第43話:肯定も否定もしない
今日も一話
意外な事に、目覚めた太朗は身ぐるみをはがされていなかった。目覚めた太朗は暗い天井をみつつ、自分の体をまさぐる。財布もあり、ジャケットも下着もあり、ちょっと前にもらったはずの宿の鍵も無事なところが驚きといえば驚きか。
場所は洞窟のようなところ。奥に古い祭壇のようなものがあり、燭台がいくつかたっている。洞窟の手前の方には扉があり、光が差し込むが、先が閉ざされていた。
「……何、ぞ?」
「――きがついたっ」
ひしと、太朗は倒れている自分の体に縋る何かを感じる。左腕にすがるそれはぬくもりを持ち、ある程度の重さを持ち、同時に聞きなれた声だった。顔を下ろすと、レコーが太朗の左腕をだきしめていた。下を向いているため表情は見えないが、少女はふるえていた。
「……あん、とりあえず大丈夫だ」
億劫そうであるが、太朗は右手でレコーの頭をなぜる。一瞬彼の顔を見ると、レコーは腕で目元を拭い、今度は太朗の胸にだきついた。うすい胸板に、ごん、とそこそこ痛そうな音がなる。当たり前のように太朗には問題がないので、そのまま彼はレコーの頭をぽんぽんとなでていた。
「――ほぼ一日は経過した」
「……俺はどうなったんだ?」
「――とらえられた」
「あん?」
「……藤堂太朗が抱える、三つの弱点のうちの一つ。相手が自分に状態異常を持って憑依するなどした場合、その影響を強く受ける」
「何ぞ?」
「――状態異常は、血脈および種族値に由来するバッドステータス。そしてそれは、憑依などの際に個人個人を分離する識別タグのようなもの。藤堂太朗はそれを有していないので、憑依された場合にその血脈とバッドステータスがコピーされるようになる」
「そらまたおっかねーな。以降警戒しよう。……もう一つは生命力がどうのこうのってところだったか? あとの一つは、ちなみに何ぞ?」
「――そちらについては、現状だと問題はな――」
「お、起きたか」
億劫そうに顔をあげる太朗 (直角である)を見て、一瞬ぎょっとする男。年は三十までいかないだろうが、色々と苦労が窺い知れる顔をしている。細かな傷や火傷のあとは、ちょっとやそっとでは無くならないだろう。ぼろぼろの格好は太朗を襲った時と変わらずだが、頭にバンダナをまいていないためか、額から伸びるツノがありありと見えた。青い色の、水晶のような角。ただし途中で折られたのか、中途半端な長さに見える。先端も尖っておらず、まさに砕かれたといったところか。
レコーにひっつかれている彼を見つつ、男は苦笑いを浮かべた。
「あー、安心しろ。もう襲ったりはしないから」
「嘘は言ってなさそうだが、逆に何故俺は身ぐるみを剥がされたり、殺されようとしていなかったんだ?」
「だって、アンタ魔族だろ? 生活に困ってても、身内うる輩はいねーよ」
言われて気付く。太朗の目にかかる前髪は白い。暗がりで分かり辛いが、服装の変化も解けてしまっているようだ。おそらく顔は元ののっぺりになっているのだろう。どうやら気絶と同時に、その手のものも解除されてしまったようだ。
「……生活に困ってるってのは?」
「まあアンタは人間たちと上手にやってきたんだろうし、というかその隣に居る“精霊”のお陰かもしれんが、ともかく事情は知らないみたいだな。いいぜ、こっちに来な。姐さんが待ってる」
こんこん、とこめかみを二度叩いてから、太朗はレコーの首根っこをつかまえてどかす。すぐさま魔力を用いて立ち上がる太朗。状態としては完全な仰向け状態から、何ら予備動作なく直立するようなものなので、見ていて非常に恐ろしい。
立ち上がると同時に腰の翼を展開して、太朗の背中にがっしり跳び付くレコーは、何だかいつもとちがって幾分愛らしい。無表情ながらも目元がちょっと赤く、らしくないと言えば、らしくはなかった。
こっちだ、と指を刺す男の後をつける。位置的に祭壇手前の方しかみていなかったが、その奥には更に階段が続いているようだ。すべらないよう注意しながら移動する男と、何一つきにせずテキトーに足を踏み進める太朗。移動速度的には太朗の方が男を追い越してしまいそうになりながらも、二人は一番下の階まで下りた。
