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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
英雄の条件というか仙人と悟り編
60/80

第45話:か わ ら な い わ か ら な い

流石に難産でした・・・ どこまで表現すべきか悩んだり悩まなかったり


タグのNTR(軽)→NTR(昔) 変質注意

 

 

 結局、太朗と弥生がきちんと話し合うのは、夕食後になった。

「ちょっと、ごめん色々受け入れられないから……、整理する時間ちょうだい」

「……おう」

 メイラの部屋にて、劇的過ぎる再会をしてしまった直後の両者である。太朗は弥生に何故か言い当てられてしまった際、一切言い訳をすることが出来なかった。結果として、トード・キュー=藤堂太朗であることが彼女の中で確定してしまったわけである。実際事実なのでこれ以上の反証も不可能であり、もう彼は藤堂太朗として振舞うほかなさそうだった。

 ただ、それでも両者共に時間は必要だと判断し、適当なタイミングになったら太朗の部屋を尋ねてくるように言って、彼はメイラの部屋を出た。いくら人間ばなれしていようとも、太朗はこういう面には弱い。自室に戻った直後、全身に一瞬ノイズが走り、再び右目から血の涙が流れていた。

「……これは、何ぞ?」

『――やっぱり不安定になってる。でも阿賀志摩辻明の時にくらべればマシな方』

「…………とりあえず、まともに生きていてくれたから、だな多分」

 感激のような感情は一切わいてこなかったが、それでも太朗の表情はわずかに穏やかなものだった。彼が考えていた、最悪の最悪まで行きついてはいなかった。グレードを引き下げまくった上での判断なのでまだ何ともいえないが、しかし正気で、定住する場所があり、働いて生きている。たったそれだけでも、今の太朗にとっては安堵する話であった。

「経緯はどうあれ、生きているならめっけものだな」

『――世には生き地獄なる言葉もありますが』

「死んでるよりはマシだろ」

『――本人にとって死ぬほどの苦しみを味わい続けながら生きる、ということもあるかと』

「でも生きていたら、いつかそれが変わるかもしれない。良い方か悪い方かに転がる、それとも現状のまま続くかもしれない。でもそれらは、生きているからこそ変わりがあるんだろ。ジャンヌダルク考えろよ、アレに比べればマシすぎるだろ」

『――最終的には聖女扱いですが』

「死後だろ。生前にそれを得られなかったのが痛い。ガリレオとか、他にもま、色々あんだろ。何ぞ、どっちにしたって死んでたらそれで終わってるってわけだしな。俺みたいに」

 自嘲するように肩を揺らす太朗の言葉。かなり本心が含まれていることが察せられる声音だった。時間は時に暴力的である。はからずも復活後、太朗が何度か体験した事実だ。レコーはだからこそ、何もいわなかった。

 いや、とにかく座禅組んで意識を集中しろ以外は言わなかった。ノイズの度合いが段々大きくなるのを察して、太朗はその言葉に従った。

 夕食だと呼びに来た弥生にニヒルな半笑いを浮かべ、一階へと向かう。道中「その変な感じ変わってないね」と弥生も苦笑いであった。メイラの分は病人食を先に食べさせたらしく、現在は寝ているようだった。

 夕食は、どうしてか和食であった。レコーによれば、一部食材はエダクラーク村でとれたものであるらしい。更に聞けば、老夫婦に無茶を言って今晩の献立は弥生がこれを選択したのだとか。その行動は色々と察するところであるが、太朗は表面上は「美味しい」以外は言わなかった。実際料理の味付けは、彼の記憶にある食べなれた薄味で、でも丁寧に作られたものであった。その言葉に、弥生がわずかに微笑んだのも錯覚ではあるまい。

 そうこうしていつの間にか夜。レコーに言わせれば夜二十一時ごろか。照明装置がさほど発達していないこの大陸においては、多くのヒトビトが寝静まる時間帯である。だが太朗は例によって寝ることもないので、変身を解き、座禅をしていた。いつもと違いリーゼント風でないのは、やはり思うところがあるのだろう。

