第44話:まわりまわる領分の見極め
いろんな意味で難産でした・・・ きょうもいちわ
「こちらです」
太朗から財布をとろうとしたり、彼を殺そうとした少女、ラル・シェルベアに誘導されながら、太朗は帰路についていた。ぶすっとした、明らかに苛立ちが伺える少女などそ知らぬ風に、太朗は道中の洞窟のようなダンジョンを見続ける。
出入り口が様々な方角にあるものの、一見してそれら全てのつくりが似通っており、また真下にある巨大空洞も全体的に円形なので、初見は間違いなく迷う。太朗の場合その問題は心配無用であったが、しかし事情を知らないマリッサが好意で寄越した道案内である。無下にするのも無粋かと思い、当人の感情は軽く無視していた。
『――宿木の魔王により製造されたダンジョン。表向きの座標位置は、クラウドルの地下に設置されている』
「出入り口が大量にあんのは何ぞ?」
「フンッ」
とりつく島もないラルであるが、レコーは空気など読まない。
『――元々ここの場所がクラウドルと呼ばれるようになる前、色々と魔術的な仕込を行っていたため。出入り口すべての場所に祭壇があり、中央の場所に力を集約させて術を発動しようとしている』
「はぁん……。ちなみにどんなんだ?」
『――地上で混沌とした魔力が発生した際、それを集約するための術』
「……何を言ってる? 魔王」
「魔王じゃねえよ。トードとでも呼べ」
「誰が呼ぶかっ」
うしろを振り向きもしないが、かみつくようにのたまうラル。
肩をすくめて、太朗な彼女に言った。「俺がそういうの気にしないからいいものの、本当の魔王だったらお前、たぶん今頃生きちゃいねーぞ」
「……」
「それどころか、機嫌を損ねたらここに居る奴等全員殺されかねないんじゃねーのか?」
「っ!」
太朗のその言葉に、少女は後ろを振り向いて短剣を構える。
「させない。そんなことは絶対……!」
「その気になりゃ無理だっての。だが一切合切興味ねーから、安心しとけ」
指先で短剣の先端をデコピンする太朗。そのわずか一撃で剣は少女の手元を離れ、洞窟の天井につきささる。刺さったまま抜けてくる気配さえないあたり、どれほどの力がかかったのか。呆然としながら、ラルはしびれのとれない自分の手元と天井と、太朗の顔とに視線を行ったり来たりさせていた。
「でも、少なからずこれくらいの腕力の差があるってことは理解しておけ。少なからず戦っていた時はともかく、あの……、マリッサだったか。あいつは敵意を表向きには一つも出してはこなかったぞ?」
太朗的には柄の悪いお兄さんとかと出会った時のためのレクチャーというかアドバイスというか注意のような感覚であるらしく、その態度はどこか少女を子供扱いしていた。もっとも現在は彼の見た目こそがハイレベルヤンキーなので、説得力はいかほどのものか。
しかし、それでもなお太朗の睨むのをやめない少女は、胆力が強いのかそれとも別な事情からか。話しだそうとするレコーを静止して、太朗は少し前かがみになり、視線の高さを少女に合わせた。
「ま、俺はそこいらのに比べれば寛大すぎるくらいにゃ寛大なつもりだ。だから、何かあんなら言え。自分で言わなきゃ、意味のねーこともあるぞ」
「……でも言ったら、アンタはマリッサさんの話を受けるはずはない」
「状況次第だと言ったろ、さっきも。現状は保留だ」
国に、難民の魔族たちの在留と生活とを認めてもらいたい。そのために多少なりとも力をかしてもらえないか。元盗賊団の首領、マリッサ・バームのその頼みに、太朗は苦笑いで返した。状況次第だと前おきして、その頼みに対して太朗はどんなメリットがあるかと聞き返した。それに対する女首領の解答は、難民たちではない元盗賊団たちの身柄だった。自分たちを駒のようにつかってくれて構わないと。そう言った彼女の態度の真摯さに疑問は抱いたが、レコーの『――条件開示、部分不足』という一言により、一端それは保留させてもらうこととした。