そこは、どう形容すべきか――。鍾乳洞のある、大洞窟とでも言えば良いか。怪しげな光が上方で点滅しており、若干目に痛い。しかしそれが光源となり、洞窟の中を照らす様はどこか印象的だ。地下のその場所を中心にいくつも階段が伸びており、太朗が下りてきた階段もその一つに数えられる。
「……何ぞ?」
「地上で住めないから、俺達はこっちに退避してるんだ」
その一見すると神秘的にも思える場所は、しかし多くのヒトビトがひしめきあっていた。魔族である。角や動物、長耳などの特徴を持つヒトビトが、ところせましと集っている。中でも長耳や濃いひげ、青い肌の人種が結構多かった。
その場に家などなく、それぞれがテントや簡単なしきりでのみ、集まりを区別できるような状態だ。でも歩道ばかりはしっかりと確保されており、連携の長さが伺える。もっともそんな彼等をして、太朗の珍妙な風体は視線を追わずにはいれなかったようだが。
その道をまっすぐと行くと、ひときわ大きなテントのまとまりがある。その中の一番大きなものの入り口を開け、男は太朗らを導いた。なんとなく展開の読めた太朗は、レコーを下ろしてだっこし直しから、堂々とその中に入った。
男は太郎が入ったのを確認すると、戸を閉めそそくさとその場を離れたらしい。元々ヒト払いを頼んであったか、それとも後々何か恐怖を感じでもしたか。
「……てめぇだな、俺を動けなくさせたバックノックは」
「復活してそうそう、こりゃ度胸のある口だね」
テントの奥には椅子にすわった、がはは、と豪快に笑う女性。赤毛のツインテール、肩から背中がぱっくり割れた改造ドレスと思われる上着、根元あたりから綺麗にちぎれたズボンと、惜しげもなくさらされる生足が挑発的だ。胸襟から除く谷間もメイラより大きく、大陸の美醜感で言えば「ちょっと肉つきすぎだけど、まあまあ綺麗」な部類に入る容姿をしていた。
ただ、女性の左目の下には――当たり前のように、涙の雫と牙を混ぜたような文様が浮かび上がっている。案内の男がもっていた角と同じくクリスタル状のそれは、必然相手の正体を証明するものだった。
「マリッサ・バームだ。歓迎するぜ、魔王」
その言葉に、太朗は今後起こりうる面倒さをかんじたのか「うげ」とうめき声をあげた。
※
「総括すると、だ」
出された干し芋をかじりながら、太朗は考えつつ言葉を口にする。「アンタは元々ここら辺で活躍していた盗賊で、今は訳あって難民をまとめていると」
「大体そうだな。……チッ、味がしねぇ」
彼女も彼女で豪快に芋を噛みちぎるが、いかんせん感想はそのようなものだった。
太朗は、マリッサというらしい彼女から色々と事情を(聞いてもいないのに)聞かされていた。ほとんど愚痴である。所々太朗の疑問についても解答しているが、彼女は何故か妙におしゃべりだった。
「ていうか、俺って捕らえられた後どうなったんだ?」
「アンタが今かかえている精霊が出てきて、周囲を誰も近寄らせなかった、らしい」
「はぁ……」
「そのうち、俺の意識が覚醒しても、その状態のままだったからな。大体俺が憑依して眠って、他の奴等が身ぐるみを剥いで終わりってのがいつものだったんだが、今回はアテが外れたぜ」
しかも魔王と来たものだと、がははと豪快に笑うマリッサ。太朗はなんとなく、腕の中でこころなしかドヤ顔をしているレコーにチョップをかます。
「――何?」
「どう考えても、俺が魔王だとか触れ回ったのお前だろ」
「――いいかがり。私はただ、彼女等が助けをこうた相手を撃退したことがあるといったまで」
「間違えちゃいないが、ちょっとは後後考えて欲しかったな」
詳細を聞けば、どうやら太郎が気絶した直後にレコーは現れ、“幽界天門”を応用した、接触不能の結界のようなものを作り出したらしい。防御一辺倒状態ゆえ出来た事らしいが、ともかくそんな状態で太朗に憑依したマリッサが覚醒するまで待機し、その後に太朗について思わせぶりな言い回しをして、一度招かせたといったところか。
「入り口近くにアンタ放置したのも、その精霊の要望だぜ?」