 そうしてランタンのような装置を片手に、花浦弥生はやってきた。昼間と違いロングスカートのワンピースのような格好だった。

 後ろ手に扉を閉める弥生を見て、太朗は頭を傾げた。

「ん――、嗚呼、ま別に大丈夫だろレコーちゃん」

 突然言った訳の分からないそれに、弥生は不思議そうな顔を浮かべた。年を重ねても変わらないその表情に、太朗は反応を返さない。もっともあくまで表面上はであり、少しだけ組み合わせていた両手が震えていた。弥生も弥生で白髪になってはいるが、二十年前に戻ったようなその姿に、さきほどまでのトード・キューを名乗っていた時とは違うその姿に一瞬困惑したが、でも少し肩をすくめるだけに留めておいた。

「えっと……、お邪魔します」

「ああ」

 弥生は部屋の机の椅子を引き、座る。

「……スカートのとかも変わんねーな」

「……」

 少しだけ赤くなりながら、歪んだスカートを直す。スカートの下に手を入れて座らないそのくせも、太朗からすれば相変わらずであった。

 両者の間に会話はない。ただ黙って、時折顔を上げて視線が重なって。唇がわずかに動くが、そこから先が出て来ない。しばらくはそんなやり取りを繰り返して、やがて、弥生が言った。

「……どうして今更きたの、太朗くん」

 寂しそうに微笑む弥生に、太朗は言葉を返せなかった。





 藤堂太朗が死んだ後のことを、花浦弥生は語った。そこに若干あてつけのような感情が見え隠れはしたが、しかし太朗は、弥生らしくもないそれには黙って話を聞く。

 太朗がガエルベルクの砦から失踪した後、やはりというべきか帰還組は混乱した。元々精神や身体があまり強くなかったりする集まりである。本来なら参謀に引き上げられるはずだったところの太朗を、委員長たる牧島香枝があてがってバランスをとったわけだ。だが中でも、花浦弥生だけは正気を保っていた。

「太朗くんは絶対死んでない。絶対、まだ生きてる。それくらいには執念深いよ」

 実際、砦からとばされて一週間ほどは生きていた太朗である。そのタイミングにおける弥生の予想は図らずも当っていたわけだ。実際太朗が死んだ直接の原因は、綯夜宰いわく「飢餓の呪い」が原因であるため、それさえなければもう少し違った展開にはなったかもしれない。

 だが、正気なことと精神が不安定な事は、必ずしも一致はしない。虎内エミリや牧島香枝に気を付けてもらってはいたが、それでも眠れない日々は続いた。

 そんな時であった――辻明が、彼女のもとに来たのは。

「済まない、弥生……。俺、お前等の幸せ願ってたのに」

 辻明は、泣いていた。太朗からすれば演技だろとしか言いようがない。しかし弥生にとって、辻明のその言葉はまた違った意味合いに聞こえていた。もともと、弥生は辻明のことが好きだったのだ。進学と共に彼が女をとっかえひっかえし始めたり、柄の悪い連中とつるむようになって疎遠になってはいったが、元々の事実としてそれは変わらない。最終的に彼女が誰も信じられなくなるようなことを仕出かしたのは彼だが、それ以降の彼は、弥生から見て少なからず充分反省しているように見えた。

 そんな彼が、まるで小さい頃の彼に戻ったような表情で泣き始めたのだ。弥生もやり場のない感情で、一緒に泣いた。その夜以降、辻明は弥生につきっきりになった。香枝からの厳しい視線を受けても、真摯な態度を貫いた。

 そして弥生の心が折れるのも、時間の問題だった。辻明の言ったことが事実ならば、もってもせいぜい二週間ほどか。その間に何かあれば町民から報告があるだろうし、敵に掴まれば殺されるだろう。下手すればモンスターに食われているかもしれない。確証はなかったが、しかし弥生はどうしようもなくなっていった。

