものの、しかし全体としては肌寒くなさそうな、長袖長ズボンである。あまり色気を感じさせない格好であったが、両手に装備した薄い手甲が彼女のファイトスタイルを表していた。
もっとも、今の彼女にそれが必要だとは思えないが。
「元々封印限定の、兵器的側面があった人間だったから大丈夫だとは思ったけど、まあまあかな? 『トード・タオ』ほどじゃないけど、案外悪くない。
乗っ取りきれない辺り、この僕の分断率が少なすぎたってところかもしれないけれどねー」
伸びをして、窓の外を見つめるメイラ。
「さあて――我が悲願は今度こそ達成できるかな?」
その彼女の目の下には――小さな左手が円を描くように配置された、水晶状の紋が浮かび上がっていた。
追記:次は深夜更新ちょっと無理ぽなんで、すすんで夕方~夜でお願いします。