「――ここよりも、外界に近いエリアの方が元素吸収効率が良く、藤堂太朗の回復も早いと判断」
「そりゃ別に構わないんだが……、で、何ぞ?」
「もっかい言ってやるよ。今度は整理して」
マリッサは赤毛をたくし上げる。さらりとゆれる髪がどこか艶やかだった。
「ウチらは元々盗賊で、ここら辺で色々と稼がせてもらってたんだよ。まぁ殺すまではやらなかったし、襲撃してとった量も微々たる範囲だから、商人や軍人たちもあんまり言ってはこなかったな」
「おかしくねーか? それ」
「ウチらが森にいるから、一部のモンスターとかが街に下りて来ないってのも察してたんだろうよ。魔族は魔法も簡単に使えるしな。生憎とウチらじゃ、街で稼ぐことなんて出来ないからな。結果としてまあ強盗してたわけだけど……。
話を戻すぜ。で、俺等が仕事してて、二年くらい前か? 難民がきた」
当然のように、その難民は魔族であったそうだ。
「ガエルスもケントも、元々人間の国家だからな。宗教も踏まえて、ウチらは受け入れちゃくれねーんだよ。で、そんな中でガエルスがケントぶっ飛ばして、上のあたりにあるブラストルに喧嘩売ったと。まだ相手にされちゃいないが、それでも被害が出てきて、境界線のあたりを辿りながら遠路はるばるここまで来たって感じか。まあ亜人中心国家だが、ガエルスに占領されちゃ四面邪竜 (四面楚歌のようなことわざ)だし、ご苦労なこって」
肩を竦めて笑うマリッサだが、その声音には同情が含まれている。同じ魔族として、何か思うところがあるのかもしれない。太朗は、そんな彼女に質問。
「それで、アンタは結局どうして今こんなんになってんだ?」
「――どう見ても首領」
外に出ているからか、レコーは太朗に対する知識提供を自重しているようだ。ともかく二人の言葉に、彼女は面倒そうに頭をかいた。
「ウチだって、もともとそんなのやるつもりもなかったんだぜ? ただウチらだって、好き好んでこんな不安定な生活とかしたいわけじゃないし。何より――当人らに何ら原因もなく、不当な扱いをうけてるってのは許せないだろ?」
少し照れたように、にやり、と笑うマリッサ。それを見て、太朗もニヒルにニヤリと返した。
「アンタ、いい奴だな」
「止してくれよ。こちとら本職はしがない野盗だぜ?」これには心底嫌そうな顔をするマリッサ。表情がコロコロとよく変わる。
「で、でもいい加減集りすぎてどうしようもなくなったんだ。そんな時、ここを提供された」
「誰に?」
「――「“愚者の旅人たち”」」
「要するに、宿木の魔王のシンパと……」
「んな面倒そうに言うんじゃねえって。ウチも、あいつらは嫌いだ」
芋を食べ切り、彼女は眉間に皺を寄せる。「……大体ここの貸し出しについても、街でヒトを襲ってその死体を提供するって約束でだし。こっちで負担できない分はあっちで出してくれるっていってるけど、どんどん罪を重ねさせられていってるわけだから、安全と同時に自分の善性を生贄にささげてるようなもんだぜ。あんまりやってらんねー」
それでもなお生活のためにはやらざるをえない。彼女の言葉が、言外にそれを告げていた。やっていることは許すべきではないが、しかし彼女自身は悪い奴でないのだろうと、太朗は判断した。自分が盗賊をやってたことも、現在難民たちのために人殺しをしていることも、全てに鬱屈とした感情をにじませているのだ。
「――明言はしないけど、掴まったら言い訳せず普通に裁かれると思う」
「珍しいなぁ。なんとなくだが、魔族は人間忌避してると思うが」
「人間だって魔族を忌避してるだろ。……って言っても、んなこと言ったって相手が誰だろうと悪いことしたんなら、相応の裁きを受けるべきって言うのがウチの考え方だから。
あー、そんなんはおいといて。で、アンタに頼みがあんだ。その宿木の魔王を退けたっていう、アンタにな。傍にいる精霊の力を見て、頼みこむだけのことは出来ると思ったから言う」
「……何ぞ?」
半眼の太朗に、マリッサは頭を低く下げて、頼みこんだ。
「頼む。この国――せめてこの街にだけでもいい。ウチらというか、難民たちが過ごせる場所を保障させてやってくれ」