 辻明は、そんな弥生に囁いた。きがつけば、優しくされていた。あれほど一時期毛嫌いしていた彼に、彼の腕の中に居た事は、弥生にとってそれなりに衝撃だった。そのことに充足感を感じていたことも、衝撃だった。

「……俺、もう間違えないから」

 泣きそうになっている辻明の顔を見て、弥生は、自分の胸が高鳴るのを感じた。太朗の生存がもはや絶望的であった、というのもそれに拍車をかけたかもしれない。元々彼女の心は大きく折れていた。弥生の愛情は、同時にある程度の依存を強いるものとなっていた。だからこそ、それを今度こそ、反省して身を改めて、受け入れるといった辻明に、寂しさからなびいてしまった。

 辻明の言葉は、一週間と持たなかった。わずかに一週間だったが、彼は段々とエスカレートしていった。基本的な部分は真摯なままだったが、時折以前のように豹変することが多くなっていった。仕事のストレスかな? と思って彼女は、今度は辻明を支えようとしていった。香枝からは気を付けるように言われ続けていたが、彼女といると辻明が萎縮してしまっているのを見て、少しだけ香枝と距離を開けるようにしていた。

 それが災いしたのかもしれない。ある日、完全に一線を超えた方法で弥生は汚された。集団だった。わけがわからなかった。真摯なはずだった辻明も、周囲の連中と同種の顔をしていた。気持ち悪かった。吐き気がした。翌日怯えていた彼女に、彼はにやりと笑っていった。

「お前はもう俺のなんだから、気にすんなよ」

 わけがわからなかった。だが一つだけ確かだったのは、辻明が以前の彼と何一つ変わっていなかったことだけだった。

 弥生は頭を振りながら、太朗に聞かせる。その後の記憶は、本人いわく飛び飛びであるらしい。薬でも飲まされていたのか、それともその段階で心が完全に折れてしまったのか。ただ気が付けば香枝が砦を去り、エミリが失踪し、クラスの形態が目まぐるしくかわっていったことだけは記憶していた。

 弱肉強食のようになっていったクラスで、辻明はどんどんのし上がっていった。部下も増えていった。弥生も更に多くの相手から辱めをうけた。大陸の美醜感で言えばむしろ醜い方にかたむいていた彼女だったが、しかし彼等はなにも気にせず、ただただ弥生で陶酔感を味わっていた。それはどちらかといえば、弱者をいたぶる類の征服感だったのかもしれない。それが五年も続けば、気が振れるには充分であった。やはり、記憶は飛び飛びであった。

「弥生。俺の方がやっぱりいいだろ? だから、藤堂は俺が殺したんだぜ?」

 それを聞かされたことも原因かもしれない。結局、彼女は太朗を裏切ってしまったのだ。彼が生きてたら、とうてい許されるはずのない致命的な裏切り方で。

 だがそんなある日。ガエルスのイリー姫に出会ったことから、状況が一変する。辻明がさらわれた彼女を救った日より、彼の傍にはべっていた弥生と姫には親交ができた。徐々に仲良くなっていくに従って、弥生はあることに気付いた。

「クラウドは――まるで、物語の中の英雄のようです。私にとっては」

 照れたように言う、自分より五つは下だろう彼女。父親に似ず細く美しい、自分などでは及びもしない美女。そんな彼女に、弥生は自分のかかえていた問題を打ち明けた。それは辻明に対する、ある種の仕返しだったのかもしれない。向こう見ずをして取り返しの付かなくなった、自分なりの贖罪だったのかもしれない。まだ汚れて居ない彼女を守るための、自分なりの行動だったのかもしれない。

 だが、不思議と彼女は頭をかしげていた。両者の間には、どうやら決定的な文化摩擦が発生していたようだった。理解できず理解されないという状態ではあったが、しかしやがて、弥生は辻明に捨てられる。どうやらイリー経由で、辻明に情報が伝わったようだ。どういったのかは分からないが、しかし辻明は猛烈に荒れていた。