期限は最大で一週間。それまでに何かしらの結論を持って来てくれと、驚いた事に口約束で済ませたマリッサであった。
太朗の態度から自分が何をいってもそう変わりはしないと思ったのか、ラルはまくしたてるよう早口で言った。
「……私は、魔王が嫌いだ。魔王と同類だというお前も嫌いだ。単にそれだけ」
「あん?」
「私は許さない。魔王をゆるせはしない。でもそんな魔王の残滓のおこぼれに預かって居る現状が、どうしても許せない。その上で、更に別な魔王にまで力を借り用という現状に、死ねと言いたくもなる」
苛立つ彼女に、太朗は頭をかしげる。言い回しから考えて彼女は盗賊団ではなかったのだろうが、どうしてそこで魔王――おそらく宿木の魔王の名前が出てくるのか。難民になった経緯に、魔王の名前はなかったはずだ。そしてこれには、制限もないのだろうか飄々とレコーが回答する。
『――宿木の魔王の葦に出会って居る。その際、はぐれた家族以外で唯一の親しい間柄だった友人を亡くしている。肉体を奪われ、生命力を食いつくされ』
「どうしようもねぇな」
『――現在のこの場所に来るまでにも、色々と悶着があった模様。“愚者の旅人たち”にも、かなりつっかかった。もっとも現在、カルトは街そのものの中にはいないから、イライラしてるだけに留まって居る』
これには苦笑する他ない。太朗本人に対しては逆恨みもいいところだが、しかし感情が許さない場合というのも、往々にしてあるだろう。太郎が花浦弥生に向けている執着に近いものがあるかもしれない。現状はレコーとのやりとりで生きていることはわかっているが、もし死んで居たら。クラウドと名を変えた阿賀志摩辻明を見て、状況から自身の心を押さえた太朗であるが、もし弥生が死んでいて、彼が現状の立場であるのならば、太朗は何がおこってもおかしくはなかったのだ。それくらいには、太朗の花浦弥生に対する執着は、まだ強かった。
他人事とは思えないその暴走に、太朗は少しばつが悪そうに頭をかいた。
「あー……。アレだ。何ぞ? とりあえずは、もっと上手にとりつくろえるようになりやがれってところだな」
「……さっきから思って居たが、精霊の姿が見えないのは召還を返したからか? そして、何をぶつぶつ言って居る」
「――ところがこっちに居るんですよね~」
「わっ!」
背後からレコーに息をふきかけられ、ラルは飛びはねバランスを崩す。太朗の胸にぽすりとよりかかる体勢になり、上をキっと睨んでエルボーを入れると、太朗から距離をとった。
「……」
「下手に俺叩くと、自分が痛いってのは覚えておけ」
さもありなん、右肘を撫でるラルは、どこか哀愁が漂っていた。レコーもレコーで驚かせるためだけに出てきたのか、もうアストラルゲートは閉じている。
嫌がる彼女の頭をぽんぽんとなでた後、太朗はメイラのような顔へと変化し、扉を開いた。
※
『――で、結局どうするんですかぁ? 御主人様』
「どうするもこうするも、一朝一夕で解決できる問題でもないからなぁ」
レコーのナビゲーションで宿屋を目指しながら、太朗は足をすすめる。時刻は夕暮れ時。どうやら本当に一日近く眠っていたようだ。料金的には問題ないだろうが、泊まった初日にいきなりヒトが片方居ないと言う状態も、色々と酷いか。老夫婦になんとなく申し訳なくなりつつ、太朗はせかせか、ちょっとスピードアップ。しながらもレコーの言葉には逐次答えていた。
「しっかしここ、どこ行っても似たような地形しかないから道迷うなこりゃ……」
『――慣れればそうでもない。
それはともかく、一朝一夕で?』
「あん? いやだって。例えば俺が力技で阿賀志摩脅すなり、聖女教会と対立行動とるなりとか、したとするだろ? まあ弥生探しが大前提だからんな可能性はないが、でもやったとすると、俺が何かの拍子に倒されたら、どうなる?」
『――ふむふむ』
「倒されないまでも、街を離れて居るタイミングで何が起こるかって話だ。要するに……、そもそも前提として、相手と同じグレードに立っていると、話し合いの場に立っていると『認められてさえいない』のが現状なんだろ? だったら長く時間をかけて、血を流しながら説得したりするしかないだろ。で、そういうのは俺苦手だ。というか目的からしてそれ無理だわな」