「もういらない。お前が居ると俺の経歴が汚くなるから、いらない」

 彼が弥生にかけた最後の言葉は、それだけであった。

 その日以降、弥生は兵士達の家を追い出され、転がっていた。元々辻明に連れられない限り、自発的な行動ができなくなっていた弥生だ。運が良いのか悪いのか、神父風の男性に拾われて別な街まで運ばれはしたが、その程度で弥生が回復するわけもなかった。神父風の男は、世話になったという夫婦の家に弥生を預けた。宿屋を経営している夫婦だった。

 その家でマーチ・ガーネットとして生活していたのは、彼女にとってはある種の救いであった。少しずつ、少しずつ。なくなった娘を重ねていた老夫婦の無償の愛情により、弥生は段々と正常な自分を取り戻していった。

 そしてケントがガエルスに敗北し、ここの地域がガエルスに併合されると、阿賀志摩辻明とイリー・ガエルスとは婚約をした。どちらも幸せそうな顔をしていたことが、頭にこびりついている。今でも、何度でも夢に出ると弥生は太朗に言った。

 丁度その頃、弥生にも新しい出会いがあった。彼女が過去を語っても、受け入れようとして努力してくれた相手だった。だが、それでも結局両者が結ばれることはなかった。


 弥生は、もう子供が産めない体になっていた。


「そのままどーしたらいいかさえ分からなくてさ。……家の都合で彼は、別なヒトと結婚しちゃったし。今じゃ、見つかるとまた色々面倒だろうし、こそこそ隠れながら生きてる。

 色々と、私が浅はかだった部分もあると思うよ? でもさ、もう一度だけ言わせてくれる?」

 花浦弥生は、太朗の顔を見つめながら、つきつける。

「どうして今更出てきたの? 太朗くん」

 その表情には、太郎が見たことのないような影があった。

「私がおかしくなりそうだった時、どうして居なかったの?」

 内側に渦巻いてるだろう感情は、悲しみか、むなしさか。それとも怒りか。

「どうして、ねえ――どうして、今更出てきたの? 私もう、太朗くんといられないくらい、汚されちゃったんだよ? お腹の中、空っぽなんだよ?」

 弥生は、太朗につめよる。目は涙で濡れていた。

「ねえ――どうして、今更なの? なんで、死んでたはずなのにこんなところに居るの?」

 藤堂太朗は、固まる。

「どうして――生きてるの、どして、私を助けてくれなかったの?」

 当たり前だ。彼なりに弥生と遭遇した時にどう会話するべきかということについて、シミュレーションはしていた。だが、予想と実際に感情をもって聞かされる話とでは、大きく印象が異なっていた。処理しきれないのか、太朗は動けない。

 そんなタイミングで、扉が勢い良く開かれた。


「勝手なことばかり、言ってんじゃないですよ!」


「あ、貴女は……」

「メイラ落ち着け」

 メイラ・キューだった。弥生が部屋に入った瞬間から扉の前に立ち、聞き耳を立てていたのだ。実はさらっと気付いてはいたが、そのまま放置していた太朗である。服装はファンシーな寝巻き。顔はまだ赤く熱は引いていないらしい。しかしそんな状態でもメイラは怒りを露にする。後ろ手で扉を閉めて、弥生の両肩に手をおいて、太朗からひきはがし、顔を覗きこんだ。

「このヒトは、一度死んでるんですよ! 殺されてるんですよ貴女が身を売った相手に!

 それでも貴女が……、貴女に会うためだけに、貴女の幸せと生存とを願って! 二十年も時間はかかったけど、それでも彼は、()()()んですよ! 貴女がもし不幸せだったら何とかしなきゃいけないって言いながら! 自己満足だって強がりを言いながらっ!

 本当なら百年はかかったはずなのに、なのに、そんな言い方――」

「いや、それは二十年は俺だけの力じゃ……。ま落ち着け」

 立ち上がり、今度は太朗がメイラを剥がした。突然の彼女の登場により、彼は多少呆然とした状態から我を取り戻したのだろう。まさにとんだショック療法である。一方、弥生は呆然としていた。突然飛びかかられたことも原因だろうが、彼女が口走った事実が意味不明だったからかもしれない。そりゃ、普通に考えて蘇ったとか意味がわかるまい。太朗でさえファンタジー世界だの一言で納得するのは、未だにできていないくらいなのだ。

 ただ、そうであっても太朗は弥生に言葉を投げかける。

「弥生は、どうしたいんだ?」

「……どうしたいって、何?」

「ま今のメイラの話は、あらかた事実らしい。ぶっちゃけよくは分からんがな。そして、今の俺は色々と『出来る』。それこそ街一つ壊しつくすことだって、出来なくはない。面倒だがな。

 でも、だけどそんな俺だが、お前を守れなかったのは事実だ。一生添い遂げるくらいの覚悟を持って告白したのは、今でも本気だし、嘘偽りはないし、訂正する気も曲げる気もない。だから、聞くぞ?

 ――俺に何ができる」

 花浦弥生は、藤堂太朗の顔を見た。容姿は多少変化しているが、そっくり二十年前の、何一つ変わらないその佇まいを見ながら。言ってる事は多少アレな感じになっているものの、しかし言動一致に拘るその姿勢も変わらずである。

 だが、そんな彼ほど弥生は強くなれなかった。衝動的に口から出てきた言葉は、彼女の本心ではあったが、決して本心の全てではなかった。

「……もう、関わらないで。

 頼むから――そっとしておいて。私の、思い出になってて」

「……わかった」

 顔を伏せながら言った弥生に、太朗はやけにあっさりと解答した。

 太朗はのっぺりと無表情だ。その内側は――何も感じ取れなかった。それは果たして何であろうか。今まで貯め続けてきた想いが。怒りも、悲しみも、憤りも、渇望も、嫉妬も……そういった情動すべてが、あったはずの心の内が、曖昧になり、打ち消しあい、ぽっかりと穴が開いたような感覚に襲われた。見た目はいつもと変わらない。だがしかし、内側は今まで彼を支えてきた全てが、消失してしまったようであった。内側に向かい、延々と落ちていく崖のような。一度そこに落ちてしまえば、二度と這い上がれないような。そんな巨大な空洞が、太朗の心に開いた。

「……あん? またか」

「……タロウ様?」

 ふと、右目から血の涙がながれる。苦笑いをしながら右手でそれを拭う。苦笑いしながら、なんとなく左目を閉じて指先を確認しようとした。

 だが、おかしい。片目を閉じたが両目を閉じたわけでもない。だがその視界は、暗黒に包まれていた。左目はまぶたの裏側がうつってるのだろうが、しかし右目はそうでもない。右目の瞼の下は、よくよく考えて見ると何一つ、触覚を覚えなかった。

「……あん?」

 左目を開けて、右目の瞼をさすってみると――理由がわかった。太郎の右の眼窩には、何も収まってはいなかったのだ。本来なら目玉が動いているはずのそこには、何もない。

「何ぞ、こりゃ一体……、ッ!」

 そして、気付いた。いつの間にか太朗の右手は、酷く原型を留めない程にひしゃげていた。痛覚の何もなく、いきなりであった。

 メイラの悲鳴があがり、弥生も顔を見上げる。その驚きの表情は、恐怖の入り交じった表情は、一体どんな理由からか。

 それに気付いた瞬間、太朗の両足はとても立っていることが出来なかった。服の下から血が噴き出すのを感じる。右目の血も止まらない。そして気が付けば、手も、腕も、口の中も、まるで干からびたように変質し――。


 太朗は、死体に逆戻りした。

 

 

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