『――なんだか経験者みたいな言い回しですけどぉ、弥生さんのことですよね? 御主人様ぁ』
「……」
『――相手の信頼を勝ち得るまでひたすらに繰り返し続けて。一緒にいて、慮ったりしたりして。人付き合い苦手な御主人が、不器用なりに頑張り続けたのがみのったのが、半年くらいでしたっけ?』
「むしろよく半年で実ったという話か」
『――私は人間じゃないからよく判りませんけどぉ、御主人様みたいな、一点のみにこだわりのあるタイプって、恋人と一緒にいるのに向いてるんですか?』
「逆に考えれば一点、二点以外はさしてこだわりがないってのがミソだな。弥生の場合は自分からだきつくのはオッケーでも相手から手を握られるのはNGだったし。……てか思えば、初キスでさえこっちに飛ばされる三日前だったぞ?」
『――ご愁傷様です』
ため息をつく太朗に、レコーの感情がこもっていない言葉が投げかけられる。
『――まあつまり、御主人様としては義理もないけど力になれないかとは思うと。でも御主人様の主目的からしてそれは難しく、とりあえず保留させてもらったってところですかねぇ』
「ま、んなところだ。……はぁ」
『――色々とふがいないですねぇ。あと自己チュー』
「うっせ」
半眼になりながら宿につく太朗。扉を開け、老夫婦に昨晩帰ってこなかったことを詫びた。気にしなくても良いと笑いながら、夕食の支度が出来たら呼ぶと言ってくれる。非常に接客が丁寧で、全くその手の分野でない太朗からすれば仰天モノであった。
「お連れさんは今娘が様子を見てるから、いってあげてくださいな」
「感謝します」
建物は二階建て。一階は食事所と大浴場をかねており、二階が客間となっている。太朗の部屋名その一番手前、階段に近い箇所だ。ちなみにメイラの部屋は隣なので、階段を上がれば探す必要などない。
扉を三度ノックすると、部屋の内側から確認する声が聞こえる。
「兄だ」
宿の名簿板に書いた名前と設定とは違って居ないのだが、それにしたって説明が短すぎである。
しかしそれで通じたのか、開いてますと綺麗なソプラノボイスが太朗の耳に響いた。
「邪魔するぜぃ」
猫背になりながら片手をポケットにつっこみ、半眼で扉を開ける太朗。見た目こそ幾分格好良くはあるのだが、その普段どおりの言動のせいで色々と台無しであった。
「メイラ、元気なったか?」
「あ、トー……、兄さん」ぎりぎりで設定を思い出したメイラ。「酔ったのは、一応。でもちょっと熱出しちゃって、申し訳ないのですが面倒みてもらってます……」
照れたようにベッドから顔半分を出すメイラ。額には塗れタオル(厳密にはタオルのような布切れ)がおかれており、何故かその光景に懐かしさを太朗は感じた。
「あー、ま色々あって疲れたろうしな。それに冬だし、格好もちょっと薄着すぎたか。
……えっと、わざわざ済みませんね。妹が世話に――」
愛想笑いを浮かべながら、太朗はメイラのとなりに居た女性に視線をふった。
「いえ、大丈夫よ? えっちなのは駄目だけど、看病とかのお世話は嫌いじゃないし」
美人だった。髪を頭の後ろでまとめていて、ブラウスのゆったりとした雰囲気からはプロポーションのグラマラスさが伺える。ロングスカートもエプロンも暖色系でまとめられており、雰囲気はなごやか。
綺麗に年齢を重ねた三十代ほどの女性は、太朗を見てにっこりと笑った。
だが――太朗は、それに反応を返せなかった。
「な……、んぞ……?」
太朗は、それ以外言葉が続かなかった。
にこりと笑っていた女性は、そんな太朗の反応に、不思議そうな表情を浮かべる。
そして――目を見開き、ありえないはずの言葉を口走った。
「……太朗くん?」
容姿も違う。年齢の計算も合うはずはない。だというのに――花浦弥生は、メイラの顔をした太朗の正体を、一発で言い当てた。